木走日記

場末の時事評論

理系脳が原理主義に走りやすい理由を愚考する

 今回は、オウム事件について触れておきたいです。

 真面目な評論は他の論客にお任せして、当ブログとしては例により脱線気味の独自論点で少しばかり掘り下げをしたいです。

 死刑が執行されたのはオウム真理教の代表だった松本智津夫死刑囚(63)のほか、いずれも元幹部の早川紀代秀死刑囚(68)、井上嘉浩死刑囚(48)、新実智光死刑囚(54)、土谷正実死刑囚(53)、中川智正死刑囚(55)、遠藤誠一死刑囚(58)の合わせて7人です。

 このオウム事件。当『木走日記』的には実に扱いづらい事件なのです。

 まず今回の死刑囚、平均年齢が57才、私ほぼ同世代でございます。

 で、この事件当初から言われておりましたが、幹部に『高学歴』、中でも医学部などの理数系の割合が異常に高いという「事実」があります。

 今回の松本を除いた幹部6人の中でも、実に4人が理数系であります。

早川紀代秀(68)大阪府立大学大学院緑地計画工学
土谷正実(53) 筑波大学農林学類大学院
中川智正(55)京都府立医科大学医学部医学科
遠藤誠一(58)京都大学大学院医学研究科

 その他にも東大医学部、慶大医学部などの理数系出身者がズラリであります。

富永昌宏 灘高校東京大学医学部(『大学への数学』誌の学力コンテストで3期連続全国1位を記録)
石川公一 灘高校東京大学医学部
野田成人 東京大学理学部物理学科
豊田亨 東京大学理学部物理学科→東京大学大学院
青山吉伸 京都大学法学部 (在学中に司法試験最年少合格)
菊地直子 京都大学薬学部
荒木浩 京都大学文学部
村井秀夫 大阪大学理学部物理学科→大阪大学大学院
渡部和実 東京工業大学
中川智正 京都府立医科大学医学部医学科
遠藤誠一 帯広畜産大学畜産学部獣医学科→京都大学大学院医学研究科
土谷正実 筑波大学農林学類→筑波大学大学院
林郁夫 慶應義塾大学医学部
上祐史浩 早稲田大学理工学部電子通信学科→早稲田大学大学院修士課程
広瀬健一 早稲田大学理工学部応用物理学科 (主席卒業)
端本悟 早稲田大学法学部
高山勇三 早稲田大学商学部
森正文 大阪市立大学医学部
佐々木正産業医科大学医学部
平田信 愛知医科大学医学部
杉浦茂 北海道大学
杉浦実 早稲田大学

哲学ニュースより
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4952297.html

 工学系講師を副業にしています当ブログはもちろん工学部出身の理数系であります。

 世代もど真ん中、頭の中の理系脳も同じ、私にとってこのオウム事件はとても他人事では評論できないのでありました、あのサティアンの中にもしかしたら自分がいたのかも知れない、洗脳されていたかもしれない、その可能性は低くなかったのではないか、とこの20年、いつも自分に疑心暗鬼なのでありました。

 実際、文系と理系の学生比率はおおよそ7:3と言われています。

 詳細は文系が,55.3%,理系が28.2%,その他(家政,教育,保健,芸術,体育など)16.4%です。

詳しくは,文科省のホームページから調べれます。

学校基本調査 調査結果の概要(高等教育機関) 学校調査
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/04011501/002/001.htm#1 

 このオウム幹部に理数系の割合が異常に高いと思われる事実は、実は世界的傾向なのかもしれないことを、8年前のニューズウィーク記事からご紹介しましょう。

 「イスラム教過激派組織にリクルートされるのは、医学や工学といった理数系分野の出身者が多い」というオックスフォード大学の社会学者の調査結果が報じられています。

過激思想に走りやすい?理数系学生を警戒
Inside the Terrorist Mind

2010年3月4日(木)15時15分
ベンジャミン・サザーランド

 各国の情報機関はテロリスト予備軍のプロファイリングに力を入れている。いま彼らが注目しているのは、理数系の学生たちだ。

 アルカイダヒズボラハマスといったイスラム教過激派組織にリクルートされるのは、医学や工学といった理数系分野の出身者が多いという。オックスフォード大学の社会学者ディエゴ・ガンベッタとシュテッフェン・ヘルトクが高学歴のテロリスト178人を調査した結果、半数近くが理数系を専攻していたことが分かった。過激な思想の持ち主が科学に詳しい傾向は、イスラム教徒に限った話ではない。ヒトラーを崇拝するネオナチにも同様の傾向が見られる。

 欧米やイスラエルの情報機関は中東全域の大学で化学や物理、生物などを教える学部の監視を強化していると、欧州戦略情報・安全保障研究所のクロード・モニケ所長は言う。ブッシュ前政権でテロ対策チームの顧問を務めたフアン・ザラテによれば、米政府も大学の工学部への留学希望者にはより徹底した入国審査を実施するようになった。

社会も機械のように修理する
 なぜ理数系がテロに走りやすいのか。専門家らによれば、理数系の人は社会を大きな機械のように考える傾向があるという。欠陥のある部分を除去したり交換することで、修復が可能だと考える。悪いものは取り除けばいい、という思考に陥りがちだ。一方、世の中には倫理的に曖昧な部分があるという考え方を受け入れるのが難しい。

 イスラム過激派がコーランの教えにジハード(聖戦)が含まれていると解釈するのも、理数系のこうした思考回路が影響していると、ニューヨーク市警察の情報分析官ミツチェル・シルバーは言う。

[2010年3月10日号掲載]
https://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2010/03/post-1056.php

 うーん。

 この記事を読んで8年前その理由をエントリーしております。

2010-03-11 理数系の思考回路が原理主義に走りやすい理由
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20100311

 当時の考察を以下に再掲します。

 ・・・

 理数系の思考回路はテロに走りやすいですか、興味深いことです。

 私も理数系の端くれなので今回はこの問題を考察してみたいです。

 ・・・

 記事を読んで「理数系の人は社会を大きな機械のように考える傾向があるという。欠陥のある部分を除去したり交換することで、修復が可能だと考える。悪いものは取り除けばいい、という思考に陥りがち」というくだりは理解できますし、「世の中には倫理的に曖昧な部分があるという考え方を受け入れるのが難しい」というのもそう言われればそういう傾向があるかなと、自分に照らし合わせたりしました。

 またオウム真理教事件があったときのことを思い出します、その幹部達が医師や理工学部出身者が多かったことを当時多くの人々も不思議に思われたのだと思います。

 で、不肖・木走としては「理数系の思考回路はテロに走りやすい」を「理数系の思考回路は原理主義に走りやすい」と仮説的解釈拡大をして、その深層心理を考察してみたいです。

 理数系の学生は私も含めて例外なく現代科学の実証主義の洗礼を受けています。

 ある理論が正しいかどうかはその理論が正しいなら成立する仮説を立てそれを実験によって検証することで、理論の正しさを証明していきます。

 その理論が広く認められるには仮説実験によって理論の正しさを証明しただけでは終わりません、それだけでなく、科学は反証可能性を有していますから、その理論が否定されうるあらゆる反証実験に耐えることが求められます。

 カール・ポパー(1902〜94年)は有名な『科学的発見の論理』のなかで、「科学は、常に反証できるものである」と科学を定義しています。

 もしその理論がうまくいかないというような事例が一回でもでてしまえば、つまり反証されれば、その理論はダメになってしまうということです。

 つまり、100万回実験を行って100万回理論を支持するような実験結果がでてきたとしても、その次の100万1回目に否定的な結果、理論がうまくいかないことを示すような精密実験データがでてきたら、もうその時点でその理論は通用しなくなる−。

 要するに、ある仮説の決定的な証明などということは実は永遠にできない、とカール・ポパーは考えたのです。

 科学史を紐解けば確かにポパーの指摘したようにすべての理論は反証され続けてきました。

 有名な例では、18世紀、ニュートン万有引力の法則を用いれば、惑星の運行軌道を正確に理論値と実測値が一致しました。

 『万有引力の法則』はこの宇宙を貫く法則としての地位を得ます。

 しかし、後年水星軌道に見られるわずかな揺らぎが計測され『万有引力の法則』は反証されます、その揺らぎを正しく説明することを可能にしたのはアインシュタインの『相対性理論』でした。

 現在の所アインシュタインの『相対性理論』の反証はいまだされていませんが、いつの日かさらに優れた理論により反証されてしまうことは十分可能性として大きいことでしょう。

 つまり科学の世界では「理論」は永遠に「真理」には届かない性質を持っているとも言えましょう。

 ・・・

 さてここで考察を深めたいのは、現代科学の実証主義を身につけた理数系の若者が科学ではない、宗教やイデオロギーと出会った場合です。

 その若者がその宗教やイデオロギーに対して冷静に対峙しその正当性に科学者らしく批判的態度で接することができうるならば問題はないのですが、何らかの理由(例えば一部のイスラム教過激派がそうであるようにその宗教が生まれたときから日常生活に深く関わり疑うことなく染みついている場合など)でその宗教やイデオロギーに心酔した場合、彼らが自ら信じた「宗教」や「イデオロギー」をひとつの科学的「理論」と見なしやすい傾向が文化系の人より強いのではないでしょうか。

 そうだとすれば、彼らは過激な行動に走りがちになることでしょう。

 なぜならば「宗教」や「イデオロギー」は「科学」とは違い明確な反証可能性を有してはいません。

 例えばイスラム教やキリスト教、あるいは共産主義ヒトラーを崇拝するネオナチが信じる全体主義思想がなぜ今現在も併存しているかといえば、それぞれを完全に反証することが不可能だからでしょう。

 理数系の思考回路で、反証実験不可能な「理論」を信じるとすると、残るのは正当性を検証する実証実験あるのみですから、彼らは彼らの信ずる「理論」の実践に躊躇することはないことなのでしょう。

 彼らの信ずる「理論」のその原理を追求していくことに何ら心のハードルもなく専念しやすいのでしょう。

 実際の科学実験が試行錯誤(トライアル・アンド・エラー)を認めているように、彼らの原理を追求する行動もその一部は過激なテロリズムへと深化していくこともあるのではないでしょうか。

 つまり特定の「宗教」や「イデオロギー」に心酔した理数系の思考回路は原理主義に走りやすいのではないでしょうか。

 ・・・

 もちろんすべての理数系脳の持ち主が過激派になるわけもなく、ここでの私的考察はあくまで参考までの私見であります。

 いずれにしても『高学歴のテロリストの半数近くが理数系出身』(Newsweek誌)との指摘は、いくつか私なりに思い当たるところもありなかなか興味深いのでありました。



(木走まさみず)