木走日記

場末の時事評論

当ブログはこの議論からは断じて降りません!〜捏造記事かどうか、メディア論的にはいまだ全く検証されていない!!

 1991年8月11日付け朝日新聞記事の書き出しです。

日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞玉・共同代表、十六団体約三十万人)が聞き取りを始めた。

 <「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」>、普通の日本語能力があれば、読者はこの書き出しは極めて事実報道記事としてあいまいなことに気づきます。

 いったい誰がこの気の毒な女性を連行し売春を強いたのか、肝心の主語がないのです。

 この主語がない書き出しが極めて意図的で重要なのであります。

 この問題の記事冒頭部分に関して、朝日新聞は昨年12月、実に掲載より23年の長きを経て、「誤りとして、おわびして訂正します」と謝罪、過去記事データベース上も「この女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません」との事実無根との「おことわりをつけます」としました。

「元慰安婦、初の証言」の記事について
「女子挺身隊」「連行」の記述訂正

日中戦争第2次大戦の際、『女子挺身(ていしん)隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、1人がソウル市内に生存していることがわかり……」(91年8月11日付朝刊社会面〈大阪本社版〉)
 これは、「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」との見出しで掲載した記事の前文部分です。記事は、韓国人の元慰安婦の一人が初めて、自らの過去を「韓国挺身隊問題対策協議会」に証言したことを、録音テープをもとに伝えました。
 しかし、同記事の本文はこの女性の話として「だまされて慰安婦にされた」と書いています。この女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません。
 前文の「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され」とした部分は誤りとして、おわびして訂正します。
 第三者委員会に対し、筆者の植村隆・元記者(56)は「あくまでもだまされた事案との認識であり、単に戦場に連れて行かれたという意味で『連行』という言葉を用いたに過ぎず、強制連行されたと伝えるつもりはなかった」との趣旨の説明をしたといいます。
 第三者委は報告書で、「だまされた」事例であることをテープ聴取で明確に理解していたにもかかわらず、この前文の表現は「『女子挺身隊』と『連行』という言葉の持つ一般的なイメージから、強制的に連行されたという印象を与える」などと指摘しました。
 また報告書は、挺身隊と慰安婦の混同について、91年から92年ころにかけて両者の違いが急速に意識されるようになるまでは、「両者を混同した不明確な表現が朝日新聞に限らず多く見られたという実態があった」との見解を示しました。朝日新聞は今年8月の検証記事で、この記事に「意図的な事実のねじ曲げはない」と結論づけました。報告書はそれだけでなく、「読者に正確な事実を伝えるという観点から、前文部分の記載内容も含め、さらに踏み込んで検討すべきであった」としました。この指摘についても、重く受け止めます。
 この記事には、過去記事を閲覧できるデータベース上で、挺身隊の混同がみられたことから誤用したことを示すおことわりをつけています。今後、改めて、「この女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません」といったおことわりをつけます。

http://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122337.html

 つまり、<『女子挺身(ていしん)隊』の名で戦場に連行され、>の部分は、朝日新聞自身が「誤りとして、おわびして訂正します」、「この女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません」と、謝罪して訂正すべき事実無根の文章であったことを認めています。

 実際はこの女性はキーセンに40円で売られ養父に中国に連れていかれたことが12月6日の裁判の訴状でも明らかになっているのですが、その事実を隠し、本人が言ってもいない<『女子挺身(ていしん)隊』の名で戦場に連行され、>と付け加えていたことこそが、本記事が単なる「誤報」ではなく「捏造」記事であると批判されてきた所以です。
(※当該記者は本記事は8月で訴状を見る前だったと主張していますが、仮にそうであったとしても、本件に関する当該記者による12月25日付け第二弾記事においても、すでに訴状既読済みであると本人も認めているうえで、やはりキーセンの事実は意図して隠ぺいされています。)

 さて本記事の記者がこの記事は「捏造」ではないと記者会見をしています。

【全文】「私は捏造記者ではありません。不当なバッシングに屈するわけには行かないのです。」〜慰安婦問題で元朝日新聞記者の植村隆氏が会見
http://blogos.com/article/103130/

 捏造の言葉の定義を三省堂広辞林より押さえておきましょう。

ねつ ぞう −ざう [0] 【捏▼造】
( 名 ) スル
〔「でつぞう(捏造)」の慣用読み〕
実際にはありもしない事柄を,事実であるかのようにつくり上げること。でっちあげ。 「会見記を−する」
http://www.weblio.jp/content/%E6%8D%8F%E9%80%A0

 捏造とは「実際にはありもしない事柄を,事実であるかのようにつくり上げること」とあります。

 従って一般的には「捏造」記事は、2つの手法が取られます。

(捏造手法1):事実無根の「捏造」
 事実無根の事柄を事実のように報道する。

 「捏造」記事を完遂するためにときに2番目の手法を取ります。

(捏造手法2):事実の「隠ぺい」
 重要な事実を隠して報道しない。

 一般に「捏造」報道とは、(捏造手法1)あるいは(捏造手法2)あるいはその両方を駆使して行われるものであります。

 今回問題の記事は、事実無根の事柄「『女子挺身(ていしん)隊』の名で戦場に連行され」たとの書き出しが(捏造手法1)、キーセンに40円で売られ養父に中国に連れていかれたという本当の事実を隠ぺいしている点が(捏造手法2)にあてはまりますから、常識的に「捏造」記事と批判されて当然でしょう。

 少なくとも単なる誤用とは判断できるわけがありません。

 上記の昨年12月の朝日記事では、挺身隊と慰安婦の混同について、「意図的な事実のねじ曲げはない」と結論づけました、とあります。

 また報告書は、挺身隊と慰安婦の混同について、91年から92年ころにかけて両者の違いが急速に意識されるようになるまでは、「両者を混同した不明確な表現が朝日新聞に限らず多く見られたという実態があった」との見解を示しました。朝日新聞は今年8月の検証記事で、この記事に「意図的な事実のねじ曲げはない」と結論づけました。報告書はそれだけでなく、「読者に正確な事実を伝えるという観点から、前文部分の記載内容も含め、さらに踏み込んで検討すべきであった」としました。この指摘についても、重く受け止めます。

 こここそが重要な論点です。

 「両者を混同した不明確な表現が朝日新聞に限らず多く見られたという実態があった」、当時メディアはみんな誤用していたという説明は、一連の朝日新聞の「捏造」報道の流れから言って説明になっていないからです。

 大きな流れでいえば、朝日新聞の一連の従軍慰安婦捏造報道の3大問題記事の中でこの記者の記事は時系列では2番目に当たります。

 当ブログの過去エントリーより抜粋しておきます。

 本件に関わる捏造報道の始まりは、河野談話が発表される11年前の82年9月2日、朝日新聞は「朝鮮の女性 私も連行」と題する「スクープ」記事を大きく掲載します。

(前略)

  その証言が始まると、大阪の500人の聴衆はしんとして聞き入ったという。

 「当時、われわれは『狩り出し』という言葉を使っていた・・・泣き叫ぶというような生やさしいものではない。船に積み込まれる時には、全員がうつろな目をして廃人のようになっていた・・・」

 これは、昭和18年夏、わずか一週間で朝鮮・済州島若い女性200人を狩り出した吉田清治氏の懺悔だ。吉田氏は女工から海女まで手当たり次第に拉致し、慰安婦に仕上げたという。

(後略)

 これ以後、吉田氏は朝日紙面に何度も登場し、従軍慰安婦の悲惨さを語り尽くします。

 しかしこの吉田証言は完全な作り話でした。証言が本になってすぐに現地の『済州新報』が取材していますが、一つも事実が見つかりませんでした。また韓国の郷土史家は何年も調査し、拉致の事実はなかったと断定、吉田の本を『日本人の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物』とこき下ろします。

 つまり、吉田氏は本を売って儲けるため、嘘八百を並べ立てたということです、最後には吉田氏自身が「証言は捏造だった」と認め、朝日新聞も《氏の著述を裏付ける証拠は出ておらず、真偽は確認できない》(97年3月31日付)と、「証拠は出ておらず、真偽は確認できない」ことは認めます。

 しかしこの証言は独り歩きし、その後「日本軍が韓国人女性を性奴隷にした」ことが国際的に広まってしまうきっかけを作りました、吉田氏を祭り上げた朝日新聞の罪は極めて重いといっていいでしょう。

 朝日の大スクープ第二段は、91年8月11日付の《元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く》という記事で、元従軍慰安婦が初めて名乗りを上げたことを報じたものです。

 この記事は『女子挺身隊の名で連行され』と書いてありますが、実はこれは大捏造であり、名乗りを上げた金学順さんは女子挺身隊で連行されたのではなく、母親に40円でキーセンに売られたと明言していることが今ではわかっています。

 問題は、記事を書いた朝日記者の韓国人妻の母が、太平洋戦争遺族会の常任理事だったことです。

 この団体が金学順さんに日本政府相手に裁判を起こすよう勧めるんです。キーセン出身を隠し、しかも身内を利する記事を書いたわけで、悪意に満ちた意図的な捏造報道であります。

 この第二段捏造記事は朝日の狙い通り、国の内外で大反響を起こします、この記事が一つのきっかけになって1991年12月の政府による従軍慰安婦問題調査開始に繋がっているのです。

 さて朝日捏造記事により日本政府は従軍慰安婦問題調査開始にまで追い込まれていったわけですが、ここで朝日新聞は第三弾の記事を1面トップで報道します。

 政府が調査を開始した翌月、すなわち1992年1月11日付の1面トップで《慰安所 軍関与の通達・日誌 募集含め監督・統制》という記事を掲げます。

 この陸軍資料は『慰安婦募集に際して業者が悪どい手口を使うので取り締まれ』という内容なだけなのに、それをあたかも『軍の関与』とさも悪いことのように報じます。

 この記事は当時の宮沢喜一政権にとって最悪のタイミングとなります、宮沢首相が訪韓する5日前で、それまで国の介入を否定していた日本政府に、決定的な「圧力」を加える意図を感じます。

 この記事も大反響を起こし、記事を受け、当時の加藤紘一官房長官は事実調査の前に「お詫びと反省」の談話を発表してしまうのです。

 そしてあわれ宮沢首相は、空港に押し寄せた大デモ隊の罵倒する声に迎えられ、韓国で宮沢首相はなんと8回も謝罪するハメになるのです。

 このような朝日新聞の悪意ある報道により、日本政府はどんどん追い詰められていったわけです。

 そして、93年8月4日、「河野談話」が表明されます。

 検証したとおり、「従軍慰安婦問題」及びこの「河野談話」の真の生みの親は、一連の朝日新聞捏造報道であるといって過言ではないでしょう。

 ・・・

 82年9月2日から何度も朝日が取り上げた「日本軍関係者としてたくさんの朝鮮人従軍慰安婦として強制連行した」という吉田清治捏造発言ですが、捏造とはばれていなかった当時から、大きな問題がありました。
 それはこれだけの規模の「犯罪」が朝鮮各地で行われていたとしたら、なぜ被害者である元慰安婦が誰一人名乗り上げてこないのだろう、という当然の疑問でした。
 山口県労務報国会・下関支部動員部長だったという吉田 清治は、1943(昭和18)年5月、西部軍司令部(福岡)から交付された「 皇軍慰問・朝鮮人女子挺身隊200名、年齢18歳以上30歳未満・・・」 などとする動員命令にもとづき、朝鮮の済 州 島 で「慰安婦狩り」 を実行に移したのだと発言していました。
 ここに「皇軍慰問・朝鮮人女子挺身隊」という言葉が使われていたのです。
 ここから、事実上広く「挺身隊」=「慰安婦」という、とんでもない出鱈目・誤用が始まっています。
 それはともかく、この吉田発言が虚言であるとは知らずキャンペーンをはった朝日にしてみれば、吉田発言で「加害者」の証言は得た、あと必要なのは「被害者」つまり元慰安婦の証言なのでした。
 そこで日本の一部の弁護士や朝日新聞記者などが必死で発言してくれる元慰安婦を探していたわけです。
 そのことは当該記者自身も認めています。
 そんな状況の中で 朝日の大スクープ第二段、91年8月11日付の《元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く》という記事で、元従軍慰安婦が初めて名乗りを上げたことを報じたのです。
 キーセンに40円で売られた女性を『女子挺身隊の名で連行され』と捏造したこの報道の背景には、時系列で分析すれば、朝日が描いていたシナリオにかなう「事実」報道を目指していたことが浮き彫りになりましょう。
 偽りの吉田証言に呼応するために養父にキーセンに売られててはいけない、吉田のような日本軍関係者に『女子挺身隊の名で連行され』ないといけないわけです、つまり朝日の過去記事のシナリオに即して事実を「捏造」したのではないのか、との当然の疑問が出てくるわけです。
 事実この報道の後で、『女子挺身隊』の「加害者」である吉田氏は「被害者」である金学順さんにわざわざ韓国に出向いて謝罪するという「セレモニー」が実現しています。
 ・・・

 当該記者は「週刊文春」誌上での記述で名誉毀損されたとして、同日、発行元の文藝春秋と記事内で発言を行った西岡力・東京基督教大教授に対し、計1650万円の損害賠償と謝罪広告などを求める訴えを東京地裁に起こしました。

 170人の弁護士団に守られながらです。

 ネット上ではこの裁判に、本件における言論空間が萎縮しているように見えます。

 当ブログはここではっきり申します。

 当該記事が捏造記事かどうか、メディア論的にはいまだ全く検証されていません。
 普通の日本語読解力があれば、これはメディアリテラシーの教科書に乗せてもいいような作為ある捏造事例であるという、疑惑はまったく晴れていないのではないでしょうか。
 言論には言論で反論せよといいたい。
 当ブログはこの議論からは断じて降りません。



(木走まさみず)