木走日記

場末の時事評論

『高学歴のテロリストの半数近くが理数系出身』(Newsweek誌)の理由を考察する〜理数系の思考回路が原理主義に走りやすい理由

 本業でIT零細業を経営しております不肖・木走は工学部出身であります。

 Newsweek誌に理数系出身者にとりなんとも嫌な感じ(苦笑)の記事がありましたので、読者にご紹介。

 記事によれば「高学歴のテロリストの半数近くが理数系出身」なんだとか。

過激思想に走りやすい?
理数系学生を警戒〜高学歴のテロリストの半数近くが理数系出身

 各国の情報機関はテロリスト予備軍のプロファイリングに力を入れている。いま彼らが注目しているのは、理数系の学生たちだ。
 アルカイダヒズボラハマスといったイスラム教過激派組織にリクルートされるのは、医学や工学といった理数系分野の出身者が多いという。オックスフォード大学の社会学者ディエゴ・ガンベッタとシュテッフェン・ヘルトクが高学歴のテロリスト178人を調査した結果、半数近くが理数系を専攻していたことがわかった。過激な思想の持ち主が科学に詳しい傾向は、イスラム教徒に限った話ではない。ヒトラーを崇拝するネオナチにも同様の傾向が見られる。
 欧米やイスラエルの情報機関は中東全域の大学で化学や物理、生物などを教える学部の監視を強化していると、欧州戦略情報・安全保障研究所のクロード・モニケ所長は言う。ブッシュ前政権でテロ対策チームの顧問を務めたファン・ザラテによれば、米政府も大学の工学部への留学希望者にはより徹底した入国審査を実施するようになった。
 なぜ理数系がテロに走りやすいのか。専門家らによれば、理数系の人は社会を大きな機械のように考える傾向があるという。欠陥のある部分を除去したり交換することで、修復が可能だと考える。悪いものは取り除けばいい、という思考に陥りがちだ。一方、世の中には倫理的に曖昧な部分があるという考え方を受け入れるのが難しい。
 イスラム過激派がコーランの教えにジハード(聖戦)が含まれていると解釈するのも、理数系のこうした思考回路が影響していると、ニューヨーク市警察の情報分析官ミッチェル・シルバーは言う。

Newsweek日本版3月10日号 13頁より抜粋

 なぜ理数系がテロに走りやすいのか。

 理数系の人は社会を大きな機械のように考える傾向があるという。欠陥のある部分を除去したり交換することで、修復が可能だと考える。悪いものは取り除けばいい、という思考に陥りがちだ。

 一方、世の中には倫理的に曖昧な部分があるという考え方を受け入れるのが難しい。

 うーむ、ニューヨーク市警察の情報分析官ミッチェル・シルバーによれば「イスラム過激派がコーランの教えにジハード(聖戦)が含まれていると解釈するのも、理数系のこうした思考回路が影響している」のだそうです。

 記事には「ヒトラーを崇拝するネオナチにも同様の傾向が見られる」とありますので、これはどうやら特定の宗教やイデオロギーには関係なく、理数系学生は過激思想に走りやすいのでは、ということをこの記事はいいたいようです。

 理数系の思考回路はテロに走りやすいですか、興味深いことです。

 私も理数系の端くれなので今回はこの問題を考察してみたいです。

 ・・・

 記事を読んで「理数系の人は社会を大きな機械のように考える傾向があるという。欠陥のある部分を除去したり交換することで、修復が可能だと考える。悪いものは取り除けばいい、という思考に陥りがち」というくだりは理解できますし、「世の中には倫理的に曖昧な部分があるという考え方を受け入れるのが難しい」というのもそう言われればそういう傾向があるかなと、自分に照らし合わせたりしました。

 またオウム真理教事件があったときのことを思い出します、その幹部達が医師や理工学部出身者が多かったことを当時多くの人々も不思議に思われたのだと思います。

 で、不肖・木走としては「理数系の思考回路はテロに走りやすい」を「理数系の思考回路は原理主義に走りやすい」と仮説的解釈拡大をして、その深層心理を考察してみたいです。

 理数系の学生は私も含めて例外なく現代科学の実証主義の洗礼を受けています。

 ある理論が正しいかどうかはその理論が正しいなら成立する仮説を立てそれを実験によって検証することで、理論の正しさを証明していきます。

 その理論が広く認められるには仮説実験によって理論の正しさを証明しただけでは終わりません、それだけでなく、科学は反証可能性を有していますから、その理論が否定されうるあらゆる反証実験に耐えることが求められます。

 カール・ポパー(1902〜94年)は有名な『科学的発見の論理』のなかで、「科学は、常に反証できるものである」と科学を定義しています。

 もしその理論がうまくいかないというような事例が一回でもでてしまえば、つまり反証されれば、その理論はダメになってしまうということです。

 つまり、100万回実験を行って100万回理論を支持するような実験結果がでてきたとしても、その次の100万1回目に否定的な結果、理論がうまくいかないことを示すような精密実験データがでてきたら、もうその時点でその理論は通用しなくなる−。
 要するに、ある仮説の決定的な証明などということは実は永遠にできない、とカール・ポパーは考えたのです。

 科学史を紐解けば確かにポパーの指摘したようにすべての理論は反証され続けてきました。

 有名な例では、18世紀、ニュートン万有引力の法則を用いれば、惑星の運行軌道を正確に理論値と実測値が一致しました。

 『万有引力の法則』はこの宇宙を貫く法則としての地位を得ます。

 しかし、後年水星軌道に見られるわずかな揺らぎが計測され『万有引力の法則』は反証されます、その揺らぎを正しく説明することを可能にしたのはアインシュタインの『相対性理論』でした。

 現在の所アインシュタインの『相対性理論』の反証はいまだされていませんが、いつの日かさらに優れた理論により反証されてしまうことは十分可能性として大きいことでしょう。

 つまり科学の世界では「理論」は永遠に「真理」には届かない性質を持っているとも言えましょう。

 ・・・

 さてここで考察を深めたいのは、現代科学の実証主義を身につけた理数系の若者が科学ではない、宗教やイデオロギーと出会った場合です。

 その若者がその宗教やイデオロギーに対して冷静に対峙しその正当性に科学者らしく批判的態度で接することができうるならば問題はないのですが、何らかの理由(例えば一部のイスラム教過激派がそうであるようにその宗教が生まれたときから日常生活に深く関わり疑うことなく染みついている場合など)でその宗教やイデオロギーに心酔した場合、彼らが自ら信じた「宗教」や「イデオロギー」をひとつの科学的「理論」と見なしやすい傾向が文化系の人より強いのではないでしょうか。

 そうだとすれば、彼らは過激な行動に走りがちになることでしょう。

 なぜならば「宗教」や「イデオロギー」は「科学」とは違い明確な反証可能性を有してはいません。

 例えばイスラム教やキリスト教、あるいは共産主義ヒトラーを崇拝するネオナチが信じる全体主義思想がなぜ今現在も併存しているかといえば、それぞれを完全に反証することが不可能だからでしょう。

 理数系の思考回路で、反証実験不可能な「理論」を信じるとすると、残るのは正当性を検証する実証実験あるのみですから、彼らは彼らの信ずる「理論」の実践に躊躇することはないことなのでしょう。

 彼らの信ずる「理論」のその原理を追求していくことに何ら心のハードルもなく専念しやすいのでしょう。

 実際の科学実験が試行錯誤(トライアル・アンド・エラー)を認めているように、彼らの原理を追求する行動もその一部は過激なテロリズムへと深化していくこともあるのではないでしょうか。

 つまり特定の「宗教」や「イデオロギー」に心酔した理数系の思考回路は原理主義に走りやすいのではないでしょうか。

 ・・・

 もちろんすべての理数系脳の持ち主が過激派になるわけもなく、ここでの私的考察はあくまで参考までの私見であります。

 いずれにしても『高学歴のテロリストの半数近くが理数系出身』(Newsweek誌)との指摘は、いくつか私なりに思い当たるところもありなかなか興味深いのでありました。



(木走まさみず)