木走日記

場末の時事評論

エジプト民衆蜂起のトリガーはスタグフレーション

 30日付け産経新聞記事から。

ミイラ2体壊される カイロの考古学博物館 
2011.1.30 00:13

 【カイロ=大内清】エジプト全土での100万人規模のデモから一夜明けた29日朝、首都カイロ中心部は、警察の姿はほとんどなく、デモ隊が気勢を上げるなど無法状態にあった。軍が展開を始めているものの、略奪行為も相次いでおり、ロイター通信は29日、ツタンカーメン王の黄金のマスクなどを所蔵するカイロの考古学博物館に暴徒が押し入り、収蔵品のミイラ2体が壊されたと伝えた。

(後略)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110130/mds1101300014000-n1.htm

 ロイターによれば「カイロの考古学博物館に暴徒が押し入り、収蔵品のミイラ2体が壊された」そうでありますが、おいおい、打倒独裁政権デモは理解しますが、勢い余って大切な外貨収入源である観光の目玉のミイラを壊してはダメでしょう。

 うむ、中東の大国であり屈指の親米政権であるムバラク大統領長期独裁政権が民衆の蜂起により危機に陥っております。

 マスメディア主要紙も社説にて取り上げています。

【朝日社説】エジプトデモ―民主化宣言し流血避けよ
http://www.asahi.com/paper/editorial20110128.html
【読売社説】エジプト騒乱 改革の遂行以外に安定はない(1月30日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110129-OYT1T00759.htm
【毎日社説】エジプトのデモ 強硬な鎮圧策やめよ
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/archive/news/20110128ddm005070133000c.html
【日経社説】エジプトでも独裁はもう続かない
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE0E0E7E0E3EBE0E2E1E2E2E3E0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

 各紙社説の結語。

 日本はエジプトに対する主要援助国の一つである。欧米諸国とも相談しつつ、国と国民の将来のために賢い選択をするよう働きかけたい。(朝日)

 日本は石油の約9割を中東に依存している。中東の安定化のためにも、日本を含め国際社会は、アラブ諸国に民主的な改革を一層促していく必要があるだろう。(読売)

 中東民主化の必要性は認めつつイスラム勢力の台頭は望まない。それが欧米諸国の本音だろうが、そう都合よく運ぶかどうか。アラブ世界に広がる民衆運動は、世界秩序の大きな変化を生む可能性を秘めている。私たちは、そのことを再認識して事態を見守るべきだろう。(毎日)

 同時に、ムバラク政権を中東外交のパートナーとしてきた米欧や日本などは、「ムバラク後」もにらんでエジプトの政治体制の円滑な移行の支援を考えなければならない。(日経)

 「国と国民の将来のために賢い選択をするよう働きかけ」(朝日)、「アラブ諸国に民主的な改革を一層促していく必要がある」(読売)、流血を避け改革を円滑に進めるよう国際社会は働きかけるべきだとしています、親米政権倒壊を危惧する日経も、米欧や日本などは「エジプトの政治体制の円滑な移行の支援」をすべきとしています。

 毎日は「そう都合よく運ぶかどうか」、「アラブ世界に広がる民衆運動は、世界秩序の大きな変化を生む可能性を秘めて」いるとの分析で「事態を見守るべき」だと、「イスラム勢力の台頭」の可能性を見極めようとしています。

 ・・・

 まあ日本としては国際社会と協調してアラブ諸国民主化を促していくのはそのとおりだと思います、日本単独で外交的に何かできるわけでもありますまい。

 各紙社説は今回の暴動の原因の分析がおざなりで少し不満です。

 このエジプト暴動の真の原因を探ることは、実は日本の将来にも関わるある警鐘が鳴らされることを意味すると思うからであります。

 ・・・

 外務省の公式サイトからエジプトの国情を数値で押さえておきましょう。

国名:エジプト・アラブ共和国
(Arab Republic of Egypt)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/egypt/data.html

 1人当たり国民所得は2,070米ドル(2009年)と決して豊かではなりません、実質GDP成長率5.2%(2009/2010年度)を示しながら、物価上昇率はそれを上回る16.5%(2008/2009年)のインフレであり、失業率は8.8%(2008/2009年度)と高止まりしています。

 国内にこれといった産業が育っていないので貿易収支は、輸出が251億6,900万米ドルなのに対し、輸入が503億4,200万米ドル(2008/2009年度)と輸出額の2倍輸入額が超過しておりこれが常態化しています。

 経済概況としては、「4大外貨収入源(観光、運河通航料、石油輸出、出稼ぎ者による外貨送金)が貿易赤字を補填する経済構造」になってしまっているのです。

 このような構造的に不振が続く経済の中で、今回の世界的な食料価格暴騰によるインフレがエジプトの庶民を直撃したわけです。

 実際世界の主要穀物である、小麦、トウモロコシ、大豆の値段は昨年夏から急上昇をはじめ、わずか半年で1.5倍から2倍に急騰、まさに相場はとてつもない高値に向かって上昇していくような不気味さを醸し出しています。

 すでにトウモロコシの在庫率は5.5%、15年ぶりの低水準、また大豆の在庫率は4.2%、何と46年ぶりの低水準です。

 各種食料の輸出価格をもとに算出するFAO食料価格指数(2002−2004年=100)は、昨年12月、214ポイントに到達、ついに史上最高値を更新。あの2008年夏の狂乱した異常値213ポイントを抜いています。

 アメリカ主要紙が自虐的に今回のアラブの民衆騒乱はアメリカが原因であると報じていますが、アメリカがドルを大量に印刷しているためにそれが溢れて投機的な大量のお金が食料価格を押し上げているために、アラブの暴動が起こっているという筋立てです。

 長期政権への怒りが底辺にあることは認めた上でですが、今回の中東各国の民衆蜂起のトリガー(きっかけ)は、間違いなく収入低下と物価高騰が同時にやってきたことだと思います。

 景気が悪化するとともにインフレーションが進行する。雇用や賃金が減少する中で物価上昇が発生し、貨幣や預貯金の実質価値が低下するため生活が苦しくなる。

 つまり「スタグフレーション」であります。

 日本では財政改革・社会保障改革の具体的議論が始まり、消費税増税がリアルに議論され始めていますが、景気の良くないときに増税をする場合、「景気が悪化するとともにインフレーションが進行する」最悪のパターンだけは避けなければなりません。

 私はエジプト民衆蜂起のトリガー(きっかけ)は「スタグフレーション」であると思っています。

 今後増税を検討する日本政府は今回のエジプト民衆蜂起を教訓にすべきです。

 不況時の増税はしっかりとした経済対策とペアで行わないとなりません。



(木走まさみず)