木走日記

場末の時事評論

大飯発電所ストレステスト(1次)評価について〜クリフエッジ(安全限界)の科学的妥当性の検証が必要だ

 既設の原子力発電所のようなシステムの耐用試験(ストレステスト)では、実物を叩いたり揺らしたりはできませんので、一般にコンピュータによりシミュレーションをし、机上で起こることを想定していきます。

 各施設が地震によるどの位の揺れにまで耐えうるのか、どのくらいの高さまでの津波に耐えうるのか、シミュレートをしていきます。

 安全上重要な施設・機器等が設計上の想定を超える事象に対し、どの程度の安全裕度を有するかについて評価していきます。

 原子力発電所だけに限りませんが、どのような施設であれ100%安全であることはかないません。

 地震による加速度がある限界を超えれば、あるいは津波の高さがある限界を超えれば、その瞬間に大きく状況は変わり施設・機器等の機能喪失が発生してしまいます。

 その限界のことをクリフエッジ(CLIFF EDGE)という言葉で表現します。

 クリフエッジとはもともと断崖の先端の意味ですが、そこから一歩先にいけば崖から落ちるということで、ストレステストではその施設が耐えることができる限界の地震の揺れや津波の高さをクリフエッジというわけです。

 例えば津波では、想定する津波の高さを徐々に上げていったときに、ある高さ以上になると安全上重要な施設・機器等の機能喪失が生じ、燃料の重大な損傷に至ってしまう。この津波の高さをクリフエッジといいます。

 今回の原発のストレステストのひとつの目的は、各原発のクリフエッジを求めて、どの程度の安全裕度を有しているのか現状評価することです。

 ここに関西電力による大飯発電所3号機と4号機のストレステスト評価の詳細資料が公表してあります。

大飯発電所3号機ストレステスト評価(詳細資料)
http://www.kepco.co.jp/pressre/2011/pdf/1028_1j_04.pdf
大飯発電所4号機ストレステスト評価(詳細資料)
http://www.kepco.co.jp/pressre/2011/pdf/1117_1j_04.pdf

 例えば3号機の詳細資料の8ページの内容から、3号機の設計時に想定された地震の揺れのクリフエッジは700galですが、福島第1原発事故後に緊急の安全対策を講じたことによって現在は1260galと1.8倍になり、安全裕度が大きくなっていることがわかります。

 同ページによれば、津波では設計時の想定を4倍上回る高さ11・4メートルの津波に耐えられるようになったとされています。

 これらの資料から、マスメディア社説はこぞって「安全対策に問題がないと判断される原発は、再稼働すべき」(24日付け読売社説)との論説を展開しています。

 これは科学的には少しばかりおかしな論法です。

 確かに例えば地震のクリフエッジは700galから1260galと1.8倍になりましたが、評価をしっかりしなければならないのは、最新の知見を用いて1260galという新しいクリフエッジを超える地震の発生確率のはずです。

 実は世界最大の地震による加速度は近年、日本で数年おきに更新されてきており、現在では4000galを超えた加速度が観測されており、従来の想定を遥かに超える地震による加速度がこの日本列島に起きていることがわかってきました。

 そのあたりの説明をした以前の当ブログのエントリーより該当箇所を再掲いたします。

 地震の揺れの強さを示す単位として「震度」が使われますが、最近の地震計ではより科学的にガル( 記号:Gal)という単位を用いられることが多くなっています。

 1ガルは、1秒(s)に1センチメートル毎秒(cm/s)の加速度の大きさと定義されています。

 ちなみに地球表面における重力加速度(1G)はおよそ981ガルとなります。

 実はガルによる正確な地震の揺れの計測は最近はじまったばかりで歴史が浅く、過去の地震に対するデータの蓄積はほとんどありません。

 実は最近の地震の揺れの正確な計測でわかってきたことは、従来の想定よりも日本列島はガル単位で大きく揺れてしまっているという事実です。

 このたびの大震災でも福島第1原発ではその耐震基準を超えた加速度を計測し、津波到来前に配管施設等の損傷が発生しました。

福島第1原発:揺れの加速度、耐震基準超す
 東京電力は1日、東日本大震災で被災した福島第1、第2原発(計10基)の各号機別の揺れの観測結果を公表した。揺れの最大加速度は、第1原発の2号機で550ガル(ガルは加速度の単位)。耐震性の基準値(438ガル)をやや上回った。3号機も507ガル(基準値441ガル)、5号機も548ガル(同452ガル)といずれも東西方向の揺れで想定を超えていた。中央制御室の電源回復で初めて全号機の確認ができたという。【山田大輔
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/archive/news/2011/04/01/20110402k0000m040122000c.html

 これまでの既存の原発の耐震基準は福島原発と同様500ガル前後(見直しにより1000ガルまで高める原発もあります)ですが、先ほども指摘しましたが最近の計測機器の充実による正確なデータから実際には従来の想定を超える大きな揺れが発生していることがわかってきました。

 今回の大震災における計測最大値は宮城県栗原市で観測された2933ガルになります。

 実は世界最大の地震による加速度は近年、日本で数年おきに更新されてきており、平成16年の中越地震のとき川口町の地震計で当時世界最高の2,516ガルを記録され、現在の世界最大の地震による加速度は、岩手・宮城内陸地震(2008年6月14日)の際に岩手県一関市厳美町祭畤で観測した4022ガルであります。

 これはもちろん最近の日本の地震が揺れが強くなる傾向にあることを示しているのではなく、計測機器の充実によりガル計測が多地点で正確に行われるようになったために観測された最大加速度が更新されているに過ぎませんが、岩手県一関市厳美町祭畤で観測した4022ガルでありますが、この揺れの強さは従来の想定を超えたものでありました。

 4022ガルといえば重力加速度であらわせば4.1Gという、F1レースのコーナリングで発生する加速度に匹敵するものです。

 もし原子力発電所施設にこのような強大な加速度が加わるとしたらたとえ耐震強度を1000ガルに高めたとしても、被害は免れないでしょう。

http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20120222/1329877670

 ストレステストそのものは現状のクリフエッジを求めて安全裕度がどのくらいあるかを評価するだけのものです。

 この結果をどう評価し、原発を再稼動するかどうかを判断するのは、極めて政治的問題です。

 重要なことは、もともとの700galから1.8倍も向上して1260galになったから安心だと相対的に評価しても科学的ではありません。

 すでに日本列島では4000galを超える地震加速度が観測されているのです。

 もし新しいクリフエッジ1260galを超える地震加速度が発生したら、そこから一歩先にいけば崖から落ちるように、原発施設の破損が発生するわけですから、最新の情報と知見により地震専門家などによるクリフエッジの再評価こそが必要だと考えます。

 クリフエッジ(安全限界)の科学的妥当性の検証が必要です。

 その検証がなくして、今回のストレステストの結果だけで原発再稼動のGOサインを出すことには、私は反対です。
 

 
(木走まさみず)