覆水盆に返らず〜毎分30億円というとんでもない損失をくらったみずほ証券
●想定外の大株主が続々誕生で前代未聞の異常事態なんだそうな
今日の朝日新聞記事から・・・
証券会社がジェイコム「大株主」に モルガンや野村など
みずほ証券がジェイコムが発行する株式の40倍以上の売り注文を出したことで、想定外の大株主が誕生している。米モルガン・スタンレーが、発行済み株式数に対し、31.19%(4522株)の保有比率に達したことが9日明らかになった。だが、8日のジェイコム上場で市場に流通している株は3000株しかなく、実在しない株を買った「架空の大株主」といえそうだ。
8日の取引状況によると、みずほ証券が47万株を買い戻した午前9時37分までに1000株以上の買い注文が約60件成立。モルガン以外でも、野村証券が「6.90%を保有している」と公表した。他のインターネット証券も取得したといい、証券会社のトレーディング(自己売買)部門が短期の利ざや確保目的で取得した例が多いとみられる。
こうした大株主の保有比率はいずれも6〜数十%にのぼり、すべての保有比率を足すと100%をはるかに超える異常事態となっている。
2005年12月10日07時33分
http://www.asahi.com/business/update/1210/005.html
うーん、これはちょっと大変な展開になってしまいましたね。
上記記事だけでは一般の読者の方には、わかりづらいと思いますので、この一件、簡単におさらいしておきましょう。
いくつかの報道からまとめてみると、以下のような顛末でありました。
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で、事件の発端になった日時は8日であります。
8日午前9時に新規上場したジェイコム株は、同27分に初値67万2000円をつけます。
同じころ、みずほ証券は顧客から「ジェイコム株を61万円で1株売り」の注文を受けます。
で、みずほ証券の担当社員はコンピュータ端末機の新興市場マザーズ株売買エントリー画面を前にキー操作するのでありますが、なんと「ジェイコム株を61万円で1株売り」の注文を「1円で61万株売り」と金額と株数を逆に入力、端末の警告も見落としてしまうのであります。
この電子取引は瞬時に成立してしまいました。
大量の売りを受け株価は値幅制限いっぱい(ストップ安)の57万2000円に急落します。
約1分半後、みずほ証券の近くにいた別の社員が警告に気づいたのであります。
誤入力に気付いた担当社員は焦りました。取り消し作業を3回行ったそうですが、その時点の価格で入力しなければならないのに、慌てていたために元の「1円」のまま取り消そうとし続けて失敗し、傷口を広げたのであります。
結局、みずほは買い戻しを始めるのですが、61万株の内、買い戻せたのは48万株あまりに留まり、約13万株は買い戻せずに残ったのでございます。
この誰かサンに買われてしまった13万株でありますが、ありゃありゃ後の祭り、「覆水盆に返らず」でありまして、暴落したジェイコム株は、餌に群がるハイエナのような世界中の投資家達に買いまくられてしまっていたのであります。
で、上記記事のつたえるように、午前9時37分までに米モルガン・スタンレーや野村証券のような想定外の大株主が続々誕生してしまったのでございます。
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●わずか10分間に300億円の損失をくらったみずほ証券
しかしこの事件というか誤入力による不始末のツケは高く付きました。
今日の産経新聞から・・・
みずほ証券誤発注 現金決済も
みずほ証券が大量の誤った売り注文を出したジェイコム株について東京証券取引所は九日、終日売買を停止し、関係機関と収拾策の検討に入った。みずほ証券は六十一万株の売りという誤発注から数分後に四十六万七千株を買い戻したが、買い残しは四万六千株以上あるとみられ、損失額は三百億円規模にのぼる見通しだ。
(後略)平成17(2005)年12月10日[土] 産経新聞
http://www.sankei.co.jp/news/morning/10iti001.htm
9時27分に初値が付いて、直後に担当員誤入力してあわてて買い戻しを行った9時37分までのわずか10分間に、三百億円規模の損失をくらったわけであります。
ふう。
わずか10分間に300億の損失とは、現在の世界中の株取引が瞬時に行われているネット電子取引のげに恐ろしきパワーであります。ブルブルブル。
まあ、今回の原因はもちろん、人による誤入力であり、ちょっとしたケアレスミスというか慢心もあったのでしょうが、ヒューマン・エラーではあることは確かです。
入力内容に対して警告も画面に出ていたのにそれも見落としていたのでは何ともお粗末な話ではあります。
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●入力システムの入力値チェックロジックにも問題があったのではないか?
しかし、この問題、ヒューマン・エラーだけで済まされない問題であるとも言えそうです。
昨日の毎日新聞から・・・
(前略)
UBSの場合は、誤発注した株数が電通株の発行済み株式の範囲内で、買い戻せた。だが、みずほの誤発注は発行済み株式の42倍にもなり、UBSのように買い戻し切れなかった。
今回の原因は、人間の失敗(ヒューマン・エラー)の連鎖だが、失敗を前提に、事後の対応を想定して被害を最小限に食い止める「フェイル・セーフ」の発想が東証と証券会社になかったことが、事態を拡大した。
みずほが誤発注に気付いたころ、東証も異常事態を察知し、みずほに電話を3回入れて対応を求めたが、みずほ側が「注文取り消し作業中」と返答するのを聞き置くだけ。
東証のシステムでは誤発注の具体的な内容が把握できない。発行済み株式数を超える今回のような異常な注文を自動的に拒否する“安全装置”もなかった。
9日未明の会見で東証は、対応に問題はなかったと説明した。だが、電話で、みずほに具体的な内容を問いただしておらず、そうしていれば、この時点でジェイコム株を売買停止にするといった選択肢もあったはずだ。システムの欠陥、人的対応の甘さの両面で、大きな落とし穴が露呈した。
(後略)
毎日新聞 2005年12月9日 14時11分 (最終更新時間 12月9日 14時30分)
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20051209k0000e020092000c.html
確かに「今回の原因は、人間の失敗(ヒューマン・エラー)の連鎖だが、失敗を前提に、事後の対応を想定して被害を最小限に食い止める「フェイル・セーフ」の発想が東証と証券会社になかったことが、事態を拡大した」のは事実でしょう。
上記毎日新聞の記事内容とあわせて考えてみると、この不始末、IT関連業の不肖・木走の立場で言わせていただくと、ヒューマンエラーだけではなくシステム側にもいわばシステムエラーとでも言うべき、2つの致命的なチェックロジックの不備と言いますか欠陥があったのではないのかと推測しております。
■問題1:株単価1円はエラーとしてチェックできたはず
「61万円で1株売り」の注文を「1円で61万株売り」に誤入力したわけですが、株単価1円というのは、どう考えても常識的にはあり得ない数値なのではないでしょうか。 もちろん過去には10円を割るような廉価な株もあったわけですが、このように大量な株数を1円で取り引きする例はあり得ないはずです。
「1円」などというあり得ない入力がされたならば、これは、「警告」のようなワーニングではなく「入力不可」「入力エラー」として受け付けないようにしておくべきではなかったでしょうか。
■問題2:取引株数61万株はエラーとしてチェックできたはず
次に取引株数61万株でありますが、これもチェックできたはずです。なぜならジェイコムの発行済み株式総数は1万4500株であり、その数値はシステム側で当然認識できていたはずです。少なくても発行済み株式総数を越える取引は物理的にあり得ないわけでして、これはやはり入力チェックで入力エラーとして受け付けないようにしておくべきだったのでしょう。
・・・
いずれにしても『覆水盆に返らず』でありまして、わずか10分間に300億の損失を出してしまったみずほ証券及び東証のコンピュータシステムは、ヒューマン・エラー対策や入力プログラムのチェック強化などを見直さざるを得ないのでありましょう。
しかし、10分間で300億、つまり毎分30億円というとんでもない高い授業料になっちゃったわけであります。
(木走まさみず)
<木走よりお知らせ>
12月8日のエントリー内容を元にインターネット新聞JANJANにて記事投稿いたしました。本日掲載されましたのでお知らせいたします。
インターネット新聞JANJAN
耐震強度偽造問題:同じスキルを官民で差別する国交省の欺瞞 2005/12/10
https://www.janjan.jp/living/0512/0512096145/1.php