木走日記

場末の時事評論

波紋呼んだ「2012年中日海戦」(米FP誌)記事

 『フォーリンポリシー』(以下、米FP誌)はアメリカの外交専門誌であります。

Foreign Policy
http://www.foreignpolicy.com

 けっこう日本を含めた東アジア関連の記事も掲載されることが多く、またお堅い記事だけでなくユニークな視点の記事もあり、当ブログでも過去に日本関係のユニークな記事を紹介したこともあります。

■2011-08-08 「世界最悪のファンキーな議会」ワースト5に日本入賞の巻(米FP誌)
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20110808

 で、8月20日付けでFP誌に掲載された記事がこちらです。

The Sino-Japanese Naval War of 2012
OK, it's probably not going to happen. But if it did, who would win?

BY JAMES R. HOLMES | AUGUST 20, 2012
http://www.foreignpolicy.com/articles/2012/08/20/the_sino_japanese_naval_war_of_2012?page=0,0

 "The Sino-Japanese Naval War of 2012"(2012年中日海戦)という物騒なタイトルで、サブタイトルに"OK, it's probably not going to happen. But if it did, who would win?"(オーケー、恐らく起こらないが、もし勃発したならば誰が勝つのだろうか?)とあります。

 執筆者であるジェームス・R・ホルムス("JAMES R. HOLMES")氏ですが、アメリカ海軍大学准教授であり、米海軍における中国の海洋戦略研究の第一人者だそうであります。

James R. Holmes, Ph.D.
Associate Professor
http://www.usnwc.edu/Academics/Faculty/James-Holmes.aspx

 記事は、現実的には有り得ないだろうがと前置きした上で、もし尖閣問題で中国海軍と海上自衛隊が一戦交えるとしたら、という仮定の下、勝利するのは中国か、日本かを、けっこう専門的軍事的視点から思考実験しているものです。

 で実際には安保条約が発動してアメリカが介入することになるだろうが、この思考実験では、日本単独で中国と戦うことを前提としています。

 記事は、海戦は日本が中国に勝利するだろう、と結論付けています。

 理由は、艦艇数など数量面では中国がはるかに優位に立つが、実際の戦闘では日本が兵器や要員の質で上位にある点、日本は尖閣や周辺の諸島にミサイルを地上配備すれば、海洋戦でも優位となる点、日本側は主力兵力をすべて尖閣周辺に集中できるが、中国海軍は他の防衛海域が広大であり集中はできない点等を挙げています。

 この興味深い記事ですが、早速産経新聞アメリカ特派員古森義久記者が取り上げます。

 8月22日付け産経新聞記事。

「日中海洋戦争でも日本有利」 米専門家が「尖閣」軍事衝突分析「兵器や要員の質で上位」

 【ワシントン=古森義久】米海軍大学のジェームズ・ホルムス准教授(戦略研究専門)は21日発売の外交誌「フォーリン・ポリシー」9月号の巻頭論文で「2012年の中日海戦」と題し、日本と中国が尖閣諸島をめぐり軍事衝突した場合の展開を予測した。論文は「米軍が加わらない大規模な日中海洋戦争でも日本側が有利だ」と総括した。

 「中日両国は戦争をするか。どちらが勝つか」という副題のこの論文は「戦争はたぶん起きないだろうが、中国側では人民解放軍の将軍が尖閣海域への大量の船舶派遣を提唱したり、東海艦隊が島への上陸作戦の演習を実施しており、尖閣攻撃の可能性も否定はできない」としている。

 そのうえで論文は「現実の軍事衝突は、米国が日本を支援して介入する見通しが強いが、日中両国だけの戦いも想定はできる」とし、日中両国の海洋部隊が戦闘に入った場合について、まず戦力や艦艇の数量面では中国がはるかに優位に立つと述べた。

 しかし、実際の戦闘では(1)日本が兵器や要員の質で上位にある(2)日本は尖閣や周辺の諸島にミサイルを地上配備すれば、海洋戦でも優位となる−と強調した。

 論文は、中国側の多数の通常弾頭の弾道ミサイルが日本側の兵力や基地を破壊する能力を有するが、日本側が移動対艦ミサイル(ASCM)を尖閣や周辺の島に配備し防御を堅固にすれば、周辺海域の中国艦艇は確実に撃退でき、尖閣の攻撃や占拠は難しくなる−との見方を示した。

 さらに、尖閣中心に日中両国軍がぶつかった場合、日本側は主力兵力をほぼすべて集中できるが、中国海軍は他の防衛海域が広大であり集中はできない▽日本側は単に尖閣防衛を貫けばよく、それ以上に中国軍を追撃して撃滅する必要はない▽中国首脳はこの種の対日戦争が自国の経済や外交の将来をかけた海軍力の破局をもたらしかねないと認識している−ことなどから「日本が勝つ見通しが強い」と展望した。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120822/chn12082211080002-n1.htm

 さてジェームス・R・ホルムス海軍大学准教授ですが、今回の論文の主旨をこう説明しています。

「米国が日本側について参戦することを想定していないなど、この論文はあくまで思考上の実験といえますが、私がこの論文で強調したかったことは、中国海軍にとって日本の海上自衛隊は決してたやすい相手ではないということです」

「日本は中国との海戦に勝利する」と米国外交誌が特集で分析 より抜粋
週刊ポスト2012年9月14日号
http://www.news-postseven.com/archives/20120903_140787.html

 思考実験とはいえ「尖閣沖で日中もし戦えば日本が勝利する」という「過激な内容」が、アメリカ海軍の軍事専門家によりこの微妙なタイミングで発表されたわけです。

 この論文に対して中国政府・国防部は会見で「そんなことはない」と公式に否定することになります。

 8月31日付けサーチナ記事から。

戦争しても日本には勝てない…中国国防部「そんなこと、ないはず」

 中国政府・国防部の耿雁生報道官は30日に行った記者会見で、尖閣諸島を巡る日中の対立について、「日中間で戦争が勃発した場合、最終的に日本が勝つとの見方がある」との指摘に対して「そのような言い方には事実の根拠がないと認識している」と回答した。(写真は「CNSPHOTO」提供)

  耿報道官が「中国軍は、国家の領土・主権、海洋の権益を維持する力がある」と説明したことに対して、「国外の専門家には、中国と日本の間で戦争が勃発した場合、中国海軍は数量の上では日本を上回るが実戦経験に乏しく、最終的に日本が勝利するとの見方がある。どう思うか?」との質問が出た。

  耿報道官は「(自衛隊が勝つとした)中国海軍とその他の国の海軍の比較について、われわれは、そのような言い方には事実の根拠がないと認識している」と述べた。(編集担当:如月隼人)

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0831&f=politics_0831_011.shtml

 ・・・

 日本が実効支配している尖閣諸島を軍事力を行使して中国が奪還することは、現実には「中国海軍にとって日本の海上自衛隊は決してたやすい相手ではない」(ジェームス・R・ホルムス氏)のであり、中国指導者はそのような冒険を犯すことは現段階ではリスクが大きすぎてとてもできないだろうということです。

 ならば、日本政府は事実上実効支配している尖閣においては、中国や台湾を不用意に刺激することなく、地味に着々と実効支配の実績を挙げていけばよく、合わせて米軍と協力して島嶼防衛能力を向上させていけばよろしいのだと思います。

 日本の抱える領土問題は公式には「北方領土」と「竹島」の2つだけです。

 そして現時点では「竹島」問題に日本の外交資源を集中させることが日本の国益にかなうことだと考えます。



(木走まさみず)