木走日記

場末の時事評論

技術屋よ、総合的なソリューション・プランナーを目指せ! という話

 先日さる大手ITベンダーの代表と会食する機会がありました。

 彼との会話の中でこれからの注目する市場、ITベンダーとして狙いを付けるに値する将来性のある分野を2つ上げておりました。

 ひとつは医療分野、電子カルテや電子レセプト(医療事務)などの本流から、政府がメタボ対策など力を入れ始めている未病につながる、院内・院外の検診システムなど、単に病院システムとしてではなく、これからは各民間企業内の検診システムなど、そのすそ野は大きく広がるだろうとのことでした。

 で、もうひとつは農林水産分野。元官僚であるその方がおっしゃるには、役所においてもっともIT化の遅れている分野は農水であるとの認識を持たれているそうで、今日の日本の食料事情、自給率40%を割る状況の中で農産物の国際価格が高騰し続けている現実の前で、これからのこの国では否(いや)が応でも農業が重要な産業とならざるを得ないとのことであります。

 このお話をうかがい、不肖・木走も基本的には異論はありませんでした。

 まさに少子高齢化の中でこれから医療分野では老人介護などでますますIT技術によるサービス向上は求められることでしょうし、また食料自給率の向上をめざし、他分野に比し立ち遅れていると言われる農水分野におけるいろいろなIT化も施されることになることでしょう。

 で、彼の話の興味深かったのはこの後将来のIT技術屋に求められるスキルに話題が転じたときであります。

 「これからのSIerエスアイアー)においては、IT専門馬鹿では通用しないだろう」
 というのです。

 SIerエスアイアー)とは、顧客の業務内容を分析し、問題に合わせた情報システムの企画、構築、運用などの業務を一括して請け負う業者のことでありますが、システムの企画・立案からプログラムの開発、必要なハードウェア・ソフトウェアの選定・導入、完成したシステムの保守・管理までを総合的に行なうことを生業とするIT業者のことであります。

 彼曰く、これまでのSIerは顧客企業の抱える問題を解決する手段をITという道具で解決策を提案すればよかった、つまりITによるソリューション(問題解決)ですね、その意味でIT専門家としてその分野だけの提案能力があればよかった。

 しかしこれからは違うだろうと。

 ユーザーの立場に立って総合的に問題を分析してそのソリューション(問題解決)策を提案する能力、その提案の中ではITはひとつの手段・ツールに過ぎない、つまり言葉を換えれば単なるITソリューションではなく、IT化も含めたあらゆる手法を駆使した顧客本位の総合ソリューション・プランナーにならなければならないというのです。

 これはハードルが高いスキルだと正直思いましたが、彼の考えはとても正鵠を射ているとも思いました。

 当たり前ですが、ユーザーの属する業界の業務知識に長けている技術屋のほうがきめ細かな提案ができるだろうという単純な事実であります。

 まあこれはある意味でなにをいまさらということではあります。

 しかしながらこれからのことを考えますと議論はそこでおさまりません、医療・農業分野だけではありませんが、これまで大抵のIT化しやすい分野は当然ですがすでにシステム化されてきました、ウラを返せば現在システム化されてない分野には、それなりのシステム化しづらい理由があったわけです。

 今後SIerは、限られた既存のシステム化しやすい分野に執着することなく、広くそのような旧来の発想ではシステム化しづらい分野において開拓していく能力がまさに問われるのだろうと思います。

 その際にはたしかに専門馬鹿ではなく、総合的なソリューション・プランナーとしての能力が生かされることでしょう。

 このITベンダーの代表いわく、このような総合的な知識を有する技術者をもっか社内で教育中であり、彼の会社では彼らを「フィールド・イノベーター」と称しているそうです。


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 なかなか興味深い話しなのでしたが、注意したいのは「これからのSIerエスアイアー)においては、IT専門馬鹿では通用しないだろう」という強烈な発言は、IT専門知識は必要ないということを意味しているわけでは決してないという点であります。

 私は立場上、IT業界の経営者や営業マン、技術者と話をする機会が多いのですが、経営者へのアドバイスと営業マン、技術者へのアドバイスはいささか内容を異にすることが多いですが、上記の話しを含めて総合的な知識を有する技術者と専門特化した知識を有する技術者に関しての部分だけ、お話を進めたいと思います。

 ここで技術的な個別専門の話をすればとても短いテキストで語ることはできませんので、少し話を単純化いたしまして、IT技術屋は大きく上記の2種類に分かれるとします。
 「専門特化した知識を有する技術者」集団は「陸軍」であります。

 実際に戦闘行為を行うコアになる集団であり、この陸軍の実力が多くの現場でモノをいうのは当然です。

 町場のソフトハウスの実力は、まさに配下のこのような集団そのものの数とその人数で計られることも多いのであります。

 しかしそのような集団だけでは戦略を描くことはできません。

 そのような「地上戦」からの視点ではなく、鳥のような高度からまさに「鳥瞰」「俯瞰」する能力を持つ「空軍」が必要なのです。

 つまり幅広い「総合的な知識を有する技術者」は「空軍」であります。

 彼は地上戦を行っている自軍の陸軍を、「鳥瞰」して次にどこの戦線に投入すれば最もその能力を生かせるのか、その戦略を与える役目もにないます。

 また「空軍」なればこそ、戦闘している自軍陸軍の実力も冷静に判断できます。

 武器(技術ツール)が弱いと判断すれば、新しい武器を与えその訓練をするために、戦線を撤退することもありましょう。

 一般論ですが、技術上がりのたたき上げの社長は、自分が得意とした「陸戦」が大好きですし、「専門特化した知識を有する技術者」集団を目指しますが、「総合的な知識を有する技術者」つまり「空軍」を養成することを怠りがちです。

 逆に、営業職や異業種出身の社長は、幅広い「総合的な知識を有する技術者」つまり「空軍」を充実させようとする傾向が強く、「専門特化した知識を有する技術者」集団の養成にはあまり熱心ではないようです、極端な話、専門分野は外人部隊「外注」にゆだねてしまったり。

 経営者や営業マンに話すときには、その人が技術屋上がりかそうじゃないのかを判断しつつ、内容を分けてアドバイスさせていただいております。

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 一方、技術者の立場で考えたときは、町場のソフトハウスならば、まず陸軍としての経験を積み「専門特化した知識を有する技術者」スキルの向上に努めるのが常道でしょう。

 そこで歴戦の勇士「古参兵」「鬼軍曹」のような「陸戦」に特化した一目置かれる存在を目指すのもありでしょう(苦笑)。

 が、もし、将来管理職とか経営側を目指すとか、独立や大手ベンダー系への転職を目指すなら、まず陸軍としての経験を積み「専門特化した知識を有する技術者」スキルの向上に努める、その上でその経験を生かしつつ幅広い「総合的な知識を有する技術者」つまり優れた俯瞰力を有するエンジニアを目指すことが求められるのでしょう。

 そして、そのような幅広い俯瞰力を有するエンジニアのさらなる延長線上に、上記会社が育成を目指している総合的なソリューション・プランナーがあるのでしょう。

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 時代は、今後SIerは、限られた既存のシステム化しやすい分野に執着することなく、広くそのような旧来の発想ではシステム化しづらい分野において開拓していく能力がまさに問われることになるのだろうと思います。

 その際にはたしかに専門知識に裏打ちされたしかし専門知識だけではない、総合的なソリューション・プランナーとしての能力が求められることになるのでしょう。



(木走まさみず)