木走日記

場末の時事評論

勇気ある病名明記の朝日新聞の報道姿勢

 栃木県鹿沼市で登校中の小学生の列にクレーン車が突っ込み、児童6人が死亡するという痛ましい事故が発生しました。

 事故の原因ですが県警は運転手が持病の発作を起こしたため突然意識を失い事故を起こしたとの見方を固めたもようです。

 この事件を扱う記事ですが、毎日新聞朝日新聞の違いが顕著なので今日はこの問題を取り上げたいと思います。

 毎日記事。

クレーン車事故:柴田容疑者、持病隠し免許取得
http://mainichi.jp/select/today/news/20110421k0000m040162000c.html

 朝日記事。

運転中てんかん発作か 6人死亡事故の容疑者 県警見解
http://www.asahi.com/national/update/0420/TKY201104200695_01.html

 タイトルを比較すれば一目ですが、TVメディアがすべてそうしているように毎日新聞てんかん患者などへの偏見助長を避けるために「持病」と病名を伏しているのに対し、朝日は「てんかん発作か」とタイトルで病名を明らかにしています。

 どちらの報道姿勢が正しいのか大変難しい問題を含んでいますがその議論は後でするとして記事の内容を押さえておきます。

 毎日記事には運転手が「発作を伴う持病があることを隠して運転免許を取得していた」とあります。

 栃木県鹿沼市で登校中の市立北押原(きたおしはら)小の児童6人がクレーン車にはねられ死亡した事故で、逮捕された運転手の柴田将人容疑者(26)=自動車運転過失致死容疑で19日送検=は、発作を伴う持病があることを隠して運転免許を取得していたことが、捜査関係者への取材でわかった。県警は事故と持病の因果関係について捜査を進めている。

 そして過去に同様の事故を起こしたときにも持病を隠していたと続けます。

 また、08年4月にも鹿沼市内で登校中だった小学5年(当時)の男児を車ではねて重傷を負わせていたが、当時の取り調べでも「居眠りをしていた」などと供述し、持病の説明はしていなかったという。県警は20日、勤務先の「小太刀重機」(鹿沼市)にあった柴田容疑者の車から薬など計27点を押収。事故時の健康状態や薬の服用状況を調べている。

 働いていた会社側も本人に持病があるとの申告はなかったとしています。

 小太刀重機によると、柴田容疑者は10年5月入社。3カ月の試用期間を経て、同年8月から正社員になった。年1回実施している健康診断で異常はなく、本人から持病についての申告もなかったという。副社長の女性(66)は「薬を持ち歩いているのを見たことはない。若いので病気があるとは思わなかった。面接の時に(大型特殊とクレーン運転士の)免許を持参したので大丈夫だと思った」と話している。

 記事はこの事故の幼い犠牲者の通夜の様子を「終了後は女子児童らが泣きじゃくり、保護者に支えられながら葬儀場を後にした」と記し事故の悲惨さを伝える形で結ばれています。

 事故で亡くなった北押原小4年、関口美花さん(9)の通夜は20日夜、鹿沼市内の葬儀場で営まれ、同級生らが参列した。「子どもたちはずっと下を向き、現実を受け止められない様子だった」(参列した男性)という。終了後は女子児童らが泣きじゃくり、保護者に支えられながら葬儀場を後にした。【吉村周平、浅見茂晴、岩壁峻、中村藍】

 続いて朝日新聞記事の内容構成を見てみましょう。

 記事冒頭から「てんかんの発作」と病名を明示した上で「てんかんの持病がある人でも、適正な申告と診断書にもとづけば免許を取得できる」が、運転手は「義務づけられている病気の申告や診断書の提出をしていなかった」と詳細を報じます。

 また、同容疑者の運転免許の取得や更新時の記録を調べたところ、義務づけられている病気の申告や診断書の提出をしていなかったことを確認した。てんかんの持病がある人でも、適正な申告と診断書にもとづけば免許を取得できる。

 同容疑者は、事故現場で自動車運転過失傷害容疑で現行犯逮捕された。捜査関係者によると、同容疑者は「子どものころにてんかんになったが、発作を抑える薬を飲むのを忘れて、事故を起こしてしまった」との趣旨の供述をしているという。

 さらに02年の施行の改正道交法でてんかんの持病がある人も一定の条件をクリアすれば免許取得が可能になったことを詳細に記していきます。

 てんかんの持病がある人は以前は免許が取得できなかったが、02年6月施行の改正道交法で、(1)発作が再発するおそれがない(2)再発しても意識障害や運動障害がもたらされない(3)発作が睡眠中に限り再発する、などの場合は取得できるようになった。

 警察庁が公表している運用基準によると、「発作が過去5年以内に起こったことがなく、今後発作が起こるおそれがない」「医師が2年の経過観察をして発作が睡眠中に限り起こり、今後、症状悪化のおそれがない」などとした医師の診断書が提出されれば免許は取得できる。

 同庁によると、薬を飲むことで「発作が起きるおそれがない」場合も、免許は取得できるという。

 そして二人のてんかんに関わる医療関係者の発言を拾っています。

 独立行政法人国立病院機構静岡てんかん・神経医療センターの井上有史院長は「発作の症状がまだあったのならば、治す努力をして欲しかった。患者たちはやっと条件付きで免許証を手にできるようになった。しっかり治療すれば良くなる病気。多くの患者が発作を無くして免許証を取れるよう努力をしている中、病気に取り組む自覚に欠けていたと言わざるを得ない。法律を守って欲しかった。非常に残念」と話した。

 日本てんかん協会の月刊情報誌「波」編集長でもある粟屋豊・聖母病院副院長は「多くの患者は、専門医に相談して免許が取れるかどうか判断している。しかし、最近は不景気の影響で、就職する際に申告できずに入社し、車を運転せざるを得ない状況になる患者もいると聞いている。車の運転中に発作が起きると人の命を傷つける恐れがある。日中に意識障害を起こすような患者は自制が必要だ」と話す。

 朝日記事は「てんかん」という病気の解説で記事を締めています。

 〈てんかん〉 慢性の脳の病気。脳の神経細胞が無秩序に過剰に活動して発作が起こる。100人に1人がかかるとされるが、症状は個人差が大きい。意識を失うような激しい発作が起こる人から、体の一部のけいれんにとどまる人までさまざま。8割の人は薬で発作を抑えることができるが、2割は治療が難しい「難治性」だという。

 病名を伏せる配慮を示した毎日記事に対して、病名を明らかにした朝日記事は当然ながら病名を伏せたままでは難しいだろう「てんかん」患者が免許を取得できるよう法改正が9年前に行われたこと、取得するときの条件、さらには専門家の発言まで踏み込んで報道しております。

 ・・・

 朝日記事にもあるように てんかんの「症状は個人差が大きい」のでありますが、現在では大変優れた薬もあり「多くの患者が発作を無くして免許証を取れるよう努力をしている中、病気に取り組む自覚に欠けていたと言わざるを得ない。法律を守って欲しかった。非常に残念」(静岡てんかん・神経医療センターの井上有史院長)な事件であります。

 「車の運転中に発作が起きると人の命を傷つける恐れがある。日中に意識障害を起こすような患者は自制が必要だ」(粟屋豊・聖母病院副院長)、まさに車は一瞬で凶器となるわけで、運転手の「薬を飲み忘れた」という自己管理に対する無責任さは、結果として6人の幼い犠牲者を出してしまったわけです。

 私は朝日記事の病名を明らかにした詳細報道を肯定します。

 原発の「風評被害」にも全く当てはまると思いますが、根拠の無い「風評」「差別」は、正確な情報が無いことにより広まります。

 正確な情報を出すことにより「風評」を煽る側面も絶対ないとはもちろん言えませんが、少なくとも心ある人達は正しい情報に基づき判断が可能になりますから、誤った情報に基づく「風評」や「差別」に荷担することはなくなると考えます。

 朝日新聞記事は病名を明示することで正確な情報を読者に伝えていることに成功していると思います。

 運転手が会社にも病名を内緒にしていた事実にも、「多くの患者は、専門医に相談して免許が取れるかどうか判断している。しかし、最近は不景気の影響で、就職する際に申告できずに入社し、車を運転せざるを得ない状況になる患者もいると聞いている」(粟屋豊・聖母病院副院長)と専門家の発言を用いて、てんかん患者に対する就職差別が存在することにまで踏み込んでいる点、やはり専門家の発言を引用しつつ、多くの患者はまじめに病気と対峙しており免許取得に関しても主治医のチェックをしっかり受けていると一般読者のてんかん患者に対する「誤解」を抑制、正しい情報を報じている点です。

 就職差別など、てんかん患者に対する偏見にもとづくさまざまな形の差別が存在している以上、いらぬ偏見を煽らないよう毎日記事のように病名そのものを伏せる配慮は理解できます。

 しかし病名を伏せては事件の真相を深堀りして報道するというメディアの使命を達成することは不可能です。

 一方朝日記事は、幼い6人の犠牲者を出してしまったこの事件の重大性を鑑み、病名を明らかにした上で、徹底した詳細報道をしたのでしょう。

 患者に対する「報道被害」への配慮と、真実を伝えるために病名を明かす報道、どちらを取るのか、とても難しい問題であります。

 毎日新聞の報道姿勢は理解できますし肯定します。

 メディアはいらぬ偏見を煽らないよう「報道被害」への配慮を常に意識して記事を興す責任があると思っています。

 一方今回の朝日新聞記事の内容は、専門家の発言も詳細に取り上げていて記事がじつに丁寧に構成されているのを見ても、十分に「報道被害」への配慮を意識していることが伝わってきています。

 私はここまでの配慮をしたうえならば、病名を明らかにした勇気ある朝日記事を肯定的に評価したいです。

 こういう詳細に踏み込んだ記事は私たち読者が正確に起こったことを知る上で必要でしょう。

 蛇足になりますが、願わくば朝日新聞には、この素晴らしい徹底した勇気ある客観報道の姿勢を、大スポンサー企業、特に東京電力に対しても、是非示してほしいものであります。



(木走まさみず)