木走日記

場末の時事評論

「世界に躍進する韓国企業に学ぼう」(日経社説)〜ナッツリターン騒動で思い出した4年前の日経社説のトンデモ主張

 今回はナッツリターン騒動に関連して、日本経済新聞の4年前の恥かしい主張を回顧してみたいと思います。

 12日付け日経新聞記事から。

大韓機、前副社長命令で引き返し 「創業家の横暴」に批判 他の財閥にも矛先
2014/12/13付日本経済新聞 朝刊

 【ソウル=小倉健太郎大韓航空の当時の副社長が自社機のサービスをとがめて搭乗口に引き返させた問題に対し、韓国で批判が広がっている。オーナー経営者の娘が過剰な対応を強いた問題は「創業家一族の横暴」とみられ、矛先は他の財閥にも向かっている。

(後略)

http://www.nikkei.com/article/DGKKASGM12H5N_S4A211C1FF1000/

 さてこのナッツリターン騒動ですが、韓国では国民の怒りが一向に収まらないようであります、日経新聞でも一連の騒動を独占財閥に批判的に報道しています。

 20日付け朝鮮日報コラムはなかなか考えさせられましたのでご紹介。

【コラム】ナッツリターンと韓国の20代
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/12/20/2014122000836.html

 「あまりにも多くを持つ者、その強欲さを隠さないわずかな少数の前に、誰もが膝を屈したかのように感じた」のが、「大多数の国民はいつまでたっても怒りが収まらない」理由だとしています。

 この事件の張本人は生まれた瞬間から財閥の一員で、大企業への就職が保障されており、また将来は自分が勤めていた企業を相続するはずだ。おそらく飛行機もファーストクラス以外は乗ったこともなく、エコノミークラスの5列席の真ん中で、ソウルからニューヨークまで14時間もじっと座り続けたことなどなおさらないはずだ。そのような人間が、必死に勉強して競争を勝ち抜き、やっとのことで大企業に就職し熱心に働いていた2人の乗務員に対し「ピーナツの出し方がなってない」ことを理由に土下座を強要した。そのニュースを聞いた瞬間、韓国国民は誰もが自分が土下座させられたように感じたはずだ。あまりにも多くを持つ者、その強欲さを隠さないわずかな少数の前に、誰もが膝を屈したかのように感じたのだ。そのため大多数の国民はいつまでたっても怒りが収まらないのだ。

 ・・・

 このナッツリターン問題ですが、現在の韓国社会が抱えている恐ろしいほどの経済的歪み、すなわち10大財閥の経済独占が背景にあるのであります。

韓国・中央日報の2012年08月27日付け記事「韓国財閥10社の売上高 GDPの76.5%」によれば、2011年の10大財閥の売上高の総計は韓国GDPの76.5%を占めています。

しかるに、朝鮮日報の2013年04月04日付け記事によれば、財閥が担う韓国の雇用割合はわずか6.9%だとされています。

 雇用割合でわずか6.9%の財閥系がGDPの76.5%の売り上げを挙げているわけです、逆に言えば労働者の93%は、非財閥系でありその売上げ総額はGDPの四分の一にも満たない23.5%の売り上げの中でひしめいているわけです。

 財閥系とその他では一人当たりの労働生産力が40倍以上も違っています。

 このような歪みは韓国の若者たちの雇用環境にも大きな影響を与えています。

 若者たちは財閥系の入社試験に殺到します、サムスングループだけでその数10万人です。

サムスン入社試験に10万人殺到 専門予備校や対策本も
2014年04月23日 13時00分
http://yukan-news.ameba.jp/20140423-105/

 もともと大卒者の数に対して求人総数が著しく少ないこともあり、韓国の大学を卒業した若者のうち、当初から正規労働者として働けるのは、全体の40%に満たないという話になります。

韓国の悲惨な若者たち 大学卒業と同時に4割が「失業者」
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140402/frn1404021820007-n1.htm

 このような深刻な経済背景があり、このナッツリターン騒動は韓国国民の財閥およびそのオーナー一族に対する積り積もった感情に点火してしまった、国民の怒りの火に油を注いだというわけです。

 ・・・

 韓国のこの10大財閥の問題は、GDPの4分の3を占めているだけに、韓国政府もおいそれとは改革に手をつけることはできません。

 財閥系の売り上げの浮沈はそのままダイレクトに韓国経済全体に影響します、財閥系に依存し過ぎているのです。

 一握りの企業がモンスター化し市場を独占する、これは資本主義経済のひとつの行き着くかたちでもあります。

 日本にとっても現在の韓国経済の在り様は「他山の石」として捉えるべきでしょう。

 行き過ぎた一部企業グループのモンスター化は、その国の経済の発展において、歪んだ格差を固定化してしまう副作用を伴い、国民の不満を増長してしまうわけです。

 ・・・

 4年前、当時躍進する韓国経済・韓国企業を称賛し、日本も韓国に学ぼうというとんでもない論説が日本を代表する経済紙、日本経済新聞に掲載されました。

 2010年3月4日付け日経新聞社説は普段2本掲げる社説を一本に絞って長文の「世界に躍進する韓国企業に学ぼう」という論説を掲げていました。

社説 世界に躍進する韓国企業に学ぼう(3/4)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20100303ASDK0300403032010.html

 すでにリンクは切れていますが、後学のために当ブログとしてその全文を再掲いたしましょう。

 社説冒頭で韓国企業の世界市場での躍進ぶりを「韓国企業の台頭ぶりに驚かされる」という描写で取り上げます。

 韓国企業の世界市場での躍進が目立っている。電機、電子産業を中心に、日本企業の低迷を尻目に競争力格差が開く。韓国勢の強さを謙虚に受け止め、学ぶべきものは学ぶ必要があるのではないか。

 日本国内では目立たないが、世界に目を向けると、韓国企業の台頭ぶりに驚かされる。薄型テレビの2009年の世界シェアは、1位がサムスン電子、LG電子も2位に浮上した。半導体でもパソコンなどに使うDRAMでサムスンが1位だ。

世界シェア上位相次ぐ

 フィンランドノキアがトップの携帯電話も、2位のサムスン、3位のLGが世界販売を伸ばしている。乗用車は現代自動車が成長市場の中国で2位、インドでも快走する。

 業績も好調だ。サムスン電子の09年の連結営業利益は前の期に比べ9割増の10兆9200億ウォン(約8700億円)。10年3月期の営業利益予想が日本の電機業界で最も大きいパナソニックでさえ1500億円だ。

 サムスンとの収益力の違いは明らかで、09年に円換算で約3300億円の営業利益をあげたLG電子にも及ばない。日本の電機の営業利益見通しは大手9社を束ねても6400億円どまりだ。

 そして、通貨ウォン安の追い風が、日本と競合製品が多い韓国企業にとって輸出市場での価格競争力を強めることになったことに触れた上で韓国企業は「3つの自助努力」をしていると指摘します。

 もっとも、為替効果という外部要因だけで韓国企業が競争力を増したとみるのは間違いだ。3つの自助努力がある。まず不況下での積極投資を含めた大胆かつ迅速な経営判断、次に高付加価値の商品を集中的に投入する販売戦略、そして先進国のみならず、アジアやアフリカも含めた新興・途上国市場をくまなく取り込む地道な海外戦略だ。

 そして人口が日本の半分に満たず、経済規模も日本のおよそ5分の1の韓国は海外市場に活路を求めるしかないと続きます。

 人口が日本の半分に満たず、経済規模も日本のおよそ5分の1の韓国では、企業は海外市場に持続的成長の活路を求めるしかない。現にLG電子の海外従業員は全体の7割近くを占め、LGやサムスン電子の海外売上高比率は8割を超える。

 韓国は国内市場の競争で競合企業が少ないのも特徴だ。1997年のアジア通貨危機を契機に、政府主導で大胆な事業集約を進めた結果である。現在、現代自動車グループの国内シェアは7割を超える。国内の同一業種で多くの企業がしのぎを削る日本と違い、韓国企業は国内で稼いだ利益を研究開発や設備投資、さらには海外市場開拓に回せる。

 韓国の強みは競合企業が少ないことだと結論付け、日本も競合企業集約を計るべきだと社説は結ばれています。

日本も競合企業集約を

 経済産業省によれば、韓国は日本より国全体の市場規模が小さいにもかかわらず、主要企業1社当たりの国内市場規模は、乗用車が日本企業の1.5倍、携帯電話は2.2倍だ。日本では携帯電話でシャープなど主要6社が競うが、韓国はサムスン、LGの2社が圧倒する。

 日本は人口が減り内需縮小が避けられない。競合企業が国内で消耗戦を続け、わずかな余力しか海外に振り向けられないようでは、韓国企業に追いつけない。業種別の再編集約を通じ、規模の利益を通じた集中投資や海外への資源配分を強める経営戦略も、真剣に検討すべきだ。

 うむ、一社が市場を独占する韓国財閥経済を盲目的に称賛しています。

 経済産業省によれば、韓国は日本より国全体の市場規模が小さいにもかかわらず、主要企業1社当たりの国内市場規模は、乗用車が日本企業の1.5倍、携帯電話は2.2倍だ。日本では携帯電話でシャープなど主要6社が競うが、韓国はサムスン、LGの2社が圧倒する。

 そして日本も韓国の財閥企業を見習って「業種別の再編集約」を「真剣に検討すべき」と結ばれています。

 日本は人口が減り内需縮小が避けられない。競合企業が国内で消耗戦を続け、わずかな余力しか海外に振り向けられないようでは、韓国企業に追いつけない。業種別の再編集約を通じ、規模の利益を通じた集中投資や海外への資源配分を強める経営戦略も、真剣に検討すべきだ。

 このとんでもない日経社説を読んだ当時、当ブログはこの社説に猛反論を試みました。

2010-03-09■「世界に躍進する韓国企業に学ぼう」(日経社説)に反論する〜韓国経済の抱えている大きな問題点に触れていない
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20100309

 当時のエントリーより抜粋。

(前略)

 4日付けの日経社説は「世界に躍進する韓国企業に学ぼう」と主張します。

 この社説は大企業基準の経営戦略にだけとらわれている点で私は同意できません。

 単純に韓国のように企業集約して一部大企業だけが業績を伸ばすとすれば、副作用も大きいと考えるからです。

 このような施策は当然ながら富の偏在が起こります、総体としての健全な国家経済が育ちにくい、それどころか貧富の格差は確実に拡大し、国家としての経済バランスを欠いてしまいます。

 日本は国家戦略としては安易に「世界に躍進する韓国企業に学」んではいけないと思います。

 ・・・

 韓国経済の現状は日本にとって「他山の石」としなければならないと思います。

 日本経済新聞は今でも「世界に躍進する韓国企業に学ぼう」と主張するのでしょうか。



(木走まさみず)