ホルムアルデヒドとヘキサメチレンテトラミンについてのまとめ
ついに東京都の浄水場でもホルムアルデヒドが検出されたようです。
ホルムアルデヒド問題 都の浄水場でも送水停止、断水の影響なし
2012.5.20 17:20
http://www.sankeibiz.jp/econome/news/120520/ecb1205201752004-n1.htm
うむ、利根川水系の浄水場で有害物質のホルムアルデヒドが検出されている問題ですが、これで関東1都3県で取水停止措置が相次ぎ、千葉県では断水になる地域も出るなど生活への影響が広がっています。
これだけ広範囲で検出されるのは珍しく、関係自治体は汚染源の特定を急いでいるようですが、現段階で特定には至っていないようです。
ホルムアルデヒド自体は浄水場で検出されることは決してめずらしいことではありませんが、しかし、「基準値を超えるホルムアルデヒドが広域で長期間検出されるのは初めてではないか」(厚生労働省職員)とのことです。
埼玉県では平成15年11月、行田浄水場で処理後の水から微量のホルムアルデヒドが検出されたことがあり、このときは利根川支流にある県内の化学薬品工場の排水にホルムアルデヒドの原因物質のヘキサメチレンテトラミンが含まれていることが判明した経緯があるそうです。
今回も化学系の工場からヘキサメチレンテトラミンが流出していると推測、19日には利根川水系での水質調査で群馬県内を流れる烏川沿いの工場の排水が疑われています。
まず原因の特定が急がれますが、今回の報道内容の数値を見る限り、1リットル当たり0・08ミリグラムの国の基準を上回ったとはいえ1.数倍から4、5倍程度の値ならば、直ちに人体に悪影響を及ぼす可能性はまずありませんから、過剰に心配する必要はありませんでしょう。
とはいえホルムアルデヒドは毒物であることには変わりないので、今回の行政の取った措置と情報公開は、市民に安心を与えるといった意味合いでは私は評価したいです。
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私は某製薬会社の国内工場の検査システムのIT化を担当をしたことがあるのですが、その工場では大量のホルムアルデヒドを扱っていまして、敷地内を歩いていましても独特の臭気が漂っていたことを思い出します。
その工場ではヘキサメチレンテトラミンも扱っていました。
そこで今回はホルムアルデヒドやヘキサメチレンテトラミンについて、有機化学的に分かりやすくまとめてみたいと思います。
ホルムアルデヒドは炭素(C)1個と水素(H)2個と酸素(O)1個の4個の原子から構成された分子からなる有機化合物です。
有機化合物は、炭素を中心に、水素、酸素、窒素など原子番号の若い(従って軽い)、非金属原子が中心に結びついてできた化合物です。
■図1:元素の周期表と炭素、水素、酸素、窒素、の各位置
ベース画像:化学の迷路オリジナル周期表より
http://chem.chu.jp/topic/perio.html
周期表の一番左に位置する水素は他の原子と結合する腕を1本持っており、酸素は2本、窒素は3本、炭素は4本持っています。
周期表の各列はそれぞれの原子の腕の数でグループ化されています。例えば表の炭素の列のすぐ下のケイ素(Si)は炭素と同様4本の腕を持つグループです、ですから自然界ではその多くが、腕2本の酸素2つと結びついて二酸化ケイ素(SiO2)の状態で存在しています。
さて、例えば酸素の2本、窒素の3本、炭素の4本の腕にそれぞれ水素が付けば、水、アンモニア、メタンの分子になります。
■図2:水分子、アンモニア分子、メタン分子の構造
このメタンに注目します。
メタンなど有機ガスに酸素を一つ付け足すとアルコールになります。さらにアルコールから水素を2つ奪うとアルデヒドに、さらにアルデヒドに酸素を1つ加えると酸(カルボン酸)になります。
メタンからはメタノール、ホルムアルデヒド、ギ酸となっていきます。
有機化合物の性質を決める特定の原子の集まりを官能基といいますが、アルコールにはヒドロキシ基、アルデヒドにはアルデヒド基、カルボン酸にはカルボキシル基が官能基です。
ちなみにメタンより一つ炭素が多い有機ガスであるエタンでも、エタノール、アセトアルデヒド、酢酸とそれぞれ同じ官能基を持っています。
飲料用のアルコールはこのエタノールが主成分ですが、肝臓では、アルコール脱水素酵素がエタノールを酸化してアセトアルデヒドを生じ、これがアセトアルデヒド脱水素酵素によって無害な酢酸へと代謝されます。
このように酸素がくっついたり水素が取れたりする反応を酸化反応といいますが、この体内でのアセトアルデヒドの代謝は、人種・体質によって生まれつき差異がありまして、アルコールに弱い人がひどい二日酔いになるのは、酵素の働きが十分でなく、エタノールやアセトアルデヒドが体内に長時間残留してしまうためです。
さて話をホルムアルデヒドに戻しますと、図3にも示しましたが、ホルムアルデヒドはすぐに酸化(自分に酸素を取り込んで)してギ酸に変化する性質があります。
ホルムアルデヒドの水溶液をホルマリンといいますが、したがってホルマリンは強力な還元剤(周りから酸素を奪う薬品)となっています。
動物の標本などをホルマリンに漬ければ長期間保存できるのは、このホルマリンの還元剤として性質により防腐(酸化しにくい)剤として使用されているわけです。
ホルマリンは、人体へは、粘膜への刺激性を中心とした急性毒性があり、蒸気は呼吸器系、目、のどなどの炎症を引き起こし、皮膚や目などが水溶液に接触した場合は、激しい刺激を受け、炎症を生じます。
また、ホルムアルデヒドは、ホルマリンのほかに、接着剤、塗料、防腐剤などの成分であり、安価なため建材に広く用いられています。
建材から空気中に放出されることがあり、その場合は低濃度でも人体に悪影響を及ぼします、いわゆる「シックハウス症候群」の原因物質のうちの一つとして知られています。
このような毒性を持つ、ホルムアルデヒドはWHOや厚生労働省により 0.08 ppm の指針値が設けられているわけですが、今回水道水がこの基準を超えたわけですが、今の報道されている数値ならば直接すぐに人体に影響を及ぼす可能性はまずゼロでしょう。
行政もしっかり対応していますので、神経質に構えることはないでしょう。
最後にヘキサメチレンテトラミンについてまとめておきます。
ヘキサメチレンテトラミンは炭素6個水素12個窒素4個から成る有機化合物(C6H12N4)です。
ヘキサメチレンテトラミンは産業面では化学工業において樹脂や合成ゴムなどを製造する際の硬化剤として用いられています。
また、医療においては、膀胱炎、尿路感染症、腎盂腎炎の治療に用いられています。
今回このヘキサメチレンテトラミンがホルムアルデヒドの発生の原因として疑われているのは、ヘキサメチレンテトラミンがもし工場排水として河川に流れ出ると大量のホルムアルデヒドが発生する可能性があるからです。
ヘキサメチレンテトラミンは水中でアンモニアとホルムアルデヒドに分解されます。
■図6:ヘキサメチレンテトラミンの加水分解
さきほどヘキサメチレンテトラミンが膀胱炎や尿路感染症の治療に用いられていると述べましたが、尿内でホルムアルデヒドが大量に発生することで尿が防腐性(還元性)を持つことを利用しています。
さて、現段階では原因が特定されていませんが、利根川上流でヘキサメチレンテトラミンを扱う工場が複数確認されているとのことから、行政当局としてもそれら工場の排水を可能性のひとつとして精査しているものと思われます。
いずれにせよ、この問題は原因が判明すれば必ず技術的な対策を打つことが可能な範疇にあります。
TVのワイドショーの一部などで市民の不安を煽るような過剰気味の報道が散見されますが、過度に神経質になる必要はありません。
必ず収束するはずですから、冷静に行政当局の対策を見守りましょう。
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このエントリーが本件に関して読者の参考になれば幸いです。
(木走まさみず)
<参考サイト>
■いろいろな元素の周期表
http://chem.chu.jp/topic/perio.html
■ヘキサメチレンテトラミン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%AD%E3%82%B5%E3%83%A1%E3%83%81%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3
■ホルムアルデヒド
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%92%E3%83%89