木走日記

場末の時事評論

「TPPに参加しなくともこの国に明日はくる」〜日経TPP旗振り論説に反論する

 8日付け日本経済新聞朝刊一面に「国を開かないでどうする」という芹川洋一論説委員長の長文の論説が掲載されています。

 ネットでは会員限定ですが以下が当該記事であります。 

TPP、「将来最適」へ判断を
論説委員長 芹川洋一
2011/11/8付日本経済新聞 朝刊
http://www.nikkei.com/news/headline/related-article/g=96958A96889DE1E4E1E0E6E1E6E2E2EAE3E3E0E2E3E39F9FEAE2E2E0;bm=96958A9C93819481E2EAE2E2EA8DE2EAE3E3E0E2E3E39790E0E2E2E2

 最近の日経のなりふり構わないTPP参加への熱烈な旗振り報道は目に余るものがありますが、この論説は特に内容の劣化がひどいです。

 記事の結語から。

 少子高齢化で人口減少時代に入り、産業界は生産拠点を海外に移す。デフレから抜け出せず、2010年度の名目GDPは1991年度並みの水準だ。国が縮んでいくかのようだ。伸びるアジアを引き寄せないで、日本はどうやって経済成長を実現していくのか。
 安全保障上もTPPが大国化する中国へのけん制になるのはたしかだ。
 国を開いて「内向き・下向き・後ろ向き」といわれる閉塞状況を打ち破らないと、この国に明日はない。

 なんでTPPへ参加しないと「この国に明日はない」となるのでしょうか。

 TPP交渉参加に反対することはそんなに「内向き・下向き・後ろ向き」なことなのでしょうか。

 日本は現在でも他国に比べて十分に関税は低いほうですし、別にTPP参加に反対しているからといって自由貿易そのものを否定しているわけではありません。

 なぜ今拙速にTPP参加しなければならないのか、なぜTPPでなければいけないのか、という具体的な問いかけにこの論説は何一つ答えていません。

 「伸びるアジアを引き寄せないで、日本はどうやって経済成長を実現していくのか」と、あたかもTPP参加によりアジアの成長力を取り込めるような「大嘘」を垂れ流していますが、中国も韓国もインドも台湾もインドネシアもタイもアジア主要国が一カ国も参加しないアメリカ中心のTPPに参加したってアジアの成長力など取り組めるはずもありません。

 だいたい日経は「TPP参加=域内の自由貿易」は強調しても「TPP=域外からはブロック経済圏」の負の側面はいっさい触れようとはしません。

 日本を取り巻く環太平洋地域には、APEC、ASEANASEAN+3、ASEAN+6、そしてTPPと経済連携協定がいくつかありますが、各経済連携の参加国についてまとめてみました。

■図1:環太平洋地域の各経済連携協定参加国

 ご覧のとおりTPPはアジア主要国は参加していません、実際日本が参加しなければその市場の85%はアメリカといういびつな市場なのです。

■図2:TPP参加9カ国のGDP比較

 こんないびつな市場で「伸びるアジアを引き寄せ」(日経論説)れるはずがありません。

 実際ASEANに絞ってみても、経済規模1位のインドネシアも2位のタイも参加しません、TPP参加4カ国のASEAN内の経済規模は31.2%に過ぎません。

■図3:ASEAN内TPP参加4カ国のGDP規模

 真にアジアの成長を取り込むならばTPPよりもむしろASEAN+3とかASEAN+6の連携を強化した方がよほど効果的です。

 「■図1:環太平洋地域の各経済連携協定参加国」に戻れば、このAPECの経済圏には、アメリカ、中国、日本と、世界の3大経済大国が存在しています。

 その3大国に比較すればASEAN10カ国のGDP総計も規模は遥かに小さいのです。

■表1:日米中3カ国とASEANのGDP比較

国・地域 GDP(億ドル)
ASEAN 18436
日本 54978
中国 58786
米国 145824

 APEC、ASEANASEAN+3、ASEAN+6、そしてTPPの参加国のGDP総計をまとめてみます。

■表2:各経済協定のGDP規模

地域 GDP(億ドル)
ASEAN 18436
ASEAN+3 125755
ASEAN+6 155105
APEC 332204
TPP 171611

 それぞれの日米中3カ国の割合を図示します。

■図4:各経済協定のGDP規模と日米中3カ国の割合

 ・・・

 3カ国中心にそれぞれの経済協定を比較すれば各国の戦略が見えてきます。

 中国はASEAN10カ国+日・中・韓のASEAN+3を強く進めようとしています。

 中国の楊外相は今年7月インドネシアのバリ島で行われたASEAN+3外相会議で演説を行い、「ここ数年、ASEANおよび中日韓各国の共通の努力により、ASEAN+3はその幅と深さにおいて大きな進展を成し遂げた。今後も引き続き、協力と発展の勢いを保っていかなければならない」と語っています。

中国外相「ASEAN+3の協力と発展の継続を」
2011/07/2212:22ソース: 中国国際放送局(CRI Online)
http://www.insightchina.jp/newscns/2011/07/22/33312/

 言うまでも無く中国のこの地域での経済戦略は、インドとアメリカを除外すること、中国主導のASAEN+3でブロック化することです。

 この動きを嫌った日本はASEAN+3に、インド、豪州、ニュージーランドを加えたASEAN+6を呼びかけますが、中国の反対もありうまく進めることはできていません。

 一連の流れの中でアメリカはTPPを利用して日本を巻き込むことで中国除外の経済圏を構築しようとしているのがその戦略だと思われます。

 ようするにTPPは、参加しないと「この国に明日はない」(日経論説)のような崇高な自由貿易構想でもなんでもなく、環太平洋地域におけるアメリカと中国による経済パワーゲームのアメリカ側の「道具」に過ぎません。

 この経済パワーゲームをよく理解して立ち回っているのがASEAN各国であります。

 日本ではTPP賛成派は二言目には「バスに乗り遅れるな」といいますが、ではタイやインドネシアはなぜTPPというバスに乗り遅れるのに平然と構えてられるのでしょうか。

 例えばタイの輸出相手主要国は、1.米国、2.中国、3.日本の順であり、輸入相手主要国は、1.日本、2.中国、3.マレーシアの順であります。

 タイのしたたかな戦略が垣間見えるのは今年2月の以下のタイ首相の発言です。

タイ首相、日本のTPP参加に期待 経団連会長に表明
2011年2月16日23時14分

タイのアピシット首相(右)と会談する米倉弘昌日本経団連会長(左)=16日午後、バンコクのタイ国会内、吉田写す

 【バンコク=吉田博紀】日本経団連米倉弘昌会長は16日、タイのアピシット首相と当地で会談した。米倉会長は「アジアが成長を続けるには(各国間の)経済連携の推進が重要だ」と指摘。アピシット首相は、日本が早期に環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を決めることに期待を表明した。

 アピシット首相はタイのTPP参加について「(東南アジア諸国連合ASEAN〉の完全統合などの)枠組みが使われなくなるおそれがある」と、現時点では消極的な考えを示した。一方、タイが経済連携協定(EPA)を結ぶ日本がTPPに参加すれば、ASEANにとっても貿易の拡大が期待できることから、日本のTPP参加を促したとみられる。

 米倉会長はまた、ASEANのさらなる発展には域内各国間の交通やエネルギー分野での大型開発が不可欠として、その資金を調達するため「アジア債券市場の整備も課題になる」との考えを伝え、アピシット首相も同意した。

http://www.asahi.com/business/update/0216/TKY201102160497.html

 つまり、タイ自身はASEANが大事なのでTPPには参加しないしする必要がないが、日本がTPPに参加することはASEANにとっても貿易の拡大が期待できるので促しているわけです。

 もちろん中国に対する配慮もあるでしょう。

 中国ブロック経済圏(ASEAN+3)を警戒しながら、アメリブロック経済圏(TPP)とも距離を置く、冷静な戦略であります。

 ・・・

 日経論説はTPPに参加して伸びるアジアを引き寄せろと力説します。

 実際のTPPはアジア主要国はまったく参加しませんし、日本が参加しなければほぼアメリカ1国が独占するいびつな市場なだけです。

 しかし実際のTPPは崇高な自由貿易を具現するというよりも、単にこの地域でアメリカが中国に対抗上利用しようとはじめた構想なのであり、別に参加しなくとも「この国に明日はない」などとはいえませんし、逆に日本が参加しなければTPPなどほとんどアメリカだけのいびつな市場に成り下がります。

 TPPなど国の運命を左右するようなそんなたいそうなモノではないのです。

 なぜ今拙速にTPP参加しなければならないのか、なぜTPPでなければいけないのか、という具体的な問いかけにこの日経論説は何一つ答えていません。

 ・・・

 TPPに参加しなくともこの国に明日はきます。



(木走まさみず)