木走日記

場末の時事評論

産経記事のただの韓国報道紹介記事が韓国を激怒させた理由

 13日付け産経新聞記事から。

本紙支局長出頭要請、外相会談で議論 韓国側は「当然」
2014.8.13 09:06

 【ソウル=名村隆寛】韓国外務省報道官は12日の定例記者会見で、韓国検察当局が産経新聞ソウル支局の加藤達也支局長(48)に出頭を要請した問題について、「産経新聞の報道は、根拠のない流言飛語を基に国家元首の名誉を毀損(きそん)する悪意ある報道で、極めて重大」と述べた。

 岸田文雄外相が9日、ミャンマーでの日韓外相会談で、尹炳世(ユンビョンセ)外相に対し、「報道の自由、日韓関係の観点から心配している」という立場を伝えたことについて語ったもので、報道官は、「韓日関係発展に向けた論議の過程で、韓日両国民の感情を傷つけてはならないとの次元で(尹外相は)最近の産経報道に言及した。日本側の注意を喚起したものだ」と述べた。

 外相会談でこの問題を取り上げたことについては、「韓国の国民感情を大きく悪化させるため、論議したことは当然」と明言した。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140813/kor14081309060002-n1.htm

 うむ、ミャンマーでの日韓外相会談で、ある産経新聞のネット上の報道が問題視されたわけですが、「産経新聞の報道は、根拠のない流言飛語を基に国家元首の名誉を毀損(きそん)する悪意ある報道で、極めて重大」(韓国外務省報道官)とは穏やかでないです、問題の産経新聞記事が一気に新たな日韓の外交問題化する気配であります。

 今回は当ブログとして本件を取り上げて、いったい問題の産経記事は何を報じたのか、そしてそれが何を韓国政府・韓国メディアを激怒させたのか、メディアリテラシー的に徹底検証したいと思います。

 今回は2部構成のエントリーにいたします。

 まずは事実を、産経新聞と韓国メディアの記事中心にトレースし、後半で問題の記事を分析・検証したいと思います。

 ・・・



■激怒する韓国政府と韓国メディア〜産経新聞ソウル支局長に出国禁止措置

 問題の産経新聞記事は8月3日付けのこちら。

朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?
2014.8.3 12:00 (1/8ページ)[追跡〜ソウル発]
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140803/kor14080312000001-n1.htm

 8ページに及ぶ長文記事ですが、産経新聞は実はウェブの特性をよく理解していて、紙の紙面では場所を取ってしまい掲載できないような情報をウェブ上に掲載することがよくあります。

 記事自体は、旅客船沈没当日に朴槿恵大統領が7時間にわたり所在不明であったことを、韓国の国会答弁や韓国紙の情報をソースに、韓国内で囁かれている大統領に関する噂話に触れているものであります。

 この産経新聞記事に対し、韓国政府は過剰に反応します、8日付けの韓国・中央日報記事から。

青瓦台産経新聞に民・刑事上の責任を問う」
2014年08月08日09時53分

韓国の青瓦台(チョンワデ、大統領府)は7日、日本の代表的な右翼メディアの産経新聞に対して民・刑事上の責任を問うと明らかにした。

産経は3日、「朴槿恵(パク・クネ)大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」という題名の記事で、韓国メディアのあるコラムと証券街の情報(俗称チラシ)等を引用して朴大統領の私生活疑惑を提起した。

大統領広報首席秘書官は同日、記者に会って「口にするのも恥ずかしいことを記事にした」として「最後まで厳しく対処していく」と述べた。

続いて「すでに市民団体が産経を告発した」とし「(青瓦台が)直接訴訟を起こすことについて検討している」と明らかにした。

http://japanese.joins.com/article/694/188694.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|article|related

 「口にするのも恥ずかしいことを記事にした」産経に対し「最後まで厳しく対処していく」、「すでに市民団体が産経を告発した」とし「(青瓦台が)直接訴訟を起こすことについて検討している」(大統領広報首席秘書官)と韓国政府は激怒します。

 韓国政府は、産経新聞ソウル支局長に出国禁止措置し加藤達也支局長に検察に出頭するよう要請します。

 10日付け韓国・中央日報記事から。

韓国検察、産経新聞ソウル支局長に出国禁止措置
2014年08月10日10時37分

セウォル号沈没事故当日に朴槿恵(パク・クネ)大統領がある男性に会っていたという証券街でのうわさを報道し、出版物による名誉毀損容疑で告発された産経新聞ソウル支局長に検察が出頭するよう通知した。検察は支局長を出国禁止にした。

ソウル中央地検は9日、加藤達也支局長に12日に検察に出頭するよう通知したと明らかにした。産経新聞は3日に「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」という見出しの記事で、朝鮮日報のコラムを引用し、セウォル号沈没事故当日の4月16日に7時間ほど朴大統領の所在が把握されていなかったと私生活の疑惑を提起した。また「当時朴大統領が秘密裏に接触した男性と一緒にいたといううわさが証券街の情報誌などを通じて出回っている」「現政権がレームダックに入っている」と評価したりもした。加藤支局長は検察の出頭要請に応じる意向を伝えたという。

社団法人領土守護独島愛会のキル・ジョンソン理事長は7日、「根拠のない虚偽の事実で国家元首の名誉を傷つけ国紀を乱した」として加藤支局長をソウル中央地検に告発した。キム理事長は「産経新聞慰安婦や独島(ドクト、日本名・竹島)問題が拡大している最近、韓国に対し否定的な報道を多くしている。虚偽報道に対し徹底的に捜査してほしい」と要請した。

これに先立ち青瓦台(チョンワデ、大統領府)は8日、朴大統領のセウォル号沈没事故当日の行方が議論になったことを受け、「当時大統領は青瓦台にいた」と説明した。青瓦台によると、朴大統領は当時執務室と官邸を行き来していた。これまで野党は「7時間にわたる大統領の具体的な動線を明らかにすべき」と要求し、これに対し青瓦台は「国家元首の一挙手一投足を公開するのは難しい」との立場を守ってきた。だが、産経新聞が朴大統領に対する名誉毀損的な報道を出すとすぐに釈明に出た。青瓦台はこの日産経新聞が加藤支局長の記事を報道したことに対して、「国家元首冒とく」と判断し、民事・刑事訴訟など強力な対応を予告した。

http://japanese.joins.com/article/743/188743.html?servcode=400§code=400&cloc=jp|article|related

 出頭要請を受けて産経新聞は韓国政府の過剰対応に「理解に苦しむ」(小林毅・産経新聞東京編集局長)と表明します。
 9日付け産経新聞記事から。

本紙ソウル支局長に出頭要請 ウェブ記事「大統領の名誉毀損」 韓国検察
2014.8.9 08:35 [韓国]

 【ソウル=名村隆寛】韓国のソウル中央地検は8日、産経新聞ソウル支局の加藤達也支局長(48)に対し、12日に出頭するよう求めた。産経新聞のウェブサイトに掲載された記事が朴槿恵(パク・クネ)大統領の名誉を毀損(きそん)しているとする韓国の市民団体の告発を受け、事情を聴くという。

 問題とされる記事は、ウェブサイト「MSN産経ニュース」に3日掲載された加藤支局長による「【追跡〜ソウル発】朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」。今年4月16日に起きた韓国旅客船沈没事故の当日、7時間にわたって朴大統領の姿が確認できなかったことをめぐり、その間の朴大統領の行動などで韓国国内で論議が高まっているという内容。

 記事は、韓国国会内での議論や韓国紙、朝鮮日報に掲載されたコラムなど、公開されている情報を中心に、それらを紹介するかたちで書かれている。

 ウェブサイトへの掲載後、産経新聞には、韓国大統領府からソウル支局に抗議があったほか、在日本韓国大使館から東京本社に「名誉毀損などにあたる」として記事削除の要請があった。産経新聞は記事の削除には応じなかった。

 小林毅・産経新聞東京編集局長「問題とされた記事は韓国国会でのやりとりや朝鮮日報コラムの紹介が中心であり、この記事を理由に名誉毀損容疑で出頭を求められるというのは理解に苦しむ」

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140809/kor14080908350002-n1.htm

 産経側の言い分は「問題とされた記事は韓国国会でのやりとりや朝鮮日報コラムの紹介が中心であり、この記事を理由に名誉毀損容疑で出頭を求められるというのは理解に苦しむ」とのことです。

 で、出頭日は18日に決定したそうです、11日付け産経新聞記事から。

産経新聞ソウル支局長 出頭は18日に
2014.8.11 17:20

 【ソウル=名村隆寛】ソウル中央地検が産経新聞ソウル支局の加藤達也支局長に出頭を求めた問題で、検察当局は当初、12日の出頭を要請していたが、手続き上の理由から出頭は18日となった。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140811/kor14081117200005-n1.htm

 この間にも韓国メディアは産経新聞批判を強めます。

 韓国・東亜日報は「産経新聞の韓国冒涜は度を越えた」題する社説を掲げます、大変興味深い論説ですがとりあえず結語だけ引用。

[社説]産経新聞の韓国冒涜は度を越えた

(前略)

韓国憲法は、言論と表現の自由を保障しているが、他人の名誉を毀損し、人格を冒涜する自由までは許されない。大統領府は、産経新聞の報道を国家元首に対する冒涜と見なし、民事・刑事訴訟などの対応を準備しているという。検察捜査は検察に任せ、大統領府まで乗り出すことは言論の自由に対する侵害と映るため望ましくない。ただ、産経新聞のような低劣な新聞を日本の他のメディアと同等に扱うことはできない。政府も取材制限など適切な措置を講じなければならない。

http://japanese.donga.com/srv/service.php3?bicode=080000&biid=2014081155588

 結語「検察捜査は検察に任せ、大統領府まで乗り出すことは言論の自由に対する侵害と映るため望ましくない。ただ、産経新聞のような低劣な新聞を日本の他のメディアと同等に扱うことはできない。政府も取材制限など適切な措置を講じなければならない。」とはすごいです。

 「産経新聞のような低劣な新聞」は「言論の自由」の対象外にせよ、と暴論を吐いているわけです。

 やれやれであります。

 ・・・



■問題の産経新聞記事内容を徹底検証

 さて問題となった産経新聞記事の内容を検証致しましょう。

 産経新聞が参考にした韓国・朝鮮日報記事は崔普植(チェ・ボシク)記者による7月18日付けのこちら。

【コラム】大統領をめぐるうわさ
朝鮮日報朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/08/10/2014081000868.html

 だらだらと長い記事なので全文は直接お読みいただくとして、要約します。

 論説は冒頭「旅客船セウォル号」沈没事故が発生した日の午前10時ごろ、朴槿恵(パク・クンヘ)大統領が書面で初めて報告を受けてから中央災難(災害)安全対策本部に出向くまでの7時間、対面での報告も、大統領主宰の会議もなかったということが判明した」事実から始まります。

 その事実を受けて「世間では「大統領はあの日、ある場所で誰かと密会していた」といううわさが流れた」のだそうです。

 どんなうわさなのか説明ないまま、論説は「そんなうわさなど「大統領をめぐるうわさ話はつい最近まで、証券業界の情報紙やタブロイド紙で取り上げられるようなものだった。良識のある人々は、そのようなことを口にすること自体、自らの地位を下げるものだと考えていた。誰かが話題にしようものなら『そんないいかげんな話はやめろ』と止めたものだ。」と、噂の内容は「良識のある人々は、そのようなことを口にすること自体、自らの地位を下げるもの」のような下品なものであることを示唆します。

 で、低レベルな噂話が 「そんな扱いをされていたうわさ話が、7日の国会でのやりとりをきっかけに、一般のメディアでも取り上げられるようになった。プライベートな場での数人の人々の雑談の中でそのような話が出るのではなく、「ニュース」として登場しているのだ」と、ニュースとして報道されていると指摘します。

 で、どんな噂話かはいっさい説明のないまま噂の登場人物が急に実名で登場します。

 さらに、うわさ話に登場していたチョン・ユンヒ氏が離婚していたことまで判明し、事態はさらにドラマチックになった。チョン氏は財産分与や慰謝料の請求をしないという条件で、妻に対し婚姻期間中の出来事について「秘密の維持」を求めた。故・崔太敏(チェ・テミン)牧師の娘婿に当たるチョン氏は、朴大統領が国会議員時代に秘書室長を7年間勤めた。チョン氏は最近、あるメディアとのインタビューで「私の利権への介入や(朴大統領の弟)朴志晩(パク・チマン)氏に対する尾行疑惑、裏での活動などについて、政府が公然と調査をやればいい」と大声で怒鳴った。

 論説は次のように締めくくられています。

 梅雨時のカビのように増殖するうわさを聞かないためにも、大統領は自らの耳をふさいではならない。カビは太陽の光に当たれば死滅するのだから。

 うむ、噂話の内容が謎のままなので、事情を知らない人間が読んでもはてさて何のことやらなわけです。

 で、問題の産経新聞記事の登場です。

朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140803/kor14080312000001-n1.htm

 こちらも8ページに及ぶ長文記事なので、是非直接お読みください。

 内容はほとんど朝鮮日報記事の紹介に終始していてパクリともいっていいようなただの紹介記事であり、産経の言い分「問題とされた記事は韓国国会でのやりとりや朝鮮日報コラムの紹介が中心であり、この記事を理由に名誉毀損容疑で出頭を求められるというのは理解に苦しむ」も理解できます。

 しかし産経記事はただ一点だけ、朝鮮日報が触れていない噂の中身を、証券街の情報誌に載っていた証券街の関係筋の話として記載しているのであります。

 そのウワサは「良識のある人」は、「口に出すことすら自らの品格を下げることになってしまうと考える」というほど低俗なものだったという。ウワサとはなにか。

 証券街の関係筋によれば、それは朴大統領と男性の関係に関するものだ。相手は、大統領の母体、セヌリ党の元側近で当時は妻帯者だったという。だが、この証券筋は、それ以上具体的なことになると口が重くなる。さらに「ウワサはすでに韓国のインターネットなどからは消え、読むことができない」ともいう。一種の都市伝説化しているのだ。

 コラムでも、ウワサが朴大統領をめぐる男女関係に関することだと、はっきりと書かれてはいない。コラムの記者はただ、「そんな感じで(低俗なものとして)扱われてきたウワサが、私的な席でも単なる雑談ではない“ニュース格”で扱われているのである」と明かしている。おそらく、“大統領とオトコ”の話は、韓国社会のすみの方で、あちらこちらで持ちきりとなっていただろう。

 うむ、日本人読者のために噂の内容を説明していたのであります。

 ・・・

 何のことはない“大統領とオトコ”の話に触れてしまったのであります。

 今一度激怒する東亜日報社説より。

同紙は、「韓国国会内での議論や韓国紙、朝鮮日報に掲載されたコラムなど、公開されている情報を中心に、それらを紹介するかたちで書かれている」としたが、内容を読んでみると、記事の出処の中心は証券街の情報誌だ。セウォル号沈没事故の当日、朴大統領の行動に関する金淇春(キム・ギチュン)秘書室長の国会答弁の内容を詳細に紹介したが、朝鮮日報のコラムと証券街の情報誌を巧妙に配合し、かえって疑惑を増幅させた。

 ・・・

 ふう。

 まとめます。

 産経新聞記事は何も問題はありません。

 韓国の「朝鮮日報のコラムと証券街の情報誌」の内容をこんな噂もあると、報道しただけの記事であります。

 この記事が問題ならば、そもそもこの記事のソース元である自国の朝鮮日報や証券街情報誌こそ責められなければなりません。

 情報源はすべて韓国メディアにあるのです。

 興味深いことです。
 
 “大統領とオトコ”の話に触れて韓国を激怒させた産経新聞なのであります。

 繰り返しますが、この産経新聞記事は何も問題はありません。

 やれやれです。


 
(木走まさみず)