木走日記

場末の時事評論

衝突時、「あたご」は本当に後進していたのか?〜気になる夕刊フジ鈴木棟一氏の記事と海自OB氏の見解

●「キャサリンはXX時の方向に●●ノットで航行中」〜一昨年の観艦式で海自の護衛艦の艦橋を見学する

 一昨年の11月、私・木走は東京湾上で航行中の海自の護衛艦の艦橋を見学する機会を得ました。

 当時、個人的に日米MD構想に関心を持ち、自衛隊関係者の取材をしていた関係で知り合った海自OBに、3年に一度海上自衛隊が一般市民に公開している観艦式に招待いただいたからであります。

 私が乗った護衛艦横須賀基地から出向、浦賀水道を抜けて東京湾を出て、観艦式が行われる相模湾沖に向かっていました。

 無論護衛艦に乗ることが初めての私を、海自OB氏は丁寧に艦内を案内してくれて、兵器や機器の説明をわかりやすくしてくれるのでした。

 で、やはりどうせなら「操縦室がみたい」という私のトンチンカンの要望にこたえて、氏は私を護衛艦の艦橋に案内してくれたのでした。

 護衛艦の艦橋は、意外に高く、しかし想像したよりは狭い空間でしたが、そこには10名ほどの自衛官がてきぱきと自分の仕事をこなしていました。

 私たち2人を含めて見学する一般市民も10名ほどいましたが、艦橋まで素人に公開してくれるとは海自はサービスがいいなあなどと感嘆したものです。

 中央に双眼鏡を構えて艦長(もしかしたら副艦長だったかも知れませんが)らしき人物が的確に指示を出しています。

 艦長の左後方には操舵担当らしき者がなにやら計器類を眺めています。

 艦長の右後方には(ちょうど見学していた私の目の前にあたります)は、おそらく海上レーダーでありましょうか、例の緑色の画面に船舶の残映がピコピコと映る丸いスクリーンがありました。

 浦賀水道にさしかかると、護衛艦の左右を横切る民間船が急に多くなります。

 大型タンカーから貨物船、小型の漁船まで、素人の私が見渡しても数十という数の船が前方をあらゆる(素人の私にはそう見えるのですが)角度・向き・速度で行き交っています。

 「うーん、東京湾の船の数はラッシュ並だねえ」

 素人の私のこんな感想に海自OB氏は笑いながら、「そうだね、特にこの浦賀水道は、航行する船舶数では日本屈指じゃないかな」と同意していました。

 しばらくして艦橋内の自衛官達の会話に興味深い固有名詞が飛び交っていることに気付きました。

 「10時の方向のタンカーをキャサリン命名。キャサリンの航路補足せよ」

 「はい、キャサリンはXX時の方向に●●ノットで航行中」

 正確には覚えていませんが、こんな感じで近づくおもだった船舶にあだなというかコードネームを付けているようです。

 艦長は、周りの船の進路と速度を慎重に考慮に入れつつ、護衛艦の進路と速度を微妙に調整するよう、各担当者に的確に指示を出しているようです。

 ときには「エリザベスに進路をXX時の方向に取るよう連絡せよ」のように、大型船には、互いに連絡しあいながら、航路を調整しているようでした。

 おもしろいもので船に付けるコードネームはどうやら使い捨てのようですが、私が聞いた限りではすべて外国の女性のファーストネームなのでした。

 「アメリカ海軍の慣習かもね」、自衛隊OB氏は説明していました。

 それを聞いて、なるほど、現在の海自は兵器だけでなくこのような細かいところまでアメリカ式なのか、私は奇妙な感心をしたものでした。

 ・・・



●「海自はまだ隠している 衝突後に後進では!?」〜夕刊フジ鈴木棟一氏の記事と海自OB氏の見解

 昨日(27日)発売のの夕刊フジにおいて、政治評論家の鈴木棟一氏が自身の連載コラムで、本件に関する極めて重要な情報を載せています。

 私が確認している限り、現時点(28日AM8:00)で、ネット上で、公開はされていないようですので、ここで当該記事を抜粋紹介いたします。

海自はまだ隠している 衝突後に後進では!?

 イージス艦「あたご」が漁船を沈没させた事件で、石破防衛相が見張り員が漁船に気づいたときについて「2分前」を「12分前」と言い直すのに20時間公表しなかったことが問題になっている。
 防衛族議員が言った。
「海自はイージス艦の航海長をヘリで防衛省に呼び事情を聞いた。この際に『2分前』と話を合わせた疑いがある。その後、12分前の情報が入った。いずれも大問題を含んでいる」
 どういうことか。
「実は2分前でもなく、衝突して初めて気付いたのではないか。後進させた、といっているが、あの艦首の切れ傷は、漁船にぶつかって乗り越えなければうまれない、と専門家が言っている。後進しながらぶつかった傷ではない。ぶつかってから後進したという見方が強い」
 12分前なら何が問題か。
「なぜ自動を主導操舵に切り替えなかったのか。警笛を鳴らさなかったのか。レーダー監視は何をしていたのか。艦橋の10人が寝ていたか雑談していたとしか思えない」
 レーダーについて防衛省はどう説明しているか。
「レーダーに漁船が映っていたか、乗組員が認識していたかは不明だ、と答えている。またレーダー記録がない、とも。本当に記録がないのか疑問だ」
 警笛は鳴らしたのか。
防衛省は当初『わかりません』と言い、その後、乗組員が『警笛を5回鳴らした』と言った。しかし付近の漁船は『一切聞いていない』。海上衝突予防法で決められている警笛5回を法律通りやった、と言いたいようだが、これも疑問だ」
 自動的に警報が鳴るシステムは。
「あたご級では海上で1マイル、湾内では0.5マイルに船が近づくと衝突防止ブザーが鳴る。ブザーが鳴れば漁船はよける。ブザーは艦内の就寝者も起こすので、スイッチを切っていた疑いがある」

(後略)

夕刊フジ2008年2月28日AB総合版 4面記事より抜粋

「実は2分前でもなく、衝突して初めて気付いたのではないか。後進させた、といっているが、あの艦首の切れ傷は、漁船にぶつかって乗り越えなければうまれない、と専門家が言っている。後進しながらぶつかった傷ではない。ぶつかってから後進したという見方が強い」

 この内容に私は驚きました。

 もし鈴木棟一氏のこの記事の防衛族議員氏の発言内容が事実だとすれば、海自は極めて重要な事実を隠蔽していることになります。

 この記事の内容をFAXし、私は前述の海自OB氏に意見を求めました。

 OB氏はまず「漁船の破損状況や艦首の傷の詳細を私は押さえていないので「後進」していなかったのではないのかというこの記事の正否を判断する材料を私は持ち合わせていない」とことわりました。

 「保安庁の事後調査で、状況証拠の分析が進めば、やがては衝突直前のそれぞれの船の相対速度と進路が推測されることになるだろう。それまではメディアは憶測で報道すべきではない、慎重にすべきではないか」とも話していました。

 で、私はではこの記事について個人的見解でかまわないので素人の私が理解できるように可能性の説明をしてほしいと、たずねてみました。

 「おそらくは」という個人的推測であることを前提として氏は概ね次のような解説を私に電話でしてくれました。

 「「あたご級」になれば後進指示をしてから実際に前進を止め後進し始めるまでにかなりの時間を要する。後進指示は出したが止まらぬ前に衝突した可能性は残るだろう。」

 氏曰く7000トンクラスのイージス艦ではスクリュー逆転してもすぐには「後進」できないというのです。

 しばらくは慣性で前進してしまう、その距離と時間は、それまでの速度や海の状態によるので一概にはいえないのだそうです。

 ・・・

 政治評論家の鈴木棟一氏が指摘する「後進しながらぶつかった傷ではない。ぶつかってから後進したという見方が強い」のが事実だとすれば、これは極めて重要な事実の隠蔽に当たります。

 しかし、OB氏によれば、衝突前に「後進」を指示していても、慣性で前進してしまう間に衝突してしまった可能性も残ります。

 あるいはそもそも自衛隊の発表どおり(※1)「後進」していた状態で衝突しても、今回のような艦首の傷が残る可能性もあるのかも知れません。

 ・・・

 海上保安庁による事実の解明が待たれるのですが、重要な情報だと思いましたので、政治評論家の鈴木棟一氏のコラムと、それに対する海自OB氏の個人的見解を、このブログにて読者にご紹介させていただきました。



(木走まさみず)



<テキスト修正> 2008.02.29 10:50

 ※1「自衛隊の発表どおり」とした部分は誤りであり、ここにお詫びと共に訂正させていただきます。コメント欄よりご指摘をいただきました。nao_cw2様ご指摘ありがとうございます。