木走日記

場末の時事評論

カナダとメキシコが極めて不利な追加条件を受諾してまでTPPに喜んで参加する本当の理由

●TPP参加に秘密条件〜極めて不利な追加条件を課せられていたカナダとメキシコ(東京新聞スクープ)

 8日付け東京新聞紙面トップ記事は、TPP交渉参加国の中で後発のカナダとメキシコが、極めて不利な追加条件を承諾した上で参加を認められていた事実と、その事実を日本政府があえて公表せずこれまで国民に伏せてきた疑義があることをスクープしています。

【経済】TPP参加に極秘条件 後発国、再交渉できず

 環太平洋連携協定(TPP)への交渉参加問題で、二〇一一年十一月に後れて交渉参加を表明したカナダとメキシコが、米国など既に交渉を始めていた九カ国から「交渉を打ち切る権利は九カ国のみにある」「既に現在の参加国間で合意した条文は原則として受け入れ、再交渉は要求できない」などと、極めて不利な追加条件を承諾した上で参加を認められていた。複数の外交関係筋への取材で七日分かった。
 各国は今年中の交渉妥結を目指しており、日本が後れて参加した場合もカナダなどと同様に交渉権を著しく制限されるのは必至だ。
 関係筋によると、カナダ、メキシコ両政府は交渉条件をのんだ念書(レター)を極秘扱いしている。交渉全体を遅らせないために、後から参加する国には不利な条件を要求する内容だ。後から入る国は参加表明した後に、先発の国とレターを取り交わす。
 カナダなどは交渉終結権を手放したことによって、新たなルールづくりの協議で先発九カ国が交渉をまとめようとした際に、拒否権を持てなくなる。
 交渉参加に前向きな安倍晋三首相は、「『聖域なき関税撤廃』が前提ではないことが明確になった」と繰り返しているが、政府はカナダとメキシコが突きつけられた厳しい条件を明らかにしていない。日本がこうした条件をのんで参加した場合、「聖域」の確保が保証されない懸念が生じる。
 カナダ、メキシコも一部の農産品を関税で守りたい立場で、日本と置かれた状況は似ている。国内農家の反対を押し切り、対等な交渉権を手放してまでTPPの交渉参加に踏み切ったのは、貿易相手国として魅力的な日本の参加とアジア市場の開拓を見据えているからとみられる。
 先にTPPに参加した米国など九カ国は交渉を期限どおり有利に進めるため、カナダなど後発の参加国を「最恵国待遇」が受けられない、不利な立場の扱いにしたとみられる。

<TPP交渉参加国> 2006年、「P4」と呼ばれたシンガポールニュージーランド、チリ、ブルネイによる4カ国の経済連携協定(EPA)が発効。これに米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが10年に加わり、9カ国に拡大した。その後、カナダとメキシコも参加を表明し、12年10月の協議から11カ国で交渉している。

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013030790135117.html

 8日付け東京新聞紙面は、1面2面3面に当該記事および関連記事を掲載する力の入れようですが、同紙によればカナダとメキシコが承諾させられた秘密条件の主要部分は以下の2つ。

TPP交渉参加をめぐる主な秘密条件
1:遅れて交渉した国は、既に交渉を始めている9ヵ国が合意した事項(条文)を、原則として受け入れ、再協議は認められない。
2:交渉を打ち切る権利は、9ヶ国にあり、遅れて交渉入りした国には認められない。

 うむ、先発の9ヵ国が後発の国に、不利な参加条件を求めることは、十分に有り得るし、あったとしても意外ではありません、年内という交渉妥結の目標期限を定めている中で、後から参加する国の要求を受け入れ、それぞれ例外を認めていては、とても妥結できないからです。

 日本政府関係者は現時点で日本にはこのような厳しい条件は提示されていないと反論していますが、これは反論になっていません現時点で日本は参加表明していませんから条件提示されていなくて当然だからです、日本に対する条件提示はこれからです、カナダとメキシコよりさらに後発の日本が、参加表明の後、同等の厳しい極めて不利な追加条件を突きつけられることはほぼ間違いありません、しかもそれは秘密裏に行われることでしょう。

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●「聖域なき関税撤廃は前提でない」〜虚しい高度な政治的「言葉遊び」に過ぎない日米共同声明

 「遅れて交渉した国は、既に交渉を始めている9ヵ国が合意した事項(条文)を、原則として受け入れ、再協議は認められない」という、このような極めて厳しい秘密条件が明かされた今となっては、先の日米共同声明のあの牧歌的文章は一体何だったのであろうかと、の当然疑問を持つわけです。

 あらためて、日米両政府のTPP交渉参加に関する、共同声明を外務省公式サイトよりおさえておきましょう。

Joint Statement by the United States and Japan

日米の共同声明

The two Governments confirm that should Japan participate in the TPP negotiations, all goods would be subject to
negotiation, and Japan would join others in achieving a comprehensive, high-standard agreement, as described in the Outlines of the TPP Agreement announced by TPP Leaders on November 12, 2011.

 両政府は,日本が環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉に参加する場合には,全ての物品が交渉の対象とされること,及び,日本が他の交渉参加国とともに,2011 年 11 月 12 日にTPP首脳によって表明された「TPPの輪郭(アウトライン)」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。

Recognizing that both countries have bilateral trade sensitivities, such as certain agricultural products for Japan and certain manufactured products for the United States, the two Governments confirm that, as the final outcome will be determined during the negotiations, it is not required to make a prior commitment to unilaterally eliminate all tariffs upon joining the TPP negotiations.

 日本には一定の農産品,米国には一定の工業製品というように,両国ともに二国間貿易上のセンシティビティが存在することを認識しつつ,両政府は,最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから,TPP交渉参加に際し,一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する。

The two Governments will continue their bilateral consultations with respect to Japan's possible interest in joining the TPP. While progress has been made in these consultations, more work remains to be done, including addressing outstanding concerns with respect to the automotive and insurance sectors, addressing other non-tariff measures, and completing work regarding meeting the high TPP standards.

 両政府は,TPP参加への日本のあり得べき関心についての二国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが,自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し,その他の非関税措置に対処し,及びTPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め,なされるべき更なる作業が残されている。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_abe2/vti_1302/pdfs/1302_us_01.pdf
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_abe2/vti_1302/pdfs/1302_us_02.pdf

 うむ、この声明の"it is not required to make a prior commitment to unilaterally eliminate all tariffs upon joining the TPP negotiations"(TPP交渉参加に際し,一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではない)の部分をもってして「聖域なき関税撤廃は前提でない」と解釈した安倍首相ですが、この声明は難解な言い回しをしていますがTPP交渉に関しては何も新しいことは表明していません、例外のない交渉など存在しないのは自明なのですから、失礼ながらこれは高度な政治的「言葉遊び」に過ぎません。

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北米自由貿易協定(NAFTA)により農民の4割にあたる250万人が離農し壊滅したメキシコ農業

 なぜカナダとメキシコは先行する9ヵ国がTPP参加表明したときに様子見をして遅れてTPP参加の意思表示をしたのか、さらに極めて不利な追加条件を先行9ヵ国から押し付けられているにもかかわらず、難なくそれを受諾してTPP参加しようとしているのは何故なのか、とにかくTPP参加すべきとする日本メディアの牧歌的TPP賞賛報道では絶対に理解できません。

 カナダとメキシコの行動を理解するためにはまず彼らがアメリカ合衆国とともに参加した北米自由貿易協定・NAFTAについて検証する必要があります。

 カナダとメキシコは、アメリカ合衆国とともに北米自由貿易協定・NAFTA(North American Free Trade Agreement)という自由貿易協定を、1992年12月に署名し、1994年1月1日に発効しています。

 この20年前に締結されたNAFTAは、アメリカという経済大国を相手にカナダとメキシコに大変な国内の産業構造の変革を強いました。

 当ブログでも1年半前に、NAFTA参加によるメキシコ経済の変化を報告するカーネギー国際平和財団レポートを検証いたしました。

[経済]自由貿易国メキシコの悲惨な教訓〜カーネギー国際平和財団レポートを検証する
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20111121

 「自由貿易の最大の受益者は消費者である」

 経済学者やマスメディアはTPPに関して二言目には経済学の理論から導き出される自由貿易の意義を語るわけですが、これはあくまでも教科書の中だけの話であり、彼らは現実の自由貿易の結果を保障するものではありません。

 リーマンショックしかり、ギリシャ発端の今回のユーロ信用危機しかり、経済学者はだれひとり現実の経済危機の発生を阻止することに成功していません。

 現在の自由貿易の最大の受益者は消費者ではなく多国籍大企業なのであり、競争力のない地場産業は淘汰されるだけであり、地場産業の崩壊を通じて、経済は混乱し失業者が増加し格差は拡大していくのです。

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 机上の理論ではなく、実際に自由貿易で過去に何が起こってきたのかをメキシコの例で検証したいと思います。

 ここに、北米自由貿易協定(NAFTA)、1994年1月1日に発効したカナダ、米国、メキシコの3カ国間の自由貿易協定があります。

 貿易と投資の自由化だけでなく、貿易紛争処理など広範な内容を持ち、2003年までにほとんどの品目で関税を撤廃、最後まで残った一部農産物の関税も08年1月にすべて撤廃されました。

 メキシコ政府はNAFTA加盟時に、ちょうど今のTPP推進派と同じように自由貿易がメキシコを豊かにすると主張しました。

 輸入製品により物価が下がり消費者が受益する
 中期的には域内で最も低いメキシコ人の所得は最も高いアメリカ人の所得に近づく
 貧困がなくなりアメリカへの人口移動が止まる

 では実際何がメキシコで起きたか。

 ここにアメリカのカーネギー国際平和財団が2003年にNAFTA加盟によりメキシコに起きた経済変化についてのレポートがあります。

 財団のサイト。

Carnegie Endowment for International Peace
カーネギー国際平和財団
http://carnegieendowment.org/

 レポートは以下のPDFファイルとして公開されています。

NAFTA's Promise and Reality: Lessons from Mexico for the Hemishphere
NAFTAの約束と現実:西半球のためのメキシコの教訓
http://carnegieendowment.org/files/nafta1.pdf

 自由貿易はメキシコにとって結果として不利なものであり、雇用、賃金、労働移動、環境負荷のいずれについても、総合的に見るとマイナスであるという、かなり衝撃的な内容になっています。

 米国からの輸入増はメキシコの農民の生産を圧迫。農民の4割にあたる250万人が離農し、その多くが職を求めて米国へ渡っていきました。

 NAFTAの効果で、移民は減少すると宣伝されていたが、実際には移民は年間20万人から60万人へと急増したのです。

 またメキシコ政府は、輸入の増加は、消費者価格を下げると宣伝しました。

 しかし、かつてはトン当たり100ドル以下で安定していたトウモロコシの国際価格は、石油価格の高騰、穀物投機、気候変動による農業への影響などによって、大きく変動しながら上昇傾向にあります。

 アメリカ産に支配されたメキシコのトウモロコシ価格はもろに穀物価格高を反映、輸入増は、トウモロコシが主食であるメキシコ人にとり、中小の生産者にも消費者にとっても利益をもたらさなかったのです。

 NAFTAによってメキシコは食料を他国に大きく依存した従属国、食料主権を失った国に変貌させてしまったのです。

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 メキシコの一人当たりGDPは94年の3000ドルから2001年に6100ドルに達しています、NAFTAに加盟してわずか7年で倍増しています。

 しかしカーネギー国際平和財団のレポートにあるとおり、メキシコ人の実質賃金は、NAFTAが発行する以前よりも2003年のほうが下落しているのです。

 これは何を意味しているのか。

 NAFTAが少なくともメキシコにおいては、「自由貿易の最大の受益者は消費者である」ことに失敗していることを意味しています。

 少なくともメキシコでは、多国籍大企業に受益が集中する結果、消費者に利益は還元されなかったのです。

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●カナダとメキシコが極めて不利な追加条件を受諾してまでTPPに喜んで参加する本当の理由

 話をTPPに戻します。

 まずTPPの実態を時系列に正確に検証し、その目的が日本のメディアが主張する「アジアの成長を取り込む」(日経社説)ものではまったくないことを事実として抑えましょう。
 
 シンガポールニュージーランド、チリ、ブルネイ、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの原加盟国9ヶ国の国別市場規模をIMF国際通貨基金の公表資料(2010年)・国の国内総生産順リスト (購買力平価)からまとめてみます。

■表1:TPP原加盟国9ヶ国の国別市場規模

■図1:TPP原加盟国9ヶ国の国別市場規模

 ご覧のとおり、17兆6385.3億US$の市場規模のうち実に85.4%の15兆648.2億US$が米国市場であります。

 中国、韓国、インド、タイ、インドネシア等アジア主要国が全く参加していないTPPが「アジアの成長を取り込む」ことなど未来永劫ありえないわけです。

 日本が参加しないTPP市場は、すでにアメリカと自由貿易協定を結んでいるメキシコとカナダにとってはまったく魅力のない市場だったのです。

 以上、NAFTA参加国であるメキシコとカナダが当初TPP参加に消極的だったのは極めて単純な理由であることが理解できます。

 メキシコとカナダがTPP参加に傾斜するのは、ズバリ野田民主党政権となり日本のTPP参加が現実を帯びてきたからです。

 メキシコ、カナダ、そして日本が加わるとするとTPPの市場規模は大きく変化します。

■表2:TPP参加表明国11ヶ国+日本の国別市場規模

■図2:TPP参加表明国11ヶ国+日本の国別市場規模その1

■図3:TPP参加表明国11ヶ国+日本の国別市場規模その2

 過去20年に渡りNAFTAによりアメリカと自由貿易協定を結び苦労してきたカナダとメキシコにすれば、TPP参加国の中で魅力的な市場は日本だけです。

 カナダとメキシコにしてみればそもそも最大の市場である米国とはNAFTAで細かく協定を結んでいますから、実は「極めて不利な追加条件を先行9ヵ国から押し付けられているにもかかわらず、難なくそれを受諾してTPP参加しようとしている」のはそもそもハードルが低いからです。

 例えばメキシコなどはすでに守るべき農業は壊滅しており、アメリカ中心の国際資本による競争力ある大規模農場が中心なのです。

 現状のTPP市場をアメリカ、カナダ、メキシコのNAFTA3ヵ国と日本とで捉え直すと、より現実が見えてきます。

■表3:TPP参加表明国のうちNAFTA3ヶ国+日本の国別市場規模

■図43:TPP参加表明国のうちNAFTA3ヶ国+日本の国別市場規模

 これが日本のメディアが牧歌的に賞賛している「アジアの成長を取り込む」TPP市場の実態です。

 実際にはアメリカ、カナダ、メキシコのNAFTA3ヵ国が日本市場に特化して狙いを定めているです。

 そしてこれら3ヶ国はNAFTAによって過去20年多国間貿易協定に揉まれてきたのです。

 特にカナダ、メキシコは少なからずの犠牲を伴いながら大国アメリカとやりあってきました、カナダとメキシコが極めて不利な追加条件を受諾してまでTPPに喜んで参加するのは、日本市場を得れるのであれば、それらの追加条件は彼らにとって既に多くが解決されておりハードルが高くないからです。

 なぜカナダとメキシコは先行する9ヵ国がTPP参加表明したときに様子見をして遅れてTPP参加の意思表示をしたのか、さらに極めて不利な追加条件を先行9ヵ国から押し付けられているにもかかわらず、カナダとメキシコが難なくそれを受諾してTPP参加しようとしているのは何故なのか、とにかくTPP参加すべきとする日本メディアの牧歌的TPP賞賛報道では絶対に理解できません。




(木走まさみず)