木走日記

場末の時事評論

韓国の『職業倫理』の著しい欠如がもたらした「セウォル号」沈没事故の惨劇

 21日付け朝鮮日報記事から。

旅客船沈没:高官が現場で記念撮影、家族ら激怒

恥を知らない政府関係者たち

 旅客船セウォル号」沈没事故による犠牲者の遺体は全羅南道珍島の彭木港に安置されているが、ここを視察した海洋水産部(省に相当、以下同じ)の李柱栄(イ・ジュヨン)長官とその一行が「記念撮影」をしたとして激しい非難を受けている。実際に問題を起こした同部のソン・ヨンチョル監査官は職務から解任された。

 20日午後6時ごろ彭木港に到着した李長官は遺体の安置所を視察した後、海洋警察、安全行政部、教育庁などの関係者からブリーフィングを受けた。その後、李長官が先に席を立つと、ソン監査官が安全行政部の関係者らに「記念写真を撮ろう」と声を掛けたことが周囲に伝わった。

 これに激怒した犠牲者の遺族と行方不明者の家族らは李長官一行を取り囲み「遺体と一緒に記念撮影をしたらどうだ」「300人をあの冷たい海に放り込んでおきながら、記念撮影をするとはお前ら本当に人間か」などと激しく詰め寄った。一瞬にして遺族や取材記者ら100人以上に取り囲まれた一行は、謝罪と弁解を要求する声に「愚かなことをした」「代わりに謝罪する」などと繰り返したが、結局その場を離れることができず、彭木港の待合室に避難した。 

(後略)

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/04/21/2014042100895.html

 うむ、犠牲者の遺体安置場を視察した海洋水産部の李柱栄(イ・ジュヨン)長官とその一行が現場で「記念撮影」をしたとして激しい非難を受けているとのことです。

 今回の韓国で起こった旅客船セウォル号」沈没事故でありますが、事故の発生要因や事故後の船長を筆頭にした乗組員の対応の悪さ、事故直後の今月16日午前から、乗船者の数は477人、459人、462人、475人(17日午前2時現在)と変わり続けたように、韓国政府や韓国メディアの状況判断の甘さと状況掌握能力の欠如が目立ちます。

 日頃従軍慰安婦問題などで韓国を批判的に取り上げることが多い当ブログでありますが、300人にのぼるであろう犠牲者の多さに、この惨劇をもって単純な韓国批判に留まるエントリーを起こすことは不毛でありましょう。

 今後の韓国のみならず、日本にとっても、この悲惨な事故から普遍的な教訓を得て、将来の有るべき安全対策に繋げるべく、建設的な考察を行いたいと思います。

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 当ブログとしてこの事故の深刻な側面のキーワードは『職業倫理』の著しい劣化だと考えます。

 コトバンクより。

りんり【倫理】

人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。道徳。モラル。
http://kotobank.jp/word/%E5%80%AB%E7%90%86

 職業倫理とは特定の職業に従事する場合に要求される倫理です。

 例えば福祉・介護関係従事者なら職業人としての社会的責任を自覚し、介護保険法や関係法令、ルールを遵守しながら誠実・公正に職務を遂行する能力、および取り組み姿勢が問われると思います。

 更に専門家は高度の教育や訓練を受け(それに見合う高い収入を得て)、その仕事の結果が多くの人に大きな影響を及ぼす立場にあるのだから、通常より高い倫理的な責任が求められます。

 職業倫理とは日頃からの心構えであり、外的に強要される性質の心情ではなく、職業人としての自発的に身につけておくべきモラルであります。

 今回の事件、いろいろな問題が指摘されていますが、『職業倫理』の著しい劣化という観点から、三つの点を取り上げたいです。

 まず船長他29名の乗組員の『職業倫理』の欠如です。

 今回の事故の特筆すべき特徴は、乗船者の救助率は17日までに37.8%にとどまっていることです。

 韓国では「タイタニック並みの救助率」と世論が沸騰しています。

旅客船沈没:タイタニック並みの救助率に世論沸騰

「100年前と同レベルとは」

 珍島沖で起きたセウォル号沈没事故で、乗船者の救助率は17日までに37.8%にとどまっている。1912年に北大西洋で沈没した豪華客船タイタニック号の事故では生存率が32%だった。このため、国民からは「(陸の近くに沈没した)セウォル号の救助率は(大西洋の真ん中で沈没した)100年前のタイタニック号の事故と同じ水準だ」「今の韓国でこんなことが起きるなんて信じられない」といった怒りの声が上がっている。

 乗船者475人のうち、179人が脱出、救助されたセウォル号の救助率は、2224人中710人が救助されたタイタニック号事故の救助率を5ポイント上回っているだけだ。「無能な大韓民国はいまだに後進国だ」という嘆きと自嘲(じちょう)が聞かれる中、韓国を「キムチスタン」などと皮肉る表現も登場した。

(後略)

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/04/18/2014041801308.html?ent_rank_news

 この救助率の低さは、乗客を放置して真っ先に退船した船長をはじめ乗組員が、緊急時に『職業倫理』に則った当然とるべき必要な行動をせず、一般乗船者の避難誘導を怠り、結果的に無責任な自己保身行動に終始したと見られても仕方ないことが大きな要因のひとつであることは否めません。

 今回の惨事を見ていて最も怒りを感じるのは、乗組員と生徒たちの救出率の差です。

 乗組員は69%(29人中20人)の生存が確認されましたが、しかし修学旅行中だった安山・檀園高校2年生の救出率は23%にすぎません。

 ほとんどの生徒は、乗組員が船を去っていると知らないまま、右往左往して惨事に遭ったことになります。

 さらに乗員29名の内訳ですが、サービス関係14名中9名が行方不明ですが、運行関係15名は全員無事なことです。

 船内の客室に近いところにいた給仕などのサービス関係者の救出率は36%ですが、船長はじめ運行関係の乗員の救出率は100%なのです。

 関係者の証言を総合すると、乗員乗客475人のうち、脱出第1号だった可能性が高いとみられるのは船長です。

 船長は、午前9時ごろに遭難信号を発信してから、わずか30分で船を捨てました、船員の多くも同様だったそうです。

 脱出の列の最後にいるべき船員たちが、一番先頭にいたわけです。

 船が完全に沈没したのは、船員たちが逃げ出してから1時間50分もたった後のことでした、これは乗組員には、乗客を避難させる時間が2時間近くもあったことを意味しますが、しかし船員たちは、そうしなかったのです。

 高校生の救出率がわずか23%にすぎない中で、船長はじめ運行関係の乗員の救出率が100%であることは何を示唆しているのでしょうか。

 『職業倫理』の著しい欠如を示す重要な指標と言えるのではないでしょうか。

 参考記事。

【コラム】責任持つべき人間が真っ先に逃げ出す国

最後まで残るべき船長が船と乗客を捨てて真っ先に脱出
誤った案内放送で犠牲増やす
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/04/18/2014041801084.html?ent_rank_news

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 2点目ですが、同様の『職業倫理』の著しい欠如を示す例が、韓国政府内部、官僚や公務員の事故対応にも見られました、19日付け朝鮮日報記事から。

旅客船沈没:大統領の叱責恐れもたつく官僚

海洋水産部長官「乗船者名簿を確保」…大統領に不正確な報告
過ちを犯せば全責任を取らされる…消極的な公務員  

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/04/19/2014041900568.html

 記事によれば公務員は「事態が終息したら誰も責任を取らない、ということを経験的に知っている」として、「今回のセウォル号沈没事故で、専門性を備えた公務員が現場で積極的に動けずにいるのは『過ちを犯せば自分が全ての責任を負わされる』と恐れているためだ」というのです。

■「過ち犯せば全責任」、消極的になる公務員

 政府や与党の関係者は「今回のセウォル号沈没事故で、専門性を備えた公務員が現場で積極的に動けずにいるのは『過ちを犯せば自分が全ての責任を負わされる』と恐れているためだ」と語った。現場を訪れた与党セヌリ党の関係者は「公務員は『自分ばかりが出て行って過ちを犯せば、責任を負わされる』と考えているため消極的だ。事態が終息したら誰も責任を取らない、ということを経験的に知っている」と語った。

 国家・国民の安全を守ることが第一の使命であるはずの公務員が、自己保身のために現場で積極的に動こうとしないとは、公務員としての『職業倫理』を完全に放棄しているとしか表現できません

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 三点目ですが、この事件に見られる関係者の『職業倫理』の著しい欠如から、その最終責任者として大統領が批判に晒されています。

 船長を筆頭にした乗組員たちや現場で事故対応している公務員らの『職業倫理』の著しい欠如が、今回の悲惨な事故を招いた大きな要因であることは否定できません。

 関わる専門的な人たちがここまで無責任な行動を取ったことは、彼らが「事態が終息したら誰も責任を取らない、ということを経験的に知っている」との認識を有していたこともあるのでしょうが、関係者がこのような態度をとることで、このような事故ではあまり関係ない大統領への批判へと繋がっていきます。

 誰も責任ある行動を取らない関係者へのやり場のない怒りが朴槿恵大統領に向けられているのです。

不明者の家族、朴槿恵大統領に不満爆発…韓国旅客船沈没
2014年4月17日21時4分 スポーツ報知

 韓国南西部、珍島沖合の旅客船沈没事故で、朴槿恵大統領が17日、行方不明者の家族が集まる珍島の体育館を訪れ見舞いの言葉を掛けたところ、政府の捜索活動が遅れていると不満を持つ家族が大統領に「こんなところにいないで早く対策でも立てろ」などと罵声を浴びせ、騒ぎになった。

(後略)

http://www.hochi.co.jp/topics/20140417-OHT1T50256.html

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 まとめです。

 今回の悲惨な事故が我々に与えた教訓は、技術的な諸問題もさることながら、危機における専門家の職業倫理の大切さだと思えます。

 そして一部専門家の職業倫理を高く維持するためには、当然ながら国家として国民一般の倫理感を高める必要があります。

 韓国は国家としてこの点を深く自省していただきたいです。

 そして日本としても他人事としてではなく、災害対応において、国民の倫理観がいかに重要か、再認識する機会ととらえたいです。



(木走まさみず)