木走日記

場末の時事評論

亀井モラトリアムとメディアスクラム〜マスメディア社説は取り上げない、日本の企業家が「再チャレンジ」できない理由

 日経新聞電子版12日付け記事から。

返済猶予制度「貸し出し条件変更は幅広く」 大塚金融副大臣

 大塚耕平金融担当副大臣は11日のテレビ朝日番組で中小企業などを対象とする債務の返済猶予制度について「貸し出し条件の変更には猶予以外にも色々なバリエーションがある」と述べ、金利の引き下げや返済期間の延長、債権放棄など債務者に有利な貸し出し条件の変更を幅広く含める方向で検討していることを明らかにした。
 政府は9日、金融機関に対して借り手の貸し出し条件変更の要請にできるだけこたえる「努力義務」を課すことを柱とする新制度の骨格を発表していた。大塚副大臣は番組で「もう少し関心を広く持ってもらいたい」とも強調。返済猶予は条件変更の一部であり、それ以外の条件変更にも幅広く応じるよう金融機関に促す意向をにじませた。(07:00)

http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20091012AT2C1100311102009.html

 一律としてではなく「努力義務」となった中小企業などを対象とする債務の返済猶予制度、いわゆる亀井モラトリアム法案ですが、政府・民主党の中にも異論がある中、亀井金融大臣のキャラクターや無遠慮(失礼)な発言もあいまってか、それにしてもここ20日間ほどのTV・新聞では、まさにメディアスクラムと言っていいでしょう、亀井モラトリアム法案に大反対報道が連日繰り返されてきました。

 不肖・木走は、中小・零細企業の経営コンサルもさせていただいていますので、この亀井モラトリアム法案の成り行きを注目して見守ってきました。



●過去20日間のメディアスクラムを大新聞社説でトレースしておく

 過去20日間で本件を取り上げた朝日・読売・毎日・産経・日経、大新聞社説は時系列に以下の7本。

【日経社説】9月18日 亀井さん、冷静に企業金融支援を考えて
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090917AS1K1700217092009.html
【毎日社説】9月20日 銀行経営の国家統制か
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20090920k0000m070116000c.html
【産経社説】9月20日「禁じ手」が経済活力を奪う
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090920/stt0909200237003-n1.htm
【読売社説】9月25日 金融に国が介入する状況か
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090924-OYT1T01289.htm
【朝日社説】9月29日 亀井大臣に再考を求める
http://www.asahi.com/paper/editorial20090929.html
【産経社説】10月10日返済猶予原案 市場歪める制度再考求む
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/091010/fnc0910100301000-n1.htm
【毎日社説】10月11日 貸し渋り対策 国民の負担軽くみるな
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20091011k0000m070091000c.html

 「銀行経営の国家統制」や「市場歪める制度」などのタイトルを見れば一目瞭然ですが全社説が亀井モラトリアム法案を厳しく批判しています、毎日と産経は日をおいて2本社説を立てております。

 各社説の主な反対理由を列挙しておきましょう。

・政府がこのような措置を強いるのは資本主義の仕組みではあり得ない。(【日経社説】9月18日)
・金融不安を広げたり、金融機関がかえって新規融資に慎重になったりする弊害も考えられる。(【日経社説】9月18日)
・「借りたお金は返す」という規律も乱れる。(【日経社説】9月18日)
・本来は淘汰や整理される企業を安易に延命させるようだと、長期的にみて日本経済の体質は弱くなってしまう。(【日経社説】9月18日)
・「鳩山政権は企業経営に介入する」「国家統制色が強い」とのメッセージを発し、国内外からの不信を招きかねない。(【毎日社説】9月20日)
・亀井氏は、民間金融機関に、そうした個別評価を放棄し、国の方針に従って融資を続けろ、というのであろうか。(【毎日社説】9月20日)
・猶予の制度化が、新規融資の手控えにつながる恐れさえある。(【毎日社説】9月20日)
・民間金融機関には国内外に多数の株主がいるということを忘れているのだろうか。(【毎日社説】9月20日)
・新しい規制の内容次第では、日本の金融機関がより大きな影響を受け、さらに融資の抑制に走る事態もありうる。(【毎日社説】9月20日)
・こうした手段はそもそも財産権を侵害し、民間金融を歪(ゆが)める禁じ手だと認識すべきである。(【産経社説】9月20日)
・民間の融資条件を国の強権で事後的に変更させることはあってはならない。(【産経社説】9月20日)
・金融機関の収益悪化が懸念されるだけでなく、新規融資に慎重になってしまう恐れもある。(【産経社説】9月20日)
・本来潰(つぶ)れてもしかたない企業を存命させて健全な企業の活動や新規参入を阻害し、経済全体の活力が失われては本末転倒だ。(【産経社説】9月20日)
・借りたお金を返さなくていいと国がお墨付きを与えるような制度には問題がある。(【読売社説】9月25日)
・お金の貸し借りに国が介入して契約を変更させることは、自由経済では禁じ手だ。これでは、金融機関が安心して取引できなくなる。(【読売社説】9月25日)
・仮にモラトリアムが実施され、巨額の返済が長期間止まれば、銀行の業績は悪化し、融資の余力は低下しよう。新規融資に回せる資金も不足する。(【読売社説】9月25日)
・返済猶予の法制化は、私的な契約である金銭貸借の内容に国家権力が踏み込むことであり、本来、市場経済を甚だしくゆがめる手法だ。(【朝日社説】9月29日)
・実施すれば弊害や副作用は大きい。関連融資の総額は280兆円。利ざやが1%なら、銀行界全体から3兆円近い利益が消える計算だ。銀行経営を圧迫し、むしろ貸し渋りを助長する恐れすらある。(【朝日社説】9月29日)
・本質的に市場経済を歪(ゆが)めてしまう制度は問題であり、改めて再考を求めたい。(【産経社説】10月10日)
・金融機関はその期間中、利益が減って損害を被る。それで経営が悪化した場合、誰が責任を取るのか。「公的資本を注入すればいい」では済まされない。(【産経社説】10月10日)
・貸し手、借り手双方のモラルハザードも心配だ。借り手が安易に返済猶予を求めるだけではない。金融機関の中にも「どうせ最後は公的資金で補填(ほてん)される」と再建計画を十分審査せず、返済を猶予するケースがでてきかねない。(【産経社説】10月10日)
・邦銀の国際的な信用低下も懸念される。(【産経社説】10月10日)
・永易克典全国銀行協会会長も「主要国で例がない」と反発している。(【産経社説】10月10日)
・まず、どういう企業を救うかという選定の難しさがある。借金の返済を一時的に棚上げすることで、中小企業の業績が回復すればもちろんいい。しかし、破綻(はたん)の恐れがある企業まで対象となる心配もある。(【毎日社説】10月11日)
・万一、返済猶予先が倒産しても、銀行が損をしないよう政府が保証を付けるともいっている。業績回復の見込みが低くても、救済しておこう、とならないか。(【毎日社説】10月11日)
・銀行に代わり損をするのは納税者だ。(【毎日社説】10月11日)
・長期にわたるさまざまな救済措置には、企業の経営改革を遅らせたり、破綻状態の企業をいたずらに延命させたとの批判もある。(【毎日社説】10月11日)

 重複した意見もあるのでちょっと整理しますと、マスメディア社説の主な反対理由は次の6つの主張に集約できそうです。

1:政府がこのような措置を強いるのは資本主義の仕組みではあり得ない。(【日経社説】9月18日)
2:猶予の制度化が、新規融資の手控えにつながる恐れさえある。(【毎日社説】9月20日)
3:民間の融資条件を国の強権で事後的に変更させることはあってはならない。(【産経社説】9月20日)
4:貸し手、借り手双方のモラルハザードも心配だ。(【産経社説】10月10日)
5:邦銀の国際的な信用低下も懸念される。(【産経社説】10月10日)
6:長期にわたるさまざまな救済措置には、企業の経営改革を遅らせたり、破綻状態の企業をいたずらに延命させたとの批判もある。(【毎日社説】10月11日)

 実は私も、今回の返済猶予制度が、「猶予の制度化が、新規融資の手控えにつながる恐れさえある」(【毎日社説】9月20日)ことをずっと危惧しています。

 中小・零細企業のコンサルをしている現場から言わせていただければ、ただでさえ大企業に比べて財務体質が脆弱な中小・零細業に対する金融機関の融資審査はハードルが高いわけで、一度でも返済猶予(モラトリアム)を申請したらそれ以後の新規融資が事実上受け付けられなくなる可能性は大きい、私の顧客達もみなそこをまず心配しております。

 合わせて、「貸し手、借り手双方のモラルハザード」が心配なのもよく理解できます。

 返済猶予制度で銀行側のリスクをゼロにしてしまうと審査基準が甘くなりますでしょうし、当然ながら融資しても無駄と思われる、倒産必定の会社の延命などにも少なからず使われることになり、結果、「公金での補償」という形で国民の税金から払うことになります。

 そうなれば、「企業の経営改革を遅らせたり、破綻状態の企業をいたずらに延命させたとの批判」(【毎日社説】10月11日)も当然でありましょう。

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●マスメディア社説は取り上げない、日本の企業家が「再チャレンジ」できない理由

 ただこれら大新聞の社説をいくらトレースして読みかえしても、これらのマスメディアの「正論」では決して触れられていないこの問題の重大な暗部が日本にはあることは指摘しておきたいです。

 メディアはこぞって「本来は淘汰や整理される企業を安易に延命させる」ことはよくないと主張しています。

・本来は淘汰や整理される企業を安易に延命させるようだと、長期的にみて日本経済の体質は弱くなってしまう。(【日経社説】9月18日)
・本来潰(つぶ)れてもしかたない企業を存命させて健全な企業の活動や新規参入を阻害し、経済全体の活力が失われては本末転倒だ。(【産経社説】9月20日)
・まず、どういう企業を救うかという選定の難しさがある。借金の返済を一時的に棚上げすることで、中小企業の業績が回復すればもちろんいい。しかし、破綻(はたん)の恐れがある企業まで対象となる心配もある。(【毎日社説】10月11日)
・長期にわたるさまざまな救済措置には、企業の経営改革を遅らせたり、破綻状態の企業をいたずらに延命させたとの批判もある。(【毎日社説】10月11日)

 これらの市場原理主義的意見は、マクロにおいて「正論」でありましょう。

 池田信夫先生もその点を10日付けブログで指摘されています。

 失礼してその箇所を抜粋して引用・紹介。

(前略)

だから21世紀型の企業には、意思決定はオーナーが単独で行ない、失敗したらすぐ撤退して出直すユニクロ型の経営が適している。資本市場が発達すれば「再チャレンジ」も容易になるので、倒産のコストも小さくなる。企業に生存権はないのだから、どんどんつぶれて再生すればいいのだ。それを無理に延命するモラトリアム法は、日本経済全体を殺すだろう。

池田信夫 blog
オーナー企業の時代
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/4aca4adaaf0c65741d655d6bff2d37eb

 たしかに「資本市場が発達すれば「再チャレンジ」も容易になるので、倒産のコストも小さくなる。企業に生存権はないのだから、どんどんつぶれて再生すればいい」のはごもっともですが、問題は現在の日本が果して「再チャレンジ」が容易なほど資本市場が成熟しているのか、という点だと思います。

 日本の場合、多くの中小・零細業が銀行から融資を受けるときには例外なく代表者は借金の連帯保証を金融機関から求められます。

 そうすると多くの場合、「会社の倒産=代表者の自己破産」という「再チャレンジ」と真逆な方程式が成立することになります。

 今年の1月にエントリーした私のクライアントの話を再掲します。

(前略)

●不況の中雇用を維持し続けるのは、人が物つくりの中心である零細業においては立派な施策

 先月倒産した私のクライアントの話をご紹介しましょう。

 目の前で夫(社長)が自己破産手続きの書類にサインするのを気丈にも夫の肩に手を添えて見守る奥さんの姿、5号認定(年末の特別融資枠)の希望申請枠が審査が通らず半減され、資金繰りに窮し越年を断念、倒産を選択したこのご夫妻は、自己資産のすべてを失い、自己破産されました。

 日本の場合、信用力のない中小零細企業が資金を金融機関から借りる場合、金融機関は例外なく代表取締役個人の連帯保証を求めますから、会社が倒産や解散する場合、日本の多くの事業主は連帯保証人として財産が没収され、多くの場合それでも足らないので自己破産の道しか残されていないのです。

 ご夫妻には中学生と小学生の二人のお子さんがおられますが、企業家として立派だと思えたのは廃業の際、わずかに残っていた自己資金を全て、これから年の瀬だというのに職を失う、最後まで雇用し続けていた6人の従業員達にあてがったことでした。

 一人当たりとしてはわずかな金額ですが、愛する家族よりも、愛する従業員を優先させる、起業家としての最後のけじめなのでしょう。

 同じく家庭と会社を持つ立場として、この社長の悲壮なしかし立派な行動に私は深い感銘を覚えました。

 また職を失った6人の従業員の人々も、誰一人この社長夫妻を恨むこともなく、最後には給与は半分にまで減らされていましたが、限界まで雇用し続けたご夫妻に感謝の言葉を繰り返していました。

 大企業が振りかざす一般の経営論からすれば、不況の中、雇用を維持し続けるのは愚策となりましょうが、人が物つくりの中心である零細業においては、これは立派な施策なのであります。

 そして、これぞ、実業者としての矜持(きょうじ)というものでありましょう。

 ・・・

(後略)

■[コラム]不況の中倒産するまで雇用を維持し続ける中小零細企業の矜持
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20090104

 市場原理主義的意見として「本来は淘汰や整理される企業を安易に延命させる」ことは日本経済にとってよくないことであるのはマクロ的には理解します。

 しかしながら、日本の場合、ミクロ的すなわち個々のケースでは、起業家たちが借金の連帯保証人になっている限り、多くの場合「会社の倒産=代表者の自己破産」が成立し、「再チャレンジ」どころか家庭崩壊、最悪の場合代表者の自殺などの悲劇が起こっています。

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 私は個人的には、返済猶予(モラトリアム)よりも、例えば5年返済を10年返済に延ばし月々の返済額を減らす、といったような柔軟なリスケによる月々の返済金額の縮小・圧縮に金融機関が柔軟に対応してくれることのほうが、安心してこの制度を利用でき、救われる中小零細業が多いのだと考えます。

 「毎月返さなくていい」のではなく「毎月返す額を減額する」のであれば、モラルハザードも起こりづらいでしょうし、国民の理解も得られやすいと思うのです。

 そしてマスメディア社説は取り上げないですが、日本の起業家が「再チャレンジ」できない理由に、この過酷な連帯保証制度があります。

 せめて、例えば国の保証枠の範囲内は個人の連帯保証は金融機関は求めないような、制度改革を政府は考えてみてはいかがでしょうか。

 「クラッシュ アンド ビルド」、破壊して創造する、失敗した起業家・企業家たちが「再チャレンジ」するためには、今のこの国の制度はペナルテイが重過ぎると考えます。 



(木走まさみず)