木走日記

場末の時事評論

ワシントンポストに"This is crazy."(気が狂っている)と痛罵された日本のコメ政策

ミニマムアクセス(最低輸入機会)米、買い手ゼロ〜外国産米輸入を始めた95年以来、初めての出来事

 4月22日の農水省の地味なプレスリリースから。

平成20年4月22日
農 林 水 産 省

平成19年度 第10回 MA一般輸入米入札結果の概要

本日、平成19年度第10回MA一般輸入米の入札を実施したが、入札予定数量62,502トンのうち、41,502トンは不成立、21,000トンは不落札となり、全量落札されなかった。

問い合わせ先
 総合食料局食糧部食糧貿易課
 代表:03-3502-8111
  内線:4267
 直通:03-6744-2089
 担当:垣見

http://www.komenet.jp/_member/documents/05-080424.pdf

 4月22日の入札で「MA一般輸入米」が、「入札予定数量62,502トンのうち」「全量落札されなかった」という、地味な発表ですが、この事態は一般マスコミに取り上げられることはほとんどなかったのですが、実は日本農業新聞によれば、成約ゼロは「外国産米輸入を始めた95年以来、初めての出来事」であったのです。

 日本農業新聞5月12日付け論説より抜粋。

MA米異変/日本の輸入 時代に逆行

(前略)

 日本は、1993年のウルグアイ・ラウンド合意で米輸入が義務付けられた。現在、年間77万トンの外国産米を輸入している。これがミニマムアクセス(最低輸入機会=MA)米で、農水省が年に複数回入札し、輸入する商社を選んでいる。

 その入札に異変が起きている。3月にあったMA米入札では、成約価格(輸入価格)が1トン8万円と前年の1・5倍にも跳ね上がった。4月下旬の入札では、6万トンの輸入を計画したところ、商社の参加が少なく成約ゼロ。外国産米輸入を始めた95年以来、初めての出来事だ。

 異例の事態となった背景には相場の高騰がある。世界第2位、第3位の米輸出国のインドとベトナムが輸出を規制したことなどで、同省によると、国際相場の指標となっているタイ産価格は1月の1トン383ドルが、4月には同845ドルまで上昇した。世界の米生産量は4億トンほどあるが、貿易量は2000万〜3000万トンと多くない。

 MA米を焦って調達するのは禁物だ。米菓やみそ、焼酎に使われるMA米だが、国内ではそもそも不人気で、在庫が152万トン(2007年10月)もある。1トンの保管に年間1万円かかるので、保管料だけでざっと150億円も使っている。これ以上、無駄なお金をかけてはいけない。

(後略)

http://www.nougyou-shimbun.ne.jp/modules/news1/article.php?storyid=544

 「成約価格(輸入価格)が1トン8万円と前年の1・5倍にも跳ね上がった」ために買い手がつかずに成約ゼロとなってしまったようです。

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●主食用には1割しか使われないMA米の150万トンの在庫〜年間保管料150億円以上、累積赤字1374億円(しんぶん赤旗

 そもそもこのミニマムアクセス(最低輸入機会)米ですが、 WTO世界貿易機関)農業協定で過去の輸入量が極端に少ない農産品について求めている最低輸入枠のことであり、日本ではコメがこれに該当します。

 輸入義務ではありませんが、日本政府は国内で減反しながらコメの輸入を年々拡大し、今では消費量の一割近い77万トンに達しています。

 さて、日本政府は毎年77万トンの外国産米購入を律儀に守っておりますが、農水省の調べでは、平成7年4月〜19年10月末までに実に輸入数量832万トンにいたっております。

V−2 ミニマム・アクセス米の販売状況 (平成7年4月〜19年10月末)
http://www.komenet.jp/komedata/yunyu/documents/2007/02/5-02_071207.xls

 832万トンのMA米の用途の内訳ですが、主食用84万トン、加工用303万トン、援助用220万トン、飼料用73万トン、在庫152万トン(19年10月末現在)とあります。

 主食用はわずか1割であり、36%が煎餅や醤油・焼酎の原料としての加工用、26%が海外食糧援助用、9%が家畜飼料用、そして在庫が152万トン、実に輸入量の18%が冷房付き倉庫で眠っているのであります。

 この在庫保管料ですが、「1トンの保管に年間1万円かかるので、保管料だけでざっと150億円」(日本農業新聞)とありますから、馬鹿にできません。

 2年前のしんぶん赤旗記事は、当時ですでに「在庫膨らみ赤字1374億円」と報じています。

2006年3月18日(土)「しんぶん赤旗

最低輸入米が食管圧迫
在庫膨らみ赤字1374億円

紙議員指摘

日本共産党の紙智子議員は十六日、参院農林水産委員会でコメのミニマムアクセス(最低輸入機会)について、「現在、在庫が百七十万トンにもなり、それにかかわる食管会計の累積赤字が千三百七十四億円にものぼる。国民の重い負担になっている」という実情を示し、ミニマムアクセスに対する対応の抜本的見直しを求めました。

(後略)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-03-18/2006031804_01_0.html

 ただでさえ膨大な在庫の保管にお金が掛かっている上に、今回の米国際相場の高騰です。

 そもそもMA米輸入には政府は購入に税金を使っており、現在のような高値調達は、その莫大な保管料とともに国民の負担増に直結する点で憂慮すべき事態なわけです。

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●MA米の家畜飼料化もバイオ燃料化もどこまで採算が合うのか、極めて先行きは不透明

 日本政府側も膨らむ一方だった備蓄MA米の在庫量を減らす努力は一応していたようです。

 輸入量の2割近くを海外食料援助にまわしつつ、家畜の飼料からバイオ燃料化まで用途を考えてきました。

 とうもろこしなどの国際穀物相場の高騰で政府は、有り余る備蓄MA米をとうもろこしなどの代わりに家畜飼料に転用したり、やはりトウモロコシなどの代わりにバイオ燃料化を計ったりしてまいりました。

 昨年6月の朝日新聞から。

輸入義務米のバイオ燃料化を正式決定
2007年06月01日06時06分

 政府の最低輸入義務(ミニマムアクセス)米が、ガソリンの代替燃料として期待されるバイオエタノールの原料として活用されることが正式に決まった。農林水産省が31日、国産バイオ燃料製造支援事業として3件の支援を決めたが、うち北海道苫小牧市内に新たに建設されるプラントが輸入義務米を採用する。

 苫小牧市のプラントは、合同酒精など清酒メーカーを傘下にもつオエノンホールディングスが事業主体。年間1万5000キロリットルのバイオエタノールを生産する。

http://www.asahi.com/special/070110/TKY200705310348.html

 しかし今年になって1月以来75%も米の相場が暴騰してしまったので、家畜飼料としてもバイオエタノール原料としても、採算割れは避けれそうもありません。

 国際相場の指標となっているタイ産価格は1月の1トン383ドルが、4月には同845ドルまで上昇したわけですが、つまりキロ当たり30円台だったものが80円にまで高騰したのであります。

 このような原価高騰の前に、MA米の家畜飼料化もバイオ燃料化もどこまで採算が合うのか、極めて先行きは不透明なのであります。

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●タイ産米と新潟コシヒカリの価格差は4.8倍

 そもそも米菓やみそ、焼酎に使われるMA米ですが、主食用としての割合を増やせば、在庫も減り消費者は安いお米を購入できるのですが、国内生産者保護の立場から政府はそのような策を積極的に行うことができません。

 国内ではそもそも不人気で在庫が152万トン(2007年10月)もあるMA米ですが、食料安全保障上の観点からある程度の主食の備蓄は必要であるという論もありますが、日本政府はこの膨大な在庫とは別枠で、国産米だけでの100万トンに及ぶ「備蓄米」を擁している事実があります。

 この政府の国産「備蓄米」が国内の国産米価格を維持し、結果として国内生産者の利益を守ることに利用されているのです。

 24日付け毎日新聞新潟県版記事から。

新潟コシヒカリ:急騰、3月比4割強 政府備蓄増が原因か /新潟

県産の「新潟コシヒカリ」が今年度に入り、市場で大幅に値上がりしていることが民間調査会社「米穀データバンク」(東京都千代田区)などの調べで分かった。21日時点で60キロあたり2万3000円代と3月に比べ7000円の値上がり。昨秋、政府が行った備蓄米積み増しが原因とみられる。【渡辺暢】

 米穀データバンクによると、値上がりが著しいのは、県産コシヒカリのうち、魚沼コシヒカリや岩船コシヒカリ佐渡コシヒカリを除いた、いわゆる「新潟コシヒカリ」。3月上旬で1万6000円台だったのが、2カ月で4割以上の値上がりとなった。

 県食品・流通課は値上がりの原因について、国による備蓄米買い入れが原因とみる。政府は昨秋、価格維持調整で備蓄米を100万トンまで積み増すため、国内の過剰米34万トンを買い上げた。

 県内で買い上げられたのは、全農にいがたなどが昨年集荷した県産コシヒカリ計28万トンのうち7万100トン。31万トン中4万トンが買い上げられた06年に比べ、市場のだぶつきが一気になくなり、当用(スポット)買いに徹してきた業者が品数をそろえるために買いに走ったのではとみている。

(後略)

毎日新聞 2008年5月24日 地方版
http://mainichi.jp/area/niigata/news/20080524ddlk15020005000c.html

 今回は、政府が国内の過剰米34万トンを買い上げたために、品薄になり値を上げたわけですが、いずれにせよ、政府の米が不作時の価格維持調整の目的のための「備蓄米」が、その購入量調整により国内米価に影響を与えているわけです。

 それにしても、60キロあたり2万3000円代とは、キロ当たり383円ですので、いくら急騰したとしても、上記のタイ産価格キロ80円と比べると4.8倍なのであります。

 日本国民は国際標準価格より5倍近い高いコメを食べていることになります。

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●"Release the Rice"(日本はコメを放出せよ)〜19日付けワシントンポスト社説から

 今日(25日)の朝日新聞紙面でも紹介されていたようですが、19日付けワシントンポスト社説は、"Release the Rice"(日本はコメを放出せよ)と題して、日本はため込んでいるMA米を苦しんでいる他国に放出せよ、と主張しています。

Release the Rice
How Japan can ease the global food crisis

Monday, May 19, 2008; Page A16
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/05/18/AR2008051801897.html

 記事全文は本エントリー最後に参考資料として付しますが、要約いたしますと、

 米相場の国際価格が暴騰していることでは、我が国(米国)の農業政策(エタノール製造のための補助金など)が国際的に批判されているのはもっともなことだが、不条理な食糧政策は我が国だけではない、"Japan's rice mountain"(日本のコメの山)を考えてみよ。

 日本の米生産の効率はひどく悪く、国際競争力がないが、コメ生産者たちが重要で強力な有権者であるために、日本は禁止関税を通して米の輸入を妨げてきた。

 1990年代に、日本はしぶしぶ合衆国と他国に外国米を数量限定で買うのに同意したが、 しかし、日本は、それを食べるとは同意しなかった。

 代わりに、国内生産者を保護するために、それはエアコン付きの倉庫に格納された。

 それらの備蓄(日本の国産の備蓄米とは別々である)は2006年には190万トンに達し、日本会計検査院は格納コストを問題視、政府は1カ月あたり2万5000トンを家畜に餌をやるために放出し始め、最近では、エタノール原料に米を使用すると考えている。

 "This is crazy."(これは気が狂っている。)

 今年はじめ以来米価はおよそ75パーセント上昇している。フィリピンやいくつかの国では本当に困窮している。

 ベトナムやインドなどの国によるコメ輸出管理も問題を悪化させた。また、コメを生産しているビルマのサイクロンは事態をますます悪化させるかもしれない。 このままでは、今年、国際市場で流通するコメは、2007年から7パーセントも下がってしまい、2880万トンにまで落ち込むだろう。

 日本は助けることができる。

 現在、外米の備蓄は150万トンであり、これは、日本人1年間のコメ消費量の2450万人分に相当する十分な量である。

 しかし、日本人は食べたがっていないのだから、他の人々に味見させてもいいだろう。

 愚かにも家畜の餌やエタノールなどにしてはいけない、それならば日本人が食べるべきである、そうでなければ、

 "the Japanese should release it to the world market."(日本は世界市場にリリースすべきである)

 それだけで、コメの相場価格は急に下がらないだろうが、他国が保持している輸出抑止策を撤回させれるかも知れない。

 もし日本が外米を放出するならば、合衆国は、日本が国内の消費に外米を使用するべきという、過去の主張を撤回すべきである。

 "wealthy Japan to be the world's No. 1 hoarder."(裕福な日本が世界のNo.1の買い溜めする)ことは、だれの利益のためにもならない。

 (要約:木走まさみず)

 日本人からすると、これは少しばかり、理不尽なアメリカ紙の社説なのであります。

 そもそも、日本人の口からすれば不慣れでおいしくない外国米を、なかば強引に輸入する義務を押し付けたのは他ならぬアメリカです。

 全輸入の半分がアメリカ産なのであり、しかも日本人の嗜好に逢わすような品質改善の努力もろくにしないのだから、在庫が増えてしまったのも閉鎖的な日本市場の問題だけではないと言えます。

 それを、いまさらコメの国際価格が高騰したから「放出せよ」とは、この前まで「日本は輸入米を再輸出してはいけない、国内消費に使え」と主張していた国のメディアとしてはいかがなものでしょうか。

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ワシントンポストに"This is crazy."(気が狂っている)と痛罵された日本のコメ政策

 暴騰するコメ相場でフィリピンなどの国々が喘いでいる中で、国際義務からかたくなに77万トンものMA米を輸入し続けている日本なのであります。

 せめてこのような高騰状態のときに日本が輸入を止めるとシグナルを送れば少しは市場を落ち着かせる要因となるかも知れませんが、日本政府には方針変更の考えは今のところないようです。

 結果、無理して輸入しても、原価高騰で買い手ゼロという前代未聞の入札になってしまいました。

 このままではさらに在庫が増える恐れが発生してしまいました。

 その消費は国内でさばききれず、2割を他国への食料援助にまわしつつ、家畜の飼料化やバイオ燃料化も計画されていますが、うまく進んでいるとはいえず、在庫は150万トンに及び、累積赤字は1300億を超えています。

 そもそも、こんなからくりで海外から運搬され冷房付き倉庫に寝かされている高価(?)な原料を、よりによってバイオ燃料化するなどまったく地球に優しいどころではないでしょう。

 まったくの税金の無駄使いと言っていいでしょう。

 こんなことならば、それこそフィリピンなど現在困窮している国々に放出してあげれば、まだ人々の役に立ち、感謝されることでしょう。

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 国際的コメ相場高騰の中で、税金を使いながら膨大な在庫を抱える日本のMA米政策の愚かさが、いま浮き彫りになってきました。

 かたや、これらのMA米は主食用としてはほとんど流通していません。

 結果、日本国民は国際標準価格より5倍近い高いコメを食べていることになります。

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 ワシントンポストに批判された日本のコメ政策。

 たしかに"This is crazy."(気が狂っている)のかも知れません。



(木走まさみず)



<参考記事>

Release the Rice
How Japan can ease the global food crisis

Monday, May 19, 2008; Page A16

AS PRICES rise on global commodity markets, U.S. agriculture policies that contribute to higher food costs are coming under fire -- especially subsidies for ethanol production. That criticism is warranted. But this country does not have a monopoly on irrational food policy. Consider Japan's rice mountain.

Rice cultivation in Japan is notoriously inefficient. However, it is an ancient tradition and, perhaps more important, the livelihood of a powerful political constituency. So the country blocks rice imports through a prohibitive tariff. In the 1990s, Japan agreed to buy a limited amount of foreign rice as a concession to the United States and other producers. But Japan didn't agree to eat it: Instead, to protect domestic producers, it stored the grain, about half of which is American, in air-conditioned warehouses. (Japan gives away a tiny percentage as food aid each year.) The stockpile, which is separate from Japan's homegrown emergency reserves, peaked at 1.9 million metric tons in 2006. At that point, Japan's Board of Audit complained about the storage costs, so the government began releasing 25,000 metric tons per month -- to feed livestock. More recently, it has considered using the rice for ethanol, according to a report by the U.S. Agriculture Department's office in Tokyo.

This is crazy. Though they've edged down lately, rice prices have risen by about 75 percent since the beginning of this year, causing real hardship in the Philippines and elsewhere. Rice export controls by countries such as Vietnam and India have exacerbated the problem. The cyclone in rice-producing Burma might make matters worse. The Food and Agriculture Organization, a United Nations agency, projects that only 28.8 million metric tons of rice will change hands on international markets this year, down 7 percent from 2007.

Japan could help. Its stockpile of imported rice now stands at 1.5 million metric tons. That is enough to feed 24.5 million Japanese for a year, at current average rates of consumption. But since the Japanese don't want to eat it, perhaps they could let other people have at least a taste. Instead of turning the rice into animal feed or, even sillier, ethanol, the Japanese should release it to the world market. That alone wouldn't cause prices to plummet. But it might undercut the export bans other countries are trying to sustain. At a time when so many people in East Asia are going without, the United States should not object, despite its past insistence that Japan use imported rice for domestic consumption. It is in no one's interest for wealthy Japan to be the world's No. 1 hoarder.

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/05/18/AR2008051801897.html