木走日記

場末の時事評論

「いじめをなくす」から「いじめはなくならない」に発想を転換すべき〜「いじめ防止基本方針」自体が実態が伴わない空文化してしまっていたことは明白

 新聞各紙社説のキーワードは「SOS」のようです。

岩手中2生自殺 なぜSOSは届かなかったか
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20150711-OYT1T50124.html

社説:中2男子の自殺 SOSを阻んだものは
http://mainichi.jp/opinion/news/20150712k0000m070066000c.html

岩手の中2死亡 SOS見逃さない連携を
http://www.sankei.com/column/news/150711/clm1507110001-n1.html

 岩手県内で、中学2年の男子生徒(13)がいじめを苦に電車に飛び込んで死亡した事件で、各紙社説は生徒が発していた「SOS]が見逃されていたことを、それぞれの社説の結びで、「痛恨の教訓」(毎日社説)として、今後に生かすべきであると主張しています。

 児童・生徒の行動にきめ細かく目を配り、いじめの芽を素早くつみ取る。子供の命を守る重い責任を負っていることを、すべての教師は再認識してほしい。(読売社説)

 13歳の少年が抱いた孤立無援の絶望感を改めて思い、「SOS」に反応できなかった痛恨の教訓を、着実に生かしたい。(毎日社説)

 家庭でいつもとどこか違う子供たちの変化に気づき、担任に相談する。教師が気づいたら保護者と連携する。そのような日頃からの信頼関係こそが欠かせない。(産経社説)

 生徒の自殺を受けて、岩手県矢巾町では、教育委員会の記者会見時の教育長発言と配布資料について掲載しています。

7月10日記者会見時教育長発言
http://www.town.yahaba.iwate.jp/cgi_data/news/02_1436580166_file1.pdf

7月5日発生の中学生の事案に関する今後の対応について
矢巾町教育委員会
http://www.town.yahaba.iwate.jp/cgi_data/news/02_1436580166_file2.pdf

 教育長は発言の中で「現時点ではいじめがあったという事実がかなり高いものと認識」といじめの可能性を認めています。

教育委員会といたしましては、警察署における事情聴取等を踏まえますと、学校におけるトラブルについて指導を行ったにもかかわらず、いったんは収束したかのように見えても、トラブルは続いていたと推測されること、複数の生徒の関与等が考えられることから、亡くなられた生徒にとってはつらい日々であったことがうかがわれるところであり、現時点ではいじめがあったという事実がかなり高いものと認識しております。また、子どもの命が救うことができなかったという点に対し学校の対応についてきちんと調査したいと思っております。正式には、学校の調査結果を待って、改めて申し上げたいと思っておりま
す。

 教育長記者会見と同時に矢巾町教育委員会が配布した資料がこちら。

7月5日発生の中学生の事案に関する今後の対応について
矢巾町教育委員会

1 学校のこれまでの対応と今後の予定
(1)紫波警察署による担任の事情聴取(7月5日〜6日)
(2)担任教諭との面談(7月6日)
(3)亡くなられた保護者への連絡(7月6日)
(4)スクールカウンセラーによる教育相談開始(7月6日)
(5)亡くなられた生徒の保護者への謝罪等(7月6日)
(6)全校集会における生徒への説明(7月6日)
(7)いじめ問題調査委員会の仮設置(7月6日)
(8)全校生徒に対する調査(アンケート、聴き取り)(7月7日〜)
(9)保護者への説明会(7月7日)
(10)学校記者会見(7月7日)
(11)インターネット関係の協議(7月8日)
(12)全職員に対する調査(7月9日〜)
(13)亡くなられた生徒の生活記録ノート
(14)いじめ問題調査委員会のとりまとめ(7月24日の週を目途に)
(15)亡くなられた生徒の保護者への情報提供(7月27日の週を目途に)
(16)学校設置者への調査結果の報告(7月27日の週を目途に)
(17)保護者への説明と対応策等の説明(7月27日の週を目途に)

教育委員会のこれまでの対応と今後の予定
(1)県教委・当該校等との調整(7月5日〜)
(2)担任教諭との面談(7月6日)
(3)総合教育会議(7月6日)
(4)校長会議(7月6・7・9・21日(定例))
(5)スクールカウンセラー等の臨時配置(7月6日〜)
(6)生徒の保護者との連絡(7月6日)
(7)亡くなられた生徒の保護者への謝罪等(7月7日)
(8)臨時教育委員会議(7月8日)
(9)インターネット関係の協議(7月8日)
(10)文部科学省岩手県教委・町教委合同打合せ(7月10日)
(11)町教委記者会見(7月10日)
(12)町いじめ問題対策連絡協議会設置(7月13日の週を目途に)
(13)町いじめ問題対策委員会設置を視野に、委員の推薦を依頼(7月13日の週を目途に)
(14)総合教育会議(7月21日の週を目途に)
(15)町議会定例会7月会議(補正予算)(7月23日)
(16)教育委員会議(7月24日)
(17)町いじめ問題対策委員会設置(7月31日の週を目途に)

 ・・・

 本件での真の問題点が、上記配布資料の「2 教育委員会のこれまでの対応と今後の予定」にづらづらと書かれている今後の予定、X月X日に何とか会議開催、X月X日に何とか委員会設置、などの無味乾燥の今後の教育委員会・行政側の対応スケジュールであります。

 「重大事態発生時の対応フロー」通りに対応いたしますと、「マニュアル」をなぞっているだけなわけです。

 ここにこそ本質的な問題があるのではないでしょうか?

 一昨年9月に「いじめ防止対策推進法」が施行されました。

 各自治体・各学校に対し、対策の基本方針の策定や、複数の教職員やスクールカウンセラーらで構成する対策組織の設置のほか、いじめに関する定期的なアンケートを義務づけています。

 また、この法律ではいじめの定義を、いじめの対象となった子どもが「心身の苦痛を感じているもの」と非常に広く定義した上で、それを学校が犯罪行為と判断した場合は、「重大事態発生」として、所轄警察署と連携しつつ、上部組織に報告並びにこれに対処することを義務づけています。

文部科学省
いじめ防止対策推進法(平成25年法律第71号)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1337278.htm

 この法律では各自治体・各学校に対してそれぞれの「いじめ防止基本方針」の策定を義務づけています。

 この法律に基づき、岩手県が作成した「基本的な方針」。

岩手県いじめ防止等のための基本的な方針
https://www.pref.iwate.jp/dbps_data/_material_/_files/000/000/026/123/ijimehoshin.pdf

 法律と上部組織岩手県の「基本的な方針」に基づき矢巾町が作成した「いじめ防止基本方針」。

矢巾町いじめ防止基本方針
http://www.town.yahaba.iwate.jp/field_information/kyouiku/link/kihonhoushin.pdf

 法律と上部組織矢巾町の「いじめ防止基本方針」に基づき、今回の事件が発生した矢巾北中学校が作成していた「いじめ防止基本方針」。

矢巾北中学校「いじめ防止基本方針」
http://www.town.yahaba.iwate.jp/field_information/kyouiku/link/ya_north.pdf 

 矢巾町が作成した「いじめ防止基本方針」には、「重大事態発生時の対応フロー」が載っております。

■重大事態発生時の対応フロー図

http://www.town.yahaba.iwate.jp/field_information/kyouiku/link/kihonhoushin.pdf

 教育長記者会見の配布資料、「2 教育委員会のこれまでの対応と今後の予定」にづらづらと書かれている今後の予定は、まさにこの「重大事態発生時の対応フロー図」通りの予定です、マニュアル通りなわけです。

 まさに「お役所仕事」ここに極まれりと表現してよろしいでしょう。

 そもそも「いじめ防止対策推進法」は三年前に起こった滋賀県大津のいじめ自殺事件で、学校や教育委員会がいじめを隠ぺいする事態の反省から生まれたものです。

 当時、当ブログはこの問題を取り上げ「学校がいじめを隠ぺいする本質的理由」と題して、このような事態を招いたのは、いじめゼロ運動など「教育現場に成果主義を導入した悲惨な結果」と批判し、ネット上少なからずの話題をいただきました。

■[社会]学校がいじめを隠ぺいする本質的理由〜教育現場に成果主義を導入した悲惨な結果
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20120712 

 また、「いじめをなくす」から「いじめはなくならない」に発想を転換すべきではないのかとも、問題提起しています。

■[社会]「いじめをなくす」から「いじめはなくならない」に発想を転換すべき〜教育現場にリスクマネジメント手法を導入してはいかがか
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20120718

 今回、当該教育委員会は必死に「マニュアル」通り事後対応を行おうとはしています。

 だがしかし最悪の事態を抑止することはできなかったわけです。

 事の本質は、今回の新法が自治体・学校に独自の「いじめ防止基本方針」作りを義務化し、重大事態発生を認識したら速やかに情報開示と報告を義務化したものの、肝心の「いじめ防止基本方針」に則りいじめ防止の施策を実施することを怠ってきたことにこそあります。

 この中学校も基本方針を作り、組織を常設してはいました。しかし、法律に基づき、必要な態勢を整えても、実際の問題解決のために機能しなければ、意味がないわけで、定期アンケートも実施していましたが、集計がまとまる前に、悲劇が起きたわけです。

 つまり、各自治体・学校は「いじめ防止基本方針」策定作業そのものが目的化してしまい、肝心のいじめ防止の施策を真摯に実施するという本法律の本当の主旨が疎かになってしまっていた、「いじめ防止基本方針」自体が実態が伴わない空文化してしまっていたことは明白です。

 ・・・

 そろそろこのいじめ問題、「いじめをなくす」から「いじめはなくならない」に発想を転換すべきなのではないでしょうか。

 性善説から性悪説に変換すべきです。

 ある一定数以上の規模の集団ではいじめは発生するんだという前提で、教育現場にもその覚悟を持たせるべきです。

 例えば危険物取扱法では、危険物を正しく管理していなかったり、その報告を故意に偽ったりした場合、厳しくその責任が法的に問われ、罰則規定が設けられています。

 悪質ないじめは犯罪行為であることを考えれば、その発生を抑止するための管理を怠ったり、報告を故意に偽証したりした場合、罰則規定を設けてもよろしいのではないでしょうか。

 教育現場に罰則規定はそぐわない、という意見は承知の上で、あえて問題提起いたします。

 読者のみなさんはこの問題、いかがお考えでしょうか?



(木走まさみず)