木走日記

場末の時事評論

米乱射事件:アメリカ社会が抱える根深い病理〜People with guns kill people.


●米の乱射事件―銃規制の強化を求めたい〜何とも他人事で少々無責任な朝日新聞社

 今日(18日)の朝日新聞社説。

米の乱射事件―銃規制の強化を求めたい
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

 正直この朝日社説を読んで脱力してしまいました。

 田園風景の広がる米国バージニア州の大学で起きた銃乱射事件は、犠牲者数で米史上最悪となった。銃による悲劇がどこでも起きる米国社会の姿をあらためて見せつけた。

 このような冒頭で始まるこの論説ですが、結語はこうです。

 銃規制が進まない原因は、全米ライフル協会のロビー活動だといわれている。裕福な銃愛好家ら300万人を会員にした組織は、さまざまな選挙でその影響力を発揮している。
 米国がもっと安全な社会になってほしいというのは、米国を旅する機会も多い世界の人々に共通の願いだ。同時に、自由と民主主義の手本と誇る社会が銃で脅かされている現状は、米国にとっても不都合だろう。米政府や議会、それに国民の銃規制への取り組みを期待したい。

 米国の深刻な銃社会問題において「銃規制の強化を求めたい」のは異論ありませんが、それにしてもこの社説、少し余計な無責任な理由付けが目についてしまうのは、私だけでしょうか?

 この米国史上最悪の30人もの犠牲者を出した惨劇を受けて、言うに事欠いて「米国がもっと安全な社会になってほしいというのは、米国を旅する機会も多い世界の人々に共通の願い」とは、何とも他人事で少々無責任な話ではあります。

 その後で「同時に、自由と民主主義の手本と誇る社会が銃で脅かされている現状は、米国にとっても不都合」じゃないか、と政治的解釈までも付していますが。

 この社説、これで本気で「米政府や議会、それに国民」へ「銃規制の強化」を訴えているのでしょうか?

 他国のマスメディアが適当な押し付け論説をするまでもなく、言うまでもなくアメリカの銃社会問題・治安問題は、アメリカ市民において深刻な解決すべき問題なのであり、朝日が屁理屈付けている「旅行者の安全」や「民主主義の手本と誇る社会」のメンツの問題などはまったく末梢なことでありましょう。

 今回の悲惨な惨劇を深刻に受け止めるべきなのは国際社会として当然ですが、当事者であるアメリカ市民を差し置いて、他人事のように「旅行するときおっかないから、これを契機に銃規制の強化をしてちょうだい」などと主張すべきではありません。

 ・・・

 さて、しかしながら、朝日社説が指摘するとおり、深刻な事件であったのはそのとおりでありますが、朝日が簡単に触れている全米ライフル協会(NRA)という圧力団体の活動ひとつ取っても、一朝一夕に解決できるような問題ではないのではあります。

 深刻な銃問題を抱えるアメリカは日本とは異なる独自の歴史や文化を持っており、朝日新聞が考えるほどアメリカにおける銃規制問題は単純なものではないのであります。



●合衆国憲法修正第二条で認められている「武器を携帯する権利」

 そもそも、日本とは異なり、アメリカが銃社会であるのは、合衆国憲法修正第2条を個人的な銃所持を認めたものだと解釈する多くの人々がいるからであります。

 近年アメリカの銃犯罪の深刻さは深まる一方でありますが、個人的な銃所持が憲法で保障されていると(一部の人々が解釈)されるため、銃規制が円滑に進まないのです。

 まずは合衆国憲法修正第二条を原文で押さえておきます。

Amendment 2 - Right to Bear Arms. Ratified 12/15/1791. Note

A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.

修正第二条−武器を携帯する権利 1791年12月15日 批准

規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない。

The United States Constitution より抜粋
http://www.usconstitution.net/const.html#Am2

 原文でご紹介した理由は、実はここでいう民兵(Militiaミリシア)の歴史的意味合いも含めて、この「修正第二条−武器を携帯する権利」は、その解釈を巡って長い間論争となっているのであります。

 修正第2条に関する2つの解釈、民兵を州兵と捉えてこの武器を携帯する権利は各州に帰属すると主張する「州権説」と、そうではなくあくまでも人民の権利を認めていると主張する「人権説」であります。

 修正第2条の解釈に関する連邦最高裁判所の重要な3つの判決(とりわけ合衆国対ミラー事件判決が有名)もつど解釈が割れていて、今日までこの論争は続いているのであります。

 そしてアメリカライフル協会(NRA)はじめ規制反対派の多くは、後者の「人権説」を主張し、それを根拠に活動をしているのであります。



●Guns don't kill people, people kill people.

 全米ライフル協会(National Rifle Association)は、アメリカ合衆国の銃愛好家の市民団体で会員数370万を誇る事実上の圧力団体であります。

 全米ライフル協会の公式サイトはこちら。

NRA
http://www.nra.org/

 彼らの極めて明快なスローガンはアメリカ人なら衆知であります。

Guns don't kill people, people kill people.
銃は人を殺さない、人が人を殺すのだ。

 ・・・

 そもそも米国で最近発生した学校内での銃乱射事件で、NRAはどのような主張をしてきたのでしょうか。

◆米国で最近発生した学校内での銃乱射事件◆

1998年 3月 アーカンソー州の中学校で13歳と11歳の生徒が生徒4人と教師1人を射殺

1999年 4月 コロラド州のコロンバイン高校で男子生徒2人が銃を乱射し、生徒12人、教師1人の計13人が死亡。犯人の生徒は自殺

2002年 1月 バージニア州法科大学院で停学処分となったナイジェリア人学生が学長と教授、学生を射殺

2005年 3月 ミネソタ州の先住民居留地の高校で、16歳の生徒が同級生5人、教師1人、ガードマン1人を射殺。犯人は自殺

2006年 9月 コロラド州で男が高校に押し入って女子生徒6人を人質に取り、1人を射殺。犯人は自殺

      9月 ウィスコンシン州の中学校で15歳の生徒が校長を射殺

     10月 ペンシルベニア州キリスト教アーミッシュの学校に男が押し入り、少女10人を銃撃し5人死亡、5人重傷。犯人は自殺

バージニア工科大の銃乱射:「規制」論争再燃か 大統領、捜査に全面協力
毎日新聞 2007年4月17日 東京夕刊
 より抜粋
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/archive/news/2007/04/17/20070417dde007030057000c.html

 上記毎日新聞記事でも確認できますが、昨年9月末から10月にかけて、学校を舞台に連続銃撃事件が起こり、アメリカのメディアは連日その話題で持ちきりでした。

 その時、興味深いことに、当然出るだろうと思われた銃社会への批判は、少しも盛り上がらず、再発防止対策の議論は的外れな方向に発展していきました。

 この当時、誰でもが深刻に考えた問題が、子どもたちがいとも簡単に銃器を手に入れられることができた事実であります

 これだけの惨劇を引き起こしたのですから、今度こそメディアと議員が立ち上がって、銃器規制を検討し、全米ライフル協会(NRA)を槍玉に揚げる絶好の機会だったのですが、予想に反して銃規制の声は静まり、議論はとんでもない方向に発展しました。

 ウィスコンシン州のNRAに支持を受ける共和党下院議員は、再発防止策として「安全を守るために、校長・教員・守衛など全ての学校関係者が、銃で武装するべきだ」という法案を州議会に提案したのです。

 その議員が提案のモデルとして上げた国はイスラエルとタイでした。

 両国では学校が頻繁に「イスラム過激派のテロ」に襲われるので、自衛策として教師が武装して良いことになっています。

 この二カ国に倣って、米国の公立学校の全ての教職員に銃を持たせようという計画でした。

 さすがにこの冗談のような提案は他の共和党員からの支持もまとめられず大差でボツになりました。

 しかし、次にNRAがしくんだからくりは大成功を納めます。

 今回の事件で、加害者の少年が親の銃を持ち出したことから、銃を持つ家庭を対象に、「鍵のかかる銃収納庫」を無料配布し始めたのです。

 このキャンペーンの賛同者を見ると、三大病院の院長、医師、看護士など医療関係者が名前を連ね、「子どもたちの安全を守るために」、熱心に新型ロックの推薦に努めています。宣伝の終りには、にこやかな笑顔の業者の写真がおさまっています。

 新型ロックの銃収納庫のキャンペーンが始まると、先の議員も提案を修正し、教師が銃を携帯するのではなく、「各学校は、この新型ロックを設置した収納庫に、銃を安全に保管すること」を追加提案したのでした。

<参考サイト>
吉永世子のアメリカ便り

連載★第17回
 全米ライフル協会(1):連続学校銃撃事件
http://www.dokushojin.co.jp/yoshinaga_seiko17.html

 ・・・

 昨年に起こった一連の連続学校銃撃事件とその後のNRAの活動を検証しただけでも、いかにNRAが政治家達を使って銃抑制議論を巧妙にすり替えてきたのかが、かいま見えてくるのです。



●Guns don't kill people, people with guns kill people.

 そもそもNRAはスミス&ウェッソンやレミントン・アームズなどの政府や軍と取引の多い銃、武器メーカーからの潤沢な援助を受けている他、政界への献金を行っており、共和党保守派を中心に有力な政治家の会員も多く、歴代の大統領の多くが会員、もしくは名誉会員であり、一筋縄にはいかない有力なロビー団体の一つなのであります。

 そして彼らの主張は、アメリカの歴史とその憲法に支えられている点で、決してただの少数派圧力団体ではない、幅の広い支持を獲得してきた事実も無視できません。

 イギリスとの戦争でアメリカ民衆が武器を取って勝ち取った独立と自由、政府の保護が期待できない西部開拓時代での民衆自身が武装して自警団を作りこの国の礎を築いてきたという強烈な自負心が、合衆国憲法修正第二条に体現されているのであります。

 私たち日本人にしてみれば、ぶっそうな銃など無い社会のほうが安全であることは自明なことなのでありますが、多くのアメリカ人に取り、歴史的経緯もあり今現在全米で2億6000万丁も銃が所有されている厳しい現実を前に、ことはそう簡単ではないのであります。

 しかしながら、今回のような銃社会の悲劇が毎年のように繰り返されているこの厳しい現実をアメリカ市民はいつまで我慢していけるのでしょうか?

 NRAは主張します。

Guns don't kill people, people kill people.
銃は人を殺さない、人が人を殺すのだ。

 しかし、このスローガンは昨日の惨劇を目の当たりにするとどうもしっくりこないのであります。

 もし銃規制がされていたらあのような悲劇は起こらなかったのではないかと思うと、私にはこちらのほうがしっくりくるのでした。

Guns don't kill people, people with guns kill people.
銃は人を殺さない、銃を持った人が人を殺すのだ。

 このアメリカ社会が抱える根深い病理、みなさまはどうお考えでしょうか?



(木走まさみず)