木走日記

場末の時事評論

福井総裁運用益は庶民感覚を逆なでしたのか〜各紙社説に見られる利益の大小を妬む浅薄な議論

●興味深い今日(21日)の各紙社説の論調〜日銀の福井俊彦総裁が資料を国会に提出

 村上ファンドへ1000万円を投じた問題で日銀の福井俊彦総裁が資料を国会に提出いたしました。05年末の元利合計額は2231万円で、99年から05年までの運用益はすでに支払われた分も含め1473万円にのぼりました。

 この資料提出を受け今日(21日)の全国紙は産経を除く4紙が社説に取り上げています。

【朝日社説】日本銀行 総裁の椅子の重さ
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
【読売社説】[福井総裁運用益]「混乱を招けば進退問題にも」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060620ig91.htm
【毎日社説】福井日銀総裁 疑念が生じない仕組みを
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/
【日経社説】信頼回復へ福井総裁の試練
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20060620MS3M2000420062006.html

 各紙社説の結語からその論旨を比較してみましょう。

【朝日社説】日本銀行 総裁の椅子の重さ

 日銀法は中央銀行の独立性を重んじ、首相といえども総裁を解任できない。だからこそ、日銀総裁には他の公職とは比べようもない厳しい規律が求められる。

 福井氏は総裁にとどまる意向だが、不信を増幅させるような事態が続くことはないのか。資産公開に踏み切り、投資について厳しく定めた内規を導入できるのか。国民の信頼を取り戻せるのか。

 福井総裁の進退問題に決着がついたわけではない。

【読売社説】[福井総裁運用益]「混乱を招けば進退問題にも」

 福井総裁は、「日銀の決定が政治に左右されないことは、政策の軌跡で示していく」と言うが、そうした懸念を生んだのは総裁自身だ。憶測が入り込まぬように、景気に対する見方や金融政策の運営方針を、今まで以上に丁寧に、説明していくべきだ。

 村上ファンド問題も、国民に疑われる点がなくなるまで、何度でも説明してほしい。内規の見直しを急ぎ、検討内容を公開することも必要だ。すべてを明らかにし、改善すべきは改善することで、今回の問題が市場に悪影響を及ぼすことを防ぐのが肝心だ。

 手を尽くしても市場の不信感をぬぐえなければ、その時は、当然、福井総裁が自ら、進退を判断するべきだろう

【毎日社説】福井日銀総裁 疑念が生じない仕組みを

 今回の問題の反省から日銀は、役員の金融取引に関する内部規定の見直しのため検討会議を設置した。(1)職務の公正性を確保するうえで必要な服務ルール(2)投資制限のあり方、望ましい検証方法(3)資産公開のあり方−−を検討するという。

 いずれにしても日銀は国民からの信認がなければ成り立たない組織だ。内規を抜本的に見直し、さらに、情報を公開して透明度を高めるのは当然のことだ。日銀自身が行員の「心得」でいさめている「世間からいささかなりとも疑念を抱かれること」が繰り返されてはならない。

【日経社説】信頼回復へ福井総裁の試練

 総じていえば、野党のように「辞任に値する」と断じるほどの根拠は現時点ではないのではないか。

 「職務を全うしたい」という福井総裁に注文しておきたい。まず今回の一件で政府・与党は総裁をかばったが、政策運営では日銀の判断を貫いてほしい。ゼロ金利解除は当面の試金石だ。政府・与党の意向をくみ、意に反していたずらに遅らせるようでは困る。第二に、日銀幹部の資産公開などについて妥当なルールを早く決めることだ。行動によって日銀の公正・中立さを証明するのが、信頼回復への最良の方法である。

 各紙の論調は色合いの違いはありますが、当然ながらこの資料提出をもって総裁を辞任せよという強硬論はありません。

 比較的擁護派である【日経社説】の「総じていえば、野党のように「辞任に値する」と断じるほどの根拠は現時点ではないのではないか。」という判断があるのでしょう。

 ただ、今回の問題の反省を求め日銀の今後の対応を見守り信頼回復へ透明度をたかめるべきとの視点は各紙に共通していますが、【朝日社説】と【読売社説】は信頼回復がなされなければ、総裁の辞任を強く促す結語になっているのに対し、【毎日社説】と【日経社説】は、内部規定の見直しなど透明性を高めるルールづくりを求める結語になっています。

 特に【日経社説】は次のように、本件が日銀の金融政策の政府からの独立性に悪影響を与えることがあってはならないと注文を付けています。

 「職務を全うしたい」という福井総裁に注文しておきたい。まず今回の一件で政府・与党は総裁をかばったが、政策運営では日銀の判断を貫いてほしい。ゼロ金利解除は当面の試金石だ。政府・与党の意向をくみ、意に反していたずらに遅らせるようでは困る。

 さて、興味深いのは総額1473万円となる運用益に対する各紙の論評です。

【朝日社説】日本銀行 総裁の椅子の重さ

 99年に出した1千万円は、倍以上に膨れあがっていた。預貯金の金利はほぼゼロに張り付き、多くの国民は不満を募らせている。福井総裁がファンドに投資し、大きな利益を得たことに憤りを感じた人は多いはずだ。

【読売社説】[福井総裁運用益]「混乱を招けば進退問題にも」

 やはり、そんなに儲(もう)けていたのかと、多くの人が感じたことだろう。

 1999年に投資した1000万円が昨年末には、2倍以上の2231万円に膨らんでいた。途中で242万円の分配金も得ていた。一方で、日銀のゼロ金利政策の下、預金金利は大手銀行の5年物定期で1%にも満たない。

 金融政策の責任者である日銀総裁が、国民に低金利を強いる一方、自らはファンド投資で大きな利益を上げていた。

【毎日社説】福井日銀総裁 疑念が生じない仕組みを

 年平均で10%を上回る運用実績をあげていたことになる。しかも、村上ファンドには誰もが投資できるわけでない。ゼロ金利政策の下で金利収入はほとんどない状態が続いている預金者の立場からみると、あぜんとする利益だ。

 利殖が目的ではないというものの、村上ファンドが高い運用成果をあげていたことは報道などから一般の人でも容易に想像できた。かなりの利益が出ていることはファンドからの報告書でわかっていたはずだ。にもかかわらず、今年2月に解約手続きをとるまで福井総裁が放置してきたことは、いくら釈明しても、国民の理解はなかなか得られないだろう。

 朝日、読売、毎日は強く批判しています。

 「日銀のゼロ金利政策の下、預金金利は大手銀行の5年物定期で1%にも満たない」(読売)状況の中で、「金融政策の責任者である日銀総裁が、国民に低金利を強いる一方、自らはファンド投資で大きな利益を上げていた」(読売)のは、「預金者の立場からみると、あぜんとする利益」(毎日)であり、「福井総裁がファンドに投資し、大きな利益を得たことに憤りを感じた人は多いはず」(朝日)としています。

 朝日社説にいたっては共同通信社世論調査結果まで持ち出して「総裁の椅子(いす)にとどまる適格性に疑いを持たれても仕方ない」としています。

 共同通信社世論調査では、「辞任した方がよい」と考える人が49%を占め、「辞任しなくてもよい」と考える人は13%にとどまった。国民の厳しい視線に想像力が及ばなかったのであれば、総裁の椅子(いす)にとどまる適格性に疑いを持たれても仕方ない。

 一方、日経社説では「そうした批判は必ずしも当を得ていない面」があるとして福井総裁を擁護しています。

【日経社説】信頼回復へ福井総裁の試練

 一方、投資の利益が昨年末までに評価益を含め1473万円にのぼる事実を公表した。金融緩和策で預金金利が極めて低い時期に自らは巨額の利益を得ていたのは問題だという声もある。だが、ファンドへの拠出は元本割れのリスクが伴うことなども考えれば、そうした批判は必ずしも当を得ていない面がある。

 ・・・

 福井総裁は今回の会見で「総裁就任後も解約しなかったことの「不明」を認め」(日経)、「月給の30%を半年間自主返上」、「ファンドの清算で出た利益と元本は、「慈善団体への寄付などに振り向けたい」(読売)と話したそうであります

 元本・利益を全て福祉団体に寄付するとの決断は、私は潔いひとつの禊ぎの付け方であると評価したいのですが、この行為すら「だが、問題が発覚してからの言葉では、何ともしらじらしく聞こえる」(読売)と皮肉られる始末です。

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 私はこの1473万円という運用益金額の公表により、「そんなに儲(もう)けていたのかと、多くの人が感じた」(読売)ことはその通りだと思いますし、ゼロ金利にあえいでいる国民の感情論として金額の大きさから妬む感情が生まれるのもある意味で当然なのでしょうが、利益の大小でこの問題を論じるのには少し違和感があります。

 なぜなら、大きな利益を生んだのがいけないとする浅薄な議論で終始してしまえば、もし仮に運用して利益が発生していなかったら、あるいはもっと少額であったならば、今回の日銀総裁村上ファンドへの出資問題は不問とされることになるでしょう。

 今回の件で本質的に問われるべきことは、中央銀行総裁就任後も特定ファンドへの投資が3年以上も継続されてきていて、かつ、総裁就任中の本年2月という微妙な時期に7年間維持してきた契約を突如解約するという、利益確定を伴う投資行為を行った経緯にあります。

 現時点では残念ながら「2月になって急に解約した理由など、福井総裁の説明はまだ十分に尽くされているとはいえない」(毎日)のであり、十分に説明責任をはたしているとは言えません。

 中央銀行総裁として求められている、独立性、そして中立性・透明性に一連の行為が抵触しているのか、いないのかその事実関係を冷静に究明すべきなのです。

 その点で、利益額の大小は些末とはいいませんが大きな要素ではないでしょう。

 確かに7年間で2.4倍という高利率の運用実績は「庶民感覚」からすれば異様に高いと論じることも可能ですが、その間の上昇基調の株相場の動きを冷静に見れば、多くの上場株が2倍近く上昇してきたのもまた事実であり、銘柄によってはこの七年間で2.4倍を越える値動きをした株も少なくはありません。

 私は利益の詳細をはっきり示し、自らの落ち度を認めた福井総裁の今回の会見を評価するモノであります。

 その上で総裁にはさらなる「清廉性」を示し本件に関わる情報開示に積極的に協力していただくことが、何よりの「信頼性回復」に繋がると信じております。



●興味深い突出した意見〜「日銀総裁辞任を」自営業者などの「商工サービス業」が63・9%支持

 朝日社説が取り上げていた共同通信世論調査を報じる中日新聞記事から・・・

日銀総裁辞任を」49%
村上ファンド投資問題で世論調査

 共同通信社が17、18の両日実施した全国電世論調査によると、村上ファンドへの1000万円の投資が判明した日銀の福井俊彦総裁の進退について、49・2%が「辞任した方がよい」と回答した。

 福井総裁が、総裁就任後も投資を続けていたことについては62・4%が「問題だと思う」と回答。「問題ない」は10・7%にとどまり、総裁の行為に疑問を持つ人が多数に上ることを裏付けた。「どちらともいえない」は24・9%だった。

 福井総裁は20日までに投資で得た利益などを国会に報告するとしているが、自らの行動と今後の対応について、より明確な説明が求められる。

 調査では「辞任しなくてもよい」との回答は13・0%。ただ「一概にはいえない」との答えも35・9%あり、現時点で日銀総裁の進退を問うことへの慎重論が強いこともうかがわせた。

 辞任した方がよいとの回答は、年代別には40代が56・2%と最も厳しく、50、60代も半数を上回った。ただ20代は43・0%、30代は45・1%にとどまり、年齢によって問題の受け止め方が異なった。性別による大きな差はなかった。

 辞任が必要との回答を職業別にみると、一般のサラリーマンら「事務・技術職」が50・0%、自営業者などの「商工サービス業」が63・9%だったが、企業や官公庁の課長以上である「管理職」は27・7%にとどまり、ばらつきが出た。

 ◆調査の方法 全国の有権者を対象に17、18両日、RDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)法で実施した。コンピューターで無作為に電話番号を発生させてかける電話調査法で、電話帳に番号を載せていない人も調査できる。無作為に発生させた番号のうち、実際に有権者がいる世帯にかかったのは1476件、うち1023人から回答を得た。

http://www.chunichi.co.jp/00/kei/20060619/mng_____kei_____000.shtml

 興味深い世論調査結果です。

 49・2%が「辞任した方がよい」、62・4%が「問題だと思う」と回答してますが、同時に、「辞任しなくてもよい」との回答は13・0%、「一概にはいえない」との答えも35・9%あり、「現時点で日銀総裁の進退を問うことへの慎重論が強いこともうかがわせた」結果となっております。

 特に私が関心を持ったのは記事結語の以下の分析結果です。

 辞任が必要との回答を職業別にみると、一般のサラリーマンら「事務・技術職」が50・0%、自営業者などの「商工サービス業」が63・9%だったが、企業や官公庁の課長以上である「管理職」は27・7%にとどまり、ばらつきが出た。

 辞任が必要という意見ですが、私のような零細企業経営者などの「商工サービス業」が63・9%と突出しているのに対し、企業や官公庁の課長以上である「管理職」は27・7%にとどまっているのでありますね。

 私は先ほども述べましたが利益の大きさで本件を論じるのは意味がないと考えていますが、一方一経営者として日々資金繰りに汲々としている身としては、このアンケート結果には大きく頷けるのであります。

 恥を話すようですが、今私の手元には私の会社の運転資金原資としているある銀行口座にある1500万円の大口定期預金の通帳とその明細があります。

 ただの定期預金より大口の分多少金利が有利でありますが、それでも一年間の利息はわずか0.03%であり、1500万円あずけても利息はわずか4400円、そこから、国税675円、地方税225円を引かれて残りはたった3500円であります。

 金利を稼ぐためなら株の直接投資や投資ファンドも選択肢のひとつでありましょうが、多くの零細企業では資金面に余裕がないので当座貸越資金原資を通常定期で運用している実態がここにあります。

 辞任すべきと言う意見が「自営業者などの「商工サービス業」が63・9%だったが、企業や官公庁の課長以上である「管理職」は27・7%にとどま」ったこのばらつきこそ、この問題に対する「庶民感覚」なるものの正体のような気もいたします。

 ・・・

 しいて福井総裁の落ち度を指摘させていただくならば、1000万円の金額を「少額」と国会答弁してしまうその迂闊さでありましょう。

 10億でなければ参加できない「金持ちクラブ」に1000万という「少額」で参加している特別な関係を自ら暴露してしまった点、そして多くの主として株相場の恩恵にめぐまれていない庶民から「妬み」を不用意に買ってしまった点、中央銀行総裁の立場としては軽率な発言であったと申せましょう。

 新聞各紙に利益の大小を妬む浅薄な議論が目立つのも、福井氏自身の迂闊な発言の繰り返しにも起因している点もあるのでしょう。

 「庶民感覚」、この定義しづらい不気味な存在を相手にするとき、中央銀行総裁はくれぐれも慎重な振る舞いが求められるのだと思います。



(木走まさみず)



<関連テキスト>
日銀総裁にはノブレス・オブリジの精神を求めたい
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060615
■株価暴落まで招いた日銀総裁村上ファンドの関係〜揺らぐ「日本銀行の独立性と透明性」
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060613/1150193965