木走日記

場末の時事評論

ビンラディン射殺の物的証拠を一切明らかにできない米国政府のジレンマ

 アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンパキスタン北部アボタバードにある隠れ家で米軍の急襲を受け殺害された事件で、気になる事後報道があります。

 読売新聞記事から。

丸腰ビンラーディン「抵抗したため射殺」米説明

 【ワシントン=黒瀬悦成、イスラマバード=横堀裕也】カーニー米大統領報道官は3日、国際テロ組織アル・カーイダ指導者ウサマ・ビンラーディンが米特殊作戦チームに殺害された当時、武器を持っていなかったことを明らかにした。


 報道官によると、ビンラーディンを殺害または拘束するよう命令されていた作戦チームは、「ビンラーディンが抵抗したため射殺した」と説明したという。

 報道官によると、ビンラーディンは、パキスタン北部アボタバードにある邸宅の2階または3階の一室に夫人と共にこもっていた。作戦チームの隊員が突入した時、飛びかかってきた夫人の足を撃って負傷させ、続いてビンラーディンを射殺した。ほかに、アル・カーイダの連絡役2人と、銃撃に巻き込まれた女性1人が射殺された。

(2011年5月4日20時11分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110504-OYT1T00437.htm?from=main7

 カーニー米大統領報道官は「武器を持っていなかったことを明らかにした」うえで「ビンラーディンが抵抗したため射殺した」としていますが、特別な訓練されて武装している米特殊作戦チームに「丸腰」で「抵抗」するなど考えづらいわけですし、米特殊作戦チームが「射殺」しなければ身の安全を確保できなかったほどの「抵抗」とはどういう手段だったのでしょうか。

 続いて気になる時事通信記事から。

米軍、生け捕り後に「処刑」?=ビンラディン容疑者の娘が証言−パキスタン

 パキスタン紙ニューズ(電子版)は5日までに同国治安当局者の話として、北部アボタバードの隠れ家で米軍の急襲を受けた国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者は、いったんは生きて拘束されたものの、その後殺害されたと同容疑者の12歳の娘が証言していると報じた。
 同紙によれば、娘は隠れ家に取り残され、パキスタン治安当局に拘束された。調べに対し、2日未明の急襲作戦開始数分後、ビンラディン容疑者は米軍特殊部隊員に捕まり、家族の前で射殺されたと主張しているとされる。
 一方、政府関係者によると、拘束された隠れ家の住民は「(同容疑者も含め、)こちら側から米軍へは一発たりとも発砲していない」と口をそろえている。(2011/05/05-06:14)

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2011050500058

 ビンラディンの12歳の娘の証言によれば、いったんは生きて拘束されたもののその後家族の前で射殺されたと主張しているとあります。

 また、拘束された隠れ家の住民は「(同容疑者も含め、)こちら側から米軍へは一発たりとも発砲していない」と口をそろえている模様です。

 彼らの発言が正しいとすれば、米軍特殊チームは何らかの理由により生きて捕らえることに成功したビンラディンを直後に射殺したことになります。

 これらの報道が正しいとすれば、なぜ抵抗していない丸腰のビンラディンを米軍は射殺してしまったのか、現場の兵士の勇み足なのか、それともそもそも問答無用の射殺だけが米政府の目的だったのか、大きな疑問が生じてきます。

 米政府の指令は「生きたまま拘束」か状況に応じての「殺害」であったと米政府は説明していますが、かなり強引な今回の作戦は、米国の丸腰の容疑者への射殺という行為も含めて、多くの議論を呼ぶのは間違いないことでしょう。

 パネッタ長官は「手を挙げて投降し、脅威となる様子がなければ拘束する方針だった」と説明していますが、気になるのは「ホワイトハウスでモニター画面を通じ作戦を見守っていたオバマ大統領らには、現地で何が起きているか全く分からない約20分間の“空白”の時間があった」との次の報道です。

「抵抗した」が武器持たず ホワイトハウス、射殺判断の正統性強調
2011.5.4 09:35 (2/2ページ)

(前略)

 また、同長官の米公共放送とのインタビューによると、特殊部隊突入後、ホワイトハウスでモニター画面を通じ作戦を見守っていたオバマ大統領らには、現地で何が起きているか全く分からない約20分間の“空白”の時間があったという。

(後略)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110504/asi11050408550001-n2.htm

 情報が錯綜して事実関係が現段階では不明なことが多いのですが、武器を保持していない容疑者を射殺したことはアメリカ政府も認めており、米国がかなり事を急いで処理した印象を持たせます、死体の扱いも含めてです。

ビンラーディン遺体、清められ水葬…米当局強調

 【ワシントン=山口香子】米国防総省高官は2日、米軍が殺害した国際テロ組織「アル・カーイダ」の指導者ウサマ・ビンラーディンの遺体をアラビア海北部で水葬に付したと明らかにし、「イスラム教の慣習にのっとった伝統的な方法で葬送した」と強調した。


 水葬を選んだ理由については、イスラム教の慣習で遺体は死後24時間以内に埋葬せねばならず、その時間内に土葬を受け入れる国を探すのは困難だったと説明した。墓所がテロ組織の「聖地」となることを避ける狙いとの指摘もある。

 アラビア海上の米空母「カールビンソン」に移された遺体は、清められ、白い布で包まれたうえで、重りが付いた袋に入れられた。乗員がイスラム教の祈りの言葉を読み上げ、通訳がアラビア語で繰り返した後、海に投下したという。水葬の様子や遺体の写真、映像は公開されていない。

(2011年5月3日18時30分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110503-OYT1T00403.htm

 アラビア海北部で水葬に付したとのことですが、一日をあけずに慌てて水葬にした理由は「イスラム教の慣習で遺体は死後24時間以内に埋葬せねばならず、その時間内に土葬を受け入れる国を探すのは困難だった」と説明しています。

 そして水葬の様子や遺体の写真、映像は公開されていません。

 さらにオバマ大統領は遺体の写真の非公開を決定いたしました。

米大統領、遺体写真の非公開を決定
2011.5.5 08:00

 米主要メディアは4日、オバマ大統領が国際テロ組織アルカイダ指導者のウサマ・ビンラーディン容疑者の遺体が写った写真を公開しないことを決めたと報じた。

 遺体の写真をめぐっては、ビンラーディン容疑者を殺害したことの「証拠」として公開を求める声が上がっていた一方、公開することでイスラム教徒からの強い反発を招くことが懸念されていた。(共同)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110505/amr11050508010005-n1.htm

 今回の事件ですが、米国の行動には不審なものを感じます、作戦そのものがパキスタン政府にも事前通知せずに強行されている点、ビンラディンが丸腰であったにもかかわらず射殺している点、さらに、射殺後、DNA鑑定など当然処置されるべき手続きをなおざり(鑑定していたとしても少なくとも鑑定結果を精査する時間はなかったはず)にしてまで、遺体を急ぎ水葬し、さらに一切の画像が非公開にされている点です。

 ビンラディン射殺の物的証拠が一切明らかにされていないのは、今後禍根を残すことになるかも知れません。

 遺体写真をめぐっては、ビンラディン容疑者が首謀したとされる2001年9月11日の米同時多発攻撃の傷跡の残る米国人にとって精神面での「決着」になるし、容疑者の死亡を裏付ける確固たる証拠にもなるとの考えから公開を求める声が上がり始めています。

 また陰謀説もまことしやかに話題となり始めています。

 最も話題となっている説は、ビンラディン容疑者は数年前にすでに死亡していたが、米国のアフガニスタン戦争を正当化する道具として、米中央情報局(CIA)が容疑者のイメージを象徴的に利用したというものです。

 米国が容疑者のDNA鑑定をどのようにしてこれほど迅速に行えたのか、なぜ遺体がただちに水葬されたのか、そしてなぜいかなる映像も公開されないのか、暗殺されたパキスタンのブット元首相が2007年にビンラディン容疑者はすでに死亡していると主張していたことを言及する米国人もおります。

ビンラディン容疑者の死に「陰謀説」続々、水葬も議論の的
2011年 05月 5日 09:48
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20938920110505?pageNumber=1&virtualBrandChannel=0

 しかしながらこの遺体写真の公表に踏み切るには米国政府の苦悩は深いようです。

 まず頭部を打ち抜かれている遺体写真の公開はかなり不快なものであり、当然ながらそれを見たイスラム教徒の感情を損ねるほか、その写真自体が過激派に悪用されると指摘する意見も政権内部にはあるようです。

 私は陰謀説には与しませんが、それにしても米国の今回の作戦は電撃的でかつ、事後処理も含めて時間的に手際が良すぎています。

 米国国内からも写真公開の訴えが強まっています。

 事前通知がなかったパキスタンをはじめすでにイスラム教徒の国々のいくつかで反米デモなどの動きが出始めているのですから、ここはイスラム教徒の反発というリスクはすでに発生してしまったと考えれば、遺体写真の公開をするのが次善の策ではないでしょうか。

 公開しなければ国の内外から陰謀説などが流れてしまい、公開すればその残虐性からイスラム教徒の反米意識が高まるという、ビンラディン射殺の物的証拠を一切明らかにできない、これはまさに米国政府のジレンマなのであります。
 


(木走まさみず)