木走日記

場末の時事評論

「働けば食える仕事の提供は企業の責任だ」〜朝日社説は宮殿の中の貴族の机上の空論だ!

●ある零細IT関連会社の雇用トラブル事例

 昨年のことですが、不肖・木走が経営する零細IT関連会社で、ある紙媒体に求人広告を出したときのトラブルをお話しします。

 人手不足・技術者不足の昨今ですので、この業界ではよくある形態ですが、求人内容はかなり幅広く、経歴は経験者から初心者まで、雇用形態も正社員から契約社員・パート・アルバイトまで広げて募集しました。

 かつてプログラム開発経験があり業界OGで現在主婦の方でも気軽に応募いただけるように配慮してのことでした。

 で、応募者の方の中に正社員希望の現在休職中の40代の方がおりました。

 その人は、適性試験の結果、わずかながら合格点には達しなかったので正社員雇用としては残念ながら不合格と通知させていただきました。

 ただ、面接でのその人の仕事に対する熱意がとても好印象でありましたので、私はパート・アルバイトととしてしばらく勤めてみないか、と提案しました。

 期間を決めてパート雇用している間に、存分に働いてもらい、会社としてはその働きがよければ正社員雇用を検討する、ご本人としてはその期間にこの会社の雰囲気になじめるか見極めていただく、そのような互いのリスクヘッジが狙いの提案でした。

 ご本人は働けるのならということでこの提案を快く受け入れてくれました。

 まず3ヶ月の契約としました。

 で、働くこと3ヶ月、経歴としては経験者であったので当然期待していた技術力がなかなか発揮していただけず経過いたしました。

 開発チームに参加してもらったのですが、PLからは「生産性に問題あり」との技術報告が、詳細レポートとともにありました。

 ご本人と話し合った結果、もう3ヶ月だけパート期間を延長してチャレンジしていただくことにしました。

 残念ながら、延長した期間でも、会社の期待する結果は発揮いただけませんでした。

 ご本人もあせりもあったのでしょう、現場でのトラブルも絶えませんでした。

 ご本人曰く、私の実力が発揮できないのは仕事の出し方、指示の出し方が悪いからだ、というのです。

 結局、つごう6ヶ月で契約期間満了をもって打ち切らせていただきました。

 残念ながら、これ以上雇用しても生産性が向上する見込みがなく、私どものような零細企業では、このような中途技術者を雇用し続ける体力はないからです。

 ・・・

 しばらくして、ご本人から会社宛にメールが届きました。

 主旨は、正社員希望で入社したにもかかわらず、半年もパート雇用で使われ、あげくに一方的に解雇された、しかるべき公的機関に相談して法的な対処をするつもりだ、という内容でした。

 驚いた私は、すぐに関連資料を鞄につめて、池袋の労働相談センターに事の経緯を説明に行きました。

 幸いなことに、当時の求人紙に掲載された弊社の求人内容、2回に渡るパート雇用契約の書類、当方側には一切の不備は見あたらず、先方の訴えは認められませんでした。

 ・・・

 大変残念なことでしたが、結果として会社には何も得るモノはなく、ご当人にも不快な思いをさせただけの、まったく不毛なトラブルであったと申せましょう。

 ・・・

 ただ、もしこの人を正社員雇用していたら、と想像すると、やはり慎重に判断してパートで試用したのは会社として間違いではなかった、と考えます。

 現在の日本の法律では一度正社員として雇用した者を、会社側が解雇することは至難であり、その労力と費用は零細企業にとって無視できないからです。

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●「働けば食える仕事の提供は企業の責任だ」〜朝日社説は宮殿の中の貴族の机上の空論だ!

 今日(25日)の朝日新聞社説は考えさせられてしまいました。

希望社会への提言(18)―「働く貧困層」の自立を支える
・「働けば食える」仕事の提供は企業の責任だ
就職氷河期の世代にセカンドチャンスを
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

 社説はこのような書き出しです。

 働いても収入が少なく、まともに食べてさえいけないワーキングプア(働く貧困層)が広がっている。

 背景にあるのは、経済のグローバル化だ。工場が新興国へ移るかもしれない。日本の労働者が、海の向こうの安くて豊富な労働力との競争にさらされる時代になった。加えて、バブル後の不況から脱出するため企業が人件費をリストラし、賃金低下に拍車をかけた。

 いまや、年収200万円以下が1000万人を超えた。働き手の3人に1人、約1700万人は正社員以外だ。家賃を払えずインターネットカフェに寝泊まりする人が、とくに若い世代で増えている。

 社会を支えるはずの若い世代が、自分の暮らしも維持できない。これが私たちの目ざす社会だったのか。

 このままでは、高齢者が増えていったときに立ち行かなくなる。貧富の分裂が進み、社会の基盤を揺るがしかねない。そんな恐れさえ感じる事態だ。 

 そんなことにならぬよう、今のうちから手を打たなければいけない。そこで、取り組むべき柱を三つ提案したい。

 朝日社説の言う、取り組むべき三つの提案とは以下です。

 第一:働く土台を安定させ、底上げしていくことだ。
 第二:貧しい層の生活を支えながら、自立を促すことだ。
 第三:職につくときも、ついてからも、仕事の能力を向上させることが欠かせない。

 それぞれの詳細は、是非社説を読んでいただくとして、この論説はひとつひとつは一見正論でありそうですが、では具体的にどうすればいいのか、あまりにも机上の空論ではないのか、私など零細企業経営者としては、この社説に素直に同意できないのです。

 「第一:働く土台を安定させ、底上げしていくことだ」に絞って考えてみます。

 この中で朝日は持論である「労働規制を立て直して不安定な働き方を抑え、「同じ価値の労働に同じ賃金」という均等待遇をめざす。さらに非正社員雇用保険や厚生年金に加入させる」ことを訴えます。

 労働規制を立て直して不安定な働き方を抑え、「同じ価値の労働に同じ賃金」という均等待遇をめざす。さらに非正社員雇用保険や厚生年金に加入させる。これまでに私たちはそう提案した。

 これを一歩進めて、働いても食べていけないような最低賃金を引き上げる。労働者派遣法を見直して、日雇いのような働き方を減らす。

 これらは企業の責任だとはいえ、大きな負担に違いない。企業を追い込んで肝心の雇用を減らさぬよう、慎重に進める必要がある。苦しい中で大幅な改善策を打ち出した会社には、法人税を軽減するなどの支援策もとりたい。

 要は、朝日の持論である、企業は正社員雇用を増やせ、併せて非正社員雇用保険や厚生年金に加入させ待遇改善せよ、と言っているわけです。

 このような乱暴な施策をとれば、多くの中小企業にとり命取りになりかねないことは、さすがに朝日も気付いているのでしょう、対処策として「苦しい中で大幅な改善策を打ち出した会社には、法人税を軽減するなどの支援策もとりたい」と提案しています。

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 ふう。

 私には、朝日社説は中小企業の苦しみを理解していない、宮殿の中の貴族の机上の空論としか思えません。

 本当に現在の日本の企業の正規雇用問題の抱えている問題点を理解しているとは思えません。

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 上記の弊社の雇用トラブルの例を出すまでもなく、なぜ「正規雇用」に躊躇するかと言えば、現在の法律では一度正規雇用してしまうとなかなか解雇できない、よほどの正当な理由がなければ企業側には雇用を打ち切る手段がない、この一点が大きな足かせになっているのです。

 一部の論者が指摘するように、企業に正規雇用を求めるならば、併せて企業が正規雇用しやすいような法的な工夫を求めるべきです。

 「人はどんどんいれろ。でもクビにはするな」

 これでは企業はなかなか正規雇用者を増やすことは難しいでしょう。

 確かに一部の大企業では経費対策として非正規雇用を増やしている側面はあるでしょう。

 しかし、人手不足の多くの企業はうちも含めて雇用形態にはこだわりがなく現在も正社員を募集しているし、求めています。

 もし、法律が緩やかになり、「解雇の自由」を認めてもらえるならば、多くの人に正社員雇用の道が開かれることでしょう。

 正規雇用者を大幅に増やしたいならば、企業側に「解雇の自由」を与えるべきなのです。

 現行の日本の雇用の状態は、例えれば、日米の大学入試制度の違いのようなものです。

 日本の大学は入学試験で厳しく学力が問われますが、いったん入学してしまえば、あとはたいして勉強しなくても大抵卒業できます。

 たいして米国の大学はたいていの場合、入学の試験は緩やかですが、入学後の進級試験、卒業試験は、とても厳しく、しっかり勉強しないと卒業できません。

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 乱暴な議論をするつもりはありませんが、この正規雇用の問題は、もう少し企業側の立場での議論も深めないと、なかなか即効性のある解決策はでてこないと考えます。

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 それにしてもこの朝日社説、私には、中小企業の苦しみを理解していない、宮殿の中の貴族の机上の空論としか思えませんが、このようなきれい事を社説で堂々と展開するならば、まず自ら率先実行して見ろ、と言いたくなります。

 朝日新聞論説室は、その「宮殿」から外に出てまず「現場」を見て下さい、たとえば、朝日が誇る全国の朝日新聞売店、知る人が知る大量の非正規雇用者が労働しておりますが、まずは自らの足下から正規雇用者化を計ってはいかがでしょう。

 そんなこと現在の法律では経営的にできっこないことがすぐに理解できるはずです。



(木走まさみず)