石油中東依存率88.25%の日本と1.76%のアメリカ
日本とアメリカにおける取るべきエネルギー安全保障政策について、直近の信頼できるデータを用いて検証してまいりましょう。
少し長くなります、お時間のある読者はどうかお付き合いくださいませ。
イラン情勢をめぐる緊張が続く中、安倍総理大臣は今週末から予定していた中東3か国への歴訪について、アメリカ、イラン双方が事態の悪化を避けたいという姿勢を示していることを踏まえ、予定どおり実施する意向を固めました。
安倍総理大臣は、11日からサウジアラビア、UAE=アラブ首長国連邦、オマーンの3か国を訪問いたします。
安倍総理大臣としては、今回の歴訪で3か国をはじめとする関係国に、事態の安定化に向けた外交努力を尽くすとする日本の立場を明確に示すとともに、中東地域への自衛隊派遣の目的も丁寧に説明して理解を求めたい考えです。
(関連記事)
安倍首相 予定どおり中東3か国訪問へ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200109/k10012240211000.html
野党や一部メディアからは、中東地域への自衛隊派遣やそもそもの今回の首相中東3か国訪問自体に反対意見があるわけですが、少し冷静にこの訪問を日本政府のエネルギー安全保障政策の一環として俯瞰してみたいです。
まず、今回の歴訪3ヶ国を地図で確認しておきます。
■図1:安倍首相歴訪3ヵ国とイラン・イラク
※『木走日記』作成
サウジアラビア・UAE・オマーンの三ヶ国はサウジアラビアを中心に、親米・反イランの国であり地政学的にはペルシャ湾を挟んでイランと対峙しております。
さて、経済産業省は以下サイトで直近(平成30年)の日本の国別原油輸入量のデータを公開しています。
■経済産業省
石油統計
統計表一覧
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/sekiyuka/index.html
それによれば、サウジアラビア・UAE・オマーンの三ヶ国は、日本の国別原油輸入国の、それぞれ第1位、第2位、第9位にあることがわかります。
■図2:日本の原油輸入国ベスト10(2018年)
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/sekiyuka/index.html
※経済産業省石油統計データより『木走日記』作成
グラフでは、アメリカ(青)とロシア(青)以外、3国(緑)を含め中東諸国(赤)が上位8ヵ国を占めていることが確認できます。
あらためて経済産業省石油統計データより、地域別の原油輸入量を図表にしてみましょう。
■表1:国別原油輸入量(2018年)(単位:kl/Unit:kl)
国名 輸入量 中東諸国 カザフスタン 01,512,802 ベトナム 00,471,604 マレーシア 00,777,150 ブルネイ 00,170,784 インドネシア 01,225,348 イラン 06,664,356 * イラク 02,595,566 * バーレーン 03,356,177 * サウジアラビア 67,695,379 * クウェート 13,466,843 * カタール 14,202,518 * オマーン 03,284,662 * アラブ首長国連邦 44,894,178 * イエメン 00,083,352 * ロシア 07,785,624 アメリカ合衆国 04,176,553 メキシコ 01,470,603 コロンビア 00,265,915 エクアドル 01,684,704 アルジェリア 00,358,340 アンゴラ 00,387,291 タンザニア 00,011,619 オーストラリア 00,472,545 パプアニューギニア 00,028,940 ※経済産業省石油統計データより『木走日記』作成
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/sekiyuka/index.html■図3:国別原油輸入量(2018年)(単位:kl/Unit:kl)
※経済産業省石油統計データより『木走日記』作成
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/sekiyuka/index.html
わかりやすく我が国の原油輸入先の中東依存率を円グラフにしてみましょう。
■図4:国別原油輸入量(2018年)と中東依存率(単位:kl/Unit:kl)
※経済産業省石油統計データより『木走日記』作成
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/sekiyuka/index.html
日本の石油中東依存率は、156,613,048 / 177,477,098 = 0.8825153252585689、すなわち
88.25%に及んでいるわけです。
さてアメリカです。
米国の原油生産量が2018年に45年ぶりに世界首位になったことが昨年3月、米エネルギー情報局(EIA)の報告書で明らかになりました。
シェールオイルの増産により生産量が17年から約2割増え、世界首位の原油生産国になったのであります。
ここ10年で、アメリカが原油大量輸入国から逆に大量輸出国へと急激に変貌を遂げようとしている、いわゆる「シェール革命」です。
(参考サイト)
■資源エネルギー庁
第1節 米国の「シェール革命」による変化
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2015html/1-1-1.html
興味深いのは原油生産量が世界一になっても、大量消費国アメリカですから国内需要を満たせてはいません、原油の輸出量を増やしながらですが、原油の輸入も続いております。
ひとつにはアメリカが生産するシェール石油が軽油中心であり必要な重油を補うことができないからだとされています。
さて、アメリカの石油中東依存率を、やはり直近の信頼できるデータを用いて検証してまいりましょう。
ここに合衆国エネルギー情報局(EIA)の公式サイトがあります。
■アメリカ合衆国エネルギー省 エネルギー情報局(U.S. Energy Information Administration (EIA))
https://www.eia.gov/
サイト内のレポートを少し調査してみますと、米国石油輸出入の直近のデータを扱っている興味深いレポートがありました。
Oil: crude and petroleum products explained
Oil imports and exports
https://www.eia.gov/energyexplained/oil-and-petroleum-products/imports-and-exports.php
このレポートによれば、直近2018年のアメリカにおける原油消費の国産(domestic)と輸入(imports)の割合は、国産が86%、輸入が11%であることがわかります。
■図5:アメリカにおける原油消費の国産と輸入の割合(%)
https://www.eia.gov/energyexplained/oil-and-petroleum-products/imports-and-exports.php
※合衆国エネルギー情報局(EIA)レポートより『木走日記』作成
また、レポートでは"In 2018, about 16% of U.S. petroleum imports came from Persian Gulf countries"、2018年では米国の石油輸入の約16%が中東(ペルシャ湾岸諸国)からのものであることがわかります。
全消費量の11%にあたる輸入の中でその16%が中東諸国であるわけですから、
米国の石油中東依存率は、
0.11 * 0.16 = 0.0176、つまり1.76%であることがわかります。
■図6:アメリカにおける原油消費の中東依存率(%)
https://www.eia.gov/energyexplained/oil-and-petroleum-products/imports-and-exports.php
※合衆国エネルギー情報局(EIA)レポートより『木走日記』作成
日本では数値データとしてはほとんど報じられていませんが、今検証したとおりアメリカにおける石油の中東依存率は2%を割り込んでいます、88.25%の日本から見ると羨ましい数値です。
この事実は、日本とアメリカにおける取るべきエネルギー安全保障政策が当然ながら大きく異なることを意味します。
アメリカは中東で何があろうとも「アメリカはもはや、中東の原油に依存していない」ために「ルールが変わった」のだとBBCニュースは指摘しています。
中東で軍事的危機が発生しても石油供給という点で以前より価格の影響が出にくくなったというのです。
■BBCニュース
【解説】 もしも戦争になったら石油はどうなる? イラン司令官殺害(前略)
ルールが変わった
アメリカの無人機(ドローン)がイラン革命防衛隊の精鋭コッズ部隊を長年指揮してきたソレイマニ司令官を殺害したというニュースに、3日のブレント原油価格は69.5ドルと4%上昇した。
これに合わせ、英BPやロイヤル・ダッチ・シェルといった石油メジャーの株価も1.5%ほど上がった。
バンク・オブ・アメリカでコモディティー戦略に携わるマイケル・ウィドマー氏によると、2004年から現在にかけて石油市場を変えた最大の要因は、アメリカが自国で十分な石油を生産し、輸入に頼らなくなったことだという。
「これが実質的なルールを変えた」とウィドマー氏は指摘する。
たとえば、昨年9月にサウジアラビアの石油施設がドローンに攻撃された事件などは良い例だ。
昨年9月にサウジアラビアの石油施設がドローンに攻撃され、同国は一時的に石油の生産を停止した
「石油供給という点では、世界の石油市場にとって最大の事件のひとつだったが、持続的な影響はなかった」とウィドマー氏は話した。
攻撃当日、原油価格は1バレル当たり10ドル近く上昇したが、その後は大きな出来事はなかった。
(後略)
BBCニュースはトランプ氏の8日の声明を分析しています。
■BBCニュース
「イランは戦闘態勢から引く様子」とトランプ氏 追加制裁の方針示す
https://www.bbc.com/japanese/51036827
着目すべきは、トランプ氏が「アメリカがエネルギー独立を実現したため、もはや中東の石油に依存していないと主張」し、「北大西洋条約機構(NATO)に、これまで以上に中東情勢に関わるよう求める方針」と発言していることです。
北大西洋条約機構(NATO)に、これまで以上に中東情勢に関わるよう求める方針も示した。
トランプ氏はさらに、自分の手腕により米経済がかつてなく強くなり、アメリカがエネルギー独立を実現したため、もはや中東の石油に依存していないと主張。また自分の政権によって米軍は刷新されて強力になり、今回の攻撃も被害を最小限に食い止めることができたと述べた。
その上でトランプ氏は、「アメリカの軍事力と経済力が最善の抑止力」だとして、「素晴らしい軍事力と装備を持つからと言って、その力を使う必要もないし、使いたいわけでもない」と強調した。
また、イランがいずれ世界の国々と協調して繁栄する、本来あるべき素晴らしい未来を実現するよう期待すると述べ、「合衆国は平和を求める全ての相手と、平和を受け入れる用意がある」と主張した。
この発言を、ジョナサン・マーカスBBC防衛担当編集委員はこう分析しています。
アメリカがエネルギー独立を達成したと強調し、NATO諸国に「中東のプロセスにもっと関わる」よう呼びかけた。この発言は当然ながら、やはりアメリカは中東での役割にもうくたびれてしまったのだと、そういう意味だと受け止められる。そしてそれは、中東の同盟諸国もNATO加盟各国も、決して歓迎しない。
歴史的に欧米諸国は地下に眠る石油資源その利権目当てに中東諸国に深く関わってきました、多くの血を流し現地で人工的な国境を引いてまで強く干渉してきました。
その中でアメリカが中東石油依存から脱却しつつあり、そこに米軍を駐留させ続ける本質的理由を失いつつあることは重要です。
石油中東依存率88.25%の日本は、今後アメリカが中東においてどう動くのか注意深くその動向を見守りながら、しかし日本として独自の外交チャンネルを中東諸国と保つことが重要だと思います。
幸い日本は中東において過去一滴の血も流していません、中東諸国に親日国が多いのも非白人国として経済的に成功し独自のポジションを築いた日本を好意的に見てくれているのが理由です。
この度の自衛隊派遣をイラン大統領でさえ好意的に理解してくれているのも象徴的です。
(関連記事)
イラン大統領、自衛隊派遣に理解示す 安倍首相、核合意停止に懸念
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019122000781&g=pol
今回は、日本とアメリカにおける取るべきエネルギー安全保障政策について、直近の信頼できるデータを用いて検証してまいりました。
中長期的にはアメリカは中東への関わりを薄めていくことは必定でありましょう。
しかし日本はアメリカに追随して中東諸国と距離を置くというわけにはいかないのです。
資源の乏しい日本の国益を俯瞰して捉えれば、このたびの安倍首相中東3国歴訪及び自衛隊中東派遣は、十分に日本のエネルギー安全保障上、国益を守るための外交的布石として支持できます。
同盟国とはいえ、石油を中東に大きく依存する日本は、もはや石油では中東を必要としないアメリカとは、そのエネルギー安全保障政策は異なって当然なのだと考えます。
石油中東依存率88.25%の日本と1.76%のアメリカ、この現実をしっかり踏まえておきたいです。
(木走まさみず)