木走日記

場末の時事評論

「高齢者事故」産経新聞記事を深堀り徹底検証〜記事タイトル「有効な打開策見いだせず」では少し警察が気の毒だ!

 ついに政府は15日、高齢者の運転による交通死亡事故が相次いでいることを受け、首相官邸で関係閣僚会議を開くことを決定しました、安倍晋三首相や松本純国家公安委員長らが出席し政府として防止策を検討する模様です。

(関連記事)

高齢者事故防止へ きょう関係閣僚会議
http://www.sankei.com/politics/news/161115/plt1611150001-n1.html

 またメディアも社説等で相次ぐ高齢者事故を取り上げ警鐘を鳴らしています。

【朝日社説】高齢者の運転 重大事故を起こす前に
http://www.asahi.com/paper/editorial.html?iref=com_gnavi
【産経社説】重大交通事故 制度強化で高齢者を守れ
http://www.sankei.com/column/news/161115/clm1611150001-n2.html

 過熱気味のメディアのなかでも産経新聞は特にこの「高齢者事故」問題に危機感を抱いているようです。

 社説でもただちに「制度強化」すなわち高齢者の「免許の強制返納の仕組み」を検討すべきとしております。

 産経社説より当該箇所を引用。

 だが、高齢者の事故原因は認知症だけではない。人間、誰でも年齢を重ねれば判断力や運動能力は低下する。判断力を欠けば、自身の能力低下に気づくこともできない。認知症に限ることなく、免許更新時に運転適応能力を診断する機会は必要であり、これに応じた免許の強制返納の仕組みも検討すべきだろう。

 東京都立川市の病院駐車場で2人が死亡した事故では、産経は詳細な記事をおこしています、記事中にも、「高齢者ドライバーによる悲劇が相次いでいるが、」「繰り返される事故を防ぐ有効な打開策は見いだせていないのが現状」と危機感をあらわにしています。

(関連記事)

「生活の足」進まぬ免許返納…高齢者事故、有効な打開策見いだせず 運転の上江洲さん、過去に認知症の診断なし
http://www.sankei.com/affairs/news/161113/afr1611130004-n1.html

 当該記事の中で、警察庁の統計資料をもとにこの11年間の間に「85歳以上の交通事故は2.2倍に跳ね上がる」と、次のように指摘しています。

 警察庁のまとめによると、全国の交通事故件数は年々減少傾向にあるが、昨年1年間の80〜84歳による人身事故件数は、平成17年の1.5倍となる1万654件にのぼった。85歳以上は2.2倍の4241件に跳ね上がる。

 うーん、間違ってはいないのですが、産経記事の統計数値の使い方が、どうも表層的というか恣意的というか、「相次ぐ高齢者事故に有効な打開策が見いだせていない」という自説を補うために都合のいい数値を拾っている印象が否めないわけです。

 当ブログに言わせていただくとすれば、警察庁発表の統計資料を正しく検証すれば、相次ぐ高齢者事故に対してさらなる対策を講じるべきであることには異論はないのですが、記事タイトルにある「有効な打開策見いだせず」は少しばかり印象操作が強すぎで行政・警察側が気の毒に思えるのであります。

 しばしば、マスメディアでは統計資料を恣意的に引用して記事を構成しますが、記事の構成上資料の部分引用で済ますことが多いのですが、引用の仕方によっては、読者に記事の主張する表層的な「事実」は伝わっても、その裏側にある隠れた「重要」な事実が伝わらないことがあります、今回は地味ですがこの問題を取り上げてみたいと思います。

 すみません、関心がない読者には実に小さなこだわりと思えるかもしれませんが、マスメディアウォッチャーである当ブログとしてはこの辺りはすごくこだわりたいのです、メディアリテラシー的にです。

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 まずは産経記事の取り上げた数値を情報ソースより検証しておきましょう。

警察庁公開統計資料
平成27年における交通事故の発生状況
https://www.npa.go.jp/toukei/index.htm#koutsuu

 このPDFファイルの18ページにある「(参考)原付以上運転者(第1当事者)の年齢層別交通事故件数の推移」の図表が当該ソースであります。

 確かに80才以上(※見やすさのため以下、「80から84歳」と「85歳以上」のレイヤをひとつにまとめます)の運転者の年齢層別交通事故件数は、平成17年から27年にかけて、8645件から14895件と1.72倍になっています。

■図1:80才以上の運転者の年齢層別交通事故件数の推移

警察庁公開統計資料より当ブログ作成

 その間に、交通事故の総数は883730件から510050件と42%も減少しているのにです。

■図2:運転者の年齢層別交通事故件数の推移(全数)

警察庁公開統計資料より当ブログ作成

 結果、全交通事故件数の中の80才以上の割合は、この間に0.97%から2.92%とと3倍にも跳ね上がっていることが分かります。

■図3:80才以上運転者の交通事故件数割合の推移(%)

警察庁公開統計資料より当ブログ作成

 ここまでは産経記事が取り上げた統計数値通りです、その意味で産経記事は「正」であります。

 つまり警察庁のまとめによると、全国の交通事故件数は年々減少傾向にあるが、昨年1年間の80〜84歳による人身事故件数は、平成17年の1.5倍となる1万654件にのぼった。85歳以上は2.2倍の4241件に跳ね上がる。」は、正しいのであります。

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 しかしながらです。

 同じ警察庁が統計を公開している以下の資料群から母数を拾い出すとすると、少しばかり異なる見解、「違った風景」が見えてくるのであります。

警察庁公開統計資料
運転免許統計 平成17年版
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo9/h17_main.pdf
運転免許統計 平成18年版
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo10/h18_main.pdf
運転免許統計 平成19年版
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo11/h19_main.pdf
運転免許統計 平成20年版
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo12/h20_main.pdf
運転免許統計 平成21年版
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo13/h21_main.pdf
運転免許統計 平成22年版
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo13/h22_main.pdf
運転免許統計 平成23年
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo13/h23_main.pdf
運転免許統計 平成24年
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo13/h24_main.pdf
運転免許統計 平成25年版
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/index.htm
運転免許統計 平成26年
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/index.htm
運転免許統計 平成27年
https://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/index.htm

 上記各資料からこの期間の80才以上の運転免許保有者数の推移をグラフ化してみましょう。

■図4:80才以上の運転免許保有者数の推移

警察庁公開統計資料より当ブログ作成

 このように、749518人から1962446人とこの11年間で80才以上の運転免許保有者はなんと2.62倍に膨らんでいることが分かります。

 参考までに同期間の運転免許保有者数(全数)の推移もグラフ化しておきましょう。

■図5:運転免許保有者数の推移(全数)

警察庁公開統計資料より当ブログ作成

 全数はご覧のとおり7879万から8215万へと微増しています。

 とするならば、80才以上運転免許保有者の割合はこの11年間に0.95%から2.38%に増えていることになります。

■図6:80才以上運転免許保有者の割合の推移(%)

警察庁公開統計資料より当ブログ作成

 つまりです。

 産経記事が指摘した通り、確かに80才以上の運転者の年齢層別交通事故件数は、平成17年から27年にかけて、8645件から14895件と1.72倍になっている(■図1)わけですが、同じ期間に80才以上の運転免許保有者数は、749518人から1962446人と2.62倍事故件数をはるかに上回る増加率だったわけです。

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 この11年間に何が起こっていたのか?

 事実をまとめます。

 ひとつ、平成17年から27年にかけて、80才以上の運転者の年齢層別交通事故件数は、8645件から14895件と1.72倍になっています。

■図1:80才以上の運転者の年齢層別交通事故件数の推移

警察庁公開統計資料より当ブログ作成

 ひとつ、同じく平成17年から27年にかけて、80才以上の運転免許保有者数は、749518人から1962446人と2.62倍になっています。

■図4:80才以上の運転免許保有者数の推移

警察庁公開統計資料より当ブログ作成

 結論、上記事実より、平成17年から27年にかけて、80才以上運転免許保有者1000人当たりの交通事故数は、次の式:「各年の■図1の値 / 各年の■図4の値 * 1000」で得ることができますからグラフ化できます、すると80才以上の事故発生率は、実は11.53人から7.59人と、34%も減少していることがわかります。

■図7:80才以上運転免許保有者1000人当たり交通事故数の推移(件数)

警察庁公開統計資料より当ブログ作成

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 つまりです。

 高齢者の事故総数は確かに増加していますが、しかしその主因は分母である高齢者ドライバーそのものの数が急増しているのが主因であり、実は高齢者の1000人当たりの事故発生率はこの11年間減少しているのが事実なのであります。

 このエントリーは産経記事を批判する意図はありません。

 産経が記事に起こした数字はどれも「正しい」わけです。

 しかし、しばしば、マスメディアでは統計資料を恣意的に引用して記事を構成しますが、記事の構成上資料の部分引用で済ますことが多いのですが、引用の仕方によっては、読者に記事の主張する表層的な「事実」は伝わっても、その裏側にある隠れた「重要」な事実が伝わらないことがあります。

 産経の記事タイトル「有効な打開策見いだせず」の裏には、このような事実が隠れていることも知っておくべきでしょう。

 「有効な打開策見いだせず」は、よりていねいに表現すれば「警察行政はこの11年間打開策をいくつか試し、高齢者の事故発生率を減少させているのに有効であった。しかし、高齢者ドライバーの増加率は事故発生率減少のペースをはるかに凌駕している結果、発生数そのものは増加傾向が続いているつまり歯止めがかかっていない、その意味での有効な打開策はいまだ見いだせていない」、こんな感じではないでしょうか。



(木走まさみず)