木走日記

場末の時事評論

「入試問題ネット流出」報道がダメダメな産経新聞

 「入試問題ネット流出」事件ですが、犯人特定に向けて捜査が大きく動き出しました。

 3日付け産経新聞電子版速報記事から。

大手予備校仙台校、警察から捜査協力要請 出身高校は取材拒否
2011.3.3 10:55
 京都大など4大学の入試問題が試験時間中にインターネットの質問サイト「ヤフー知恵袋」に投稿された問題で、投稿に関与した可能性が高いとみられる山形県出身の男性(19)が通っていた大手予備校の仙台校には3日朝から20人以上の報道陣が詰めかけ、男性の所在確認を求めた。

 午前9時10分すぎに取材に応じた同校幹部は、同日早朝に京都府警から捜査協力の要請があったことを明らかにした上で、「警察当局で捜査が行われているため、捜査に関する問い合わせには答えられない」と話した。

(後略)

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110303/crm11030310580013-n1.htm

 うむ河合塾仙台校の予備校生が「投稿に関与した可能性が高い」とし、「同校幹部は、同日早朝に京都府警から捜査協力の要請があったことを明らかにした」そうですから、ズバリ本命でしょうね。

 しかしなあ、産経新聞はしれっとよくこういう記事を起こしますねえ。

 この記事内容が正ならば昨日の記事は誤報となるわけですが、記事の訂正はしないのですか。

 2日付け13:55にネットで掲載された産経記事から。

都内2高校生が関与 1人は外で中継 京都府警ほぼ特定
2011.3.2 13:55

 京都大などの入試問題が試験時間中にインターネットの質問サイト「ヤフー知恵袋」に投稿された問題で、京都府警が、投稿に関与したのは東京の男子高校生2人とほぼ特定したことが2日、捜査関係者への取材で分かった。京大の受験生の答案の中に、「ヤフー知恵袋」に第三者から寄せられた回答と酷似した答案があったことや、携帯電話の発信記録などから総合的に判断したとみられる。

 投稿に使ったのは、NTTドコモの携帯と判明。京都府警は、一連の投稿行為が偽計業務妨害容疑にあたると判断し、同日中にも運営するヤフージャパンとNTTドコモに対し、投稿者「aicezuki」の端末のネット上の住所「IPアドレス」や通信履歴の捜索差し押さえ令状を取り、慎重に捜査を進める。

 捜査関係者によると、試験会場にいる受験生が携帯電話のカメラなどで問題文を撮影。会場の外で待機する人物がその画像を受信して携帯電話で質問サイトに投稿し、第三者からの回答を得て、再び試験会場にいる受験生に返信。返信手段にはメールを使ったか、会場内の受験生の携帯電話に直接電話、受験生は手に隠れるようなコードレスイヤホンを使って回答を聞き転記した可能性があるといい、いずれにしても複数犯という見方を強めていた。

 受験生のうち、東京の男子高校生の答案が「ヤフー知恵袋」での回答と酷似していたほか、投稿に使われた携帯電話の発信記録から携帯の持ち主が別の東京の男子高校生と判明したという。

 この問題をめぐっては、京大のほか同志社大、早稲田大、立教大の入試問題が試験時間中にサイトに投稿された。京大では先月25、26日に行った入試で、数学(文系)と英語の問題計8問が投稿され、26日に問題が発覚していた。

 また、昨年6〜11月には同じ質問サイトに「aicezuki」とは別のユーザー名で、数学や英語などの質問が計約180問投稿されていた。「途中計算もお願いします」との一文を添える点などが酷似しており、同一の人物が入試本番に向けて「予行演習」をした可能性もあるとみられている。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110302/crm11030213560020-n1.htm

 なんだって「都内2高校生が関与」で「1人は外で中継」だって!?

 なんだか図まで示していて実に具体的なんですが、「受験生のうち、東京の男子高校生の答案が「ヤフー知恵袋」での回答と酷似していたほか、投稿に使われた携帯電話の発信記録から携帯の持ち主が別の東京の男子高校生と判明」と断定的に記述されていますが、結果的には完全なガセ情報、早い話が見事な誤報になってしまいましたね。

 産経新聞が立派なのは、朝日や毎日だとネット上で誤報記事を掲載してしまうと、誰にも知れずにそっと記事を「削除」し、そのあと何食わぬ風にしれっとするネチケット無視の厚顔無恥をさらすのが普通なのですが、この記事、今(3日正午)も堂々と閲覧可能なことです。

 でもね、訂正を入れるかしたほうがいいと思います、一応「社会の公器」たる報道機関を名乗っているんですから。

 誤報は仕方ないにしても訂正もせず放置プレーなのはいただけません。

 ・・・

 山形県内の高校を卒業して浪人中の仙台市内の男子予備校生(19)が関与した可能性が高いことが判明したわけですが、インターネット上のIPアドレスと携帯電話の個体識別番号が決め手になっているわけですが、その当たりの技術解説をしてる3日付け産経新聞記事から。

携帯の「個体番号」決め手 偽計業務妨害で「懲役3年以下」
2011.3.3 09:14

 京都大などの入試問題がネット上の質問サイト「ヤフー知恵袋」に投稿された問題は2日、山形県内の高校を卒業して浪人中の仙台市内の男子予備校生(19)が関与した可能性が高いことが判明した。

 投稿した携帯電話の契約者の特定へと一気に進んだきっかけになったのは、同サイトを運営するヤフーから提供された接続情報や携帯電話会社の顧客情報で、捜査関係者によると、ネットを舞台にした犯罪や不正などでは、いずれも「ユーザーを知るための大きな手がかりになる」という。今回の投稿者特定で入り口となったのは、ヤフー側が持っていた投稿者のIPアドレスと携帯電話の個体識別番号だ。

業者が個人情報開示

 IPアドレスは、パソコンや携帯電話など世界中のすべてのネット端末に割り当てられ、ユーザーのネット上の住所となる番号。総数は約43億個も存在する。個体識別番号は、携帯電話の端末に関する15桁の製造番号で、質問サイトに携帯電話から投稿すれば、IPアドレスとともに運営会社に記録が表示される。

(後略)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110303/crm11030309160009-n2.htm

 うーん、なんと申しましょうか、不肖・木走は大学・専門学校などで通信工学やネットワークを教えているわけですが、これはちょっとひどい技術解説なんですね、携帯電話網の話とインターネットの話がごちゃごちゃになってしまっています。

 特にここ。

 IPアドレスは、パソコンや携帯電話など世界中のすべてのネット端末に割り当てられ、ユーザーのネット上の住所となる番号。総数は約43億個も存在する。個体識別番号は、携帯電話の端末に関する15桁の製造番号で、質問サイトに携帯電話から投稿すれば、IPアドレスとともに運営会社に記録が表示される。

 ここでいうIPアドレスはいわゆるインターネットに参加するグローバルIPアドレスを指していますが、「パソコンや携帯電話など世界中のすべてのネット端末に割り当てられ」てなんかまったくいませんから、産経記者さんはネットワークを再勉強したほうがいいです。

 確かにグローバルIPアドレスは現在のIPv4(ヴァージョン4)では32ビットですからそのアドレス空間は2の32乗ですから理論値として「総数は約43億個も存在する」はまあ許しましょう、実際はそんなに「存在」はしてないけれどです。

 で、ネットの急速な普及によりIPアドレス枯渇問題が叫ばれていますがもう今年中に在庫が無くなると言われていますが、日本だけで1億台、世界で数十億台の携帯電話にグローバルIPアドレスなど持たせることなど不可能なのです。

 そもそも現在の携帯電話網とインターネットでは通信のプロトコルからして全然違うわけです。

 つまり私たちの携帯電話は携帯電話網を通じてインターネットに直接参加することはできないんです。

 携帯からPC向けのメールを出したり、iモードやezWebなどでアクセスしているとき、プロトコルをIPに変換するサーバ(ゲートウェイ)がいて、そのサーバはもちろんグローバルIPアドレスを持っていますから、そいつが代理人としてインターネットに参加しているわけです。

 参考までに携帯各社のゲートウェイのIPアドレスの一覧は以下で確認できます。

利用者:Tietew/携帯電話のIPアドレスリスト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:Tietew/%E6%90%BA%E5%B8%AF%E9%9B%BB%E8%A9%B1%E3%81%AEIP%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88

 従ってサーバ(ゲートウェイ)はいくつもの携帯電話の代理人をしてますから、携帯電話個々についての管理は個体識別番号で行っています。

 もちろん最近のモバイル端末はWi−FiとかWiMAXでダイレクトにTCP/IPネットワークに参加できますが、それはまた別の話。

 ・・・

 なんだかなあ、一連の「入試問題ネット流出」報道で、誤報記事を放置したり、技術解説がデタラメだったり、産経新聞がお気の毒なほどダメダメな件でありました。

 産経記者はまずインターネットのプロトコル(通信規約)であるTCP/IPから学習し直すようにお願いいたします。

 ふう。



(木走まさみず)