木走日記

場末の時事評論

『かんぽの宿』売却問題で今再び問われる小泉郵政民営化の是非

●『かんぽの宿』売却問題〜鳩山氏はオリックスの宮内会長と郵政民営化の関係を問題視

 13日付け時事通信記事から。

かんぽの宿」資産価値の調査を=鳩山総務相

 鳩山邦夫総務相は13日の閣議後会見で、日本郵政オリックス不動産への一括譲渡を決めた保養・宿泊施設「かんぽの宿」70施設について、「いくらぐらいの価値があるか、専門家に調べてもらおうと思う」と語り、政府として資産価値の調査を検討する考えを示した。また、かんぽの宿競争入札について「私が聞いている話ではすべてが不明朗」と指摘。一括譲渡の手法についても「応募できるところが減る」と批判した。 (了)
(2009/01/13-09:49)
http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2009011300188

 先週から俄然ヒートアップしてきたこの『かんぽの宿』売却問題ですが、鳩山総務相が異議を唱えているのは、時期や売却先を問題視しているのでありまして、鳩山氏の問題意識は、(1)なぜ不況時に売るのか(2)なぜ一括売却なのか(3)なぜ郵政民営化を推進した宮内氏の率いるオリックス系なのかということであります。

 特に三点目、鳩山氏はオリックスの宮内会長と郵政民営化の関係を問題視しています。

 たしかに宮内会長は総合規制改革会議などの議長を務め、小泉構造改革を推進してきた立場です、オリックスは「郵政民営化は小泉元首相の直轄案件で別ものだ」と反論してますが、鳩山氏も「宮内会長が民営化に執念を持っていたのは周知の事実。(その企業が落札するのは)倫理や道徳の問題だ」と譲りません。

 かんぽの宿は法律で民営化から5年以内の譲渡、廃止が決まっています。

 そのため、日本郵政は昨年2月、専門家の助言を求めてメリルリンチ日本証券と契約を結び、約3200人の雇用と全国70施設の維持などを条件に参加表明を募り、27社が参加、2度の競争入札を経て、12月にオリックス不動産と約109億円で契約を交わしたものです。

 かんぽの宿は年間40億円の赤字事業です。

 西川善文日本郵政社長は「不採算事業で持てば持つほど負担」としていて、かんぽの宿を抱え続ければ、毎年数十億円の赤字が積み上がるだけに、日本郵政は売却先の選定を急いだとしています。

 ・・・

 たしかに、『李下に冠を正さず』のことわざを持ち出して、小泉政権時の各規制改革路線を強力に推進してきたオリックスの宮内会長が、郵政民営化のどさくさでもともとの国民資産である『かんぽの宿』の民間売却に名乗り出るというのは、「倫理や道徳の問題だ」という点は納得です。

 その意味で政府として資産価値の調査を検討する考えを示したことは理解できますし、入札や選定方法に疑義があるならばそこは徹底的に調査すればよろしいと思います。

 ただ、現時点でオリックスにも日本郵政側にも入札行為に違法性は認められないことも事実であります。

 この点で、主要メディアでただ一紙、9日付けの日経新聞社説が、鳩山氏のオリックス売却「まった」に、強烈に批判しています。

社説2 総務相の「待った」に異議あり(1/9)

 日本郵政が赤字続きの宿泊施設「かんぽの宿」の一括譲渡先にオリックスグループを選んだのに対し、鳩山邦夫総務相が待ったをかけた。オリックス宮内義彦会長が小泉政権規制改革・民間開放推進会議の議長を務め、民営化議論を主導していたとして「国民が出来レースと受け取る可能性がある」という。譲渡手続きの認可を拒むことも示唆した。

 総務相の姿勢は到底納得できない。両社はともに「公正な競争入札を経た決定」と説明し、譲渡契約も調印済みだ。不正の疑いがあるなら徹底的に調べればよい。だが対象企業の経営者の公職歴や主張を盾に入札結果を拒むのは筋が通らない。

 かんぽの宿郵政民営化前の簡易保険事業が余資運用の一環として全国に整備した福祉施設である。採算の合わない投資やずさんな運営が重なり、2007年度は40億円、08年度上期も26億円の赤字を出している。日本郵政株式会社法は民営化から5年となる12年9月末までにかんぽの宿の施設を譲渡・廃止すると決めている。

 総務相が認可した08年度の事業計画に沿い、日本郵政は昨年4月に譲渡先の募集を始めた。27社が名乗りを上げ、2回の入札を経て、最も高い金額を提示したオリックスに70施設を一括譲渡することを年末に決めた。4月に予定した譲渡後も施設に勤める約3000人の雇用は維持する。赤字事業を極力早く手放すのは経営健全化を急ぐ日本郵政として合理的な判断だ。オリックスにはホテル再生のノウハウもある。

 鳩山氏はかんぽの宿を「国民共有の財産」と呼び「売却には一点の曇りもないようにしなければ」と言う。宮内氏が小泉純一郎元首相の改革路線を支えたのは事実で、それを批判するのは自由だ。しかし、随意契約でなく入札という手続きを経た結果を、十分な根拠もなく「お手盛り」のように言うのは明らかに行き過ぎである。こんなことでは公職を引き受ける経営者もいなくなる。

 郵政民営化の見直し論や国会での野党による追及をにらんでの発言だろうが、所管大臣が入札結果に堂々と介入するのは常軌を逸している。譲渡をやめてもかんぽの宿の赤字は消えない。重荷は誰が負うのか。

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090108AS1K0800308012009.html

 「対象企業の経営者の公職歴や主張を盾に入札結果を拒むのは筋が通らない」

 「所管大臣が入札結果に堂々と介入するのは常軌を逸している」

 かなりきつい批判の言葉が並びますが、法的に問題がおそらくないだろう点では日経社説の言い分は一理あると思います。

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 今日は、この最近ヒートアップしてきた『かんぽの宿』売却問題を通じて、あの小泉改革が意味していたものを反省を込めて再考察して見たいと思います。




アメリカの新自由主義者(ネオ・リベラル)たちの要求にこたえた小泉郵政民営化

 今、米サブプライムローン問題に端を発した世界同時金融不安が実体経済へと波及することを避けられない見通しの中で、各国政府は緊急の金融・財政出動を取りつつ、サブプライムを生んだ行き過ぎた自由競争への反省から新たな制限ある秩序をもった国際金融制度を模索しつつあります。

 アメリカのオバマ新大統領は、『規制を取り除き自由競争によって市場を広げ、生産力を上げる』という新自由主義経済(ネオリベラル)が求める「小さな政府」政策がこの不況をもたらせたとの認識から、雇用や福祉や所得を広く分配するオバマニューディール政策とも言える「大きな政府」政策を掲げています。

 近来ここ十数年、世界経済を動かしてきた最も強力な思想は、新自由主義(ネオ・リベラリズム)でありました。

 この思想はグローバリゼーションを推進し、各国の社会・経済「改革」をリードしてきました。

 日本も例外ではありませんでした。

 3年半前、2005年、私達日本国民は熱情(パッショ)をもって、小泉郵政選挙において小泉改革の本丸であった郵政民営化に、衆院の三分の二の議席を自民に与えるという結果で、圧倒的支持を示したのでした。

 少し当時を振り返りましょう。

 当時小泉首相は「郵政民営化が改革の本丸」である理由を、「民にできることは民にまかせ、民間経済を活性化させるとともに、政府をスリム化して財政支出を抑える」、「行政肥大化を影で支えてきた財政投融資制度の原資である郵貯・かんぽを民営化すれば大蔵省や特殊法人の無駄使いはできなくなる」と説明していました。

 実は当時も今も私達国民は郵政民営化など関心はなく、世論調査によれば当時も国民の関心とトップは景気対策であり、年金などの社会保障の安定がそれに続いていました。

 しかし小泉首相は今にしてみれば異常なまでに郵政民営化にこだわり、竹中経財相を郵政民営化担当大臣に任命してまでのめりこんでいきます。

 小泉首相・竹中経財相は当初「民営化すれば30万人の公務員が減り、税負担が減る」と利点を強調していましたが、実は郵政事業が独立採算であり、なおかつ黒字なので税金が使われていない事実を後から指摘されます。

 すると「民間企業になれば納税するので財政にプラス」と論点をすり替えますが、これに対しても当時すでに公社化が決定していた郵政事業は利益の半分近くを「国庫納付金」として国に治めることが定められていましたので、納税はすで規定路線と鋭い批判を浴びることになります。

 その後の民営化正当論はもうめちゃくちゃで、「株式を売り出せば売却代金で国家財政が改善する」、「民営化すればコンビニの兼営などでサービスが改善、しいては料金が安くなる」、しまいには、「実は郵政事業はこのままでは赤字になってもたないから、民営化して事業拡大の余地を残す」といった、当初の「民業圧迫」と明らかに矛盾する論まで飛び出すありさまでした。

 そのような中で、小泉首相は総選挙に打って出たのでした。

 当時私たち国民は郵政民営化にさして関心もなかったにもかかわらず、小泉改革のわかりやすいフレーズ「ふるい自民党をぶっ壊す」、「改革なくして成長なし」という言葉を好意を持って受け入れたのです。

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 そして日本国の郵政事業は民営化されました。

 後年、関岡英之氏が指摘したとおり、コイズミ改革の本丸であったこの郵政民営化政策は、アメリカの新自由主義(ネオ・リベラリズム)者たちが強く日本政府に要求していた内容にそっくり準じていたことが明らかになっています。

 米国政府は平成7年以来、毎年日本政府に突きつけた「年次改革要望書」に郵政民営化を明文化、要求してきました。

 このあたりを細かく検証している『平成経済20年史』(幻冬舎新書刊:紺谷典子著)の当該箇所を部分抜粋引用して見ましょう。

 (前略)

 この事実を発見した関岡英之氏は、「米国側から見れば、郵政民営化イコール日米保険摩擦なのです」と語っている。米国は、簡保郵便事業から切り離して完全民営化し、全株を市場に売却せよ、と要求しており、小泉・竹中案は、このラインに完璧に沿ったものである。
 国会で問題になり、野党の質問に対して「年次改革要望書など見たこともない」と竹中氏は答えたが、米国側は、なんと翻訳までして米国大使館ホームページに公開しており、米国側の要求どおりにシナリオが作られたことが白日の下に晒されたのである。
 米国が自国の利益を追求するのは当然のことであり、何も隠すべきことはないのだろう。後ろ暗いなどとは思っていないから、堂々と文書を公開したのである。
 問題は、証拠を突きつけられるまで嘘をつき、隠蔽しようとした小泉首相竹中大臣である。やはり後ろ暗いところがあるのだろう。そうでなければ、なぜ隠そうとするのだ。
 その上、実は、政府は郵政民営化に関して米国と18回もの会合を重ねており、うち5回は米国の保険会社との会合だったことまで明らかになる。
 米国は、民営化後の簡保金融庁の監督下におき、巨大な保険会社は市場支配力があるから独占禁止法を厳格に運用し、適切な処理をとるように求めている。

(後略)

 彼ら米国の関心は特に『かんぽ』、簡易保険の民営化でした。

 120兆円を超える『かんぽ』はグローバル化を進めるアメリカの保険会社にとってとても魅力的な市場に映っていたのであります。

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●規制改革によって格差が生まれたなどという不思議な議論〜宮内会長

 この不況でおおきく潮目は変わりました。

 多くの人が、今回の不況がネオリベ的政策であるグローバリゼーション・規制緩和・自由競争が行き過ぎた結果がもたらした側面があると認めだしました。

 潮目の変わった今、あの小泉改革が意味していたものを反省を込めて考察する機会を、この『かんぽの宿』売却問題を通じて得ることができるのは、私達日本国民にとって悪いことではありませんでしょう。

 3年前、小泉改革新自由主義的思想で民営化を決定した郵政事業において、いま赤字部門である『かんぽの宿』が一括で、よりによって「民営化を推進してきた」(鳩山氏)宮内会長率いるオリックスグループに売却されようとしているのです。

 その宮内会長は昨年暮れに、産経新聞のインタビューで最近の風潮を嘆かれています。

(前略)

 最近は規制改革に一段と逆風が吹いている。規制改革によって格差が生まれたなどという不思議な議論が繰り広げられている。規制改革は自由競争によって市場を広げ、生産力を上げるものであり、格差とは関係ない。格差というのは配分の問題であり、税制などを通じ、その社会にふさわしい制度づくりをすべき政治の仕事のはずだ。

 世界の経済がきしんでいる今こそ、経済システムをできるだけ民間の手に委ね、効率を高め、新しい事業や取引を生み出すことで配分できるパイを大きくすべきだと思う。

(後略)
http://www.business-i.jp/news/special-page/wagamichi/200812260001o.nwc
オリックス会長 宮内義彦氏(4)

 宮内氏にして見れば、「規制改革によって格差が生まれたなどという」のは「不思議な議論」でありましょう。

 氏によれば、「規制改革は自由競争によって市場を広げ、生産力を上げるものであり、格差とは関係ない」のであり、「格差というのは配分の問題であり、税制などを通じ、その社会にふさわしい制度づくりをすべき政治の仕事」なのであります。

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●かつてのように無邪気に自由競争の力を信じることは私にはできない

 「100年に一度」とも形容される不況を招いた今、潮目は変わったのです、かつてのように無邪気に自由競争の力を信じることは私にはできません。

 「競争」が原理の市場をすべて否定するものではありませんが、「格差」の是正はすべて「政治の仕事」と割り切る論法には違和感を持たざるを得ません。

 もっとも、このような感覚の持ち主であるから、あくまでもビジネスとして『かんぽの宿』売却に名乗り出ることに躊躇などなかったのでありましょう。

 たしかに、法的にはまったく問題がないのでしょう。

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 この『かんぽの宿』売却問題、この先の成り行きをしっかり見守りたいと思います。

 そして、大不況の中、3年前の総選挙の熱情(パッショ)が冷めた今だからこそ、今一度、冷静に郵政民営化の是非を論じることが可能なのだと思います。

 オリックスへの売却が認められるにしろ、認められないにしろ、私達国民にとって、小泉郵政民営化は是だったのか非だったのか、有権者たる我々国民一人一人が再びその本質的是非への問いかけをすべきではないでしょうか。



(木走まさみず)