木走日記

場末の時事評論

オバマ大統領就任を確認せずに社説に掲げる朝日新聞の蛮勇

 本日未明(日本時間21日午前2時:現地時間20日正午)のオバマ大統領就任演説ですが、夜中にTVを見ていて私は個人的にはとても感動いたしましたので明け方にエントリーを起こしておきました。

■[国際]"a new era of responsibility"(新たな責任の時代)〜新鮮だったオバマ大統領就任演説
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20090121/1232483110

 こういうフットワークでエントリーを起こせるのは個人ブログの強みでありますね、まあネットの媒体としての強みって表現してもよいでしょう。

 で、この日本時間の午前2時という就任演説の時間なのですが、この時間が新聞社さんたちにとってなんとも恨めしい時間なのでありますね。

 読者の皆様もご存知のとおり日本の新聞の朝刊は宅配制度がありますから各販売店は早い店では朝の五時前後から配達し始めたりしていますので、当然ですが各新聞社の印刷工場からトラックで販売店に配送するのはそれから少なくとも一時間以上前に送っとかないといけないわけです、販売店側で織り込みチラシの挿入作業とかもありますしね。

 そうすると逆算すると工場で輪転機を回して印刷し始めるのは工場とか印刷する部数とかにもよりますが、夜中の3時前後にはガンガン刷らないといけません。

 私、若いころ朝日新聞の都内某所の印刷工場の輪転機制御システムの開発を担当したことがあるんですが、新システムの試験の立会いが毎回真夜中なんで辟易したことがございます(苦笑)

 それはともかく、ということは、3時ぐらいから印刷始めるには、逆算すると新聞の朝刊の編集作業てのは、どんなに効率化を図ろうとも夜中の1時2時あたりが最終締切なわけです、毎日のことではありますが。

 そこで各紙はたとえば選挙速報版など夜中に体勢が確定する場合、30分でも締切時間を後ろにずらそうといろいろな工夫をしていますね、選挙速報版などは朝刊紙面の枚数が妙に少ないのは印刷時間を節約してそのぶん締切を遅くする、そのためなんであります。

 でもですね、今回のオバマ氏の演説開始時間、夜中の2時てのは、これはダメです、どう考えても朝刊には間に合わない絶望的な時間帯だったんですね、だって2時から20分ほどの演説を聴いてそこから原稿を起こしてなんていったら3時に工場で輪転機を回すことは残念ながら現状では不可能なのであります。

 物理的に紙を印刷して宅配する日本の新聞のメディアとしての悲しい限界なんであります。

 本来ならこれほどの世界的注目を集めているアメリカ新大統領の就任演説ですから、新聞記事の論説の看板である社説にて取り上げたいでしょうが、今日という意味では残念ながら日本の大新聞は指をくわえて沈黙するしかなかったのであります。

 21日付け各紙社説タイトルから。

【読売社説】
株式会社大学 教育充実と経営安定を図れ
トヨタ社長交代 非常時の「大政奉還」の意味
【毎日社説】
公務員天下り 「渡り」の抜け道は首相がふさげ
舛添厚労相 「言行一致」で非正規を守れ
【産経社説】
クローン食肉 「安全判断」広げる努力を
日本史必修 自国学ばせ国際人育てよ
【日経社説】
予防注入を生かし年度末の不安回避を(1/21)
難局に挑むトヨタの新体制(1/21)

 お気の毒です、各紙は22日付けで社説としては掲載するのでしょうね、止むを得ませんね。

 ・・・

 ん?

 こ、これは?

 朝日新聞の21日社説から。

オバマ大統領就任―米国再生の挑戦が始まる
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

 なんという荒業なのか、上述した物理的事情で読売・毎日・産経・日経が社説としては沈黙する中で、朝日だけが堂々とオバマ大統領就任を社説で取り上げているではないですか。

 社説に取り上げたってことは早刷りに間に合ったってことを意味します、これは驚異なことです。

 社説書き出しはこうです。

 米国が生まれ変わる――。そんな熱い思いを抱いた人たちが、米国の首都ワシントンの中心部をうずめた。

 オバマ氏の演説についてもふれていますが。

 政治家は言葉が命だ。人々を奮い立たせる弁舌の力が、危機にはいっそう求められる。だが、美しい演説だけでなく、今日からオバマ氏が問われるのは結果であり、実績だ。

 ・・・

 ふう。

 なんだなあ、朝日さんは・・・

 読者の皆様もぜひ社説全文を読んでもらいたいですが。

 うーん、やはりこれは予想通り実際の演説で登場した「新たな責任の時代」とかの描写がいっさいないので、間違いないですね、なんてことはない、この社説はオバマ氏の実際の就任演説を聞かないで書かれたものであります。

 社説全体としては就任演説とはいっさいリンクしていない内容ばかりが記されているのであります。

 おかしいですよね、私が知りうる限り朝日よりも日経のほうがはるかにシステム化が進んでいるのに、朝日が魔法のように真夜中2時すぎの演説を朝刊社説に間に合わせる芸当などできるわけありませんもの。

 しかし、そうだとすると・・・

 これはしかし新聞界の常識からするとかなり驚きなのであります。

 別に演説を聴かないでこのような社説を掲げるのは朝日新聞の勝手といえば勝手なんですが、じゃあ他紙はなぜこのような手段を絶対取れないのかといえば、あってはならないことですがもし演説中にテロ行為とか不慮の事態が発生したならば、社説を差し替えなければ社説で誤報してしまうというメディアにとっては絶対に避けなければならない恐ろしいことが発生してしまうからなのです。

 社説冒頭の「米国が生まれ変わる――。そんな熱い思いを抱いた人たちが、米国の首都ワシントンの中心部をうずめた。」という入り方があたかもセレモニーを見終えて書いたようにはじめていますところが、朝日らしくて私は好き(苦笑)ですが、それにしてもこれは勇気のある社説だなあ、と。

 万が一のことがあったらどうしたんだろう・・・

 社説の一節。

 政治家は言葉が命だ。人々を奮い立たせる弁舌の力が、危機にはいっそう求められる。

 言葉が命なのはメディアも一緒だと思うのですが、全国紙でただ一紙、オバマ大統領就任を見てないのに、堂々と「オバマ大統領就任―米国再生の挑戦が始まる」と社説に掲げる朝日新聞なのであります。

 これって蛮勇ってことかな?



(木走まさみず)