木走日記

場末の時事評論

反捕鯨で示されるアングロサクソン諸国の団結について考察する

 1日付けTBSニュース記事から。

日本の調査捕鯨は「違法」、国際司法裁が中止命じる

 反捕鯨国のオーストラリアが日本の南極海での調査捕鯨の中止を求めた裁判で、オランダ・ハーグの国際司法裁判所は調査捕鯨は国際条約違反だとして、今後、実施しないよう日本側に命じました。

 この裁判は、反捕鯨国のオーストラリアが日本が南極海で行っている調査捕鯨は事実上の商業捕鯨だとして中止を求め、2010年、国際司法裁判所に提訴したものです。

 裁判では、調査捕鯨国際捕鯨取締条約で認められている研究目的といえるかどうかが最大の争点でした。判決で裁判所は日本の主張をことごとく否定、研究目的とは言えないとして、南極海での調査捕鯨を行わないよう命じるなど日本にとって非常に厳しい判決となりました。

 「残念であり深く失望している」(日本政府代表 鶴岡公二外務審議官

 裁判所の判事は、16人中およそ10人が反捕鯨国出身で、ほとんどが判決で捕鯨継続に反対しているのを見ると、日本の主張そのものが正しく理解されたのか疑問視する声もあります。控訴は認められておらず、日本政府は判決に従う考えです。

 南極海以外に日本は北太平洋でも調査捕鯨を行っていますが、今後、これも見直すのか、日本の捕鯨は岐路に立たされています。(01日05:58)

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2161911.html

 うむ、オランダ・ハーグの国際司法裁判所は調査捕鯨は国際条約違反だとして、今後、実施しないよう日本側に命じました。

 一審制であるICJ(国際司法裁判所)においては控訴は認められておらず、日本政府は判決に従う考えです。

 記事に「裁判所の判事は、16人中およそ10人が反捕鯨国出身で、ほとんどが判決で捕鯨継続に反対しているのを見ると、日本の主張そのものが正しく理解されたのか疑問視する声もあります」と記されていますが、今回16人中12名が賛成票を投じました。 

 各国裁判官の投票行為をまとめておきます。

■票1:国際司法裁判所の裁判官の国籍と投票行為(16名)

氏名 国籍 地域 役職 賛成票投票国
ペーテル・トムカ スロバキア 東欧 所長
ベルナルド・セプルベダ・アモール メキシコ 中南米 副所長
小和田恆 日本 アジア 判事  
ロニー・アブラハム フランス 北米・西欧 判事
ケニス・キース ニュージーランド 北米・西欧 判事
モハメッド・ベヌーナ ロッコ アフリカ 判事  
レオニド・スコトニコフ ロシア 東欧 判事  
アントニオ・アウグスト・カンサード・トリンダージ ブラジル 中南米 判事
アブドゥルカウィ・アハメド・ユスフ ソマリア アフリカ 判事
クリストファー・グリーンウッド イギリス 北米・西欧 判事
薛捍勤 中華人民共和国 アジア 判事  
ジョアン・ドノヒュー アメリカ合衆国 北米・西欧 判事
ジジョルジオ・ガヤ イタリア 北米・西欧 判事
ジュリア・セブチンデ ウガンダ アフリカ 判事
ダルバー・バンダリ インド アジア 判事

 捕鯨国日本にとって完全な外交的敗北でありますが、ICJのこの裁判官たちの国籍と投票行為を見れば、そもそもこの裁判は日本にとってアウェー同然であったことが理解できます。

 さて、今回賛成票を投じた国の中でも、イギリス、米国、ニュージーランドは裁判を起こした豪州とともに熱心な反捕鯨国強硬派として知られていますが、これにカナダも含めれば、これらの国にはいくつかの興味深い共通項を見いだせます。

 イギリスを除いて全て大英帝国宗主国とした大英連邦構成国、旧植民地です。

 そして米国や豪州・ニュージーランドは植民地時代は母国イギリスの船団の捕鯨基地として発展、大勢のアングロサクソンが入植して、鯨を世界的規模で乱獲してきた歴史を有しています。

 例えば豪州では、大阪大学西洋史学研究室がネットで公開している中西雅子氏の文献から1830年代初頭まで、海産物はオーストラリアの最も主要な輸出品であったが、1830年代の中葉から羊毛がそれらに取って代わった。オーストラリア近海で見つけられるクジラはセミクジラ、ザトウクジラ、マッコウクジラであったことが記されています。

「オーストラリア辞典」

捕鯨

 イギリス、アメリカなどからの捕鯨者が1790年代からオーストラリア近海で操業するようになった。19世紀に入るとオーストラリアから捕鯨を行う者も現れる。ボタニー湾は1788年捕鯨基地として提案されたが、東インド会社の独占権の問題もあり、1798年までオーストラリア南方の海域での捕鯨は公式に認められていなかった。1800年代末までに捕鯨はオーストラリア植民地にとって重要な産業へと発展した。アザラシの脂や皮とともに、鯨油、鯨蝋、ひげが主要な輸出品となった。彫刻を施した歯は珍重品とされた。1830年代初頭まで、海産物はオーストラリアの最も主要な輸出品であったが、1830年代の中葉から羊毛がそれらに取って代わった。オーストラリア近海で見つけられるクジラはセミクジラ、ザトウクジラ、マッコウクジラである。

 捕鯨には近海捕鯨と遠洋捕鯨の2種類の方法が用いられた。近海捕鯨は1806年、ヴァンディーメンズランド(タスマニア)のウィリアム・コリンズにより始められたものであり、岸にある基地から小型船によりクジラが捕獲された。この近海捕鯨は19世紀初期には最も一般的な方法であったが、遠洋捕鯨 が最盛期となる1850年までに行なわれなくなった。オーストラリアで費用のかかる遠洋捕鯨が盛んになったのは、海外資本の投資によるところが大きい。ロンドンの株式仲介人であったベンジャミン・ボイドは捕鯨業に投資したことで有名である。遠洋捕鯨に移行することで、基地はヴァンディーメンズランドだけでなく、ニューサウスウェールズ、ポートフィリップ、南オーストラリア、西オーストラリアにも数多く建設された。

 捕鯨は20世紀になってからも続けられたが、貿易の面では以前ほどの重要性をもたなくなった。クジラの数の減少が懸念され、1946年国際捕鯨委員会が設立され、捕鯨業を制限した。1977年から捕鯨業に対する調査が行われ、翌年には西オーストラリアのチェインズ・ビーチCheynes Beachにある最後の捕鯨基地が終業した。さらにフロスト報告書に基づき、1980年に制定されたクジラ保護法により、捕鯨は全面的に禁止された。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/seiyousi/bun45dict/dict-html/01262_whaling.html

 アメリカやニュージーランド、カナダも同様ですが、イギリスを母国としたこれらアングロサクソンによって行われた世界的規模での鯨の乱獲は、日本やその他北欧諸国とは異なり、上記資料にもあるとおり、「鯨油、鯨蝋、ひげが主要な輸出品となった。彫刻を施した歯は珍重品」として扱われましたが、鯨肉の大部分は食用としては使われず無駄に破棄されてきました。

 ちなみに、ペリーが日本に開国を迫った理由は、カルフォルニアと中国とを結ぶ太平洋航路の中継地点として日本が重要視されていたからです。

 主要な理由のひとつに捕鯨業が盛んになり、19世紀の半ばになると、米国の捕鯨の漁場は大西洋が乱獲で取り尽くしたことから、太平洋に替り、捕鯨船の数も急増した結果、カムチャッカ半島からオホーツク海まで進出する必要性が出てきたことです、東アジアに捕鯨船の寄港地や捕鯨基地が必要になったからであります。


 アングロサクソン捕鯨国には歴史的には植民地時代から捕鯨基地として発展してきた点と、かつて捕鯨と鯨加工が一大輸出産業として成立し鯨の乱獲を世界的規模でおこなってきた点が共通しています。

 さらに捕鯨が盛んになるにしたがい、アングロサクソンが大量移住してきて、先住民族を虐殺しわずかに生き残った者は移住地区に押し込め、人種隔離政策を強引に実施し、強引に白人国家を建国した共通の歴史も有している国々です。

 ・・・

 当ブログでは以前、国際連合(United Nations)における正義の議論の非対称性について検証ことがあります。

アングロサクソンは「歴史のダーク・サイド」を否定していいのか?〜国際連合(United Nations)における正義の議論の非対称性について検証
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20130603

 昨年の六月、国連の拷問禁止委員会の見解は、旧日本軍の慰安婦をめぐって「強制連行を示す証拠はなかった」という橋下大阪市長の発言を批判・問題視し、日本政府に明快な対応を求めたことに対し、「人権問題などで国際連合は敗戦国日本にとってアウェーといっても過言ではないことを検証いたしました。

 そして国際連合(United Nations)における正義の議論の非対称性について考察いたしました。

 ここに国連総会第61 会期 2007 年9 月13 日採択された先住民族の権利に関する国際連合宣言の(仮訳)があります。

 第1条だけご紹介。

第1条 【集団および個人としての人権の享有】
先住民族は、集団または個人として、国際連合憲章、世界人権宣言および国際人権法に認められたすべての人権と基本的自由の十分な享受に対する権利を有する。
http://www.un.org/esa/socdev/unpfii/documents/DRIPS_japanese.pdf

 この「先住民族の権利に関する国際連合宣言」は、上記第1条にうたわれているとおり、これまで歴史的に弾圧されてきた世界各地の先住民族に対してその「人権と基本的自由の十分な享受に対する権利」を保障する宣言であり、基本的には何ら法的拘束力を持つものではない、ただのメッセージであります。

 当然ながらこの宣言は圧倒的な賛成多数で採決されます。

 国連サイトで投票結果が確認できます。

UNITED NATIONS DECLARATION ON
THE RIGHTS OF INDIGENOUS PEOPLES

Adopted by the General Assembly 13 September 2007
The Declaration on the Rights of Indigenous Peoples was aopted by the General Assembly on Thursday September 13, by a vote of 144 in favour, 4 against and 11 abstensions.
United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples (A/RES/61/295)

http://www.un.org/esa/socdev/unpfii/en/declaration.html

 注目いただきたいのは、"by a vote of 144 in favour, 4 against and 11 abstensions"、つまり「先住民族の権利に関する宣言」に144票が賛成の中、4カ国だけ堂々と反対をしてる点です。

 調べれば、国連サイトのこのページの後ろの方で各国の投票行為の詳細が載っております。

http://www.un.org/News/Press/docs//2007/ga10612.doc.htm

 まず、賛成国。

In favour: Afghanistan, Albania, Algeria, Andorra, Angola, Antigua and Barbuda, Argentina, Armenia, Austria, Bahamas, Bahrain, Barbados, Belarus, Belgium, Belize, Benin, Bolivia, Bosnia and Herzegovina, Botswana, Brazil, Brunei Darussalam, Bulgaria, Burkina Faso, Cambodia, Cameroon, Cape Verde, Central African Republic, Chile, China, Comoros, Congo, Costa Rica, Croatia, Cuba, Cyprus, Czech Republic, Democratic People’s Republic of Korea, Democratic Republic of the Congo, Denmark, Djibouti, Dominica, Dominican Republic, Ecuador, Egypt, El Salvador, Estonia, Finland, France, Gabon, Germany, Ghana, Greece, Guatemala, Guinea, Guyana, Haiti, Honduras, Hungary, Iceland, India, Indonesia, Iran, Iraq, Ireland, Italy, Jamaica, Japan, Jordan, Kazakhstan, Kuwait, Lao People’s Democratic Republic, Latvia, Lebanon, Lesotho, Liberia, Libya, Liechtenstein, Lithuania, Luxembourg, Madagascar, Malawi, Malaysia, Maldives, Mali, Malta, Mauritius, Mexico, Micronesia (Federated States of), Moldova, Monaco, Mongolia, Mozambique, Myanmar, Namibia, Nepal, Netherlands, Nicaragua, Niger, Norway, Oman, Pakistan, Panama, Paraguay, Peru, Philippines, Poland, Portugal, Qatar, Republic of Korea, Saint Lucia, Saint Vincent and the Grenadines, San Marino, Saudi Arabia, Senegal, Serbia, Sierra Leone, Singapore, Slovakia, Slovenia, South Africa, Spain, Sri Lanka, Sudan, Suriname, Swaziland, Sweden, Switzerland, Syria, Thailand, The former Yugoslav Republic of Macedonia, Timor-Leste, Trinidad and Tobago, Tunisia, Turkey, United Arab Emirates, United Kingdom, United Republic of Tanzania, Uruguay, Venezuela, Viet Nam, Yemen, Zambia, Zimbabwe.

 で反対の4カ国です。

Against: Australia, Canada, New Zealand, United States.

 オーストラリアにカナダにニュージーランドアメリカ合衆国です。

 熱心な反捕鯨国強硬派と一致します。

 「先住民族の権利に関する宣言」に彼らオーストラリア、カナダ、ニュージーランドアメリカ合衆国4カ国は堂々と国際連合で反対しているのです。

 この宣言を認めれば国の成り立ちが崩壊してしまう国ばかりです。

 この事実は残念ながら日本ではまったく報道されていません。

 さてオーストラリア、カナダ、ニュージーランドアメリカ合衆国がすべて第二次世界大戦時の連合国(United Nations)であることにも注目して置く必要があります。

 日本語では「連合国」と「国際連合」は違いますが、英語ではどちらも同じ"United Nations"です。

 そして国連において日本はドイツとともに今でも「敵国条項」対象国です。

 今検証したとおり、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドアメリカ合衆国4カ国は堂々と自国の「歴史のダーク・サイド」、負の歴史を否定しています。

 それも国際連合(United Nations)の議場で強い団結力を示します。

 もちろん彼らのこの投票行為はどの国からも批判や批難は今日まで一回もなされてません。

 ・・・

 まとめです。

 さて調査捕鯨禁止という今回の裁判の結果に日本政府は従うと表明しています。

 当ブログとして、日本政府の姿勢を評価致します。

 日本にとってまことに遺憾な結果ではありますが、国際法を遵守していく姿勢を明確に示すのは日本の将来の国益にかないます。

 そのうえでですが、戦勝国の「正義」に抵触する可能性のある問題では、国際連合やICJでは敗戦国でもある日本にはアウェーのような厳しい状況を招く場合がある事実も認識しておく必要があります。

 そもそもICJ・国際司法裁判所とは国際連合(United Nations)の主要な司法機関であり、オランダのハーグにおかれており、国連の主要機関でニューヨークに所在しない唯一の機関であります。

 国際連合広報センター公式サイトより。

国際司法裁判所
International Court of Justice

国際司法裁判所は国連の主要な司法機関である。オランダのハーグにおかれており、国連の主要機関でニューヨークに所在しない唯一の機関である。司法裁判所は国家間の法的紛争を解決し、国連とその専門機関に勧告的意見を提供する。総会と安全保障理事会は共に、いかなる法律問題についても国際司法裁判所に勧告的意見を求めることができる。国連のその他の機関や専門機関は、総会が許可するときに限って、その機関の活動の範囲内における法律問題について勧告的意見を求めることができる。その規程は国連憲章と不可分の一体をなしている。国際司法裁判所は、国連の全加盟国を含む裁判所規程の当事国のすべてに開放される。裁判所に係属する事件の当事者となり、裁判所に紛争を提起できるのは国家だけである。裁判所は個人や民間機関、国際機関には開放されていない。司法裁判所は民事裁判所で、個人を訴追する刑事裁判権は有さない。

http://www.unic.or.jp/info/un/un_organization/icj/

 捕鯨乱獲の歴史と先住民族虐待の歴史を持つ戦勝国でもあるアングロサクソン諸国は、日本の調査捕鯨には強硬派として捕鯨反対の「正義」を示しつつ、自らの過去の「不正義」には団結して矛盾する対応をしています。

 捕鯨問題や人権問題など同様の負の歴史を共有しているアングロサクソン諸国は、戦勝国の「正義」の信頼性に抵触する可能性のある問題では、国際連合やICJにおいて、団結する傾向を示す場合があります。

 敗戦国日本としては、国際外交戦において、「国際連合(United Nations)における正義の議論の非対称性」、この事実はしっかりと認識しておく必要がありそうです。



(木走まさみず)