木走日記

場末の時事評論

開業医と勤務医を一緒くたに語る麻生発言の問題点

●「医師は常識欠落」 麻生さん「失言」では済まない〜毎日社説

 21日付け毎日新聞社説から。

社説:「医師は常識欠落」 麻生さん「失言」では済まない

 全国都道府県知事会議で医師不足への対応を問われた麻生太郎首相が「自分で病院を経営しているから言うわけではないが、医者の確保は大変だ。(医師には)社会的常識がかなり欠落している人が多い」と述べた。地方の医師不足の原因が医師側にあることを指摘したかったとみられるが、乱暴な発言だと言わざるを得ない。これには医師の団体だけでなく、首相を支える政府・与党からも批判や苦言が相次いだ。異例のことである。

 麻生首相はさらに「(医師不足が)激しくなれば、責任はお宅ら(医師)の話ではないのか。お医者さんを『減らせ、減らせ』と言ったのは、どなたでしたかという話も申し上げた」と追い打ちをかけた。

 医師の団体が医師抑制を働きかけたことは事実だが、それを後押ししたのは自民党だった。医師不足を医師側の責任と主張するのなら、客観的な事実を示すべきだ。自らの病院経営の中で感じたことを話したのだとすれば説得力がない。首相発言は医師不足の現状を打開する手がかりになるどころか、混乱をもたらすだけだ。こういう発言こそ「社会的常識」を欠いたものと指摘せざるをえない。

 麻生首相は同知事会議の後、記者団に「まともなお医者さんが不快な思いをしたというのであれば、申し訳ありません」と釈明、発言の翌日、首相官邸を訪れた日本医師会唐沢祥人会長に対し「言葉遣いが不適切であり、撤回したい」と陳謝した。一日で撤回に追い込まれるような発言は二度とすべきではない。

 言わなくてもいいことを軽々に口にし、医師不足にどう対応するのかという、国民が一番聞きたいことを言わないというのは、おかしい。これでは医療に対する国民の不安を取り除くことはできない。

 医師不足を招いた歴史的な経過を踏まえて原因を分析し、具体的な解消策を示すのが政府の仕事である。麻生首相には発言を改めて謝罪し、医師不足対策の先頭に立ってもらいたい。妊婦が受け入れを断られて死亡した問題が起きるなど、医師不足の解消は直ちに取り組むべき問題だからだ。

 人手不足で過重な勤務をしながら、現場で患者のために日夜働いている医師はたくさんいる。こうした医師らの努力を麻生発言が無にしてしまうことにならないか、心配だ。「失言」だと釈明して済む問題ではない。医師不足という「未曽有の危機」を麻生首相はどこまで理解しているのだろうか、と言いたくなる。

 医師不足対策は緊急の課題である。国、都道府県、そして病院や診療所の医師らが足並みをそろえて動き出さないと、問題は解決しない。医師の理解と協力が何よりも必要なときに、あえて神経を逆なでするような不用意な言葉を投げつけてしまった責任は重い。

http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20081121k0000m070166000c.html

 「自分で病院を経営しているから言うわけではないが、医者の確保は大変だ。(医師には)社会的常識がかなり欠落している人が多い」

 「(医師不足が)激しくなれば、責任はお宅ら(医師)の話ではないのか。お医者さんを『減らせ、減らせ』と言ったのは、どなたでしたかという話も申し上げた」

 ですか。

 で、結果として一日で陳謝です、

 「まともなお医者さんが不快な思いをしたというのであれば、申し訳ありません」

 「言葉遣いが不適切であり、撤回したい」

 うーん、確かに毎日社説子さんの「一日で撤回に追い込まれるような発言は二度とすべきではない」には同意するしかありませんね、国政の最高責任者としては少々軽口が過ぎたってことでしょうか。

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●医師が一般人と思考回路を共有していないのはある意味当然である〜勤務医S氏の興味深い話

 でもですね、「(医師には)社会的常識がかなり欠落している人が多い」という麻生さんの発言は、正確さに欠く問題は確かに有るのでしょうが、医師の中にはそういう人も含まれているという意味合いならば、私は納得できますです。

 ITコンサルという職業柄、かつて私のクライアントに都内某私立病院がありました。
 私はその病院の中のいくつかのITサブシステムのうち、医療検査システムを担当していました。

 そのとき当然ながらクライアントとの打ち合わせは事務方の担当者が中心でしたが、医学的知識が求められる内容のときには、しばしば担当医局の勤務医にも同席いただきました。

 その席でのことですが、まあこの勤務医の物言いがですね、すごいんです、私達業者の言うことを、賛成するにしろ反対するにしろ質問に答えるにしろ、ことごとく否定文から入るんですね。

 賛成するときも私達の作成したドキュメントの医学的知見の甘さや小さな誤りを正した上で、賛成するんです。

 質問に答えるときも、質問の設問の仕方が医学的におかしいと、まずは自分の医学的知識の披露をしてからでないと、回答しないのであります。

 その指摘は医学的にすべて正しく打ち合わせが有益だったことは認めるものですが、しかし打ち合わせの度に完全否定されちゃうので、こっちも人間ですからだんだん気がめいっちゃうわけです。

 当時、友人の大学病院の勤務医をしていたS氏に飲みながら私は八つ当たりしたものです。

 S氏に私は先述の打ち合わせの件を説明し、その担当医の態度を文句をいったものです。

 「彼は、おそらく優秀な医師であり専門知識も有しているのは認めるが、どうにも専門外は口を出すな的傲慢さを感じてしまって、人間性に問題があると思うがどうよ」

 そのような私の愚痴に対し、S氏は苦笑しながら次のような発言をして私をなだめたのであります。

 「おそらく彼自身が教授か先輩から同様の医学的批判をキツメに受けてきたんじゃないのかな、彼にとっては別に自分の態度を傲慢とは感じていないのだろう、自分が経験してきたことを当然のように再現しているにすぎないのさ、医者の世界は狭いから学閥やら妙に体育会系のノリがあるからね」

 うーん、なるほどねと思いつつ、それでもやっぱ傲慢じゃねいかなとか考えてた私にS氏は付け加えるようにその医師を弁護するのでした。

 「まあ、医師が君達ビジネスマンと思考回路を共有していないのはある意味当然でもあるんじゃないかな。君達はコスト意識をたえず持ちながら利潤を追求するのが使命だが、医師のつとめはそれが建前にせよ人の命を救うことにあるわけだ。君達にとって顧客との良好な関係は売り上げ確保の面で当然プライオリティが高いのだろうが、医師側からすれば業者との関係に配慮することに重きを置くわけはない、そんな時間があれば本業のほうを優先すべきだろう。」

 ・・・

 どうなんでしょうね、たった一人の例ですべてを語るような愚論を展開するつもりは毛頭ないのですが、確かにS氏の言うように医師には医師独特の思考回路があって当然なのでしょうね。

 それがときに、一般人の目には「社会的常識がかなり欠落している」(麻生首相)と映るケースがあるのかもしれません。

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●開業医と勤務医を一緒くたに語る麻生発言の問題点

 そもそも、医師が「社会的常識がかなり欠落している」のかどうかは、現状の勤務医不足の本質的議論にはならないでしょう。

 麻生発言で問題なのは「(医師不足が)激しくなれば、責任はお宅ら(医師)の話ではないのか。お医者さんを『減らせ、減らせ』と言ったのは、どなたでしたかという話も申し上げた」という点で、日本の医師全体があたかも「お医者さんを『減らせ、減らせ』と言った」みたいな印象を与えていますが、これは事実を正確に反映した発言ではないと思います。

 毎日社説が「医師の団体が医師抑制を働きかけたことは事実だが、それを後押ししたのは自民党だった」と指摘していますが、日本医師会が医師減らしの圧力をかけていたのは事実でありましょう。

 しかしここで問題なのは、日本医師会という圧力団体は決して日本医学会の総意を代表している団体なのではないという事実であります。

 先述の勤務医S氏によれば、日本医師会の主要メンバーや役員構成は、やはり体育会系ノリもあり、明らかに町場の老いた開業医達の代弁機関に成り下がっていて、若い勤務医の意見などいっさい反映していない、というのであります。

 つまり、医師会の老人達が自分達の保身のためにお医者さんを『減らせ、減らせ』と言ったのであり、その結果、若い勤務医たちが過酷な労働条件に陥ってしまったという側面を、麻生さんの発言は乱暴にも一緒くたに語ってしまっていることに問題があると思います。

 勤務医と開業医では収入で倍近くの開きがあることも含めて、この勤務医不足の問題は議論を深めていく必要があると思います。



(木走まさみず)