木走日記

場末の時事評論

発生源を浜岡原発と仮定してIRSNのシミュレーションを考察する〜地震国日本では結局原子力は高くつくという話

 東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う損害賠償をめぐり、政府内の試算がすでに明らかになっています。試算によれば、賠償総額を4兆円、東電の負担を約2兆円と想定して、賠償は最終的に電力各社が10年にわたって負担する内容で、東電管内は電気料金が約16%上がる前提になっています。

 賠償は、今年度から1兆円ずつ、4年で完了すると仮定(4兆円を超える場合は言及していない)、試算によると、賠償は東電が担い、東電は自己資金で足りない分について、電力各社で新たにつくる「機構」から支援を受け、機構には国も公的資金を拠出、公的資金は、東電を含む電力各社が毎年4千億円を10年間にわたって返済することになります。

 内訳は、東電は毎年1千億円を特別負担金として拠出、残る3千億円は原発保有する電力9社(東電を含む)が負担、各社は電力量に応じて負担し、全国の電力量の約3分の1を占める東電は、約1千億円の負担、これらの賠償資金を確保するため、東電管内は電気料金の大幅な値上げを想定しています。

 東電以外の8社は、約2千億円を負担、これは、約2%の料金値上げ分に相当、4兆円の賠償額の負担割合は、東電が約2兆円、東電以外の8社が計約2兆円になる見込みです。

 この政府試算では、上記費用とは別に、福島第一原発1〜6号機の廃炉費用を1.5兆円、火力発電の燃料費増を年約1兆円としています。

 原子力発電所の事故に伴う損害賠償総額4兆円という数字がどこまで妥当性のあるものか現時点では判断できませんが、仮にこの数字だとして、これらを東京電力が半分、残りを電力9社(東電含む)で電力量に比して按分するとのことですので、最終的には東電負担が2兆7000億前後、その他が1兆3000億前後ということになります。

 電力会社負担と言っても結局は電気料金に反映されるわけですから、最終的には我々国民の負担と考えていいでしょう。

 あくまでも試算段階ですが、東京電力管内だけ突出して電気料金が約16%も10年間上がることも含めてまだまだ荒削りな試算であることは否めません、もっと現実的な議論を深める必要がありそうですが、いずれにせよ福島第一原発廃炉費用1.5兆円も含めれば、5兆5千億円という膨大なコストが発生することになり、これによる電気料値上げは避けられないのは覚悟が必要です。

 こうなると電力会社が主張してきた原子力発電の優れた経済性、つまり他の発電方式に比べて発電コストが低いといった主張は当然見直さなければならないでしょう。

 資源エネルギー庁原子力2005』出典のこの表でも原子力は利用率85%割引率4%で7.2円/kwhと、一番安い事になっていますが、当然ながらこれらの数値には今回の損害賠償費用4兆円は含まれてはいません。

 廃炉費用に関しても政府試算1.5兆円は、通常の1機廃炉が1000億ですので6機で6000億程度なのが2.5倍と見積もられています、言うまでもなく電力各社が積み立てている費用は安全に停止して廃炉することが前提になっており今回のように放射能漏れを起こした炉の廃炉は想定外なわけです、この差額もこの表には含まれていないことでしょう。

 結果的に日本における原発の発電コストは今回のコストを含めれば高いと判断せざるを得ないのではないでしょうか。

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 日本にとり今回不幸中の幸いだったのは福島第一原発の立ち位置です。

 ご存知の通り日本列島には強い偏西風が耐えず発生していますので大気は西から東へと大きく移動しています。

 原発の東側は太平洋なので幸いにも放射性物質の大部分が太平洋方面に拡散していったことが推測されます。

 フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)のシミュレーションが以下で動画で確認できます。

http://www.irsn.fr/FR/popup/Pages/animation_dispersion_rejets_19mars.aspx

 それでも福島を中心に一部土壌が汚染されていますが、人口密集地が汚染されなかったことは、この福島原発の立地に幸いされた面が大きいでしょう。

 それでも賠償費用は4兆であることを考えると、仮に西日本の原発で同規模の放射能汚染が起こったときのことを想定するといったい、損害はいかほどになるのか、ここは冷静に考慮してみる必要がありそうです。

 今一度、上のフランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)のシミュレーションの発生源を浜岡原発と想定して大気汚染拡散の地域を想像してみてください。

 仮に浜岡原発放射性物質が漏れそれが偏西風で運ばれれば、太平洋ベルト地帯の工業生産地域や首都圏にも届く恐れは十分にあります。

 そのときの避難対象地域の大きさは今回の比ではないでしょうし、避難する対象人口はどれほどの数になるのでしょうか。

 人数によってはそもそも避難地を確保できないかも知れませんし、東京も入ったら首都機能喪失という事態も起こりうるかも知れません。

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 これまで原子力は危険でも経済性に優れているから資源のない日本では大切な発電方式であったことは認めるものです。

 しかしその経済性に大きな疑問符が付いたのが今回の福島原発事故なのであります。

 今までの発電コストの計算など意味を持たなくなってしまいました。

 さらに損害賠償だけではありますまい、日本製品への風評被害、海外からの観光客の急減、日本市場への海外からの直接投資意欲の減退、目に見えない日本経済への損失はいかばかりか。

 今回は1000年に1回の大地震・大津波だったのであり想定外の規模でありそうそう起こり得ないとする議論もあるようです。

 また原発のリスクを死亡率で考えると車より安全であると言った話もよくされます。

 問題は原発による死亡リスクよりも経済リスクだったのです。

 私は確率論に依拠するならば1965年日本初の商業原子炉が東海村で稼働してわずか46年でこのような重大な経済的損失を伴う事故が発生した事実を重く受け止めるべきだと考えます。

 環太平洋火山帯に位置する地震国日本では、結局原子力は高くついた、ということだったのだと思います。



(木走まさみず)