木走日記

場末の時事評論

福島で「多重防護」が破られた以上、浜岡は停止して白紙に戻し議論するべき


 7日付けの各紙社説は菅総理浜岡原発停止要請を受けてこれを取り上げています。

【朝日社説】浜岡原発―「危ないなら止める」へ
http://www.asahi.com/paper/editorial20110507.html
【読売社説】浜岡原発停止へ 地震津波対策に万全尽くせ
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110507-OYT1T00012.htm
【毎日社説】浜岡停止要請 首相の決断を評価する
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110507k0000m070151000c.html
【産経社説】浜岡停止要請 原発否定につながらぬか
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110507/plc11050703120007-n1.htm
【日経社説】浜岡原発停止は丁寧な説明が要る
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE0EAE2E7E3E0E1E2E2E5E2E7E0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

 首相の発言を肯定的に捉えているのが朝日、読売、毎日の三紙。

首相の停止要請の判断は妥当だ。中部電は速やかに要請を受け入れるべきだ。(朝日)

 運転中に事故を起こし放射性物質が放出される事態になれば、日本全体がマヒしかねない。静岡県や周辺自治体も、早急な安全性の向上を求めていた。中部電力は首相の要請を受け入れるべきだ。(読売)

防潮堤の設置など中長期の対策が終わるまで停止するよう要請したのは妥当な判断だ。首相の決断を評価したい。(毎日)

 これに対し否定的なのが産経、日経の二紙。

 手続きを欠いた菅首相の要請には、原発事故の深刻さをパフォーマンスに利用したような思いを禁じ得ない。諸外国からは、日本が原発を否定したと受け止められる恐れがある。(産経)

首相は「浜岡は特別」としたが、他の原発とはより具体的にどこが違うのか議論になろう。首相の判断は重い。結果として同じ結論に至るにしても、科学的な事実を基礎にした議論を経ないと混乱を招く。(日経)

 産経は菅首相お得意の政治的パフォーマンスであると批判しており、日経もやはりなぜ「浜岡は特別」なのか、説明不足は否めないと批判しております。

 5紙の社説の中で特に感慨深いのは伝統的に原発推進派である読売社説の変節であります。

 「日本原子力の父」と称された読売「中興の祖」大正力こと正力松太郎以来の自他共に認める原発推進派である読売が、「東日本大震災での教訓を生かそうということだろう。東京電力福島第一原発が、想定外の大津波に襲われ、大事故を起こしたことを踏まえれば、やむを得ない」と首相の要請のその必要性を認め、「中部電力は首相の要請を受け入れるべき」とまで踏み込んでいます。

 実は震災以来読売の原発に対する論調は微妙に変化してきています。

 基本的に原発推進派は変わらないのですが今回の福島第一の事故を受けて従来の何が何でも推進路線から、徹底した「安全対策重視」に変貌してきております。

 ・・・

 今回の福島第一原発事故で起こったこと、わかったことを整理してみましょう。

 原子力発電所の安全確保の考え方は、「多重防護」を基本としています。

 「多重防護」とは、「異常の発生の防止」、「異常の拡大及び事故への発展の防止」及び「周辺環境への放射性物質の放出防止」を図ることにより周辺住民の放射線被ばくを防止することであります。

 原子力発電所で一番大事なことは、事故を起こさないことであり、事故の原因となる異常を未然に防止することであります。

 そのために、運転員が誤った操作をしようとしても作動しないインターロック・システムや、機器などに故障が生じても事故に発展することのないよう安全側に機能するような設計あるいは考え方のフェイルセーフのシステムが採用されているわけです。

 万一、緊急を要する異常を検知した場合にはすべての制御棒を原子炉の中に挿入し「原子炉を止める」、原子炉冷却材喪失事故が発生した場合には非常用炉心冷却装置(ECCS)が働き「原子炉を冷やす」、さらには、原子炉格納容器の中に放射性物質を閉じ込めて外部に放出させない「放射性物質を閉じ込める」しくみになっています。

 つまり、原子力発電所では、燃料として放射性物質放射線を出す物質)のウランを使っていますので、外部に出さないための何段階もの安全対策をとっています。

 「多重防護」とは、仮に事故が起こったとしても、ウラン燃料が燃えている原子炉を「止める」、「冷やす」そして放射性物質を「閉じ込める」という3つのレベルで備えていることを指しています。

 今回の福島では、地震発生時に運転は正常に「止まり」ました。

 しかるに非常用炉心冷却装置(ECCS)が作動せず、予備電源がすべて津波をかぶってだめになるという「全電源消失」という緊急事態に陥り、「冷やす」ことができなくなってしまいました。

 ここで多重防護は破られたのです。

 「冷やす」ことに失敗したために、放射性物質を「閉じ込める」という最重要の防護が危機に陥ります。

 電力会社はこの放射能を「閉じ込める」備えがいかに多重化しているか、これまで「5重の壁(ごじゅうのかべ)」という言葉で説明してきました。

 5重の壁(ごじゅうのかべ)とは、原子炉からの放射能漏洩を防ぐ為に設けられた5つの障壁のことで、原子炉の安全設計の「多重防護」のうちの一つであり、「燃料ペレット」、「燃料被覆管」、「原子炉圧力容器」、「原子炉格納容器」、「原子炉建屋」の5つであった事からこの名が定着したものです。

 そしてここでも多重防護はことごとく破られ、「燃料ペレット」は溶解し出し、「燃料被覆管」、「原子炉圧力容器」、「原子炉格納容器」と次々と損傷、最外部の建屋が爆発し屋根がすっ飛ぶという衝撃的な事態を招きます。

 建屋の外の敷地内であってはならない重金属プルトニウムが検知されるに及んで、5重の壁がすべて機能できず、放射能物質を「閉じ込める」ことに失敗したのであります。

 こうして冷静に起こったことを振り返ると、原子炉建屋は地震に耐え抜き、かつ運転停止も成功したことは重要です。

 「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」のうち「止める」ことには成功しているのです。

 私はこの点で3月20日時点で「日本は対地震・対津波で世界最強技術を備えた原発輸出国になれる」と書きました。

(前略)

 現在も必死の対策が繰り広げられている原発ですが、ここでも前向きに評価してみることはどうでしょう。

 もし現在の福島第一原発の対策が功を奏し、世界中の国家が注目する中で、何とか事態が収拾されたならば、これは危機レベル5か6の事故となりましょうが、非常に貴重な経験を日本は得たことを意味します。

 1000年に一度とも言われるM9.0の大地震と想定外の大津波に襲われた中で悲劇的な大事故の発生を押さえた経験は、世界に類のない貴重な情報・データが集積されたことでしょうし、今後の原発建設に多くの教訓を示すことができるはずです。

 今回得られる貴重な情報は、国内の既存の原発施設に対して津波対策も含めた新たな基準を設定し、安全性をより強化することに利用されましょう。

 世論を考えれば国内での原発の新規建設は当面難しいでしょうが、海外では中国など新興国原発開発計画がラッシュです。

 中国やインドなど新興国では電力需要の急拡大から、日本が協力してもしなくとも、原発の建設は予定通り進めざるを得ない、それぞれの国内事情があります。

 当然ながら発電に多くの水を必要とする原発の建設予定地はほとんどが海岸近くであり、今回の日本の経験および技術はどの国も大変注目しているはずです。

 ならば日本の貴重な経験と技術を生かし、より安全な原発建設に協力することが可能なはずです。

 すなわち今回の事故の経験を生かし、海外に安全な原発を供給する国際貢献とビジネスの機会に変えるわけです。

 つまり「1000年に一度」の大地震・大津波に耐えた日本の原発として、安全な原発を輸出する機会と考えれないでしょうか。

 日本は対地震・対津波で世界最強技術を備えた原発輸出国になれる可能性があるのです。

日本は対地震・対津波で世界最強技術を備えた原発輸出国になれる〜ポシティブシンキングでいこう より抜粋
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20110320/1300598635

 しかしその後、プルトニウムも飛び出し多重防護は破られ5重の壁もすべて壊れた事態に至り(付け加えれば事故レベルも7になり)、いかに「止める」ことができても、ここまで「冷やす」「閉じ込める」ことに失敗した事実は無視できなくなりました。

 「冷やす」「閉じ込める」ことに失敗したのは津波による「全電源消失」が発生したためであり、これは二次電源を津波の影響の無い高台や建屋屋上などに設置することで回避できるわけですから、政府が他の原発の二次電源の設置場所を一斉に津波対策を指示した事は適切だと思います。

 ・・・

 さてこうして福島第一原発事故で起こったことを整理すれば、日本の原発津波対策が貧弱であったことは明白であり、ここを早急に見直すことは喫緊の課題であることは言うまでもありません。

 しかしより本質的に議論されるべきは「事故は起こさない」という前提で「多重防護」という概念で構築されてきた日本の原発の安全対策がたとえ想定外の規模の津波だとしてもことごとく破られた事実です。

 今回は二次電源の場所が津波被害を想定していない人為的ミスで起こった「全電源喪失」が原因ですが、浜岡で地震が起こった場合、次に何が原因となり大事故が発生しうるのか、現状は完璧な「多重防護」といえるのか、一度安全対策を白紙に戻して技術的議論をするべき時なのだと思います。

 なぜ浜岡だけなのか、といった議論は当然あるべきでしょうが、想定される地震震源域の真上に立地しているという意味では象徴的な原発だともいえるわけです。

 事故を起こさせない「多重防護」があっけなく破られた以上、事故は必ず起こる、この原点に戻った見直しが必要なのでしょう。

 ねんのため、私は原発否定派ではありません。



(木走まさみず)