木走日記

場末の時事評論

我々は子どもを「群れ」で育てる宿命にある〜社会的な啓蒙としての生物学的考察をこころみる

 今回は大阪で起こった痛ましい母子餓死事件から、社会的な啓蒙としての生物学的考察をこころみたいです。

 23日付けの読売新聞科学記事が興味深いのです。

ネアンデルタール人、乳離れ早い…1歳2か月で

 現代の人類とは別種のネアンデルタール人は、1歳2か月で乳離れしていたとする研究成果を、米ハーバード公衆衛生大学院などの研究チームがまとめ、23日付の英科学誌ネイチャーに発表する。

 約2年半かかる現代人よりも乳離れの時期が早く、出産間隔が短かった可能性がある。

 研究チームは、母乳に「バリウム」という物質がわずかに含まれていることに着目した。歯のエナメル質には成長の過程が年輪のように記録されて残ることを利用し、エナメル質のどの部分にバリウムが多く蓄積されているかを調べた。

 ベルギーで発見された、8万〜13万年前に生きていたとみられるネアンデルタール人の子供の化石から奥歯を取って分析。その結果、生後7か月は母乳だけで、続く7か月は母乳と離乳食の両方で育っていた可能性が高いことがわかった。

(2013年5月23日07時42分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130522-OYT1T01510.htm

 うむ、ネアンデルタール人は我々人類ホモサピエンスよりもかなり早熟であった、「約2年半かかる現代人より」「1歳2か月で乳離れしていたとする研究成果」が発表されたわけです、ネアンデルタール人の乳離れの時期が人類のそれより倍以上早かった、興味深いです。

 実はネアンデルタール人が人類に比べて早熟であったことはこれまでも科学的にある程度明らかになっていました。

 そして、3万年前絶滅したネアンデルタール人と生き残った現世人類・ホモサピエンスの種の生存争いでは、実は種の命運を分けたのはこの「子孫を確実に残すための戦略」、子育て戦略の違いによるものだったのではないか、と学者達は考えています。

 アフリカのサバンナで常に肉食獣に狙われているヌーやシマウマなどの草食動物は生まれて30分も経たないうちに立ち上がり、親と同じように走ることができます(早熟性)が、それを襲うライオンなどの猫科動物はと言えば、生まれた直後は目も見えなければ動くこともできません(晩熟性)、母親の手厚い助けが必要です。

 ホモ・サピエンスネアンデルタール人の先祖の猿人も、アフリカの地で常に肉食獣に狙われていたわけで当然、現在のチンパンジーと同様の早熟性でありました。

 ネアンデルタール人に関しては、クロアチアのヴィンディア洞窟から見つかった3万8000年前の人骨を試料にした核DNAの解読など、科学的な分析が相当程度行われており、現代人よりもむしろチンパンジー並に成長が早かったことがわかってきています。

 ジブラルタルのデヴィルズ・タワーで見つかった5万年前の頃のネアンデルタール人の幼児は、すでにホモ・サピエンスの成人並の大きな脳(約1400cc)と、臼歯の発育が見られました、死亡推定年齢は3歳です。

 少なくとも3万年前までは地上で我々人類と共存していたネアンデルタール人は、我々人類にとり「祖先」と言うよりも「いとこ」の関係なわけですが、彼らの特徴は寒冷地に適応した頑丈な骨格であり実は平均の脳容量はホモ・サピエンスよりも大きいのでした。

 一方、ネアンダルタール人よりも後発で脱アフリカをして展開していった我々ホモ・サピエンスは、脳が大きくなり二足歩行を完成させた適応として、よろけずしっかりまっすぐ歩くために骨盤が狭くなりました、大きな脳の胎児では難産となりますから脳成長を遅らせ出産後に長期に渡る成長期を設けることになります。

 つまり体がきゃしゃな我々現世人類は晩熟性の戦略をとったのです。

 最初にヨーロッパに展開したネアンダルタール人は種としてしっかり寒冷地適応して頑丈な骨格をそなえました。

 また生存戦略としていちはやく子どもを成長させる早熟性を残したのです。

 対して後発で脱アフリカしたホモ・サピエンスは、子どもの成長は遅延しました。

 子どもの成長が遅延したことは、親の負担が長期にわたることを意味し直接的には生存競争には不利に働きます、ですので群れの中で子育てを母親以外のおばあさんなどが手助けする「文化」も生まれるきっかけとなったはずです。

 しかしその結果、世代から世代への知識の継承、つまり子どもが多くのことを学習するのに必要な時間を十分に獲得できました、つまり種としての「文化」が発展・継承されていったのです。。

 ホモ・サピエンスは取った動物の皮を剥ぎ、堅い魚の骨を針として獲物の髄を糸として毛皮の着物を身につけて寒冷地に展開していきます。

 ネアンデルタール人ほど生物としては寒冷地に適応できませんでしたが、人類は「知恵の継承」「文化の発展」によって、寒冷地だけでなく、結果的に地球のほとんどの地に広く展開します。

 一方過度に寒冷地適応してしまったネアンデルタール人は、南方に進出することもできず、また知識の継承力もホモサピエンスに比べて弱く、結果的には人類に追い込まれるようにして各地で滅び、2万8000年前にイベリア半島にいた最後のグループも絶滅してしまいます。

 つまり、きゃしゃな人類が勝ち残ったのは、「知恵の継承」に成功したからであり、なぜ成功したかと言えばもちろん知能が発達したからなのですが、それは単に脳の容量が大きくなっただけでなく(脳容量だけならネアンデルタール人ホモサピエンスより大きかった)、それは結果的にだが「晩熟性」の戦略を採用したからである、と学者達は考えているのであります。

 ・・・

 私たち人類は生物学的には特異な存在であります、すなわちその進化の過程で、子どもが成体になるまでに10数年の極めて長期に渡る「子育て」を必要とする「晩成型」を選択した種であります。

 当然ながら長期に渡る「子育て」は野生の世界ではその生存競争・サバイバルにおいて不利に働きます、現存する野生動物でも草食動物は生まれてまもなく目も見えて立つことが可能になりますが、そうしなければ肉食動物にすぐに補食されてしまうので草食動物は例外なく「早熟型」なのであります。

 人類にとっても長期に渡る「子育て」はサバイバルの点では不利でありましたが、我々人類は子育てを母親単体ではなく「群れ」全体で育てることで負荷分散する戦略を採用して種として生き延びてきました。

 野生の世界で子どもが成体になるまでに10数年の極めて長期に渡る「子育て」を個体の親だけでその負荷を背負ってはサバイバルできるはずはありません、「群れ」全体で子どもを守り育てる戦略を取ることにより、初めて「晩成型」子育ては実現されたわけです。

 これは我々人類が長い進化の中で獲得してきた種としての生存戦略であり生物学的宿命であります、数世代で変更できうるものではありません。

 しかるに、現在の日本では、核家族化と特に都市部における地域共同意識の希薄化は、「群れ」である「社会」において、子育てをする親が経済的あるいは精神的に「孤立化」する傾向が強くなっています。

 シングルマザー・シングルファーザーが増加しつつある中で、子育てを「社会」がサポートしてあげるような「支援福祉装置」の設置が立ち遅れている、といっていいでしょう。

 生物としてそもそも我々人類は子育てを母親だけに押しつけることを許されてはいません。

 この事実は重要です。

 我々は子どもを「群れ」で育てる宿命にあるのです。



(木走まさみず)