木走日記

場末の時事評論

「福島第1原発の処理水海洋放出~科学的に『飲める』までに浄化されているという事実」(Yahoo記事)に科学的に反論する

さて福島第1原発の処理水海洋放出を政府が来月以降決定する問題を取り上げたいのです。

19日付けのYahooニュースでは、ラジオで著名ジャーナリストが「福島第1原発の処理水は科学的に『飲める』までに浄化されている」と主張する記事が掲載されています。

福島第1原発の処理水海洋放出~科学的に「飲める」までに浄化されているという事実
10/19(月) 17:40
https://news.yahoo.co.jp/articles/ceeeeb47d10fba8f37b8e73930e78b7e2727125c

ALPSから出て来た処理水が「飲めます」と担当者から説明を受けたくだりを記事より抜粋。

飯田)科学的には安全性に問題はないということであります。

須田)私も今年(2020年)の8月に、福島第1原発の敷地内に入って取材しました。ALPSのなかにも入らせていただきまして。

飯田)ALPS、多核種除去装置というやつですね。いろいろな放射性物質を除去して、トリチウムだけは取り切れないという。

須田)ALPSから出て来た処理水についても、触ることは規則でできないので、ビーカーに入ったものを手に持って実際に匂いや色を確認しました。「これを飲めますか?」と聞いたら「飲めます」と。「飲んでいいですか?」と聞いたら、それは「規則でダメです」と言われて飲むことはできなかったのですが、それぐらいまで、この処理水は浄化されているという状況なのです。

飯田)はい。

その上で、「トリチウムを含んだ処理水というのは、福島第1原発以外の国内の原発、そして世界の原子力発電所では普通に海洋放出されている」と主張しています。

須田)重要なことなのですが、トリチウムを含んだ処理水というのは、福島第1原発以外の国内の原発、そして世界の原子力発電所では普通に海洋放出されているのです。福島第1原発の処理水だけができないということは、別に事故があったから、「何か問題があったから、トリチウムを含んだ処理水が出ているわけではない」ということは、ご理解いただきたいと思います。

当ブログも、放射性物質トリチウムを含んだ処理水について、思い切って放出して希釈するしか方法がないとの判断は、まったく科学的に正しいと考えます。

放射性物質トリチウムを含んだ処理水の海洋放出は、カナダや韓国など世界の原発で今も行われており、まったくそこに環境に対する悪影響は発生していません。

ただしです。

東電のタンクに溜まった処理水は、残念ながらトリチウムを希釈すれば放出可能な綺麗なタンクだけではないことは留意が必要です。

上記記事は印象操作が強すぎて、記事結びの発言「科学的な根拠に基づいてね。」報道すべきという言葉ですが、そのままお返しするしかありません。

本日は、はたして現状の原発処理水は希釈して放出可能なのか、この本質的問題を科学的に徹底的に検証しておきます。

お付き合いください。

・・・

東京電力の公式ページに『多核種除去設備 (ALPS)』の図解入りの説明があります。

多核種除去設備 (ALPS)
f:id:kibashiri:20190913142621p:plain
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/f1/genkyo/fp_cc/fp_alps/index.html

説明文より。

既に設置している水処理設備では、放射性物質セシウム(※1)を主に除去しているが、セシウム以外の除去が困難であった。多核種除去設備(ALPS)ではセシウムを含む62種の放射性物質トリチウム(※2)を除く)の除去が可能となっている。2013年6月現在、本格稼働を目指して試験(※3)を行っている。

 ※1.セシウム・・・アルカリ金属の一種。放射性セシウムは事故後、放射線ヨウ素とともに主に検出されている放射性物質のひとつで、ガンマ線を放出する。

 ※2.トリチウム・・・ベータ線を放出する放射性物質。主に水の形態で存在することから、ろ過などでは除去することができない。

 ※3.A系は2013年3月30日より開始(6月16日に停止)、B系は2013年6月13日より開始、C系は2013年9月27日より開始。

ここでポイントになるのは、汚染水処理の切り札ともいえるセシウムを含む62種の放射性物質トリチウム(※2)を除く)の除去が可能なこの『多核種除去設備 (ALPS)』が、事故から2年3ヶ月たった「2013年6月現在、本格稼働を目指して試験(※3)を行っている」つまり正式稼動をしていなかったことです。

当時の当ブログは、多核種除去設備(ALPS)が廃棄物保管容器の強度不足で稼動に至っていないことを指摘しています。

 一方、62の放射性物質を除去する多核種除去設備(ALPS)は、1日約500トンの処理能力があり、汚染水浄化の切り札と言われていますが、12年秋に稼働を始める予定だったが、廃棄物保管容器の強度不足が判明し、今も稼働に至っていません。

2013-03-12
もっと注目されるべき福島第一原発の高濃度汚染水〜捨て場のない放射能汚染物質に対し備えがない日本 より
https://kibashiri.hatenablog.com/entry/20130312/1363079403

まずこの事故後、多核種除去設備(ALPS)が正式稼動するまでの2年数ヶ月の間に汚染水を貯めたタンクは、現在に至っても高濃度の放射性物質が含まれていることを東京電力は認めています(東電の公式サイトの説明は後述)。

次に多核種除去設備(ALPS)が正式稼動しても高濃度の放射性物質がうまく処理されず含まれているケースがあることも判明しています。

図解を見て右側の吸着塔で吸着剤カートリッジに多核種を吸着させそれを除去しているのですが、運用に慣れていない東京電力による吸着材の交換が遅れたために、高濃度の放射性物質が残ってしまったのです。

これですがかなりの期間で交換遅れが周期的に発生していたことを東京電力は認めています。

もちろん現在、多核種除去設備(ALPS)は正常に稼動しています、したがってトリチウム以外の核種はほぼ除去されています。

だが上記事由(ALPSの稼動不具合)により、かなりの割合で処理水タンクにトリチウム以外の核種を含んだ高濃度の放射性物質の汚染水が含まれているのです。

ここに東京電力の処理水ポータルサイトがあります。

処理水ポータルサイト
f:id:kibashiri:20190913142444p:plain
http://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/

ここで、「ただし、設備運用当初の不具合や処理時期の運用方針の違いなどにより、現在の告示濃度比総和別の貯蔵量は右図の通りになっています。」と、説明があります。

多核種除去設備等の処理水 貯蔵量および放射能濃度

多核種除去設備等の処理水の貯蔵量(2019年6月30日現在)
1,010,900m3
*満水タンクのみをカウントした貯蔵量で、全体貯蔵量とは差があります
現在、多核種除去設備等の処理水は、トリチウムを除く大部分の放射性核種を取り除いた状態でタンクに貯蔵しています。
多核種除去設備は、汚染水に関する国の「規制基準」のうち、環境へ放出する場合の基準である「告示濃度」より低いレベルまで、放射性核種を取り除くことができる(トリチウムを除く)能力を持っています。ただし、設備運用当初の不具合や処理時期の運用方針の違いなどにより、現在の告示濃度比総和別の貯蔵量は右図の通りになっています。

http://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/

告示濃度比総和別の貯蔵量
f:id:kibashiri:20190913142505p:plain
http://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/

見やすいようにグラフ部分を拡大。

f:id:kibashiri:20190913142525p:plain
http://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/

ご覧のとおり、告示濃度1倍未満の正常の処理水が23%、5倍未満が34%、10倍未満が21%、100倍未満が16%、100倍以上が6%となっております。

この割合の分布がトリチウム以外の核種の含有にすべて依拠しているわけではないのですが、東京電力は「当社は、多核種除去設備等の処理水の処分にあたり、環境へ放出する場合は、その前の段階でもう一度浄化処理(二次処理)を行うことによって、トリチウム以外の放射性物質の量を可能な限り低減し、②の基準値を満たすようにする方針」と、もう一度『多核種除去設備(ALPS)』に通す方針を示しています。

下記Q/Aの解答欄に明記されています。

多核種除去設備」では福島第一原子力発電所で発生する汚染水に含まれる、すべての放射性核種を取り除くことができるのですか?

汚染水に含まれる放射性核種のうち、トリチウム以外の大部分の核種を取り除くことができます。
「多核種除去設備」は、福島第一原子力発電所で発生する汚染水を浄化する設備のひとつです。この設備にある、吸着材が充てんされた吸着塔に汚染水を通すことによって、放射性物質を取り除く仕組みになっており、トリチウム以外の大部分の核種を取り除くことができます。
なお、汚染水に関する国の「規制基準」は
①タンクに貯蔵する場合の基準、
②環境へ放出する場合の基準の2つがあります。周辺環境への影響を第一に考え、まずは①の基準を優先し多核種除去設備等による浄化処理を進めてきました。そのため、現在、多核種除去設備等の処理水はそのすべてで①の基準を満たしていますが、②の基準を満たしていないものが8割以上あります。
当社は、多核種除去設備等の処理水の処分にあたり、環境へ放出する場合は、その前の段階でもう一度浄化処理(二次処理)を行うことによって、トリチウム以外の放射性物質の量を可能な限り低減し、②の基準値を満たすようにする方針です。
http://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/

実はこの事実、「福島原発トリチウム残留水 他の放射性物質が除去しきれないまま残留」が公式に東京電力が認めたのは2年前の8月のことです。

福島原発トリチウム残留水 他の放射性物質が除去しきれないまま残留
https://news.livedoor.com/article/detail/15180082/

本日は、はたして現状の原発処理水は希釈して放出可能なのか、この本質的問題を科学的に検証してまいりました。

東京電力も認めるとおり、放出の前に、もう一度多核種除去設備 (ALPS)を通さなければならないタンクが一定の割合で存在しているのが実態です。

従って、Yahooニュース記事の「福島第1原発の処理水海洋放出~科学的に『飲める』までに浄化されているという事実」は、科学的には事実ではありません。

『飲める』までに浄化されているタンクもあるが、放出の前に、もう一度多核種除去設備 (ALPS)を通さなければならない汚染されたタンクが一定の割合あるのが、科学的事実なのです。

今回は、科学的事実を重んじてエントリーいたしました。



(木走まさみず)