木走日記

場末の時事評論

大新聞は批判しかしないが「ヤフー知恵袋」が体現しているのは実はネットの優位性じゃないのか

 新聞・TVで大騒ぎの京都大などの入試問題ネット投稿問題でありますが、媒体としてのネットの特性の優位性について語られていないようなので既存メディアに警鐘を鳴らす意味でちょっと角度を変えて本件を考察してみたいのです。

 例の入試問題漏洩の件で各紙社説が揃い踏みました。

【朝日社説】入試問題投稿―ネット時代の不正防止は
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
【読売社説】入試ネット不正 徹底解明と「携帯」対策を急げ
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110227-OYT1T00821.htm
【毎日社説】入試ネット漏えい 試験場から携帯排除を
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110301k0000m070130000c.html
【産経社説】入試ネット投稿 悪質サイバー犯罪許すな
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110301/edc11030103060000-n1.htm
【日経社説】ネットの悪用から入試守れ
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE0E6E0E1E3E2E6E2E2E3E2E1E0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

 まあこれだけの騒ぎになっているのですから、社説がそろうのも不思議ではないわけですが、どうもネットの不祥事になるとTVにしろ新聞にしろ日本のマスメディアの取り上げ方がセンセーショナルというか、ほれみろネットなんてたちが悪いのだ、と言わんばかりの騒々しさを醸し出すのがいやはやなんともなのであります。

 いつものことですが、事件にふれつつもさらりとネット社会の悪口を付け足すんですよね、特に社説で。

 今回も例えば朝日社説では次の一節。

 ネット社会が発達したいま、何か分からないことがあれば、自分で苦労して調べなくても、投稿サイトに質問を投げておけば、だれかが教えてくれる。回答は正解のこともあれば、間違っていることもある。それでも、他人の回答に「ただ乗り」してしまう。

 そんな風潮が今回の不正の背景にあるのではないか。

 「他人の回答に「ただ乗り」してしまう」というのは確かにその通りなんですし、私のような場末ブログのようなネット読者にまで記事をただで読まれ続けている新聞サイトとしては、オマイラ「ただ乗り」してんじゃないやい(苦笑)と言いたいのもよく理解できますが、じゃあ媒体というかメディア比較論として、電子媒体のネットと紙媒体の新聞のそれぞれの特性を考えてみれば、ヤフージャパンが運営する質問投稿サイトである「ヤフー知恵袋」のようなサービスが「紙」の媒体である新聞が可能か、といえばこれはリアルタイムでインタラクティブ可能、つまり質問したら即、回答が付くようなサービスはネットだからこそ実現できるのであって、新聞では逆立ちしたってできないわけです。

 新聞各紙は「入試ネット漏えい」だの「悪質サイバー犯罪」だの社説で騒いでいますが、カンニングは悪であることは踏まえた上ですが、たしかにネットは最強のカンニングツールとして悪用されてしまいましたが、新聞じゃカンニングツールにもならないのも現実なんですよね。(余白を使ってカンペにはできますが新聞紙をカンペに使うのも間抜けな話です)

 各紙社説がネット批判するのはけっこうですが、この事件が持つもうひとつの側面、ネットがいかに優れた媒体であるのか、その点をしっかり踏まえた議論がなくただ批判だけしてもしょうがないのではないでしょうか。

 たしかにカンニングは悪行ですが、別にネットが悪なのではない、それどころかネットが優れた媒体だからこそ悪用されたのです。

 ちょっとメディア論を展開いたします。

 一年前当ブログでは広告代理店電通が当時プレスリリースした資料を検証したのですが、これがちょっとネットで話題になりました。

2010-02-22 21世紀の広告媒体としては終わっている新聞業界
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20100222/1266830020

 取り上げた資料は以下のPDFファイルです。

2009 年の日本の広告費は5 兆9,222 億円、前年比11.5%減
―2 年連続で減少、インターネット、衛星メディア関連以外の各媒体が減少―
http://www.dentsu.co.jp/news/release/2010/pdf/2010020-0222.pdf

 この資料から2001年から2009年までの過去9年に渡る媒体別広告費の推移を計算して起こした表が以下です。

【表2 過去9年媒体別広告費推移(億円)】

媒体 2001年 2009年 増減(額) 増減(%)
■総 広 告 費 60,580 59,222 ▼1,358 ▼2.2%
★マスコミ四媒体広告費 38,886 28,282 ▼10,604 ▼27.3%
1)新聞 12,027 6,739 ▼5,288 ▼44.0%
2)雑誌 4,180 3,034 ▼1,146 ▼27.4%
3)ラジオ 1,998 1,370 ▼628 ▼31.4%
4)テレビ 20,681 17,139 ▼3,542 ▼17.1%
★衛星メディア関連広告費 471 709 △238 △50.5%
★インターネット広告費 735 7,069 △6,334 △961.8%
1)媒体費 735 5,448 △4,713 △741.2%
2)広告制作費 ---- 1,621 △1,621 ----
★プロモーションメディア広告費 20,488 23,162 △2,674 △13.1%
1)屋外 2,992 3,218 226 △7.6%
2)交通 2,480 2,045 ▼435 ▼17.5%
3)折込 4,560 5,444 △884 △19.4%
4)D M 3,643 4,198 △555 △15.2%
5)フリーペーパー・フリーマガジン ---- 2,881 △2,881 ----
6)P O P 1,698 1,837 △139 △8.2%
7)電話帳 1,652 764 ▼888 ▼53.8%
8)展示・映像他 3,463 2,775 ▼688 ▼19.9%

 既存媒体(新聞・雑誌・TV・ラジオ)が軒並み広告費を大きく落としているのに対し、インターネット広告費は驚異的に伸び、ついに2009年には新聞広告費を抜いたわけです。

 で、既存媒体の中でも特に新聞広告は大きく売り上げを落とし53.8%減とワーストの電話帳と比較しても44.0%と9年で半減近い落ち込みを示していたわけです。

新聞 12,027 6,739 ▼5,288 ▼44.0%
電話帳 1,652 764 ▼888 ▼53.8%

 新聞・雑誌・TV・ラジオの既存メディアの広告費が大きく落ち込んだのは媒体としてのネットの普及が要因であることは、なにも日本だけの現象ではなくアメリカやヨーロッパなど世界中の傾向なわけです。

 既存メディアに対するネットの媒体・メディアとしての優位性の本質はどこにあるか。

 実はそれこそが今回の事件で注目を受けているヤフージャパンが運営する質問投稿サイトである「ヤフー知恵袋」が体現しているのです。

 ネットが登場する以前、新聞にしろ雑誌にしろ出版社や新聞社と言った限られた集団の中のエリートであるプロの記者が一方的に情報発信をし、読者に金を差し出させてありがたくも貴重な情報を「読ませて上げていた」わけです。

 小数の情報発信者が多数のオーディエンス(聴衆・読者)に一方通行に情報をばらまいていたわけです。

 TVやラジオもそうです、電波の免許を持った限られた組織がそして限られたジャーナリストが独占する情報源を多数のオーディエンス(聴衆・読者)に一方通行に「放送」していたわけです。

 「プロ」の記者が下々に情報を伝えてやる、このエリート意識の腐った残滓が「記者クラブ制度」だと私など軽蔑していますが、それはともかく、ネットではそれまでTV局や新聞社が独占していた情報発信行為が劇的に解放されたわけです。

 つまりネットに参加するだれもが情報発信者になれ、かつオーディエンス(聴衆・読者)にも成れる。

 即時的会話的に情報を交換しあえる、情報は一方通行ではなく双方向に流れる、初めてのメディア・媒体、それがネットなのです。

 この情報の双方向性こそが「ヤフー知恵袋」が体現しているネットという媒体の最大の特性なのであります。

 誰でもが情報発信できるということは当然ながら情報精度は落ちます、朝日社説が「回答は正解のこともあれば、間違っていることもある」と皮肉を記していますがそれはそのとおりであり、ネット時代には我々は情報リテラシー能力を高めなければなりません。

 しかし既存メディアはネットの持つ媒体としての優れた優位性を正しく理解しなければ、先の電通のレポートにあるように、媒体価値はどんどん下がる一方でしょう。

 私たちは新聞は一方的に「読む」だけのつまらない媒体であることに気づいてしまったのです。

 私たちはTVは一方的に「見る」だけのつまらない媒体であることに気づいてしまったのです。

 ネットは私たちも情報発信できる、つまり「参加」できる媒体なのです。

 大新聞は批判しかしませんが、「ヤフー知恵袋」が体現しているのは実はネットの優位性なのではないでしょうか。



(木走まさみず)