木走日記

場末の時事評論

海洋強国を目指し軍事大国化にまい進する中国〜日本の集団的自衛権についての建設的積極的議論が今こそ不可避な理由


■前提としての知識:中国の軍事費膨張を正確な国際統計資料で検証しておく(特に対日本比較)

 国際情勢の変化の軍事支出の増減に対する影響力を検証する資料として、信用性が高く評価されているデータベースとして、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の統計データがあります。

Stockholm International Peace Research Institute "Yearbook"
http://www.sipri.org/

 このデータベースより、平成に入ってからの26年間の、中国と日本の1989年から2014年までの軍事費の推移を表にまとめてみましょう。

 なお数値は当時のレートで米ドル換算しています。

■図1:日本と中国の軍事費推移(1989−2014)

 さて平成元(1989)年(グラフの一番左)には 中国18336百万ドル、日本46592百万ドルであった両国の軍事費は平成15(2003)年(グラフ中央あたり)で逆転し、平成26(2014)年(グラフの一番右)では、中国190974百万ドル、日本59033百万ドルと3倍以上の差がついています。

 1989、2003、2014各年の両国の軍事費の比較を円グラフで視覚化してみましょう。

■図2:日本と中国の軍事費比較1(1989、2003、2014)

 より理解しやすいようにそれぞれの年の日本の軍事費を1としての中国の軍事費の割合を視覚化してみましょう。

■図3:日本と中国の軍事費比較2(1989、2003、2014)

 検証した通り、過去26年で日中の軍事費は日本:中国で1:0.39と日本のそれが中国の軍事費の2.5倍であった26年前から完全に逆転し、最近では日本:中国で1:3.24と中国の軍事費は日本の3倍以上に膨れ上がっています。
 ・・・

 さてさてこの26年で10.46倍と驚異的なペースで軍事費を拡大している中国ですが、上記グラフで確認できますが、同時期日本の軍事費がほぼ横一線であることと対比すれば、今東アジアの軍事力のパワーバランスが大きく中国寄りに変動していることは明白です。

 このグラフが、日本はいまこそアメリカや同盟国との集団的自衛権について建設的かつ積極的に議論すべきである、冷徹な国際状況のすべてを物語っているわけです。

 中国の急速な軍事的膨張を日本一国で対抗する手段は現実としては策がないのですから。

 では、中国はその膨大な軍事費の増大によって何を目指しているのでしょうか。

 それは「海洋強国」建設にあります。

 ・・・

南シナ海埋め立て中国軍事基地化に「強い反対」 G7、問題を共有

 ドイツ・エルマウで開かれている主要7カ国首脳会議(G7サミット)で7日、安倍首相は海洋進出を加速化する中国を念頭に、「東シナ海南シナ海で緊張を高める動きがあることについて、一方的な現状変更の試みは放置してはならない」と訴えた模様です。

 また米国も「特に南シナ海での航行の自由が混乱したら、米国、そして世界経済に深刻な影響が及ぶ。これはG7各国にとっても同じで、米国特有の問題ではない」(アーネスト大統領報道官)が強調した模様です。

(参考記事)

南シナ海埋め立てに「強い反対」 G7、問題を共有
エルマウ近郊=内田晃、奥寺淳2015年6月8日10時18分
http://www.asahi.com/articles/ASH6830WYH68UTFK002.html?iref=comtop_6_01

(参考エントリー)

2015-04-10 ■[中国]中国による『砂の万里の長城』(Great Wall of Sand)、その別次元の光景を見よ!〜フィリピンが領有を主張している スプラトリー諸島で勝手に「サンゴ礁破壊」して軍事基地を構築する中国
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20150410

 さて、中国にとり領土紛争はすべて「海洋国土を守る聖なる防衛戦」との位置づけであることを再認識しておきましょう。

 この問題は一年前当ブログにて中国の意図をわかりやすく視覚化するために作図して取り上げたことがあります。

(参考エントリー)

2014-05-26 ■[中国]中国にとり領土紛争はすべて「海洋国土を守る聖なる防衛戦」だ〜日本はいまこそ集団的自衛権について建設的かつ積極的に議論すべき
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20140526

 ・・・

■中国側の視点に立つために、中国起点で90度回転して東アジア地図を俯瞰して見る

 中国がなぜ国際的摩擦を顧みずに「海洋強国」建設にこだわるのか、あくまでも中国側の視点に立って考察してみたいです。

 まず、中国側の視点に立つために、中国起点で90度回転して東アジア地図を俯瞰して見ましょう。

■図4:中国起点で90度回転して俯瞰する東アジア地図

http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20150410

 実は中国は「海洋強国」とは名ばかり、大洋に進出するためには、北は、朝鮮半島、日本列島に阻まれ、中央には琉球諸島、台湾、フィリピン諸島に阻まれ、南にはマレーシアやインドネシア諸島、インドシナ半島に囲まれていることが、この図で見るとよく理解できます。

 中国はその広大な国土とは裏腹に、海岸線は、東シナ海(East China Sea)と南シナ海(South China Sea)に面しているだけであり、その排他的経済水域(EEZ)は約88万km2と日本の約1/5に過ぎません。
 中国から見れば、中国の海は、北朝鮮、韓国、日本、台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナム等に包囲されており、東シナ海(East China Sea)と南シナ海(South China Sea)の制海権を失えば簡単に海上封鎖されてしまう、地政学的に脆弱な条件のもとにあるわけです。
 つまり中国は東シナ海南シナ海のわずか2つの海洋への入口しか有さず、これは中国がライバル視している他の軍事大国、アメリカやロシア、インドと比較して、海岸線が狭いということは圧倒的に軍事的に不利なことを意味しています。

 そこで中国は、1982年12月10日国連海洋法条約が採択されたのを機に、国連海洋法条約が導入した排他的経済水域、大陸棚制度の確立によって、中国は自国の管轄海域はそれまでから300万平方キロメートルに、排他的経済水域(EEZ)は12 カイリから 200 カイリに拡大したことを、一方的に宣言します(米国や日本などはこの主張を認めてはいません)。

 国連海洋法条約後、中国海軍では管轄海域を領土的なものと観念し、これを他国から防衛すべきであるとの思考が強まります。1982 年に海軍司令員に就任した劉華清は、1985年12月20日、海軍幹部による図上演習総括会の席において、新しい内容の「近海防御」を海軍戦略として正式に提起します。1986年1月25日に開かれた海軍党委員会拡大会議において、劉華清は「近海防御」の海軍戦略の詳細を説明しています。

 海軍戦略の制定にあたってとくに強調されたのは、領海主権と海洋権益の防衛であります。

 劉は、国連海洋法条約に基づき、中国は 300 万平方キロメートルあまりの管轄海域を設定できると主張し、これらの海域と大陸棚を中国の「海洋国土」と表現します。さらに劉は、黄海東シナ海南シナ海は「中国が生存と発展を依拠する資源の宝庫と安全保障上の障壁」であるが、「歴史的原因により、海洋資源開発、EEZ の境界画定、大陸棚、一部の島嶼、特に南シナ海では周辺諸国との間で争いと立場の違いがある」と指摘します。この状況下で海洋国土を侵犯されないためには、海軍は「戦略軍種」として海軍戦略を持つべきであると論じたのであります。

(関連レポート)

現代海洋法秩序の展開と中国
毛利 亜樹(同志社大学 助教
http://www2.jiia.or.jp/pdf/resarch/h22_Chugoku_kenkyukai/06_Chapter6.pdf

 これにより東シナ海南シナ海は中国に取り、「中国が生存と発展を依拠する資源の宝庫と安全保障上の障壁」となり、第一列島線(First Island Chain)と呼ばれる対米防衛線が確立されます。

 第一列島線内の海は中国軍にとって「自国領海」に準ずる「守るべき海」とされたわけです。

■図5:東シナ海南シナ海を安全保障上の障壁とする第一列島線

http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20150410

 ・・・

第一列島線内のパラセル諸島スプラトリー諸島尖閣諸島をめぐる紛争はすべて「海洋国土を守る聖なる防衛戦」

 国連海洋法条約を受けて、中国は海洋に関する国内法整備にも注力いたします。

 1992年2月25日、「中華人民共和国領海および接続水域法」(以下、「領海法」)が施行され、他国と領有権争いのある島嶼を中国の領土と明記して注目されます。

 台湾、南シナ海パラセル諸島スプラトリー諸島などとともに尖閣諸島を中国の領土と規定し、1971年以来の尖閣諸島に対する領有権の主張を国内法で規定いたします。

 これらの領有権の主張を前提に、この法律は、中国が権利を持つと主張する接続水域において、中国の法律に違反する外国船舶に対し、他国の領海に入るまで追尾する継続追跡権を軍艦、軍用機、政府の授権を受けた船舶および航空機に与えています。

 ここにいたり、国際法上公海であるはずの東シナ海南シナ海および海域諸島が、中国にとって「中国が生存と発展を依拠する資源の宝庫と安全保障上の障壁」である「内海」的存在であることが、軍事的戦略としてだけでなく、国内法上においてもその整備が完成いたします。

 ここで、パラセル諸島におけるベトナムなどへの覇権、スプラトリー諸島におけるフィリピンなどへの覇権、および尖閣諸島における日本などへの覇権、これらはすべて「海王強国」を目指す中国にとって、「海洋国土を守る聖なる防衛戦」となったわけです。

■図6:東シナ海南シナ海における主な領土紛争

✖1:尖閣諸島(対日本など)✖2:パラセル諸島(対ベトナムなど) ✖3:スプラトリー諸島(対フィリピンなど)
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20150410

 ・・・

■まとめ

 中国は、いま検証してきたように、「国家百年の計」とも申せましょう、緻密に計画された極めて長期に渡る海洋戦略を実行してまいりました。

 その戦略はあくまで中国が主体的に構築し実践しているものであり、中国にとって一周辺国である日本の政権が媚中派であろうと嫌中派であろうと、その日本政府の政策によって大きく方針が変換されるような受動的なものでは決してありません、ここが極めて重要です。

 ならば、このタイミングで日本が集団的自衛権を検討することは、当然であろうと考えます、むしろ遅すぎとも言えましょう。

 対中国においてアメリカ・オーストラリアはもちろん、フィリピンやベトナムなどのアセアン諸国、あるいはインドなどとの連携を深める意味でも、日本はいまこそ集団的自衛権について建設的かつ積極的に議論すべきタイミングなのだと考えます。



(木走まさみず)