アングロサクソンは「食文化」がないから反捕鯨に走る?
今回から、比較的時間がとれる日曜日に、じっくり考えたい時事テーマを[サンデー放談]と題して不定期に連載していこうと思います。
お時間のある読者と話題性のあるテーマをともに考察する機会になればと思っています。
初回のテーマは「環境保護と食文化」であります。
■クロマグロ日本外交勝利〜欧州が結束できなかったのも勝因のひとつ
20日付け毎日新聞記事から。
クロマグロ:禁輸否決…日本、情報戦に勝利
大西洋(地中海含む)クロマグロの国際取引禁止案は、ワシントン条約締約国会議の第1委員会で圧倒的な反対多数で否決された。日本は劣勢とみられたが、ふたを開けてみれば賛成票は可決に必要な有効票の3分の2に遠く及ばず、欧米メディアも「日本の明らかな勝利」と評価。予想を覆す結果は日本の周到な根回しに加え、自国産業への打撃を懸念する途上国の動きや「陰の主役」中国の影響力があった。
◇農相「勝てるなら一気に」
「意見が出尽くしたのなら、直ちに採決すべきだ」。カタール・ドーハで18日午後(日本時間同日夜)に開かれた第1委員会。各国の意見表明が一巡したところで、マグロの蓄養が盛んなリビア代表が即時採決を求める動議を提出した。スーダンも同調し、採決の結果、賛成が72票と反対の53票を上回った。「5票以内ぐらいの差で決まる」。5日の会見で赤松広隆農相は情勢の厳しさを強調した。欧州連合(EU)加盟27カ国が禁輸賛成で足並みをそろえることが確実視されていたためだ。ケニアなどアフリカ23カ国も水面下で、EUに「象牙禁輸延長を支持すればクロマグロ禁輸に賛成する」と持ちかけており、否決に必要とみられる50票の確保は難しい情勢だった。
水産庁は2月ごろから、OBら6人を政府顧問としてアフリカなど途上国を中心に派遣、多数派工作を展開した。しかし、顧問の一人は2月下旬、毎日新聞の取材に「漁業当局の人間は理解してくれても、それが政府全体の意見ではないことも多い」と漏らした。水産庁幹部は「終盤までもつれる」と長期戦を念頭に準備を進めていた。
だが、サメ類の規制強化に関する議案が16日、日本やロシア、中東諸国などの反対により大差で否決されたことをきっかけに代表団は「この勢いならマグロ禁輸の否決も可能」との判断を強める。20日過ぎに米国が大型代表団を送り込み、多数派工作を始めるとの情報もキャッチすると、赤松農相は「おれが責任を取る。勝てるなら一気にやれ」と指示した。
リビア動議の採択後、EU案、モナコ案が採決され、いずれも否決。モナコ案の投票総数は118で、反対した68カ国にはアフリカ諸国が目立った。一方、賛成票はEU加盟国数を下回り、棄権30カ国の多くが欧州諸国であることをうかがわせた。米国の多数派工作が成功し、アフリカ諸国などが賛成に回っていれば、禁輸が採択されかねない「薄氷の勝利」だった。
採決の動議を提出したリビアなどに加え、同じアジアのマグロ漁業国である中国や韓国の存在も大きかった。特に中国は原油や鉱物など資源確保のため、アフリカを徹底支援。赤松農相は16日の会見で「中国も他の国に働きかけてくれている」と述べた。【行友弥、ブリュッセル福島良典】
http://mainichi.jp/select/world/news/20100320k0000m020128000c.html
国際外交戦で久しぶりに日本が逆転勝利を収めたわけですが、日本の勝因は記事にあるとおり主に3つ挙げられています。
・日本の周到な根回し
・自国産業への打撃を懸念する途上国の動き
・「陰の主役」中国の影響力
確かにそのような要素が大きくこの結果に影響したと思います。
しかしこの記事からは見えませんがもうひとつの勝因と呼べそうなのが、これは禁輸案支持だったEUから見れば敗因となるのでしょうが欧州側の「偽善」策であったと、イギリスBBC放送の環境担当リチャード・ブラック記者は指摘しています。
19日付けの産経新聞記事から。
「欧州の敗因は偽善」とBBC記者 クロマグロ取引禁止案否決
2010.3.19 20:08【ロンドン=木村正人】カタールで開かれているワシントン条約締約国会議で、大西洋・地中海産クロマグロの国際取引禁止案が否決され、米国や欧州連合(EU)は失望感を隠さず、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)で漁獲制限の強化を図る方針を表明した。一方、否決の結果について、日本の交渉筋は「漁獲物の輸出に頼る途上国の間に、取引禁止案は自国や域内に巨大市場を抱える先進国の身勝手だ、という不公平感が広がり、予想以上の大差がついた」と分析した。
英BBC放送の環境担当リチャード・ブラック記者は、ブログで「EUがクロマグロ問題で敗北を喫したのは偽善が根底にあったからだ」と辛辣(しんらつ)だ。
地中海でクロマグロを乱獲した張本人はEUの沿岸漁業国。ICCATの科学委員会が提案した漁獲モラトリアム(一時中止)をロビー活動で退けたのは、ほかならぬEU加盟国で、日本は協議で「これは絶滅危惧(きぐ)種を守るワシントン条約ではなく、EU自身の問題だ」と反撃した。
しかも条件付きでの禁輸を求めたEU案は、EU域内の取引継続を前提にしているとされ、同記者も「EUにとり都合の良い話で、正当性を訴える一貫性を欠いていた」と指摘する。近年、リビアやチュニジアなど北アフリカの地中海沿岸国もクロマグロの漁獲に参入。最大消費国の日本がこうした国と組めば、国際取引禁止後も留保権を使い輸入を継続できる。このため、フランス、イタリアなどの水産業界は「北アフリカ諸国に水産利権を奪われる」と猛反発していた。
18日の協議で、モナコとEUの提案に賛成意見を表明したのは、米国とノルウェー、ケニアの3カ国。反対意見の表明は日本、韓国、カナダなど13カ国とアラブ連盟だった。
大差での否決に、EUの欧州委員会は18日の声明で「失望した。EUはクロマグロの資源回復に強力な措置が必要だとの立場を維持する」とし、ICCATで漁獲制限を徹底させる方針を示した。ただ、北アフリカ諸国にもクロマグロの利権をあさる欧州資本が大量に流入しており、欧州資本による違法、過剰漁業の取り締まりも課題になる。
一方、米国交渉団のストリックランド代表は「18日の投票は後退だが、米国は持続可能な形で漁獲が管理されるよう戦い続ける」と強調した。http://sankei.jp.msn.com/life/environment/100319/env1003192010004-n1.htm
要するに英BBC放送の環境担当リチャード・ブラック記者が「EUがクロマグロ問題で敗北を喫したのは偽善が根底にあったからだ」で言いたいことは、地中海でクロマグロを乱獲した張本人はEUの地中海沿岸漁業国、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガルなどの諸国じゃないかと。
で、日本からは協議で「これは絶滅危惧(きぐ)種を守るワシントン条約ではなく、EU自身の問題だ」と反撃を受けてしまい、しかも条件付きでの禁輸を求めたEU案は、EU域内の取引継続を前提にしているとされ、まさに「EUにとり都合の良い話で、正当性を訴える一貫性を欠いていた」と。
この敗因分析が地中海沿岸漁業国以外のイギリス人ジャーナリストの指摘である点が興味深いのであります。
本件ではEU内部の地中海沿岸漁業国とそれ以外の国に温度差があったのは確かなようです。
環境保護、海洋資源保護のために純粋に禁輸案を支持した主としてイギリスやドイツなどの北欧諸国に対し、フランスやスペインやイタリアなどの南欧諸国には自分たちのクロマグロ利権は守りたいという姑息な計算があったわけです。
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■なぜ北欧と南欧で対応がわれたのか〜問題の根は実は深い=「食文化」の決定的な差異
なぜ北欧と南欧で対応がわれたのかと言えば、表層的には先ほど指摘した地中海沿岸諸国の漁業権の問題であります。
しかし、問題の根は実は深いのではないかと私は考えます。
この問題を少し別の角度からアプローチしてみたいです、北欧と南欧の歴史的な「食文化」な差異からです。
一般論ですが、南欧ラテン諸国はフランス料理、イタリア料理、スペイン料理等々、世界的にも有名な食文化が見事に熟成・開花しています。
豊かな土地にはおいしい麦が育ち、地中海の海の幸も取り入れた豊富な食材を元にすばらしい「食文化」が発展してきました。。
対して、ヨーロッパ北部のゲルマン・アングロサクソン諸国は、寒く土地もやせ麦もほとんど取れず(せいぜいライ麦)、主食のパンですらまずいモノでした。
ドイツやイギリスがジャガイモで有名なのは、ジャガイモが寒さに強いからで、南米からジャガイモがやってきてそれが副主食の地位をすぐに得たわけです。
今日に至るまで北欧ゲルマン・アングロサクソン諸国の「食文化」が南欧ラテン諸国に比較して貧相であるのは、このような歴史的・地理的背景があったわけです。
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■食文化が熟成できなかったゲルマン・アングロサクソン文化〜プロテスタンティズムの倫理感の影響
さらに考察を深めれば、南欧ラテン諸国はカソリック(旧教)なのに対し、北欧ゲルマン・アングロサクソン諸国はプロテスタント(新教)であるという宗教の違いが挙げられましょう。
北欧においてカソリックからプロテスタントが分派した経緯の中で、注目したいのはプロテスタンティズムの倫理感、世俗禁欲主義です。
ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーは、有名なその著書「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の『精神』」の中で、「プロテスタントの世俗内禁欲が資本主義の「精神」に適合性を持っていた」ことを唱えているわけです。
例によって、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から。
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の『精神』」ドイツ語初版本「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の『精神』」(Die protestantische Ethik und der 'Geist' des Kapitalismus)は、ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーによって1904年〜1905年に著された論文。研究者や学生はしばしば略してプロ倫と呼ぶ。
プロテスタントの世俗内禁欲が資本主義の「精神」に適合性を持っていたという、逆説的な論理を提出し、近代資本主義の成立を論じた。(後略)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 抜粋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%86%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%80%AB%E7%90%86%E3%81%A8%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E7%B2%BE%E7%A5%9E
禁欲主義とは結局は我慢のことなのです。
「食」に関しても、不味くても喰えるだけ、死なないだけ神に感謝しろ、という主義です。
プロテスタントの国々を見渡せば、ゲルマン系ドイツやオランダにしろ、アングロサクソン系のイギリス、その植民地から発展したアメリカやカナダ、オーストラリア、ニュージーランドにしろ、土地のやせている・やせていないに関わらず「食文化」は熟成されてきませんでしたことを考えるとこのプロテスタンティズムの倫理感の影響は大きいといえるのではないでしょうか。
そもそも歴史的・地理的に麦もろくに育たない寒く痩せた土地で暮らしてきた北欧諸国には、南欧ラテン諸国のような豊かな「食文化」が開花するには不利な条件がそろっていました、そして輪をかけたのかそのような土地柄だから発展したのか微妙かも知れませんが、プロテスタントの「粗食に耐えよ感謝せよ」という世俗内禁欲主義が「食文化」の発展を抑制してきた要因のひとつのように思われます。
(※1)カソリックの一派であるやはりプロテスタントではないロシア正教のロシアが、北欧と同様、厳しい環境であるにもかかわらず「ロシア料理」をしっかり発展させてきたことからも、宗教の「食文化」に与える影響は少なくないのでしょう。
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さて「食文化」が未熟なゲルマン・アングロサクソン諸国ですが、社会学者マックス・ヴェーバーの指摘通り、資本主義国としては見事に発展していきました。
特に、産業革命を成したイギリスとかつて大英帝国植民地であった、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど、いわゆるアングロサクソン諸国は、今日世界の重要なステークホルダー国家となっております。
ここで興味深いのはこれらアングロサクソン諸国がすべからく反捕鯨強行派である点です。
私は思うのですが、そもそも「食文化」が未熟なこれらアングロサクソン諸国の人々には、他の国の「食文化」への理解・敬意、その「食材」への理解・敬意を深めることが難しいのではないのでしょうか。
私たち日本人は鯨を含め海洋資源を「海の幸」と称して慈しみ食すわけですが、実はこの感覚はアジア全般に共有されており、さらに地中海沿岸のフランス、イタリア、スペインと言った成熟した「食文化」を有する南欧ラテン諸国の人々とも共有されている文化であるのに対し、ゲルマン・アングロサクソン諸国とは共有しづらいのだと考えます。
つまり彼らにとり「くじら」を食材として考える「食文化」があるとは、自分たちにろくな「食文化」がないがゆえに相対化して判断することができない、「くじら」はあくまで保護の対象でしかないんだと思います。
アングロサクソンは「食文化」がないから彼らは反捕鯨に走るのではないかと考えます。
[サンデー放談]第一回:アングロサクソンは「食文化」がないから反捕鯨に走る?(了)
(木走まさみず)
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[考察]豪・加・米・ニュージーランドだけが「先住民族の権利に関する宣言」に反対した歴史的背景
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20080327
<テキスト修正履歴>3/21 16:05
※1:BLOGOSコメント欄より「ロシア正教はカソリックの一派ではなく別物」と誤りの指摘をいただきました。訂正しておきました。gayscience様、ご指摘ありがとうございます。