木走日記

場末の時事評論

TPPでネオリベに突然変異したオバマ大統領

 前回は北米自由貿易協定(NAFTA)によりメキシコにどのような経済変化が起こったのかを検証しました。

■[経済]自由貿易国メキシコの悲惨な教訓〜カーネギー国際平和財団レポートを検証する
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20111121

 カーネギー国際平和財団レポートをもとに、NAFTAによりアメリカの農産物が大量に輸入され、メキシコの農業が壊滅的打撃を受け40%の農家が離農(250万人)、その多くがアメリカへ移民(不法含む)、またメキシコの一般労働者の実質賃金もNAFTA実効前(94年以前)に比較し、03年には下がってしまったことにも触れました。

 事実上対米自由貿易はメキシコにとり、雇用、賃金、労働移動、環境負荷のいずれについても、総合的に見るとマイナスであったわけです。

 ではアメリカはNAFTAにおいて勝者になったのでしょうか。

 ことはそれほど単純ではありませんでした。

 アメリカにおいてもNAFTAは大きな問題を引き起こしていたのです。

 話を3年前に戻します。

 オバマ大統領が圧倒的支持で勝利した3年前の大統領選挙において、当時の彼の公約で注目したいのはその貿易政策で、彼は自由貿易、特にNAFTAを強く批判していたことです。

当時のAFPニュースより抜粋。

<08米大統領選挙>オバマ氏の公約と主張

(略)

■貿易

北米自由貿易協定(North American Free Trade Agreement、NAFTA)に批判的で、再交渉するとしている。「自由貿易」協定には労働者と環境の保護規定を盛り込むことが必要だと主張。

http://www.afpbb.com/article/politics/2535590/3497969

 当時、オバマ氏は共和党政権が推し進めてきたグローバリゼーション、いわゆる新自由主義的政策を強く批判していました。

 選挙戦を通じてオバマ候補は、ブッシュ政権自由貿易一辺倒の通商政策が企業の海外移転を促進して失業者を増やしたとし、特にNAFTAを厳しく批判して改善を訴えていました。

 その中でオバマ候補は「政府を提訴できる権利を外国企業へ与えるようなFTAが存在しているが、自分は外国企業へそうした権利を与えない」と明言しています。

 また大量の移民問題を含め「500万人の失業者をもたらしたNAFTAのような自由貿易協定では雇用を守れない」と主張しています。

 「私はCAFTA(中米自由貿易協定)に反対票を投じた。NAFTA(北米旧貿易協定)も支持していない。将来もNAFTAのような貿易協定は支持しない」

 「NAFTAは投資家には広範囲の権利を与えているが、労働者の権利や、環境保護の重要性は口先ばかりだ」

 こうした主張を多くの米国有権者達(彼らの多くは自国が発端のリーマンショック直後の世界同時不況により共和党政権の新自由主義的政策に懐疑的になっていました)は支持し、オバマ氏勝利の要因のひとつとなりました。

 つまり、アメリカにおいてもNAFTAは「500万人の失業者をもたらした」(オバマ氏)と看做されていたのです。

 NAFTAにより企業が海外に流出してただでさえ高止まりしていた失業率だったのに、メキシコなどから大量の安価労働者が流入労働市場は完全に飽和状態となり、それがさらなるアメリカ人の失業者を増やすという悪の循環をNAFTAはもたらしたとの見方です。

 当時のオバマ氏およびその支持者の主張を図にすると以下のとおり。

 つまりメキシコのみならずアメリカにおいてもNAFTAにより雇用問題がかえって深刻化していたわけです。

 現在の自由貿易協定においては、多国籍大企業のみが受益者であり消費者も含め労働者には利益が還元されないのであり、富は一部に偏在し、結果として各国では所得格差が拡大してしまうのです。

 自由貿易により貿易量が拡大しGDP成長に帰依しても、競争力の弱い産業から強い産業への労働者のシフトがまったくうまくいっていないのです。

 ・・・

 ここで興味深いのはNAFTAなどの自由貿易に強く反対を主張して大統領選を勝利したオバマ氏が、今現在同じく自由貿易協定であるTPPの旗振り役になっていることです。

 現在の関税同盟の負の側面、雇用問題と格差拡大問題をよく理解しているはずのオバマ大統領がなぜか3年後にTPP推進に「変節」してしまったのです。

 オバマ氏はいつから新自由主義ネオリベラリズム)の信者になったのでしょうか。

 彼は社会的な公正とか正義を追求するリベラルな市民運動家の姿勢で大統領選挙に臨みました。

 しかし実際に政権を掌握するとこの3年間彼の政策は挫折の連続となり、大きく支持率を落としています。

 アメリカの政策決定の中枢には議会にしろ共和党政権時代のネオリベ勢力が色濃く残っていて、現実の経済としてはウォール街に代表されるマネーの力が思っていた以上に強かったのだと思われます。

 だから初心を貫けないようなメカニズムの中に取り込まれてしまったと思えます。

 現に彼が掲げたグリーンニューディール原発推進ということで実質的に変質しています。

 また医療改革は社会正義を実現する大きなよすがでしたが、これも後退を迫られて、ずたずたです。

 高額所得者のブッシュ減税を延長したことによって医療改革をなすべき財源も消えてしまいました。

 日本のような国民皆保険と違いますが、ひとたび健康を害すれば医者にかかれる国を目指しながら、これも崩れ去りました。

 本来の公約をことごとく議会でつぶされて支持率もジリ貧になってしまったオバマ大統領は、いつしか本来の支持層ではなく中道よりの共和党支持層を意識した政策を余儀なくされたのだと思います。

 例えば貿易では「アメリカの輸出を倍増する」と宣言、それまで見向きもしなかったTPPに注目し始めたのは、彼の延命策なのだと思います。

 政権延命策として、とりあえずネオリベ化するオバマ大統領なのであります。

 考えてみたら、日本の民主党政権にしても3年前の総選挙の公約には日米FTAには若干触れていてもその掲げる公約は、子供手当てや高速道路無償化、高校無償化など、「大きな政府」を目指すものが中心だったはずです。

 国の関与をできるだけ無くし、自由競争原理にまかせる、「小さな政府」志向のネオリベとは対極の政策を売りにしていたはずです。

 どうもTPPをめぐり日米の民主党政権は、リベラルからネオリベに突然変異してしまったようです。

 なるほどTPPに対して、日米どちらの政権も「本気」度が足らないわけです。

 生物学では突然変異同士では子孫を残すことが難しいのですが、こんな「変節」者同士でTPPははたしてうまくいくのでしょうか。



(木走まさみず)