木走日記

場末の時事評論

朝日の記事は余計な解説や主張が多すぎないか〜中国高官「報道規制要求」発言問題

●「何も掛けない・何も割らない」が理想的ブランデーの飲み方〜「何も足さない・何も引かない」が理想的記事の書き方

 良質なブランデーを飲むときにアルコール通はストレートで飲みます。氷を浮かべたり水で割ったりする飲み方は、ブランデー本来の味わいを失ってしまい邪道であるとされています。

 「何も掛けない・何も割らない」

 どこぞの広告にあったかもしれませんが、これこそが理想的なブランデーの飲み方なのだそうです。

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 メディアリテラシーで言うと、ひとつの政治家等の発言を中心とする時事報道においては、できうる限りその発言だけをストレートに伝える記事が理想的であります。

 発言に余分なコメントや余分な背景説明を付け足したり、あるいは逆に発言を恣意的に省略、要約しすぎて主旨が曲がってしまったりしては邪道記事であります。

 「何も足さない・何も引かない」

 これこそが理想的な発言引用の記事の書き方であります。

 もちろん紙面の都合もあり発言全文など掲げることは事実上不可能でありましょうから、これはあくまでも理想論であり、実際の記事は、発言をかなり抜粋して「加工」したり、余計な第三者や評論家等の発言を付け足して記事を「補強」したりするものです。

 メディア側の論理で言えば、記事のコア部分だけではメディア側の意図する内容が読者に伝わりづらい時に、発言の恣意的「加工」や、記事とは直接関係ない第三者の発言の引用を展開して、論点を発言意図とは別の方向に拡散する手法があるわけです。

 私はこれをメディアの議論を意図的に偏向させ拡散させるプチ・テクニック、略して「議論拡散プチテク」と読んでいます。(苦笑)



●日本に報道規制を要求 中国「対中批判多すぎ」

 産経新聞記事から・・・

日本に報道規制を要求 中国「対中批判多すぎ」

 中国外務省の崔天凱アジア局長は9日、北京での日中政府間協議で「日本のマスコミは中国のマイナス面ばかり書いている。日本政府はもっとマスコミを指導すべきだ」と述べ、日本側に中国報道についての規制を強く求めた。

 メディアを政府の監督下に置き、報道の自由を厳しく規制している中国当局者の要求に対し、日本外務省の佐々江賢一郎アジア大洋州局長らは「そんなことは無理」と説明したという。

 日本側によると、崔局長はまた、小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題や日本国内での「中国脅威論」の高まりなども挙げ「(日中間にあるのは)日本が起こした問題ばかり。中国は常に守りに回っている」と批判した。

 佐々江局長は「日本だけが一方的に悪いという主張は受け入れられない」と反論したが、双方の隔たりの大きさに、日本の外務省幹部は「これが日中関係の置かれている実態」と苦笑した。(共同)

(01/09 21:05) 産経新聞
http://www.sankei.co.jp/news/060109/sei065.htm

 なんだか、この中国外務省局長の「日本政府はもっとマスコミを指導すべきだ」というトンデモ発言に、ネット上では時事系ブログの多くの論客達が批判展開しております。

 「不当な内政干渉」とか「報道の自由のない自分の国と一緒にするな」とか、とてもお怒りなところから、「それみろ中国は本性出してきたな」と嘲笑の対象にされているところまでいろいろなのであります。

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 うーん、発言内容がトンデモないのはその通りであると思います。

 まあ、この発言に関する評論自体は他の時事ブログの論客たちにお任せしたいと思います。

 ・・・

 それはともかく、この同じ中国高官の発言を違う角度での報道を試みている奇特な日本のメディアがあることに当ブログとしては注目してみたいのであります。



●日本の「中国脅威論」に懸念表明 局長級協議で中国側

 同じ話題を朝日記事から・・・

日本の「中国脅威論」に懸念表明 局長級協議で中国側

日中関係をめぐる最近の動き

 日中両国の首脳や閣僚級の対話が途絶える中、両政府の非公式局長級協議が9日、北京で開かれた。中国側は、日本国内で「中国脅威論」が高まり始めていることへの懸念を表明。日本のメディア報道にも異例の注文をつけた。靖国神社参拝問題で小泉政権下では本格的な日中関係の改善は難しいとみられるだけに、中国脅威論をはじめとする「ポスト小泉」の対中姿勢が、06年の日中関係を占う試金石となってきた。

 「日本は、中国のことを一体どう思っているのか」。9日の協議で中国外務省の崔天凱アジア局長が佐々江賢一郎・外務省アジア大洋州局長に問いかけた。日本側の説明によると、「日本のメディアはなぜ、中国のマイナス面ばかり報道するのか。良い報道がなされるよう中国ではメディアを指導している。日本政府も指導すべきだ」とも述べ、日本政府に「報道規制」を促した。

 佐々江局長は、「中国の発展は脅威ではなく、チャンスだ」との小泉首相の発言を説明。「日本だけが一方的に悪いという主張は受け入れられない。中国としても反省すべき点があるのではないか」と反論し、報道への注文についても「日本ではそういうわけにいかない」と、応じなかった。

 また、東シナ海のガス田開発問題がテーマとなり、双方は4回目となる政府間協議を今月末か来月前半に開くことで一致した。ただ、日本側が昨年示した共同開発の提案に対して、中国側が「問題があるので、新しい案を検討し、準備する」と表明。また上海の日本総領事館員自殺問題でも、日本側は重ねて「背後に遺憾な行為があった」と伝えたが、前進は見られなかったという。

 4時間以上に及んだこの日の局長級協議は、脅威論やメディア報道をめぐるやりとりがかなり長かったという。日本側出席者は会談後、「そういうところから解きほぐしていかなければならない日中関係の現状がある。中国側は脅威論にかなり神経質になっていた」と語った。

 小泉首相靖国神社参拝の持論を変えない以上は、首脳対話の再開など日中関係の抜本的改善は難しい。さらに、ポスト小泉の有力候補の間で脅威論が強まれば、次の政権でも事態打開の機運がしぼみかねない。

 そもそも中国の懸念の背景には、急速な経済発展や軍事費の増加に対して世界規模で中国脅威論が高まっていることがある。ただ、米国との間では軍事費や人権などをめぐって対立しつつも、昨年は戦略問題に絡む次官級対話を2度行い、ブッシュ大統領が訪中。胡錦涛(フー・チンタオ)国家主席も今年前半に訪米を予定するなど、対話は軌道に乗っており、日本側との対立が際だつ。中国当局者は「米国とは大人の関係が築けているのに、隣の日本と築けないのは残念だ」という。

 日本では、靖国問題がクローズアップされる中で、「ポスト小泉」たちが中国批判を簡単には取り下げられない状況が続いてきた。

 「脅威」という言葉は慎重に避けてきた安倍官房長官も、9日夜の民放番組で、靖国問題を念頭に「一つの問題があったからといって、すべての交流を絶ってしまうやり方は間違っている」と中国の対応を批判した。

 加えて、脅威論の是非も政治の表舞台に上ってきた。民主党の前原代表は昨年12月以降、中国の軍事力増強などを取り上げて「現実的脅威」だと言い、麻生外相も12月下旬の記者会見で前原氏の発言に関連して「かなり脅威になりつつある。前原氏が言っているのは確かだと思う」と語った。

 ただ、中国が報道規制にまで言及するといったいびつな日中関係が続けば、小泉政権後に関係改善をはかる手だても失われかねない。山崎拓・前自民党副総裁は昨年暮れ、中国脅威論が「我が国に対する侵略の意図がある」ということになってしまう、と指摘した。これも脅威論が独り歩きする事態を恐れたからだ。

2006年01月10日01時15分 朝日新聞
http://www.asahi.com/politics/update/0109/003.html

 うーん、見事に長いのです。(苦笑)

 朝日記事の論旨を解説してみましょう。

 この朝日記事よれば、中国高官の日本メディアに対する「報道規制」発言も、これは日本への中国政府の重大な警鐘なのであり、「小泉首相靖国神社参拝の持論を変えない以上は、首脳対話の再開など日中関係の抜本的改善は難しい。さらに、ポスト小泉の有力候補の間で脅威論が強まれば、次の政権でも事態打開の機運がしぼみかねない。」と訴えています。

 つまり、中国高官にこんな発言をさせた原因は小泉首相靖国神社参拝の持論を変えない」からと主張したいようです。

 その意味ではポスト小泉の政治家も同罪と指摘していきます。

 安倍官房長官「一つの問題があったからといって、すべての交流を絶ってしまうやり方は間違っている」と中国の対応を批判してます。

 民主党の前原代表も昨年12月以降、中国の軍事力増強などを取り上げて「現実的脅威」だと言いました。

 麻生外相も前原氏の発言に関連して「かなり脅威になりつつある。前原氏が言っているのは確かだと思う」と語ったそうです。

 朝日記事は、こんなことでは、「中国が報道規制にまで言及するといったいびつな日中関係が続けば、小泉政権後に関係改善をはかる手だても失われかねない」と警鐘を鳴らしています。

 また山崎拓・前自民党副総裁も、中国脅威論が「我が国に対する侵略の意図がある」ということになってしまう、と指摘していることにも触れています。

 ・・・



●朝日の記事は余計な解説や主張が多すぎないか

 さてふたつの記事を読み比べてみて読者のみなさまはいかがお感じになられましたでしょうか。

 共同配信の産経記事が正しく発言を引用しているのかは、当ブログとして現時点で調べようが無くよくわかりません。

 重要な発言を省略していないか、検証手段が無いので断定的な言い方は避けておきますが、私たち読者は共同配信記事も、盲目的に信じることは避けたほうがいいでしょう。

 ・・・

 それとは別にしかし、朝日記事に関しては、誰が読んでも余分な解説やコメントが恣意的に記事に付加されている、という物理的事実は指摘できるのです。

 解説とコメントが多すぎて親切すぎて、露骨に自分たちの主張に読者を誘導し過ぎなのです。

 上記朝日記事はまさに発言の強引な付け足しによる記事構成の見本のようなものであります。

 これは勉強になります。

 ・・・

 うーん、どうなんでしょうか、このような政治的発言報道記事においてメディアに求められることはメディアの意見・主張の開陳ではないはずです。

 どうしてもメディア側の主張を読者に伝えたいならば、このような時事報道記事ではなく、コラムや社説欄を利用すべきではないでしょうか。

 メディアは、読者に事実とメディアの主張を混在させて伝えるべきではないと指摘しておきたいです。

 ・・・

なぜなら、当たり前ですが、その発言をどう解釈するかは根源的にはメディアの役割ではなく、読者(オーディエンス)の役割だからです。

 メディアはあくまでも事実と読者との間の媒体に徹すべきなのだと思います。

 もちろん朝日だけではないのですが、メディア側が読者を見下して恣意的に読者をメディアの主張に導くような報道テクニックは、厳に慎むべきなのでしょう。

 読者のみなさまはいかが考えられますでしょうか?



<追記>2005.01.11 01:15

 複数の方からコメント欄及びトラックバック等でこのエントリーに対するご批判をいただきました。

あの記事は日中関係の特集の中の中間総括なんじゃないでしょうか?

 つまり、ここで挙げた朝日記事は記事ではないのではないかという御指摘であります。
 たしかにasahi.com上で確認する限りは非常に判断しにくいですね。

 しかし当該記事はりっぱな報道記事なのです。しかもトップ記事です。

 事実として明言しておきますが、この当該朝日記事は、1月10日付け朝日新聞全国版1面トップに掲載されている報道記事です。(私が確認したのは東京本社14版です)

 紙面上では「中間総括」でも「特集」でも「オピニオン」でも「解説」でもなく、トップ記事扱いなのです。

 ただこれはasahi.comにクレームしたいのですが、sankei.webのように紙面に掲載された記事はweb上でも明確にしてくれるような親切心がほしいと思いました。

 私もエントリーできちんと補記しておけば誤解を招かなかったかもと反省しております。

 これが報道記事だったかどうか不毛な論争を避けるために追記いたしました。



(木走まさみず)

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