木走日記

場末の時事評論

超円高のメリットを考える〜5年間ドルベースで50%も価値を高めた円

 22日付け朝日新聞電子版速報記事から。

円、対ユーロ上昇 10年ぶり水準、一時103円67銭

 22日の外国為替市場の円相場は、ユーロに対して値上がりしている。一時、前日午後5時時点より72銭円高ユーロ安の1ユーロ=103円67銭付近をつけた。2001年以来10年ぶりの円高ユーロ安水準で、ユーロが現金として流通し始めた02年以降の最高値を更新した。

 午後1時現在は同43銭円高ユーロ安の1ユーロ=103円96〜98銭。前日の米国の株安を受け、投資家が損失リスクを避けるため、債務不安を抱えるユーロから円に資金を避難させる取引が優勢になっている。

 一方、対ドルは午後1時現在、同42銭円安ドル高の1ドル=76円76〜77銭。前日に米連邦準備制度理事会FRB)が残存期間が3年以下の国債を売って、6〜30年の国債を購入することを決定。これにより、円相場に大きな影響を与えるとされる残存期間2年の国債の流通利回り(金利)が米国でやや上昇し、円が売られやすくなっている。

http://www.asahi.com/business/update/0922/TKY201109220119.html

 うむ、円相場が対ユーロ、対ドル同時進行で過去最高水準の円高となっており、1ユーロ=103円96〜98銭、1ドル=76円76〜77銭、ドルは前日に比べて若干円安の動きではありますが、1ドル=70円台という超円高相場には変わりありません。

 この対ユーロ、対ドル同時進行の超円高相場ですが、過去5年間の9月基準で円相場の動きを表と図にしてみました。

■表1:過去5年間対ドル対ユーロ円相場の動き

年月 1ドル(円) 1ユーロ(円)
2006年09月 117.01 149.11
2007年09月 115.02 159.64
2008年09月 106.75 153.25
2009年09月 91.49 132.80
2010年09月 84.38 109.94
2011年09月 76.76 103.67

■図1:過去5年間対ドル対ユーロ円相場の動き

<データソース>
日本経済新聞 統計・指標データ 株式・円相場
nikkei.com/news/report/market/

 ご覧のとおり、過去5年間で対ドルで117.01円から76.76円と、76.76/117.01と1ドルの円換算は65.6%と34.6%もの目減りであり、対ユーロは149.11ユーロから103.67ユーロと、103.67/149.11と1ユーロの円換算は69.5%と30.5%もの目減りです。

 これだけの急速な円高では輸出産業が悲鳴をあげるのも無理からぬわけです、この円高により工場などが海外に移転する「産業の空洞化」の動きに拍車が掛かると危惧する経済専門家も少なからずおります。

 確かに円高は輸出業者に取り海外の販売価格を直撃して上げ圧力になります、単価面で日本製品の国際競争力を落としてしまうことになり、日本の輸出業者にとって大変なデメリットとなりましょう。

 円高のデメリットはいろいろな記事が触れていますので、当ブログでは今回はあえて円高のメリットにスポットを当ててみたいと思います。

 先ほど、過去5年間で円換算にして1ドルの価値は34.6%、1ユーロの価値は30.5%、目減りしておりその分だけ円が割高になっていることを示しましたが、これはあくまで円を基準に計算したわけですが、逆にドルを基準に考えると逆数を計算すると52.43%も円の価値が上がっており、ユーロを基準に考えた場合も43.83%も円の価値が上がっていることになります。

 わかりやすい例示を示します。

 今過去5年間年収が400万円の日本人がいたとします(5年間年収が増えていないことなど今の日本では珍しくないのが少し悲しいですがそれはさておき)。

 5年前の1ドル=117.01円でドルに換算すると、年収400万/117.01=34185ドルとなりますが、朝日速報記事の1ドル=76.76円でドルに換算しますと52110ドルとなり、5年前の34185ドルに比較してこの5年間で52.43%も増えていることになります。

 過去5年間の年収400万円のドル換算値とユーロ換算値の推移を表と図に示します。
■表2:過去5年間の年収400万円の人の円高効果

年月 ドル換算値(ドル) ユーロ換算値(ユーロ)
2006年09月 34185 26826
2007年09月 34777 25056
2008年09月 37471 26101
2009年09月 43721 30120
2010年09月 47405 36383
2011年09月 52110 38584

■図2:過去5年間の年収400万円の人の円高効果

 この5年間、円は基軸通貨のドル、ユーロだけでなく世界中の殆どの通貨に対して価値を高めてまいりました。

 結果、各国の自国通貨基準の統計資料において、統計上ですが上記表のごとく日本人の所得は跳ね上がっているのです。

 日本は通貨円の価値の上昇により、企業も個人もその所得が海外通貨基準で相対的に膨張していることになります。

 ドル基準で5年間に52.43%も急増しているのです。

 もちろん、日本経済はデフレから脱却しておらず、GDPを押し上げるのは輸出産業だのみ、この円高は輸出産業を直撃し産業を空洞化させ、さらなる不況に日本を陥れるとの悲観的シナリオは理解したうえでですが、この日本全体の所得が膨張している円高のメリットをもっと積極的に国・企業・個人は考えてみる価値はあると思うのです。

 日本は資源のない貿易立国とは言え、日本経済の規模は大きいため、実はGDP比に締める貿易産業の比率は決して高くはありません。

 一国の国内総生産(GDP)または国民所得に対する輸出入額の比率(輸出依存度、輸入依存度)を貿易依存度といいますが、総務省・統計局・政策統括官(統計基準担当)のサイトの資料から2009年度の主要国の貿易依存度を高い順に表にしてみました。

■表3:国別貿易依存度(2009年)

国(地域) 輸出依存度 輸入依存度
香港 151.3 165.0
シンガポール 151.8 138.3
マレーシア 82.1 64.4
ハンガリー 64.9 59.9
タイ 57.5 50.9
オランダ 54.3 48.4
韓国 43.4 38.8
アイルランド 51.0 27.5
オーストリア 34.0 35.3
スイス 33.7 29.9
アイスランド 33.1 29.7
ドイツ 33.6 28.0
スウェーデン 32.1 29.3
チリ 31.8 25.3
デンマーク 29.8 26.4
メキシコ 26.3 26.8
フィリピン 23.8 28.4
ロッコ 15.1 36.1
イスラエル 24.6 25.3
ポルトガル 19.0 30.6
ノルウェー 31.4 17.8
カナダ 23.4 23.8
南アフリカ 21.6 25.3
中国 24.5 20.5
ニュージーランド 21.6 21.9
ロシア 24.4 17.0
トルコ 16.6 22.9
インドネシア 22.1 17.2
イタリア 19.2 19.5
フランス 17.9 20.7
イギリス 16.3 22.2
スペイン 15.1 19.8
オーストラリア 15.6 16.6
インド 12.6 19.3
アルゼンチン 18.2 12.7
コロンビア 14.3 14.3
ギリシャ 6.0 17.6
日本 11.4 10.8
アメリカ合衆国 7.4 11.3
ブラジル 9.7 8.5

<データソース>
総務省・統計局・政策統括官(統計基準担当)のサイト
http://www.stat.go.jp/data/sekai/09.htm#h9-03

 日本は輸出依存度11.4%、輸入依存度10.8%とアメリカと同様、国内市場が大きいため貿易依存度は相対的に小さいのです。

 一般に国内市場の小さい国は貿易依存度が高くなる傾向(たとえば韓国は輸出43.4%、輸入38.8%)にありますが、国内市場が小さくとも産業競争力の無い国は貿易依存度も低いまま(たとえばギリシャやコロンビア)であり、貿易依存度をもってその国の経済状況を計ることは一概にはできませんが、しかし通貨相場のアップダウンのその国のGDP成長率に与える影響はやはり貿易依存度が高い国ほど大きくなります。

 世界最大市場を有するアメリカは日本以上に貿易依存度が低いため、政策的にドル安を黙認し輸出振興策を計っていますが、いかんせんアメリカ市場そのものが活性化しないと経済成長には結びつきづらい体質にあるといえます。

 ・・・

 過去5年間でドル基準で50%以上も価値を高めた通貨円なのであります。

 日本がどうあがいてもしばらくはこの円高がつづくとするならば、円高のデメリットばかり危惧しても建設的ではありません。

 円高のメリットを享受するような施策を積極的に考えるのは悪くありません。

 ひとつには、円が高いうちに輸入を増やすことです。

 世界的に原油などの鉱物資源、小麦やとうもろこしなどの食料資源、これらの高騰する中、日本は円高によってもっとも有利に輸入していることも忘れてはならないでしょう。

 もうひとつは、円が高ければ海外の企業や資産を安く買収することが可能です。

 海外企業の買収、海外投資、輸入拡大、どうせ円が高いならこれらを積極的に施行して、結果的に日本経済に収益が還元するようなスキームを構築すれば、「円高で日本経済が得をする」ことになります。

 5年間ドルベースで50%も価値を高めた円なのです。

 ドル基準、ユーロ基準では日本はとんでもない勢いで所得や資産を増やしているわけです。

 どうせ超円高が続くなら超円高を利用する建設的な動きを期待したいです。



(木走まさみず)