木走日記

場末の時事評論

朝日が国民より池上さんへの謝罪を優先する理由〜謝罪すら偏向して事実に正対できない朝日新聞

 朝日新聞従軍慰安婦報道を検証する第三者委員会が22日、報告書を公表いたしました。

報告書
朝日新聞三者委員会
http://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122201.pdf

 110ページに渡るレポートですが、これを受けて23日付け朝日新聞紙面は1面から39面まで、関連報道で埋め尽くされています。

 今回は当ブログとして、この第三者委員会の報告書とそれを受けての朝日新聞紙面報道を徹底的に検証、分析したいと思います。

 メディアリテラシー的に朝日の報道姿勢を分析するうえで、今回の朝日新聞の記事の紙面構成を徹底検証することが極めて重要なので、以下記事をスキャンしたものをトレースしていきます。

※紙面構成をトレースするのが主目的なので記事によっては解像度が悪く判読できません、ほとんどの記事がネット上でも確認できますので、リンクを付けておきましたので、関心のある読者は当該記事をネット上で直接お読みください。

 まず朝日新聞23日紙面では12ページを使い本件関連の記事が掲載されています
、一面のインデックスから。

慰安婦報道 第三者委関連ページ 

 一面トップ記事です。

●取り消しの遅れ批判

http://www.asahi.com/articles/DA3S11520719.html

 その下には朝日新聞社長の謝罪の文が続きます。

●重く受け止め、公正な報道徹底

http://www.asahi.com/articles/DA3S11520722.html

 2面では池上さんのコラム不掲載の経緯についての説明記事が載っています。

●見送りの経緯を説明します

 続く3面では、ほぼすべての紙面を割いて池上さん関連の記事が掲載されています。

 まずは朝日新聞としての謝罪文です。

●池上さんコラム掲載見送り、あらためておわびします

http://www.asahi.com/articles/DA3S11520791.html

 朝日新聞社広報担当取締役の高田覚・社長室長の見解です。

●「指摘、真摯に受け止める」

 続いて池上彰さんご本人の話です。

●連載、朝日新聞の方針見て判断

 木村伊量前社長の話です。

●最終責任は私にある

 杉浦信之前取締役の話です。

●誤った判断、責任は重大

 ここまでが、最も読まれるであろう1面、2面、3面の記事です。

 お気づきでしょうがその大半が池上コラム関連の記事で占められています。

 これは後で分析しますが、重要なポイントだと思われます。

 次にページは飛んで23ページから29ページで、7ページすべてを割いて報告書(ポイントと要約版)が掲載されていますが、割愛します、報告書の内容は上記リンク等でネットで確認できます。

 さて、37ページには、記事訂正とご説明が載っています。

●記事を訂正、おわびしご説明します

http://www.asahi.com/articles/DA3S11520753.html

●「軍関与示す資料」の記事について

●「元慰安婦、初の証言」の記事について

吉田清治氏関連の記事について

 最後に39面で、第三者委員会の会見の詳細が掲載されています。

●「批判正しいと思い込み」「改革の決意を信じたい」 慰安婦報道、第三者委会見


http://www.asahi.com/articles/DA3S11520797.html

 ・・・

 ネット上のバラバラの記事をひとつひとつ拾ってきても本件では朝日新聞の本件に関する姿勢が見えてきませんが、記事構成をトレースすれば、朝日新聞の「意図」が見えてきます。

 この十二ページに渡る23日付け朝日新聞の関連報道では、第三者委員会の報告書を受けて、社として謝罪と説明をしているわけですが、大変興味深いことに時系列を逆転して直近で起こっていることから過去の問題へと時代を遡るように説明をしていることが理解できます。

 朝日新聞の一連の従軍慰安婦捏造報道に比較すれば軽微な問題である池上コラム不掲載という直近の問題で1、2、3面の記事の大部分を占めていることが象徴的です。

 また、「時系列の逆転」、このことはすべてのページに見られます。

 38面の「記事の訂正とおわび」においても、その説明は時系列が逆転しています。
 当該記事はネットでも確認できます。

記事を訂正、おわびしご説明します 慰安婦報道、第三者委報告書 朝日新聞社
http://www.asahi.com/articles/DA3S11520753.html

 まず(92年1月11日付朝刊1面)記事をとりあげます。

 ■「従軍慰安婦」用語メモを訂正

 「従軍慰安婦 1930年代、中国で日本軍兵士による強姦(ごうかん)事件が多発したため、反日感情を抑えるのと性病を防ぐために慰安所を設けた。元軍人や軍医などの証言によると、開設当初から約8割が朝鮮人女性だったといわれる。太平洋戦争に入ると、主として朝鮮人女性を挺身隊(ていしんたい)の名で強制連行した。その人数は8万とも20万ともいわれる」(92年1月11日付朝刊1面)

 次にその前年の記事をとりあげます。

■「女子挺身隊」「連行」の記述訂正

 「日中戦争第2次大戦の際、『女子挺身(ていしん)隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、1人がソウル市内に生存していることがわかり……」(91年8月11日付朝刊社会面〈大阪本社版〉)

 そして最後に82年9月2日の朝日新聞のスクープ「朝鮮の女性 私も連行」と題する記事から始まる吉田清治氏関連の記事を取り上げています。

吉田清治氏関連の記事について】

 ■新たに2本、全文・一部取り消し

 朝日新聞は今年8月5日付の検証紙面で、吉田清治氏(故人)を取り上げた記事16本を取り消しました。

 吉田氏は存命中、日本の植民地だった韓国・済州島で戦時中、女性を慰安婦にするため暴力を使って無理やり連れ出したと証言していました。

 なぜ、朝日新聞はわざわざ時系列を逆転して、直近の些末な池上コラム問題を大きく取り上げつつ、過去を遡るような記事構成をとっているのでしょうか。

 狙いは2つあると考えます。

 ひとつは問題の転嫁です。

 些末な直近のコラム不掲載を大々的に取り上げ謝罪することで、より本質的な過去の朝日の一連の捏造報道を、相対的に軽微化して読者の関心を薄めさせる、印象操作です。

 もうひとつは、いかにも朝日らしい姑息な手段ですが、過去の一連の捏造記事を時系列を逆転してバラバラに報じることで、朝日新聞自身の拭いがたい「偏向」体質を隠しているのだと当ブログは推測いたします。

 朝日新聞自身も認めてはいる、上記の3大捏造記事ですが、それぞれの記事は、朝日の描いていた、あるシナリオ、ある「角度」でもって、捏造されていったのです、しかし朝日は時系列で分析することをわざと放棄しています、一連の捏造報道の関係性をまったく分析していない、つまりそこに通底している朝日の「偏向」体質を時系列で分析することを放棄しているのです。

 当ブログは2年前、一連の朝日の捏造記事を時系列でまとめて朝日新聞を批判するエントリーをいたしましたが、このエントリーは今でも来訪者が絶えないほど注目をいただいております。

2012-09-01 「河野談話」の真の生みの親は朝日新聞である
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20120901

 上記の朝日記事が取り上げている3大捏造記事を、まさに簡単にまとめた説明箇所を当時のエントリーより抜粋。

本件に関わる捏造報道の始まりは、河野談話が発表される11年前の82年9月2日、朝日新聞は「朝鮮の女性 私も連行」と題する「スクープ」記事を大きく掲載します。

(前略)

  その証言が始まると、大阪の500人の聴衆はしんとして聞き入ったという。

 「当時、われわれは『狩り出し』という言葉を使っていた・・・泣き叫ぶというような生やさしいものではない。船に積み込まれる時には、全員がうつろな目をして廃人のようになっていた・・・」

 これは、昭和18年夏、わずか一週間で朝鮮・済州島若い女性200人を狩り出した吉田清治氏の懺悔だ。吉田氏は女工から海女まで手当たり次第に拉致し、慰安婦に仕上げたという。

(後略)

 これ以後、吉田氏は朝日紙面に何度も登場し、従軍慰安婦の悲惨さを語り尽くします。

 しかしこの吉田証言は完全な作り話でした。証言が本になってすぐに現地の『済州新報』が取材していますが、一つも事実が見つかりませんでした。また韓国の郷土史家は何年も調査し、拉致の事実はなかったと断定、吉田の本を『日本人の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物』とこき下ろします。

 つまり、吉田氏は本を売って儲けるため、嘘八百を並べ立てたということです、最後には吉田氏自身が「証言は捏造だった」と認め、朝日新聞も《氏の著述を裏付ける証拠は出ておらず、真偽は確認できない》(97年3月31日付)と、「証拠は出ておらず、真偽は確認できない」ことは認めます。

 しかしこの証言は独り歩きし、その後「日本軍が韓国人女性を性奴隷にした」ことが国際的に広まってしまうきっかけを作りました、吉田氏を祭り上げた朝日新聞の罪は極めて重いといっていいでしょう。

 朝日の大スクープ第二段は、91年8月11日付の《元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く》という記事で、元従軍慰安婦が初めて名乗りを上げたことを報じたものです。

 この記事は『女子挺身隊の名で連行され』と書いてありますが、実はこれは大捏造であり、名乗りを上げた金学順さんは女子挺身隊で連行されたのではなく、母親に40円でキーセンに売られたと明言していることが今ではわかっています。

 問題は、記事を書いた朝日ソウル支局記者の韓国人妻の母が、太平洋戦争遺族会の常任理事だったことです。

 この団体が金学順さんに日本政府相手に裁判を起こすよう勧めるんです。キーセン出身を隠し、しかも身内を利する記事を書いたわけで、悪意に満ちた意図的な捏造報道であります。

 この第二段捏造記事は朝日の狙い通り、国の内外で大反響を起こします、この記事が一つのきっかけになって1991年12月の政府による従軍慰安婦問題調査開始に繋がっているのです。

 さて朝日捏造記事により日本政府は従軍慰安婦問題調査開始にまで追い込まれていったわけですが、ここで朝日新聞は第三弾の記事を1面トップで報道します。

 政府が調査を開始した翌月、すなわち1992年1月11日付の1面トップで《慰安所 軍関与の通達・日誌 募集含め監督・統制》という記事を掲げます。

 この陸軍資料は『慰安婦募集に際して業者が悪どい手口を使うので取り締まれ』という内容なだけなのに、それをあたかも『軍の関与』とさも悪いことのように報じます。

 この記事は当時の宮沢喜一政権にとって最悪のタイミングとなります、宮沢首相が訪韓する5日前で、それまで国の介入を否定していた日本政府に、決定的な「圧力」を加える意図を感じます。

 この記事も大反響を起こし、記事を受け、当時の加藤紘一官房長官は事実調査の前に「お詫びと反省」の談話を発表してしまうのです。

 そしてあわれ宮沢首相は、空港に押し寄せた大デモ隊の罵倒する声に迎えられ、韓国で宮沢首相はなんと8回も謝罪するハメになるのです。

 このような朝日新聞の悪意ある報道により、日本政府はどんどん追い詰められていったわけです。

 そして、93年8月4日、「河野談話」が表明されます。

 検証したとおり、「従軍慰安婦問題」及びこの「河野談話」の真の生みの親は、一連の朝日新聞捏造報道であるといって過言ではないでしょう。

 ・・・

 82年9月2日から何度も朝日が取り上げた「日本軍関係者としてたくさんの朝鮮人従軍慰安婦として強制連行した」という吉田清治捏造発言ですが、捏造とはばれていなかった当時から、大きな問題がありました。

 それはこれだけの規模の「犯罪」が朝鮮各地で行われていたとしたら、なぜ被害者である元慰安婦が誰一人名乗り上げてこないのだろう、という当然の疑問でした。

 吉田発言で「加害者」の証言は得た、あと必要なのは「被害者」つまり元慰安婦の証言なのでした。

 そこで日本の一部の弁護士や朝日新聞記者などが必死で発言してくれる元慰安婦を探していたわけです。

 そんな状況の中で 朝日の大スクープ第二段、91年8月11日付の《元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く》という記事で、元従軍慰安婦が初めて名乗りを上げたことを報じたのです。

 キーセンに40円で売られた女性を『女子挺身隊の名で連行され』と捏造したこの報道の背景には、時系列で分析すれば、朝日が描いていたシナリオにかなう「事実」報道を目指していたことが浮き彫りになります。

 事実この報道の後で、「加害者」である吉田氏は「被害者」である金学順さんにわざわざ韓国に出向いて謝罪するという「セレモニー」が実現しています。

 上記第三者委員会の報告書の中でその92ページにて、岡本委員は朝日新聞は記事に「角度」をつけ過ぎると、その体質を批判しています。

当委員会のヒアリングを含め、何人もの朝日社員から「角度をつける」という言葉を聞いた。「事実を伝えるだけでは報道にならない、朝日新聞としての方向性をつけて、初めて見出しがつく」と。事実だけでは記事にならないという認識に驚いた。
だから、出来事には朝日新聞の方向性に沿うように「角度」がつけられて報道される。

 「事実を伝えるだけでは報道にならない、朝日新聞としての方向性をつけて、初めて見出しがつく」、これこそが朝日新聞の本質的「偏向体質」なのです。

 今回の第三者委員会の報告書に対する朝日新聞の報道姿勢は、今現在も朝日が謝罪検証報道すら「時系列を逆転」するというある「角度」をもってしか報道できていないことを証明しています。

 謝罪すら偏向して事実に正対できない朝日新聞なのです。



(木走まさみず)