木走日記

場末の時事評論

フジサンケイグループのダブルスタンダード

ライブドアの経営参画に反対 ニッポン放送社員が声明

 ニッポン放送の役員を除く238人の社員のうち217人が3日、「社員一同」として「フジサンケイグループに残るという現経営陣の意思に賛同し、ライブドアの経営参画に反対します」とする声明を発表した。ニッポン放送株をめぐる一連の問題で、ほぼ全員に近い社員が意思表示をしたのは初めてだ。

 「社員の人生がかかった声明」と前置きしたうえで、「ライブドア堀江貴文社長の発言には『リスナーに対する愛情』が全く感じられません。ラジオというメディアの経営に参画するというよりは、その資本構造を利用したいだけ」「責任のある放送や正確な報道についても理解しているとは到底思えません」と堀江社長を批判している。

 さらに「ライブドアの傘下に入れば、互いに触発しあいながら発展してきたフジサンケイグループの仲間達をはじめ、永(なが)く応援して下さっているスポンサー各社、協力関係各社の皆様から関係の見直しを余儀なくされることも十分に予想されます」と危機感を表明した。

 司法の場に舞台が移ったことについては「司法の場で適正に判断されて私たちの考えに沿った決定が成され、この混乱が一刻も早く収束することを心より願っております」とした。

 ニッポン放送には労働組合がなく、50年を超える同社の歴史で初めての社員総会を2日午後6時から開き、全会一致で声明の発表を決めたという。

(05/03/03) 朝日新聞
http://www.asahi.com/special/050215/TKY200503030219.html

 まあ、ニッポン放送で働く社員からすれば「人生がかかった」不安なのはよく理解できます。しかし、この声明にフジサンケイグループ全体として見ると、説得力はあるのか木走的にはおおいに疑問であります。
 『おもしろくなければテレビじゃない』のキャッチを売りにして日本テレビと激しく視聴率争いをしているフジテレビですが、そのバラエティ系コンテンツの低俗さを棚に上げ以下のようなコメントをするのもなんとも低次元なダブルスタンダードで、よくいうよなあと苦笑せざるをえません。

フジテレビ社長:他局の取り上げ方「あまりにも狂騒曲」

 フジテレビの村上光一社長は24日の定例会見で、民放他局の堀江貴文ライブドア社長の取り上げ方について、「自省を込めて言うが、面白おかしくやればいいというのは違う。よそがやっているのを見ると、あまりにも狂騒曲に見える」と語った。さらに、「当事者だから思うのかもしれないが、こういう時期だからこそ、公共の電波を預かるテレビ局の責任はある。娯楽番組はいいが、報道の中でもクレージーなチャラチャラしたエーッという番組が頻発していると思う」と話した。NHKニュースが連日大きな扱いをしていることには「思うところはあるが」と言って苦笑した。

 フジのバラエティー番組「平成教育2005予備校」のレギュラーだった堀江社長を“排除”したことについては、「敵対的として企業防衛に動いている時期に、出演を控えていただくのは常識的。(他番組も含め)当面は出演してもらいギャラを払うことはない」と話した。

 また、フジの報道番組が今回の問題にあまり触れていないことについては、「事実だけを冷静に伝えるべきだと思っている。『少なすぎる』『偏っている』などの批判には耳を傾けたい」と語った。【木村知勇】

毎日新聞 2005年2月24日 19時48分
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2005/02/25/20050225ddm003020070000c.html

 まちがいなくこれがフジテレビでなく他局での騒動ならフジテレビが一番大騒ぎしているのに違いないと思います。

 「責任のある放送や正確な報道についても理解しているとは到底思えません」と堀江氏を声明では批判しておりますが、フジサンケイグループ自体にどこまで、「責任のある放送」や「正確な報道」を実践されているのか実に興味深いところです。

 この手の他者に厳しく自分たちに甘い二重規範ダブルスタンダードは、極めてはたから見ていて説得力のないものであります。

 以前、私がインターネット新聞JANJANにおいて、メディアリテラシー論で討論していたときにも、この他者には厳しく自分たちのグループには甘いダブルスタンダードについて議論したことがあります。

 以下は、そのときの私のコメントの抜粋です。

 『内集団の美徳と外集団の悪徳 』

 そういえば、このような現象のことを触れていた社会学者がいたはずだったのではと、少し調べたら思い出しました。ロバート・K・マートンです。
 マートンアメリカの代表的な社会学者の一人であり、主著『社会理論と社会構造』(みすず書房)は広く知られていますが、このような現象は、彼の定義によれば「内集団の美徳と外集団の悪徳」と表現される現象のようです。

 要するに、あるひとつの特性が、ある集団では美徳とみなされ、ある集団では悪徳とみなされるわけですね。実に興味深いです。

リンカーンが夜遅くまで働いたことは、彼が勤勉で、不屈の意志をもち、忍耐心に富み、一生懸命に自己の能力を発揮しようとした事実を証明するものだとされる。ところが外集団のユダヤ人や日本人が同じ時刻まで夜働くと、それは彼らのがむしゃら根性を物語るものであり、また彼らがアメリカ的水準を容赦なく切りくずし、不公正なやり方で競争している証左だとされるだけである。」(マートンの論文「予言の自己成就」より)

(木走まさみず)

関連テキスト

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