木走日記

場末の時事評論

政界の秩序破壊者・小沢一郎はその「歴史的使命」を終えた

 小沢一郎、不思議な人物です。

 善しにつけ悪しきにつけ、ここ20年ほど日本の政治はこの一人の保守政治家に振り回されてきました。

 振り返れば彼の政治暦は既存の枠組みへの分裂・破壊と再構築の繰り返しであったと言えましょう。

 民主党代表辞任会見を受けたこのタイミングで、彼の政治動向をあらためて振り返ってみることは意味があるでしょう。

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●既存の枠組みへの分裂・破壊と再構築を繰り返す政界の秩序破壊者・小沢一郎

 彼の関わる最初の既存秩序に対する分裂・破壊は、24年前、1985年、自民党最大派閥の竹下派時代、領袖として影響力を保持していた田中にまず反旗を翻し、竹下登金丸信らと共に「創政会」(のちに経世会)を結成することに始まります。

 その後40代にして自民党幹事長にまで上り詰め、しかしながら、1992年、派閥の後任人事をめぐり、竹下直系の小渕恵三を推す橋本龍太郎梶山静六ら派内主流派と対立、結果敗れた小沢は再び派を分裂・破壊、羽田、渡部、奥田らと改革フォーラム21(のちの羽田派)を旗揚げし、竹下派は分裂縮小します。

 翌1993年、野党から宮沢内閣不信任案が上程され、実質小沢が率いる羽田派の自民党議員39名が賛成、16名が欠席する造反により不信任案は可決、解散、小沢はついに自民党をも分裂・離党、新生党を結成します。

 続く第40回衆院選において自民党過半数割れし、新生党日本新党新党さきがけの3新党は躍進、8月9日、小沢主導で8党派連立の細川内閣が成立、与党連合として再構築します。

 1994年、武村や武村率いるさきがけは小沢らと与党内で激しく対立、一連の動きに嫌気がさした細川は、4月に突然辞意を表明します。

 細川の首相辞任を受けて、連立与党は羽田の後継首班に合意、新生党日本新党民社党などが社会党を除く形で統一会派「改新」を結成、結果社会党は連立政権を離脱し、小沢率いる羽田内閣は少数与党となります。

 羽田内閣は6月25日に内閣総辞職し、在任期間64日、戦後2番目の短命政権に終わります。

 首班指名選挙で自民が社会党委員長の村山富市に投票する方針を示し、決選投票で261対214で村山に敗れ小沢は政治家人生において初めて野党の立場に落ちます。

 日本共産党を除く野党各党225人により野党勢力を再構築、同年12月10日に新進党が結成、小沢は党幹事長に就任します。

 1997年、小沢は自民党亀井静香らと提携する、いわゆる保保連合構想に大きく舵を切ります。保保連合路線に対して二大政党制を志向する立場から反対する勢力は相次いで離反していきます。

 1998年、小沢は自由党を結成、党首に就任します。

 1999年1月14日正式に自自連立政権が成立し、小沢は5年ぶりに与党へ復帰します。

 1999年7月、公明党が政権に入り、自自公連立政権が成立、自由党の存在感は低下、結局自由党は連立から離脱、以降10年自公連立政権が続くことになります。

 当時の自由党は、小沢を支持する連立離脱派と、野田毅二階俊博などの連立残留派に分裂し、残留派は保守党を結成、後に自民党に吸収されていきます。

 2003年、自由党民主党と正式に合併し、小沢は民主党の代表代行に就任します。

 2006年3月31日に前原が、「堀江メール問題」の責任を取って党代表を辞任、4月7日の民主党代表選で小沢は119票を獲得し菅直人を破り、第6代の民主党代表に選出されます。

 そして、2009年5月11日、民主代表の辞任記者会見を行うことになるわけです。

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●政界の秩序破壊者・小沢一郎はその「歴史的使命」を終えた

 こうして小沢の政党履歴をトレースしてみるとここ20年めまぐるしく彼を中心に離合集散を繰り返していますが、彼が既存組織を破壊・分裂することは得意としても、彼の手によって再構築された組織は数少なくまた新進党にせよそのすべてが組織維持に失敗していることがみてとれます。

 つまり、政治家として彼は既存秩序の有能な破壊者ではあっても、新秩序を構築することに一度として成功してはきませんでした。

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 世論調査で7割を占める国民が小沢辞任を求めていつつ、しかしまた国民の過半数が長期に渡る自公連立政権に嫌気を示している現在、小沢の代表辞任は遅きに失した感はありますが、私は評価します。

 一昨年の参院選で圧勝、次回衆院選政権交代の機会を現実のものとしてきた民主でありますが、ここまでこれたのは、無論政局の人小沢の豪腕によるところが大でありましょう、いやむしろ彼のような存在がなければここまで与野党の勢力の伯仲を生む状況は作りえなかったと言えましょう。

 その意味で彼は今日の政治状況の最大の功労者であると評価されていい。

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 しかし、小沢は秩序の有能な破壊者たりえてはきましたが、一度として新秩序を構築することに成功してはいません。

 政界の秩序破壊者・小沢一郎はその「歴史的使命」を終えたといってよいでしょう。

 古い建物を壊して新築するときと同様、政権交代の際は、建物を壊す者と新しく構築する者は別立てでよろしい。

 民主党は、この小沢一郎辞任を最適に利用しつつ、新しい秩序構築者を擁立すべきです。

 いまだ自公連立政権に嫌気を示している多数の国民に、破壊と分裂ではなく、夢と希望を与えうる新指導者が民主党には必要なのです。

 新しい顔のリーダーのもと、新しい政策で堂々とマニュヘストを掲げ、古い癒着構造で溶解する自公政権にかわる、新秩序を国民に予感させる、民主党はそんな戦いを挑むべきです。

 小沢辞任を利用し新生民主が政治潮流を変える、それこそが政権交代が悲願である小沢一郎にとっても本望でありましょう。



(木走まさみず)



<関連テキスト>
■2007-11-08 小沢一郎仮面ライダー』仮説

http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20071108
<参考テキスト>
小沢一郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B2%A2%E4%B8%80%E9%83%8E