木走日記

場末の時事評論

「よい会社」とは「仕事」も「生活」も充実しているイキイキ社員を増やすこと

 興味深い18日付け日経コラム記事から。

春秋(10/18)

 「いい会社をつくりましょう」。そんな社是を掲げた食品会社が長野県の伊那食品工業だ。企業は会社を構成する人々の幸せのためにあるべきだとの趣旨。リストラなし、成果主義なしの終身雇用。午前と午後にはお茶の時間もある。

▼ただ居心地がいい、というわけではない。「最も根本的な経営効率化策は社員のモラール(やる気)の向上」だからだと創業者は本紙の取材に答える。食べられるフィルムを寒天で作った。そのまま溶かせるのでインスタント食品の調味料袋に使われた。こうした工夫の積み重ねで、寒天の国内シェアはトップだ。

▼職場にも感情があり、良い組織は良い職場感情を持つ。経営コンサルタントの高橋克徳氏は近著「職場は感情で変わる」で実例を挙げ説く。イキイキ、あたたか、ギスギス、冷え冷え。4タイプのうち前の2つの併用が望ましく、冒頭の食品会社が好例という。後の2つの感情に職場が包まれれば、組織は危ない。

▼起業直後には高揚感あるイキイキ職場が望ましい。成熟期はあたたかが過ぎてぬるま湯にならないよう要注意。問題は壁にぶつかる転換期の企業だ。リストラにおびえ疑心が広がる。ギスギス・冷え冷え職場の典型だ。突破口は皆が変革への参加意識を共有すること。カギは上司や仲間への信頼だと高橋氏はいう。

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20091017AS1K1700617102009.html

 うむ、「職場にも感情があり、良い組織は良い職場感情を持つ」とは経営コンサルタントの高橋克徳氏の論ですが、同じく中小零細業のコンサルをしている不肖・木走としては参考になるとても興味深い話であります。

 イキイキ、あたたか、ギスギス、冷え冷えの四つの職場感情の中で、前の2つの併用が望ましく、後の2つの感情に職場が包まれれば、組織は危ないですが、もちろんそのとおりなんでしょうが、やはり問題は今日の不況下のように企業が壁にぶつかっているときであります。

 コラムの結語。

 リストラにおびえ疑心が広がる。ギスギス・冷え冷え職場の典型だ。突破口は皆が変革への参加意識を共有すること。カギは上司や仲間への信頼だと高橋氏はいう。

 「カギは上司や仲間への信頼」、これね『言うは安し行うは難し』なのであります。

 今日はこの「いい会社」について私的愚考をしてみたいと思います。

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●”従業員満足”と”顧客満足”は対立すると考えている経営者は少なくない

 この不況下、いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」「仕事と生活の調和」をめぐる企業の対応は大きく二極化しています。

 非効率な業務慣行を残したままサービス残業が急増している企業と、不況を機に業務効率を上げようとしている企業であります。

ワーク・ライフ・バランス
提供: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
ワーク・ライフ・バランスは、「仕事と生活の調和」と訳され、「国民一人ひとりがやりがいや充実感を持ちながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる」ことを指す。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9

 両者の考え方の違いは実は意外なほど単純で、不況の中仕事が減ることに対して、前者は人を減らしてサービス残業をさせてまで一人当たりの生産性を向上しようというやり方で、後者は人は減らさず残業はさせずその代わり時間当たりの生産性を向上させようというやり方です。

 経費抑制・人件費抑制の観点から多くの経営者は前者に傾きがちであり、その結果、例えば営業部員は「仕事が減ってきているのだから、新しい仕事をとってこい。ただし残業代は払えない」という按配でサービス残業を余儀なくされるわけです。

 前者の考え方では、経営者は「ワーク・ライフ・バランス」など不況時には逆風と考えています、「会社が倒産するかもしれないんだ、そんなことは後回しだ」ということです。

 この考え方の経営者にとっては、従業員は顧客の逆側に位置します。

 顧客からタイトな納期の発注があった場合、「うちはワーク・ライフ・バランスをやってますから難しいです」などといったら「他社に依頼するからいいよ」と言われかねないわけです。

 このように”従業員満足”と”顧客満足”は対立すると考えている経営者は少なくないでしょう。

 この不況時にこのような方針を取る企業は実は会社規模にあまり相関していません、日本の場合、大企業でも中小零細企業でも実は主流であると私は感じています。

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 一方、不況をひとつのチャンスと捉え企業体質を改善すべく、人は減らさず残業はさせずその代わり時間当たりの生産性を向上させようという後者のやり方にトライして成果を挙げつつある会社も、少ないながら私のクライアントにも存在します。

 その会社は従業員70人のソフトウエア業でありますが、この不況時にも人員整理を一切おこなわずしのいできました。

 もちろん顧客からのシステム案件の発注は総量も減り、納期も予算もこれまでになくタイトになりましたが、この会社では大胆にも人員の余剰を逆利用して、予算をある程度無視しても多数の技術者を投入することによって、一人当たりの仕事量を軽減しつつ、タイトな納期をクリアしてきました。

 また従業員の意識改革にも取り込んでいます。

 上記のような工夫をしても少なからず技術者にさらに余剰人員・余剰時間が発生していました、彼らの余剰時間を利用して、会社側は兼ねてよりの念願であったプライバシーマークの取得チームを編成、その取得を目指しました、合わせてどうしても仕事が与えられない若手を中心にした技術者たちには、国の緊急雇用助成制度を利用して社内で最新のWebアプリ開発のノウハウ教育を始めました。

 この半年、その会社では驚いたことには一人当たりの時間当たり生産性が劇的に向上したのです。

 もちろん不況下ですから苦しい財務状況の中経営は少しも油断ができぬ状況ではありますが、その会社の経営者は「不況でかえって従業員のモチベーションが上がったようだ」と感想を述べます、私が客観的にみても会社の雰囲気は不況以前より向上していると感じました。

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●不況時の今こそ、「よい会社」に蘇生するチャンス

 不況下で、近視眼的な業績向上に目を奪われると、どうしてもワーク・ライフ・バランスは後回しになってしまいます。

 現に私のクライアントでも後者のやり方にトライして成果を挙げつつある会社は上述の一社だけであり、多くの会社では人員整理をすすめつつ非効率な業務慣行を残したままサービス残業が急増しているのが実情のようです。

 私が思うにワーク・ライフ・バランスの考え方が日本で普及するのを困難にしている要因は、大きく理由は2つあると考えています。
 
 ひとつは経営者の考え方です。

 不況で心理的に余裕のない経営者ほど、”従業員満足”と”顧客満足”は対立すると考えているようです。

 一方後者のやり方にトライして成果を挙げつつある会社の多くは、”従業員満足”の先に”顧客満足”があると、両者は対立しないと、その成果に自信を深めつつあるようです。

 もちろん、この成果が上がるのは一朝一夕にはいかないのも事実でありますが、海外でワーク・ライフ・バランスを導入して企業実績を躍進させている企業の多くは実は、上記ソフトハウスのように不況時に苦し紛れに始めています。

 そして不況期を脱して2〜3年後に企業業績が大きく伸びる時期を迎えています。

 そのあたりは。週刊エコノミスト10月20日号の「ワーク・ライフ・バランスは業務効率化・業績向上につながる」という東レ経営研究所の渥美由喜研究部長のレポートに詳しいです。

 もうひとつは生産性をどう仕事の評価軸にするか、日本企業にそのノウハウがないのと、従業員側にも意識改革が求められることです。

 最初に紹介した日経コラム記事では職場感情を「イキイキ、あたたか、ギスギス、冷え冷え」と4分類していますが、興味深いことに、渥美由喜研究部長のレポートでは社員を「イキイキ、バリバリ、ヌクヌク、ダラダラ」と4分類しています。

          【仕事重視】
             ↑    
             |    
 バリバリ社員    |  イキイキ社員
             |
【生活軽視】←−−−−+−−−−→【生活重視】
             |    
 ダラダラ社員    |  ヌクヌク社員
             |
             ↓
          【仕事軽視】

 時間当たりの生産性で評価され、誰でも働きやすい、そしてやりがいや充実感を持ちながら働く、仕事上の責任を果たす”イキイキ社員”を増やすことが、結果としてその企業の効率を高めるというわけです。

 重要なのはこの「仕事」と「生活」のふたつのディメンジョンで仕事の評価軸をもうけることにより、イキイキ社員と仕事軽視のヌクヌク社員、仕事も生活もやる気のない「ダラダラ社員」を評価分けできるようになることです。

 この点は、私のコンサル経験でも、不況で心理的に余裕のない経営者にも十分に理解してもらえます。

 私はコンサルの時、ワーク・ライフ・バランスへの取り組みは経営者の決断が必要なのは当然だが、実は今のような不況時こそ意識改革のチャンスだとアドバイスしています。

 そして、各会社の体力に合わせて「できるところから徐々に取り組めばいい」のだとアドバイスします。

 結果は半年後から1,2年で、じわりとあらわれてくるでしょう。

 従業員を巻き込み生産効率を結果として高めるこの取り組みは、大きく明日への展望が開く可能性を有しています。

 企業は不況時の今こそ、「よい会社」に蘇生するチャンスなのだと考えます。

 「よい会社」とは「仕事」も「生活」も充実しているイキイキ社員を増やすことなのだと思います。

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(木走まさみず)