木走日記

場末の時事評論

小泉流トップダウン方式の是非〜システム構築手法的考察

●各党マニフェスト出そろう

 一昨日自民党マニフェストを発表しました。

郵政民営化」前面に 自民がマニフェスト発表

 小泉首相自民党総裁)は19日、党本部で記者会見し、総選挙に向けた党のマニフェスト政権公約)を発表した。郵政民営化を前面に掲げ、首相は改めて「すべての改革につながる」と強調した。民主党財政再建や外交など幅広い論争を求める点も意識した内容となっている。これで国民新党を除き、各党のマニフェストが出そろった。

 自民党は冒頭で郵政民営化法案について「次期国会で成立させる」と明記した。

 首相は記者会見で「一部特定勢力の代表でなく、国民全体の代表であるという国会議員の原点を取り戻すことが必要だ」と語り、全国特定郵便局長会とつながりを持つ自民党の法案反対派や離党組、郵政関係労組の支持を受ける民主党を牽制(けんせい)した。

 財政再建については、民主党が「3年間で10兆円の歳出削減」を掲げているのに対し、自民党は「小泉内閣の5年間で10兆円の歳出改革を断行した」と実績を強調。記者会見に同席した与謝野馨政調会長は「一方が派手なことを言っている時に、着飾って対抗するのではなく、誠実に実現するのが責任政党だ」と述べた。

 子育て支援策では、自民党は「児童手当制度や子育て支援税制についてあわせて検討」などと記した。民主党が、月額1万6000円の「子ども手当」を掲げたことを意識してのことだ。

2005年08月19日 朝日新聞
http://www2.asahi.com/special/senkyo2005/TKY200508190472.html

 予想通り、自民党マニフェストは「郵政民営化」を前面に出してきました。
 小泉さんのいうところの「一部特定勢力の代表でなく、国民全体の代表であるという国会議員の原点を取り戻すことが必要だ」とは、実にうまいアジテーションではあります。 小泉支持派の多くの人々は、「全国特定郵便局長会とつながりを持つ自民党の法案反対派や離党組、郵政関係労組の支持を受ける民主党に対し、少なからず既得利権保守の姿勢を感じておるわけです。

 一方、民主党もわかりづらいマニフェストに優先順位を明示化したようです。

民主、「年金」「郵政」など8項目を重点公約に
 民主党は20日、先にまとめた衆院選政権公約マニフェスト)のうち、郵政改革を含めた8項目を重点項目として発表した。

 同党が「8つの約束」として挙げた項目は、<1>社会保険庁の廃止と年金制度の一元化<2>補助金18兆円の地方財源化<3>郵貯簡保の徹底的な縮小<4>月額1万6000円の「子ども手当」創設――など。

 岡田代表は同日の記者会見で、「特に年金改革と子育て支援でしっかりした政策を行っていく」と述べた。また、同日までに公認候補予定者全員が政権公約の内容に同意する署名をしたことを明らかにした。

(2005年8月20日23時18分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20050820i215.htm

 岡田民主党としては、とりあえず序盤で小泉さんの狙い通りの国民の支持を得た「小泉劇場」に埋没しないためにも、ここは郵政以外の総合的政策公約を列挙することで独自性を発揮したいところなのでしょう。

 小泉自民党マニフェストでは早くも、具体的数値があまり示されていないとか、サラリーマン増税に関してごまかしてる、などといった批判も聞かれますが、岡田民主党マニフェストでも郵政改革などでは後手を踏んでいる感は否めないのであって、ここはじっくり時間をかけて読み解いて行きたいところです。

 で、今日は個別の政策に関して検証するのではなく、一連の小泉首相の唯我独尊我が道を行く小泉流行動原理について、すこし別の角度から考察してみたいと思います。



●新規システム構築に向くトップダウン方式

 私の本業はIT関連業でありまして、いままでもいくつかの大規模プロジェクトに開発参加してまいりました。

 システムを開発・設計することをしばしば「構築」という日本語で表現しますが、一般に大規模システム構築する技術的手順として、「トップダウン方式」と「ボトムアップ方式」という二通りの方法があります。

 簡単にいえば「トップダウン方式」とは、ある目的を持ったコンピュータシステムを構築する際、まずその目的を実現するためにシステムが実装すべき理想的機能を列挙し、大枠としてのシステムの特性を設計・概要定義していきます。大枠(トップ)を設計したうえで、各個別の機能(ボトム)を設計していくやり方です。文字通り、トップからダウンしながら開発していく手法です。

 このやり方では、最初に定義した実装すべき理想的機能が、実際に各個別の機能(ボトム)を開発実現する際には、予算的・技術的問題などにより、仕様を修正されたり、機能縮小されたりすることがありますが、全体の設計さえ誤りがなければ、システムの大枠が乱されることはまずありません。

 この「トップダウン方式」はまったく今までコンピュータ化されていなかった業務を新たにコンピュータシステム化するときに比較的適していると言えます。

 「トップダウン方式」には、今までにないシステムを構築する場合、なるべく既成の条件に捕らわれず、ある程度理想を追求しながら大胆な発想を設計に反映できるというメリットがあるのです。



●既存システムの再構築に向くボトムアップ方式

 一方、「ボトムアップ方式」とは、ある目的を持ったコンピュータシステムを構築する際、まずその目的を実現するためにシステムが実装できる現実的機能を列挙し、その組み合わせの中でのシステムの特性を設計・概要定義していきます。実現可能の各個別の機能(ボトム)をまず設計したうえで、それら機能(ボトム)を積み上げることでシステムの大枠(トップ)を設計していくやり方です。文字通り、ボトムからアップしながら開発していく手法です。

 このやり方では、最初に定義した各機能は、実現できる現実的機能がほとんどですから、実際に開発実現する際に、予算的・技術的問題などがまずありません。極めて堅実な手法です。

 この「ボトムアップ方式」は既存のコンピュータ化されている業務を新たにリニューアルし再システム化するときに比較的適していると言えます。

 なぜなら多くの旧システムの資産(機能)を継承できるわけでありそれを元に機能UPを計ればよいからです。

 現実的には私的経験則ですが、現在の日本の場合のシステム構築は「ボトムアップ方式」が多く採用されているようです。

 それは、既存の技術以外の最新技術を取り入れる場合や全く新しい今までにシステム化されたことがない分野を対象にシステム化する場合を除けば、ほとんどのシステム構築は何らかの既存システムのリプレース(再構築)であるからです。



●二つの方式の違いが指揮命令系統に大きく影響を与える

 さてこの「トップダウン方式」と「ボトムアップ方式」ですが、システムの構築手法の技術的手順の差異だけではありません。

 興味深いことにこの二つの方式では、指揮命令系統がその役割と作用において大きく違ってきます。

 「トップダウン方式」ではまずリーダーが理想的機能を提案しシステム全体の理想的概要定義をし、そのうえで各担当者にその機能を実現可能な詳細定義を求めます。いくつかの理想的要求は現場の意見で仕様変更されたり、予算の関係で機能縮小されたりしますが、大きなシナリオはリーダーだけが指導的に管理していますので、基本的には各担当者はリーダーの指示に従うまでです。

 これに対して「ボトムアップ方式」では、現実的機能を組み合わせてシステム全体を現実的概要定義していきますから、リーダーに求められるのは、各担当者から各現実的機能の情報を上げて貰い、現状分析を総合的にし、意見を取りまとめるマネージャー的役割が重要になります。

 システム構築におけるこの二つのの方式のメリットとデメリットははっきりしています。

 「トップダウン方式」ではリーダーの力量が大きなウエイトを占めます。もし彼が間違ったシステムの設計をしてしまえばそれは取り返しがつかないことに成りかねません。
 トップダウンで開発していく最大のデメリットは多数意見の集約がなされないことです。しかし、メリットも当然あります。まず、意見調整の必要性が少ないですから意志決定手段が単純ですみます。極論すればリーダーの独断で工程を進めていけばいいからです。 時間に余裕のない日程での開発や、技術的予算的に意見集約がしにくい開発(新規分野のシステム化などがまさにそうです)では、意志決定手段が単純なことは、無視できない大きなメリットなのです。

 一方「ボトムアップ方式」では現場担当者の意見が大きなウエイトを占めます。リーダーは各意見の調整役・マネージャー的役割となりますので、その調整能力が問われることになります。
 ボトムアップで開発していく最大のデメリットは多数意見の集約に意識が行き過ぎることにより斬新的なアイディアが採用されづらいことです。
 もちろん、メリットも当然あります。まず、実現性の高い機能ばかり集約していきますから、大きな失敗をしでかすリスクは少ないと言えます。
 既存システムの機能の大部分を継承することが多いシステムの再構築には、この低リスクは無視できない大きなメリットとなります。



●小泉流トップダウン方式の是非を考察してみる

 さて、角度を変えて、コンピュータシステムの開発手法を、少々無理は承知で、一連の小泉首相の行動パターンのものさしとして用いて、彼の行動原理を考察してみましょう。
 ここでは改革の内容を検証するのではなく行動原理を考察していきます。

 一連の小泉首相の政治手腕は明らかに「トップダウン方式」です。「郵政民営化法案」の成り立ちを見ても、小泉首相の強力な「民営化」するべきという意志の元で、トップダウン方式で法案作成されかなり強行なスケジュールで審議・採決されてきました。
 審議途中でだいぶ仕様(?)縮小され、一部メディアからはこれでは「骨抜き」だと酷評されているわけですが、それはさておき、全体としての手法は正に「トップダウン方式」でここまできたと考えていいでしょう。

 ここでトップダウン方式のデメリットを重視するか、メリットを重視するかで、小泉郵政民営化を支持するかどうかが分岐するのでしょう。

 小泉流トップダウン方式の最大のデメリットは、文字通り現場担当者達の意見は全く集約されていない点であります。一連の小泉民営化法案の草案作成時あるいは修正時に実際の郵政事業の現場の意見を吸収する場をもったことは、ご存知の通り一度もありません。もちろん、トップダウン方式ではその必要性は無いわけです。

 小泉流トップダウン方式の最大のメリットは、おそらく小泉流トップダウン方式で行われなければ、このような短期間で行政改革案を断行していくことは不可能であったであろうことです。現実的に考えても、現場の意見集約などをいちいち計っていては「民営化案」などとても草案できなかったでしょう。

 古き自民党体質では、正に「ボトムアップ方式」を採用してきました。国会運営に当たっても各派閥の意見を持ち寄り、党政務会などを通じて意見集約を計り、自民党党首である総理大臣は強力なリーダーシップを発揮するよりも意見調整役・マネージャー的役割が求められてきました。

 小泉首相の「古い自民党をぶっこわす」という宣言は、こうしてみると「ボトムアップ方式」から「トップダウン方式」への、自民党内での指揮命令系統の革命的変革を意味しているとも言えましょう。

 ここまで考察してみると私には、善し悪しは別として、郵政事業を一旦廃棄して全く別の「民営化」という新しいシステムを新しい理想に基づき構築するには、方法論としてはやはりトップダウン方式で進めて行くしかないのだと思われます。

 そうではなく、郵政事業を斬新的に変革していき、民主党のいうように公社形態を経ながら時間をかけてリプレース(再構築)するのならば、方法論としてはやはりリスクの少ないボトムアップ方式で進めて行くべきなのだと思われます。

 私は、この面では有権者はどちらの方式を是とするのか今回迫られていると思うのです。



ホリエモン擁立が潮目になるか〜暴走する小泉流トップダウン方式

 「ボトムアップ方式」と「トップダウン方式」をものさしとして考察してきましたが、もうひとつこれらの方式がものさしになる事象があります。

 興味深いことですが、最近の小泉執行部の「刺客候補擁立騒動」は、自民党の候補者選考方法においても、「ボトムアップ方式」を放棄して、党本部主導の「トップダウン方式」を導入しようとしているように見えることです。

 ご存知の通り、国会運営だけでなく、候補者擁立においても、今までの自民党は典型的な「ボトムアップ方式」を採用していました。
 まず、各地方支部において候補者調整したうえで支部から党本部に推薦する形式を取ってきました。党本部は各支部の推薦してきた候補者を一部例外を除いては、原則的には承認するのが常でした。

 ところが、今回の選挙では、小泉執行部はここでも強引に「トップダウン方式」を導入しようとしています。

 そして、この点でも、トップダウン方式のデメリットを重視するか、メリットを重視するかで、小泉流手法を支持するかどうかが分岐するのでしょう。

 メリットははっきりしています。支部との意見集約の必要性はないですし、郵政民営化賛成か反対か、全国の有権者に選択肢を与えることができるわけです。

 デメリットは、上記のシステム構築の話で述べたことですが、トップダウンで開発していく最大のデメリットは多数意見の集約がなされないことです。政治に置き換えれば一部執行部の意見だけで候補者を選定してしまい地方の意見を事実上無視しているわけです。
 この手法をやりすぎると今は肯定的評価する有権者が多いこの「小泉流トップダウン方式」が、潮目が変わってその独善性への反感という形に成りかねません。

 私は無所属とはいえ、自民党執行部のライブドア堀江社長の反対派亀井氏地元への擁立劇が、シンボリックな事象として、潮目が変わるトリガー(引き金)になる可能性があると考えています。

 いずれにしても、小泉流トップダウン方式の政治手法のメリットとデメリット、どちらをより重視して捉えるかで、国民の投票活動は大きく影響を受けるのでありましょう。



 今日は、コンピュータシステム開発手法の「トップダウン方式」と「ボトムアップ方式」をものさしにして、「小泉郵政解散」を考察してみました。

 読者のみなさまのこの問題に関する考察の一助になれば幸いです。



(木走まさみず)