デフレ下でTPP参加しても生活は改善されない〜所得が減少続ける中では「比較優位原理」は無意味だ
31日午前付け日経新聞速報記事から3本。
円が最高値更新、一時75円32銭 オセアニア市場
2011/10/31 6:56【シドニー=柳迫勇人】週明け31日のオセアニアの外国為替市場で円の対ドル相場は一時1ドル=75円32銭まで上昇し、戦後最高値を更新した。
邦銀筋によると、大きな材料はなく、月末の円買い・ドル売りが影響したもよう。米連邦準備理事会(FRB)が11月1〜2日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で追加の金融緩和に踏み切るとの観測もドル売り圧力を高めている。
http://www.nikkei.com/markets/kawase/summary.aspx?g=DGXNASFK31001_31102011000000
政府・日銀、円売り介入を実施 財務相が発表
2011/10/31 10:46安住淳財務相は31日午前の緊急記者会見で、同日午前の東京外国為替市場で政府・日銀による円売り介入を実施したと発表した。
政府・日銀は急激な円高への対応として8月4日に為替介入を実施。円相場はいったん急落したものの、その後は欧州の債務問題などを背景に再び円高が進行、31日朝にはオセアニア市場で一時1ドル=75円32銭に上昇し過去最高値を更新している。〔日経QUICKニュース〕
http://www.nikkei.com/markets/features/12.aspx?g=DGXNNSE2IEC03_08082011000001
円急落、一時78円台
2011/10/31 10:3831日午前の東京外国為替市場で、円相場が1ドル=75円台半ばから78円台前半に急落した。一時78円25銭前後まで下げ幅を広げた。値動きが荒いことから、市場では「政府・日銀が円売り介入を実施した」とみられている。
10時時点では前週末の17時時点と比べ12銭円高・ドル安の75円71〜74銭で推移していた。〔日経QUICKニュース〕
http://www.nikkei.com/markets/kawase/summary.aspx?g=DGXNASFL3105P_31102011000000
うむ、今年になって何度目の最高値更新となったのでしょうか、数えるのも意味が無いほど頻繁になってしまいましたが、オセアニアの外国為替市場で円の対ドル相場は一時1ドル=75円32銭まで上昇いたしました。
これを受けて政府・日銀が、東京外国為替市場で円売り介入を実施、円相場が1ドル=75円台半ばから78円台前半に急落いたしております。
日本単独の介入にどれほど効果があるのか、為替レートのドル安円高基調を短期的には阻止できたとしても、中・長期的なトレンドを変えることは、残念ですが多くの市場関係者は日本一国介入では円高阻止は極めて難しいと予測しています。
それにしてもこの急激な超円高と長期のデフレ経済の問題、この二つの深刻な問題を放置してなぜ今このタイミングでTPP参加を政府が急ぐ必要があるのか、私には理解できません。
急激な円高と物の価値が下がり続けるデフレという深刻な経済的問題を抱えている今の日本が、原則としてすべての関税撤廃を目指すTPPに安直に参加すれば日本経済には悪い影響しかないと思われるのですが、この自明なことがなぜ政府に理解されないのか不思議です。
私は基本的に自由貿易を支持しています。
日本の経済的地位を維持するためには関税撤廃し交易を活性化するTPPのような戦略的経済連携協定は原則的には必要なことであると理解しています。
しかしそれは平時のことであり日本経済が健全性を取り戻した後のことで、今のように国際的に日本一国だけがデフレ経済にあえぎ、日本一国だけが通貨円の異常な独歩高に苦しんでいるときには、関税撤廃などデフレを悪化させることにしかならず何一つ関税撤廃のメリットは日本国民に還元されることはないでしょう。
まず超円高を防ぎデフレ経済から脱却する政策を打ち出すことがなによりも先決なはずです。
今TPPに加盟しても、対米貿易輸出ひとつ考えても数%〜25%のアメリカの関税が撤廃されたとしても、過去5年で50%以上もドルに対して値上がりしてしまった超円高の前ではまったく意味をなしません。
一方輸入に関しては逆に対ドルで過去5年間に50%以上も購買力を高めている日本においてただでさえ海外品を安価で輸入できる条件ができているうえでさらに日本の関税が撤廃されれば、超安価な農産品が怒涛のごとく輸入され国内生産者を大混乱に陥れてしまうことでしょう。
以下は1971年から40年間の円ドル為替レートの推移をグラフ化したものです。
総じて円高基調なのですが、特にここ5年、グラフの傾きは明らかに円高傾向が強まっています、このフェーズ3の2006年から2011年の5年間では、117.32円(06年)から、75.78円(2011年10月22日)と、円はわずか5年で1.55倍も価値を高めています、この期間でならすと毎年8.35円平均で円高が進んでいることがわかります。
尋常な状態ではないのです、ドルだけではありません、ユーロに対しても43%、韓国ウオンにに対しても46%、ほぼすべての通貨に対して円は独歩高の状態にあります。
このような異様な通貨高の状態でTPPに参加しても、関税撤廃の効果は輸出面では超円高の前に完全に相殺され、輸入面では激安の海外品に日本市場は席巻されることでしょう。
・・・
私が原則的に自由貿易を支持するのはTPP賛成派がよく持ち出す英国人経済学者リカードが唱え現在のWTO・世界貿易機関などが自由貿易を推進する根拠となる「比較優位原理」を認めているからであります。
デヴィッド・リカードが提唱した「比較優位原理」とは、比較優位を持つ(相手より機会費用の少ない)財の生産に特化し、他の財は輸入する(自由貿易で)ことで、それぞれより多くの財を消費できるという国際分業の利益を説明する理論であります。
わかりやすい例で説明を試みます。
今1000個の農業品と1000個の工業品の国内需要を持つA国とB国を考えます。
工業国であるA国は100人の労働者により1000個の工業品を生産可能ですが、農業品に関しては生産性が悪く100人の労働者により500個の農業品しか生産できません。
一方、農業国であるB国はA国とは逆で、100人の労働者により500個の工業品しか生産できませんが、農業品に関しては生産性が良く100人の労働者により1000個の農業品を生産でき国内需要を自前でまかなえています。
図に表してみます。
■図3:自由貿易前の国内重要を賄えない2国状態
ご覧のとおり、A国では農業品が500個、B国では工業品が500個不足している状態です。
このままでは双方とも相手国に輸出する余裕はありません、輸出すれば国内需要を満たすことが不可能になるからです。
ここで両国に比較優位を持つ財の生産に特化させ自由貿易をさせます。
A国では労働者200人体制で工業品を2000個生産させ、逆にB国では農業品に200人を投入して2000個を生産します。
この段階で自由貿易によりA国では余剰の工業品1000個をB国に輸出し、逆に農業品1000個をB国から輸入します。
■図4:自由貿易し双方が国内重要を賄えている状態
このように自由貿易により双方に利益が生じるのが「比較優位原理」であります。
そしてそれぞれの国の消費者は、交易条件が改善する(輸入財の相対価格が下がる)ことによって実質所得は上がります。
海外で半額で作れる製品を自前で生産する必要はないのです。
「安い輸入品が入ってきたらデフレになる」という話は、物価水準と交易条件(輸入財/輸出財の相対価格)を取り違えたもの
つまり「比較優位原理」に立てば自由貿易は相互の消費者にとり有益なのであります。
ここまでは実に原理的に正しいと思います。
そこでTPP賛成論者が指摘する「安い輸入品が入ってきたらデフレになるという話は、物価水準と交易条件(輸入財/輸出財の相対価格)を取り違えたもの」であるとの指摘は平時であるならば実に正しい指摘でありましょう。
しかしです。
何度も話しますが、今の日本は急激な円高と物の価値が下がり続けるデフレという深刻な経済的問題を抱えているのです。
今は平時ではないのです。
人々の所得が一定であれば自由貿易でさまざまなモノやサービスの価格が下がれば生活水準は改善します。
したがって、人々の所得が一定であるという条件が成り立つ限り、自由貿易すなわちTPP参加は望ましいことでしょう。
しかし世界でただ一国深刻なデフレ経済下にある今の日本は残念ながらこの条件が成り立っていません。
過去12年以上、我々の所得はデフレのもと、ほぼ右肩下がりで減少しているのです。
ご覧のとおり、1998年からずっと所得は下がり続けています。
この状態でどんなに安い輸入品が大量に出回ったとしても、所得自体が毎年下がっているのですから、デフレ下では関税撤廃して商品が安くなっても分母である所得がそれ以上に下がっているので、「生活水準は改善」されることにはならないのです。
それどころかデフレ下のTPPは結果として私たちの所得減少を加速させる可能性が強いのです。
国内産業は太刀打ちできないところは廃業、また体力があり対抗できるところは、コストを徹底的に下げ、すなわち人件費をさらに抑制し、商品の価格を引き下げて輸入品に対抗することでしょう。
このことはさらなる失業者増をまねきさらなる所得減少を促すことでしょう。
今のようなデフレ、超円高のもとでのTPP参加はデメリットのほうが大きいのです。
政府はTPP参加の前にやるべきことがあるはずです。
これは政策優先順位の問題です。
(木走まさみず)