木走日記

場末の時事評論

そもそも「移住だけは別にした方がいい」(曽野綾子コラム)は移民政策として正当か?

2月11日付で産経新聞で掲載されたコラム「曽野綾子の透明な歳月の光」の内容が南アフリカ大使館から「アパルトヘイト(人種隔離)を許容し、美化した。行き過ぎた、恥ずべき提案」と指摘され、国際的波紋を広げております。

 14日付け産経新聞記事から。

2015.2.14 19:50

曽野氏コラムで南ア駐日大使が本紙に抗議 

 産経新聞に掲載された作家、曽野綾子氏のコラムをめぐり、南アフリカのモハウ・ペコ駐日大使は14日までに、産経新聞社宛てに抗議文を送付した。

 ペコ大使が問題視しているのは、2月11日付で掲載されたコラム「曽野綾子の透明な歳月の光」。「労働力不足と移民」と題した中で、介護の労働移民について条件付きでの受け入れを提示したほか、南アフリカで人種差別が廃止されても生活習慣の違いから分かれて住むようになった例を挙げ、住まいは別にした方がいいとの考えを述べた。

 これについてペコ大使は「アパルトヘイト(人種隔離)を許容し、美化した。行き過ぎた、恥ずべき提案」と指摘。アパルトヘイトの歴史をひもとき、「政策は人道に対する犯罪。21世紀において正当化されるべきではなく、世界中のどの国でも、肌の色やほかの分類基準によって他者を差別してはならない」としている。

 NPO法人「アフリカ日本協議会」も産経新聞社と曽野氏に抗議している。

(後略)

http://www.sankei.com/life/news/150215/lif1502150017-n1.html

 曽野綾子氏のコメント。

 曽野綾子氏「私は文章の中でアパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱してなどいません。生活習慣の違う人間が一緒に住むことは難しい、という個人の経験を書いているだけです」

 産経新聞の見解。

 小林毅産経新聞執行役員東京編集局長 「当該記事は曽野綾子氏の常設コラムで、曽野氏ご本人の意見として掲載しました。コラムについてさまざまなご意見があるのは当然のことと考えております。産経新聞は、一貫してアパルトヘイトはもとより、人種差別などあらゆる差別は許されるものではないとの考えです」

 アフリカ日本協議会の抗議文はこちら。

産経新聞 曽野綾子さんのコラムへの抗議文
AJFは、アフリカについて考え機会を提供し、また、必要に応じた行動を呼びかけています。

AJFは、2015年2月13日、以下の抗議文を、曽野綾子さんおよび産経新聞社・飯塚常務取締役あてに、FAXおよび郵便で送りました。

曽野綾子

産経新聞社常務取締役 飯塚浩彦様

 『産経新聞』2015年2月11日付朝刊7面に掲載された、曽野綾子氏のコラム「労働力不足と移民」は、南アフリカアパルトヘイト問題や、日本社会における多様なルーツをもつ人々の共生に関心を寄せてきた私たちにとって、看過できない内容を含んでおり、著者の曽野綾子氏およびコラムを掲載した産経新聞社に対して、ここに強く抗議いたします。

 曽野氏はコラムのなかで、高齢者介護を担う労働力不足を緩和するための移民労働者受入れについて述べるなかで、「外国人を理解するために、居住を共にするということは至難の業」であり、「もう20〜30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった」との持論を展開しています。

 「アパルトヘイト」は現地の言葉で「隔離」を意味し、人種ごとに居住区を分けることがすべてのアパルトヘイト政策の根幹にありました。また、アパルトヘイトは、特権をもつ一部の集団が、権利を剥奪された他の集団を、必要なぶんだけ労働力として利用しつつ、居住区は別に指定して自分たちの生活空間から排除するという、労働力管理システムでもありました。移民労働者の導入にからめて「居住区を分ける」ことを提案する曽野氏の主張は、アパルトヘイトの労働力管理システムと同じです。国際社会から「人道に対する罪」と強く非難されてきたアパルトヘイトを擁護し、さらにそれを日本でも導入せよとの曽野氏の主張は言語道断であり、強く抗議いたします。このような考え方は国際社会の一員としても恥ずべきものです。

 おりしも、このコラムが掲載された2015年2月11日は、故ネルソン・マンデラ氏が釈放されて、ちょうど25年目にあたる日でした。その記念すべき日に、南アフリカの人びとが命をかけて勝ち取ったアパルトヘイトの終焉と人種差別のない社会の価値を否定するような文章が社会の公器たる新聞紙上に掲載されたことを、私たちはとても残念に思います。

 曽野綾子氏と産経新聞社には、当該コラムの撤回と、南アフリカの人々への謝罪を求めます。また、このような内容のコラムが掲載されるに至った経緯、および人権や人種差別問題に関する見解を明らかにすることを求めます。以上について、2015年2月28日までに文書でアフリカ日本協議会(AJF)へお知らせくださるようお願いいたします。また、貴社のご対応内容については他の市民団体、在日南アフリカ共和国大使館、国際機関、報道機関などへ公開するつもりであることを申し添えます。

2015年2月13日

(特活)アフリカ日本協議会
代表理事 津山直子

(後略)

http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/archives/sonoayako-sankei20150211.html

 アフリカ日本協議会が公開している問題のコラム原文のPDFファイルはこちら。

※ 産経新聞に掲載されたコラム
http://pbs.twimg.com/media/B9hkP4DIAAAGKYa.jpg:large?.jpgpdf

 上記PDFファイルでほぼ全文確認できますが、問題の核心は次の部分のようです。

 南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった。

 この文章をご本人コメントの「私は文章の中でアパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱してなどいません。生活習慣の違う人間が一緒に住むことは難しい、という個人の経験を書いているだけです」と解釈するか、南ア大使コメントの「アパルトヘイト(人種隔離)を許容し、美化した。行き過ぎた、恥ずべき提案」と解釈するか、という点です。

 当ブログとしては、この曽野綾子氏のコラムについて取り上げたいと思います。

 2つの点で考察したい。

 まず、情報発信の方法としてはこの文章はアウトだと思っています。

 「居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい」このような微妙な文章をメディアで掲載するならば、情報発信者として最低限の配慮は当然必要だったと考えるし、全体の文脈ではなく一部の文章が刻まれて取り上げられ批判されていくのは、良し悪しともかく世界中で行われてきたことで、だとすればご本人が「個人の経験を書いているだけ」といくら弁明しても無駄です。

 曽野綾子氏の「私は文章の中でアパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱してなどいません」との想いは理解したうえで、しかし、批判を受けても致し方ない無防備な文章だったと、当ブログは判断しています。

 コラムは、アパルトヘイト政策撤廃の結果、白人だけが住んでいた集合住宅が、やがて黒人だけが住む水の出ない建物に荒廃していく様(さま)を書いています、そのうえで「人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる、しかし移住だけは別にした方がいい」と結ばれています。

 普通の読解力があれば、アパルトヘイト政策撤廃の後に起こった事象を述べているのにすぎないわけで、「私は文章の中でアパルトヘイト政策を日本で行うよう提唱してなどいません」とのご本人の想いはわかります。

 しかし事後の話ではありながら結びが「移住だけは別にした方がいい」では説得力が失われます。

 この主張は、アフリカ日本協議会の抗議文にもある通り、「人種ごとに居住区を分けることがすべてのアパルトヘイト政策の根幹」と完全にシンクロ(同調)するからです。

 「アパルトヘイト」は現地の言葉で「隔離」を意味し、人種ごとに居住区を分けることがすべてのアパルトヘイト政策の根幹にありました。また、アパルトヘイトは、特権をもつ一部の集団が、権利を剥奪された他の集団を、必要なぶんだけ労働力として利用しつつ、居住区は別に指定して自分たちの生活空間から排除するという、労働力管理システムでもありました。移民労働者の導入にからめて「居住区を分ける」ことを提案する曽野氏の主張は、アパルトヘイトの労働力管理システムと同じです。国際社会から「人道に対する罪」と強く非難されてきたアパルトヘイトを擁護し、さらにそれを日本でも導入せよとの曽野氏の主張は言語道断であり、強く抗議いたします。このような考え方は国際社会の一員としても恥ずべきものです。

 一言でいえば、日本への外国人の就労・移民問題を論じる文章の中で、不用意にも安易にご自身の南アの経験をまぜ、ご自身の想い「移住だけは別にした方がいい」が
あたかも南アの人種隔離政策とシンクロしてしまい、読む人間によっては「アパルトヘイトを擁護し、さらにそれを日本でも導入せよとの曽野氏の主張は言語道断」との解釈・批判を受けているわけです。

 論理的に考えればこのコラムは情報発信としては本人の意図しない誤解を与え国際的な批判を受けてしまった点で失敗でありましょう。

 ・・・

 さて考察したい二点目は、本来のこのコラムの問題提起である、もし日本が外国人の就労・移民を受け入れることを制度化するとしたならば「移住だけは別にした方がいい」との曽野氏の主張は正当なのか、という点です。

 当ブログは現時点での日本の移民受け入れには慎重ですが、仮に日本が外国人の移民を受け入れるとしたならば、仮定の問題ですが「移住だけは別にした方がいい」との曽野氏の主張には反対です。

 移民総数を完全に管理しつつ移民の日本文化への適切な「同化政策」こそが唯一の移民政策を成功裏に進める手段であると考えています。

 首都圏でも横浜中華街や上野界隈のチャイナタウン化、新大久保などのコリアタウン化などが出現していますが、まず異国に移住した外国人が同一文化・同一国籍の人々で集団化して街を形成することは、日本だけでなく世界中で見られることです。

(参考エントリー)

2007-08-09 静かに膨張する首都東京の華人
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070809

 これは強制ではなく自然に出現するという意味では、国による隔離政策とは全く違います。

 しかしながら、ヨーロッパにおける移民政策の失敗は、実はフランスなどが顕著ですが「同化政策」を公式には掲げながら、その実態が「移住だけは別にした方がいい」(曽野氏)のように、アラブ系の移民が特定地域に集中的に移住することを放置してきたことにあります。

 白人側の排他的感情と移民側の同族意識を放置した結果、棲み分けが起きてしまうわけです。

 フランスでは、ある地域の方言を話すだけでアラブ系であると偏見を持たれ就職差別が横行しています。

 これでは政府がいかに公式的には「同化政策」を唱えても、人種差別が地域差別に衣(ころも)を変えただけで経済格差も拡大する中で移民の不満は蓄積していき、やがて過激な行動に出てしまう、今日のような事態を招いてしまったわけです。

 「移住だけは別にした方がいい」(曽野氏)という固定的な主張は移民の適切な「同化政策」とは明らかに対立する危険な考え方であります。

 この極端な失敗例を中国新彊ウイグル地区に見ることができます。

 中国当局新疆ウイグル自治区への漢民族大量移住計画の実行により、新疆ウイグル自治区の人口における民族構成は大きく変質、もはや最大の民族は漢民族で人口の50%を占めると推測されています。

 特に移住してきた漢民族は都市部などに集中しています、そこに高層マンションなどを立てて大挙して居住しています。

 自治区の最大都市であるウルムチは、ウイグル語で「美しい牧場」を意味し、もともとウイグル族が住む街でしたが、現在では、当局が進める移民政策で漢族の数が急増、市内の総人口の8割を占めるようになり、ウイグル族は完全に少数派となったのです。

 ウルムチなどの都市部でウイグル族による爆発事件が頻発していますが、ウイグル族が自分たちの住む新疆ウイグル自治区で爆発事件を起こしているのは外部から見ると自民族を傷つける矛盾する行為に思えますが、主要都市部の大部分が漢民族に「支配」されてしまった実態があり、そこで無差別「テロ」事件を起こしても、場所を選べば不幸な犠牲者のほとんどが漢民族で占められてしまう冷徹な計算があるからだと言われています。

(参考エントリー)

2014-06-23新彊ウイグル地区の中国当局の暴力的政策について徹底検証〜中国政府がウィグル族への弾圧を暴走せざるを得ない理由
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20140623

 ・・・

 日本は古来より渡来人を受け入れてまいりました、受け入れた文化を日本文化に柔軟に取り入れ、同様に渡来人たちを日本社会に帰化人として柔軟に受け入れてきました。

 日本が移民を受け入れるとしたら、移民を隔離するのではなく日本社会に適切に「同化」させていくことが重要だと、当ブログは考えています。

 それには移民の総数の厳重な管理と適切な「同化政策」が必要です。

 ひとつの例示に過ぎませんが、今外国人力士を受け入れている各界の在り様は極めて示唆に富む実例でありましょう。

 角界では実社会より一足早く外国人に門戸を解放しています。現在幕内上位力士にずらりと外国籍力士が並んでいるのは既知のことでありますが、この角界のここ数年の外国人力士の対応は日本全体の移民政策および融和政策を考察するにあたり、リトルシミュレーションの場としてはうってつけです。

 大相撲の外国人枠が事実上の満杯となったのは今から10年前のこと 当時の秋場所番付は、力士総数は735人で、外国出身力士は12か国59人。秋場所(11日初日)の新弟子検査受検を黒海の弟(入間川部屋)が受検し、九州場所(11月)で今年の7月の世界ジュニア選手権無差別3位となったグルジア人青年(木瀬部屋)が入門を目指しています。これで「1部屋1人」(全54部屋)の規定がある大相撲の外国人枠が事実上の満杯となりました。

 外国人枠(1部屋1人)の規定については、2002年2月に理事会の申し合わせで「総枠40人、1部屋2人」だった枠が、不平等だということで、当時既に複数所属する部屋を除き「1部屋1人」に定めたのです。

 当時54の相撲部屋のうち、外国人力士が所属していないのは伊勢ノ海、中村、峰崎、春日野の4部屋だけで、これらの部屋の師匠は、日本人力士の育成を優先させる方針で、外国人力士の入門には消極的な考え方だといいいます。

 また、この外国人枠満員御礼状態に対して、北の湖理事長(当時)は「今後も枠を広げる考えはない」と話していました。

(参考エントリー)

2005-09-25多民族国家”日本はあり得るのか?〜日本の移民政策について考察してみる
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050925

 積極的に外国人を招こうという考え方もあっていいし、日本人を育てたいという思いもあって当然でしょう。「国技」を標榜しているのだから、やはり日本人を育てたいという考え方に傾くのは当然だろうとも思います。

 興味深いのは出身国に関わらず、秩序維持するための人数大枠制限と、受け入れてからの同化政策、この場合は相撲界の古いしきたり(ルール)を厳しく遵守させることですが、まずは、おおむねうまくいっているわけです。

 この角界の話は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)で文化多様性条約が批准されましたが、そこでの争点にも通底する深い思想的背景が含まれていてとても興味深いのです。

 つまり、移民政策を論じる際のひとつの争点は、文化保護の重視か、文化の交流に重きを置くかであります。

 その点、角界では日本文化の保護と同化を重視しながら、外国籍力士の受け入れという文化の交流を実現している成功例と言えましょう。

 ・・・

 エジプト出身の力士、大砂嵐の存在は示唆に富みます。

 彼は髷(まげ)を結い褌(ふんどし)を締め各界の仕来りを覚え、日本人力士とともに相撲部屋で衣食を共にし、日常語は日本語を話します。

 この角界文化への同化、日本文化の同化をしつつ、しかし敬虔なイスラム教徒である彼は毎日の祈りも怠りませんし、断食月には日中は食しませんし、また彼の食べるちゃんこ鍋は所属部屋の努力でイスラム食に配慮されています。

 「同化政策」と「文化多様性」の両立、本来日本はこのようなおおらかな尺度による外国人の受け入れをしてきた伝統があります。

 現時点での日本の移民受け入れには当ブログは消極的です。

 しかしもし移民を受け入れるとするならば、仮定の問題ですが「移住だけは別にした方がいい」との曽野氏の主張には反対です。

 移民総数を完全に管理しつつ移民の日本文化への適切な「同化政策」こそが唯一のこの国の移民政策を成功裏に進める手段であると考えています。 



(木走まさみず)