アマゾンのキンドルは出版業界に破壊的イノベーションをもたらす尖兵
ひとつの市場を「蒸発」させてしまうほどの技術革新を「破壊的技術」と呼ぶことがあります。
破壊的技術
破壊的技術(はかいてきぎじゅつ、英: disruptive technology)とは、従来の価値基準のもとではむしろ性能を低下させるが、新しい価値基準の下では従来製品よりも優れた特長を持つ新技術のことである。また、破壊的技術がもたらす変化を破壊的イノベーションという。1995年に、クレイトン・M・クリステンセンがJoseph Bowerとの共著論文にて考案した[1]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%B4%E5%A3%8A%E7%9A%84%E6%8A%80%E8%A1%93
3日付け日経新聞記事から。
米コダック、赤字170億円に拡大 7〜9月
通期も下方修正
2011/11/3 23:50 (2011/11/4 2:07更新)【ニューヨーク=小川義也】経営不振の米映像機器大手イーストマン・コダックが3日発表した2011年7〜9月期決算は、最終損益が2億2200万ドル(約170億円)の赤字となり、赤字幅は前年同期(4300万ドル)から拡大した。特許関連収入が減少したことなどが響いた。
同社は米証券取引委員会(SEC)に提出した資料で、今後12カ月以内に新たな保有特許の売却やライセンス契約の締結、社債発行などを通じて資金を調達できなければ、事業継続が難しくなるとの見方を示した。
7〜9月期の売上高は17%減の14億6200万ドルだった。9月末時点の手元資金は8億6200万ドルで、6月末から9500万ドル減少した。11年12月通期の最終損益見通しは従来の2億〜4億ドルの赤字から、4億〜6億ドルの赤字に下方修正した。
かつて写真フィルムメーカーとして世界トップに君臨していたイーストマン・コダックが、今や凋落の一途、赤字が拡大し事業継続の危機に陥っております。
「破壊的技術」デジタルカメラの誕生により写真フィルム市場の「蒸発」という激震に見舞われたフィルム産業、その中で世界最大のフィルムメーカーであるイーストマン・コダックは主力事業の交代を進めることに失敗したということなのでしょう。
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20年前までは、国内観光地に行けば売店でカメラのフィルムが山積みにされて売られていました、緑色の箱の「フジカラー」、橙色の「さくらカラー」(末期には青基調の「コニカカラー」)、黄色と黒の「コダカラー」、国内のフィルム市場はこの御三家、フジフィルムと小西六(後のコニカ、現コニカ・ミノルタ)、外資のコダック3社の独占でありました。
当時、お正月ともなればフジカラーの「お正月を写そう」CMがTVから連日流され、あるいは小西六の「100年プリント」などのCMもお茶の間のお馴染みでありました。
やがて時が流れこの「写真フィルム」という媒体そのものが市場崩壊するわけです。
デジカメの登場です。
CCD (Charge Coupled Device)という電荷結合素子が技術的に飛躍的進化を遂げ、つまり半導体技術の発展により光信号を電気信号に変え蓄えるというデジタル化に成功、それまでの媒体「写真フィルム」はあっというまに過去の「遅れた技術」となり必要なくなり、デジタルカメラとメモリチップさえあれば、高解像度の写真が撮れるようになったのであります。
フィルムがいらない、すなわち、現像も必要ない、まったく新しいカメラが誕生したのです。
媒体としてのフィルムの時代は終焉を迎えたのです。
観光地の売店から「写真フィルム」は消え、商店街からカメラ屋さんが消え、カメラはフィルムカメラからデジタルカメラの時代に移り、今日携帯電話にも高解像度カメラが搭載される時代を迎えてます。
かつてのフィルム御三家は、フィルム市場の事実上の蒸発(市場そのものが失われるという意味)という激動の時代にいきなり突入いたします。
日本における業界一位のフジフィルムはいち早くデジタル化の波を認識し、フィルム工場を暫時閉鎖・減産しつつ、複写機などで保持していたデジタルカメラ技術を磨き方向を転換していきます。
フジフィルムは、フィルムから複写機・プリンターなどのOA機器の売り上げを主流にシフトしつつ、あわせてレントゲンフィルム等の蓄積があった医療や液晶関係にも多角化していきます。
業界2位の小西六はフジほど華麗に主力事業の交代を進めることはできませんでした。
コニカと社名変更し、フィルム事業からは撤退、複写機・プリンターなどのOA機器でのサバイバルのため、レンズ部門はソニー売却、その後ミノルタと合併、フジ同様フィルム時代の蓄積を生かしたメディカル部門の売り上げを確保しながら、今日のコニカ・ミノルタとして生き残っております。
この国内フィルムメーカーの見事なサバイバルを振り返ってみてみると、やはり「フィルム」という時代から取り残された媒体・技術を潔く見捨てて、競争原理の示すままサバイバルをかけて他分野事業に果敢にチャレンジしたことは評価されてよいでしょう。
イーストマン・コダックが世界のリーディングカンパニーと自負していたフィルム媒体に最後まで執着して経営判断を誤ってしまったのとは対照的であります。
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フィルム市場におけるデジタルカメラの登場のように、「破壊的技術」がもたらす破壊的イノベーションは、文字どおりひとつの市場を「破壊的」に変質させます。
最近の例では、アップルのiPodに代表されるモバイル端末などによるネットを通じての音楽配信サービスがまさに「破壊的技術」としてひとつの市場を飲み込もうとしています。
インターネットからの音楽コンテンツのダウンロードサービスの普及は、世界の音楽CD市場を直撃し、コンテンツ製作者をも巻き込んで音楽業界に激震をもたらしました。
いつでもどこでもネットから、これまでのCD価格の6分の1から8分の一という廉価で、しかも高音質の音楽コンテンツをダウンロード可能になりました。
ここ10年で国内の音楽CD生産は半減いたします。
図1:音楽CD売り上げ枚数推移
(社)日本レコード協会 調べ
http://www.riaj.or.jp/data/quantity/index.html
音楽CDは、ピークの00年に3億8100万枚であったその売り上げを10年には2億0640万枚とピーク時から47.2%ダウンしており、なおも下げ止まらない状態です。
売り上げが半減なのでは手の打ちようがありません、今、街からCDショップが消滅しつつあります。
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そして今、次なる「破壊的技術」が日本にもたらされようとしています。
電子書籍です。
2日付けBLOGOS記事から。
テーマ:「まさに黒船」電子書籍化を迫るアマゾン
アマゾンの電子書籍サービスの日本上陸に向け、国内130社に提示したと見られる契約書が物議をかもしている。
http://blogos.com/theme/kindle_shock/
売り上げの55%を搾取するアマゾンの契約書内容を報じていますが、実に生々しい、実に興味深い、ネットメディアらしいタイムリーな良記事であります。
売上げの半分以上がアマゾンに上納される契約内容も屈辱的ですが、こんな非常識な契約書を国内130社の出版社に一方的に送りつけてきたアマゾンの強気な商法には呆れつつ、中堅出版社書籍編集者の憤りもさにあらんと理解しつつも、いまさらながら日本の出版業界が、ほとんど対応策が練られて来なかったのも事実なのであります。
記事構成上アマゾンを「黒船」に例えていますが、アマゾンは自分たちがヒール(悪役)として描かれているこの種の記事があるとは想定内のことでしょう、彼らは何も気にしていないでしょう。
なぜならば、利便性、価格、アマゾンからすればあらゆる面で紙媒体より電子書籍のほうがユーザー利益を向上しているという自負があるからです。
アメリカにおいても紙ならば十数ドルから2十数ドルする書籍をわずか数ドル〜十ドルで提供でき、国土の広いアメリカでは特に重宝がられていますが、キンドル(アマゾンの用意している書籍端末)さえあってネットにつながれば、遠くの本屋に行かなくても(あるいは宅配してもらわなくても)、いつでもほしい本を自宅やどこでもダウンロードできるわけです、しかも永遠に在庫切れは無いのです。
価格は安く購入の利便性がすこぶるよければはやるのは当たり前なことです。
デジカメも音楽配信サービスもそうでしたが、特定産業市場に破壊的イノベーションをもたらす「破壊的技術」は、旧来の市場関係者からはいつも「黒船扱い」されるものです。
たしかに、アマゾンのキンドルが目指すところはユーザーとコンテンツ製作者の安価で利便性のある仲介マシンなのであり、既存の出版社はそこ気づくべきです。
電子書籍を武器にアマゾンは旧来の書籍市場の市場破壊を目指しているのです。
ここで留意したいのは記事にもありますがアマゾンが巧みに価格決定権を日本の出版社から収奪している点です。
電子書籍が紙より高かったらアマゾンのほうで安くすることができるというのは、実は音楽配信時のアップルのビジネスをアマゾンはまねているだけですが、価格決定権を持つということは業界を事実上支配できるわけであります。
この後、アマゾンがどこまで日本の電子書籍市場でシェアを確保していくのか、今後の動きを注目していきたいですが、この動き自体は止まらないことでしょう。
電子書籍は「破壊的技術」であり、「紙」中心だった出版業界に破壊的イノベーションをもたらす事は避けられないでしょう。
デジカメがフィルム市場を「蒸発」させてしまったように、ネットの音楽配信サービスが音楽CD生産を半減させたように、電子書籍は出版業界に破壊的イノベーションをもたらすことでしょう。
電子書籍化は避けられません。
出版業界はいち早く起ころうとしていることの必然性を理解し、主力事業の交代を含めて自らの業態を果敢に改革していくことです、かつてのフィルム市場壊滅のときのフジフィルムやコニカのようにです。
出版業界にとっての唯一の救いは、おそらく「紙」媒体の衰退は、フィルム市場が「蒸発」したときよりもスピードは緩やかであるだろう点です。
音楽CDは10年で生産半減しましたが、10年スパンで考えれば電子書籍の普及もこのくらいのペースで紙の出版業を圧迫する可能性は十分にあると思います。
アマゾンから業界を守ろうなどと考えても無駄でしょう。
アマゾンのキンドルは出版業界に破壊的イノベーションをもたらす尖兵に過ぎません。
たとえアマゾンのキンドルを阻止したとしても、第二、第三の「電子書籍」メーカーに取って代わるだけです。
電子書籍が出版業界にとって「破壊的技術」だとすれば、それが業界に破壊的イノベーションをもたらす事は先例から自明だからです。
(木走まさみず)