木走日記

場末の時事評論

拉致被害者 少女の運命は立証されたのか

 めぐみさん遺骨問題について、当ブログでも2日に渡って考察いたしました。

 この件では本当に多くの方々からいろいろな情報をいただいたり、ご意見をいただきまして、本当に勉強になりました。また、私のブログにもいろいろなコメントを書き込んでいただきありがとうございました。

(関連ブログ)
●あるコリア系日本人の徒然草 北朝鮮の提出した遺骨鑑定の真偽
http://blog.goo.ne.jp/pontaka_001/e/90595af8134b8c4aefab64e29bde0c42
●くまりんが見てた! 恐るべし小泉内閣 横田めぐみさんの遺骨問題は既に極めて政治的である
http://ngp-mac.com/kumarin/index.php?p=782
●『日々徒然 続・遺骨問題』
http://blog.so-net.ne.jp/hibiture/2005-03-26

(関連テキスト)
●少女の運命は立証されたのか
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050321
●少女の運命は立証されたのか(2)
●少女の運命は立証されたのか(追記)
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050322

 しかし今もっても日本政府は本件に関して動きがにぶいようです。、
 また、個人的にどうしても、日本のマスコミが取り上げないことが納得できません。この件はとても重要な話題であり、社会性もあると考えています。

 そこで、私の3月21日エントリーのテキストを、再度構成し直して記事として、インターネット新聞JANJANに記事として投稿してみました。

 なお、記事の構成上の問題とJANJAN編集部との話し合いの中でいくつかの部分を割愛したり追加したりしました。(もちろん文責は木走一人にあります。)
 具体的には、最近の動きを追加し、22日のエントリ部分は今回は記事にするのは見合わせたのと、個人名(ハンドルネーム)は、記事本文には伏せることにしました。

 このエントリーでコメントいただいたみなさま、ありがとうございました。

 くまりん様、RXFD3S様、当ブログのリレーエントリーしていただきありがとうございました。また、貴重な情報と深い考察、本当にためになりました。

 rice_shower様、またしても貴兄のコメントをヒントに記事を書かせていただきました。感謝しております。

 pontaka様、この記事の技術的屋台骨は全て貴兄の専門的知識に依拠しております。また、木走のしつこい質問や転載許諾要請に、快く応じて下さいまして、本当にありがとうございました。

 以下が、本日JANJANにて、トップ記事として掲載された記事原稿です。

拉致被害者 少女の運命は立証されたのか 2005/04/01 http://www.janjan.jp/living/0504/0503285068/1.php

拉致被害者 少女の運命は立証されたのか 2005/04/01

 ●不誠実極まりない北朝鮮

 新聞各紙報道によれば、帰国した拉致被害者蓮池薫さん・祐木子さん夫妻が、77年に北朝鮮に拉致された横田めぐみさんに関連した新たな証言をしていたことが、関係者の話でわかった。

 朝日新聞は蓮池夫妻が次のように話したと報じている。めぐみさんは【「93年春ごろから夫と別居し、94年には別れた」】、【「めぐみさんは夫と不仲になり、93年春ごろ、夫が子どもを連れて家を出たようだ」】、また【『キム・チョルジュン』とされていた夫の名についても「聞いていた名と違う。日本向けに作った偽名ではないか」】。
(「『横田めぐみさんは夫と別居』 蓮池さん夫妻が証言」朝日新聞電子版05年3月27日21時31分)

 その内容が事実だとすれば、またしても北朝鮮は事実に反する対応をしたわけである。北朝鮮の今までの不誠実な一連のめぐみさんの「死亡時期」に対するあいまいな報告内容と訂正内容などと合わせて、政府には毅然とした対応を望みたいものである。

 そもそも、今回の遺骨が、めぐみさんの「遺骨」かどうかをめぐっては、日朝両国間で激しく議論されているのであるが……。

 ●日本政府が北朝鮮に反論文書〜「遺骨」はDNA鑑定で別人と判明

 そもそも「横田めぐみさんの『遺骨』ではない」とした日本政府の鑑定結果に対し、北朝鮮側の回答は、日本のDNA鑑定結果を「ねつ造」と批判していた。

 朝鮮中央通信社は1月24日、「日本は反朝鮮謀略劇の責任から絶対に逃れられない」と題する備忘録を発表し、横田めぐみさんの遺骨「鑑定結果」はねつ造であったことを主張している。

 朝鮮新報電子版によれば、その備忘録では主に3つの疑問点を挙げている(【 】内は記事より引用)。

疑問点1:同時に鑑定の依頼を受けた科学警察研究所ではDNA検出ができなかったのに、帝京大学では「結果」を得たということ。

 【ひとつの対象を置いて2つの研究機関が分析した鑑定結果が相反する場合、それに対する評価においてどちらか一方のものだけを絶対視するなら、それは科学性と客観的妥当性が欠如したものだと言うべきであろう】

疑問点2:遺骨鑑定のための分析方法

 【遺骨を1200℃の高温のなかで燃焼すれば、すべての有機物質が酸素と結合して気体状態で空中に飛び散り、無機物質である灰分だけ残ることになり、この灰分も一定の期間、外見上、形体を残すことはできるが、それも外部的作用が少しでも加えられると、形体すら維持できない。それゆえ、帝京大学が1200℃の高温状態で燃焼した遺骨から細胞を採取し、それを培養、増殖させる方法でDNAを鑑定したというのは信じがたいことである。】

 疑問点3:横田めぐみさんの遺骨に対する帝京大学の「DNA識別鑑定書」に記された分析内容の前後が合わないこと

 【小さなひとつの骨片から相反する分析結果が出たというのは科学的に完全に矛盾することから、外部からのトリックとしか考えられない。帝京大学の「鑑定書」に「骨片5は分析限界区域にあり、再生成において問題を抱えている資料であることは明白である」と指摘されたのは「鑑定結果」を科学的に保証できないということを示している】
(「朝鮮中央通信社備忘録(全文) 日本は反朝鮮謀略劇の責任から絶対に逃れられない」朝鮮新報電子版 2005年1月27日)

 それに対し、産経新聞が掲載した記事によれば、日本政府は2月10日、日本の鑑定結果は「明白な事実」であり、今回の北朝鮮側の見解を受け入れないことを通告した。また、拉致被害者の即時帰国と真相究明を求め、反論文書を北京大使館を通じて北朝鮮側に送った。

 日本政府は文書の中で、北朝鮮側が【迅速な対応をしないならば「『厳しい対応』をとらざるをえない」】と強く警告し、経済制裁も辞さない姿勢を示した、とされる。

 また、反論文書では、北朝鮮側が「備忘録」で指摘した疑問点に対し、逐一反論しており、【「火葬した骨の一部が熱に十分にさらされなかったためDNAが残存することはあり得る」「帝京大学科学警察研究所には別の検体が鑑定嘱託されたのであり、指摘は不的確」】などと強調している。

 この反論伝達は、町村信孝外相が10日午後に小泉純一郎首相に報告し了承されたものだという。
(「政府、北朝鮮に反論文書 めぐみさん『遺骨』鑑定」産経新聞電子版05年2月10日22時30分)

 今もって、日本政府は、「横田めぐみさんのものと渡された「遺骨」はDNA鑑定で別人と判明した」と、公式表明しているのである。

 科学誌『ネイチャー』のレポートが火種に

 ところがこの日本の鑑定結果に関してイギリスの権威ある科学誌『ネイチャー』の2月2日付の電子版が、疑問を呈するレポートを発表したのである。

      ◇

"DNA is burning issue as Japan and Korea clash over kidnaps"
David Cyranoski
Cremated remains fail to prove fate of Japanese girl abducted in 1977.

「日本と北朝鮮拉致事件で衝突〜DNAはまさに燃えている問題」
デヴィッド・シラノスキー
火葬にされた遺骨は、1977年に誘拐された日本人の少女の運命を立証してはいない。
(訳:木走まさみず)

      ◇

 タイトルもそうであるが、このサブタイトルの「Cremated remains fail to prove fate of Japanese girl abducted in 1977.」は、科学誌らしく味気ない物言いではあるが、日本政府にとってはかなり衝撃的な断定であった。

 ここから大騒ぎになり、細田官房長官が「この記事はウソだ」と言い、デヴィッド・シラノスキー記者も再反論、政府支持派も北朝鮮擁護派も入り乱れての大議論になっているのである。

 ネット上である生化学者が、ここらへんの事情をとてもわかりやすく説明している。彼の職業は、数学者・生化学者・医師であり、医師としてのMDは日本で取得、数学者・生化学者としてのPhDはアメリカで取得している。その彼が生化学者としてのキャリアを元に書いたレポートである。

 彼のブログに掲載された『北朝鮮の提出した遺骨鑑定の真偽』レポートから抜粋してみる。

      ◇

北朝鮮の提出した遺骨鑑定の真偽

(前略)

まず僕の専門職上、帝京大学がどのような方法論をとったか、完璧に理解できますし、僕自身同様のことを行うことができます。上のNature記事を読んだところ、非常に真っ当な記事との印象です。この記者さんも反論しているように、この記事からはなんの政治的匂いもしてきません。サイエンスに携わったことのある人なら分かると思いますが、この"Nature"という雑誌は、それこそそこらへんの雑誌とは全く格が違うし、政治的なものからは完全に独立しています。サイエンスの分野では、もっとも信頼性の高い雑誌の一つです。

まず帝京大学の方法論ですが、非常に感度が高いかわりに、他人の汗や指脂由来のDNAなどにも反応してしまう欠点があります。すなわち、日本側に渡される前に北朝鮮の人などがこの遺骨に触れていれば、当然その人のDNAにも反応してしまうわけです。しかもこの可能性は非常に高いと思われます。すなわち、高温にさらされた後、破壊に耐えた遺骨のDNAと、これら外来由来の何の処理もされていないDNAの量比によって、この実験の成功の可否が決まるわけです。

このような実験の性質上、「横田めぐみさんのDNAが検出された」場合には、「この遺骨の中に横田めぐみさんのものが含まれる」と断定できるわけですが、今回のように「横田めぐみさんのDNAが検出されない」場合には、「この遺骨の中に横田めぐみさんのものが含まれない」とは断定できないわけです。また他の人のDNAが検出されたのは、上で述べたように、他人の汗や指脂由来のDNAが検出されたと考えるのが一般的ではないかと考えられます。このようなことが記事の中でも、簡単に説明されています。

また、もうひとつの問題点として、追試がうまくいっていないことが挙げられます。サイエンスの分野では、追試可能であることが絶対条件なのですが、残念ながら帝京大学以外のグループではうまく行っていないようです。こういったことから、学問的にはまだまだ信用性がうすいと言われても、至極真っ当な意見だと思います。このようなことから、日本政府もまだ経済制裁に踏み切らないのかな、と勘ぐったりしていますが。

(後略)

      ◇

 彼のレポートは、とても論理的かつ冷静であり説得力のあるものだと評価できる。

 ●少女(めぐみさん)の運命はいまだ立証されていない

 科学的アプローチとしては明らかに日本政府のほうが、分が悪いと判断できる。

 日本政府の「鑑定結果は明白な事実」との言い分は、非常に脆弱な試験結果に依拠しており、「事実」と断定するには科学的立証性が極めて弱い。追再試験もできない結果など科学の世界では「証明された」とは言えないのである。

 あともうひとつ、決定的に日本政府の言い分が論理的におかしい点がある。それは、百歩ゆずって日本政府の主張「鑑定結果は明白な事実」を認めたとしよう。しかし、この鑑定結果が示すのは、日本政府がいう「この遺骨からは、他人のDNAしか検出されなかった。従ってこの遺骨はめぐみさんのものではない」ということではないのである。

 結果が示す科学的解釈は「この遺骨からは、他人のDNAしか検出されなかった。また、残りの大半の遺骨が誰のものかは科学的に立証できなかった」なのである。

 これは重要な点である。以前ネットのコメント欄である方がおっしゃっていた「法廷では何故“guilty or not guilty”であって、“guilty or innocent”と言わないか」という法判断の基本概念にも関わるところだからだ。

 法廷で裁けるのは、「有罪か、有罪ではないか」であって、「有罪か、無罪か」を証明するものではない。

 今回にあてはめれば、鑑定の結果「めぐみさんのDNAは検出できなかった」ことは、「めぐみさんの遺骨ではなかった」ことを全く証明してはいないのである。

 まさに『ネイチャー』の論説「Cremated remains fail to prove fate of Japanese girl abducted in 1977.」が、的確なのではないか。

 現在の北朝鮮の理不尽な振る舞いには断固毅然とした態度で望むべきである。

 しかし、政治的思惑と科学的実証性には、何も関係ないし、その意味で日本のマスコミがこの問題で沈黙していることが、一番理解に苦しむのである。

 めぐみさんの運命はいまだ立証されていないのである。

(木走まさみず)

http://www.janjan.jp/living/0504/0503285068/1.php

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 しかし、本記事の投稿目的を考えると、JANJAN編集部ならびにJANJAN読者に広く認知していただくために、あえて当記事だけは、「この記事が気に入ったらクリック!」ボタンを押していただく形で、読者のみなさまのご協力をあおぎたいのです。

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(木走まさみず)