木走日記

場末の時事評論

旧経世会の落日に一つの時代の終焉を見る〜積年の闘争に勝利した小泉純一郎

kibashiri2005-08-25


 劇場型選挙で騒がれている中で一人の政治家が引退を表明しました。



●小泉の反経世会闘争勝利の日

橋本元首相、地元・岡山で政界引退を公式表明 「体調悪い」

 自民党橋本龍太郎元首相(68)は20日午後、岡山県倉敷市で開いた後援会の会合で支持者に対し「体調が悪いので政界では働けない。皆さんにお世話になった」と述べ、政界引退を公式に表明した。

 橋本元首相は1996年1月、村山富市首相の退陣表明を受けて第82代首相に就任。自民、社民、さきがけ3党連立政権の下で、財政構造改革や現在の1府12省庁再編に道筋を付けたほか、消費税率の3%から5%への引き上げを実施した。首相退任後は森内閣行政改革担当相を務めたほか、中国や中東外交などに力を入れていた。

 橋本氏は日本歯科医師連盟日歯連)から旧橋本派への1億円献金隠し事件が発覚したのを受け、昨年7月の同派総会で、派閥会長を辞任し離脱。次の衆院選で「小選挙区では出ない」と述べ、政界引退を示唆した。その後、旧橋本派は1年以上も会長不在が続いている。

 今年8月11日には後援会幹部らに「体調」を理由に岡山4区からの出馬見送りを伝えた。同区には既に、後継として二男の岳氏(31)が自民党の公認を受けている。橋本氏は、比例代表中国ブロックからの擁立については、自民党岡山県連などからの要請があれば応じる考えもみせたが、自民党執行部は原則として比例代表単独候補を認めない方針を示していた。(共同)

(08/20 19:19) 産経新聞
http://www.sankei.co.jp/news/050820/sei062.htm

 今回の橋本龍太郎元首相の政界引退でありますが、旧経世会の落日を示す象徴的な出来事でありましょう。

 小泉自民党執行部が郵政民営化反対派の選挙区に次々と対抗馬を擁立する中、各派閥は沈黙を守りました。というより、声すらあげられなかったのです。ことに綿貫民輔保利耕輔藤井孝男衆院で十六人が反対票を投じた旧経世会の凋落(ちょうらく)ぶりは著しいものがあります。

 同じ選挙区で複数の自民党候補が当選できた中選挙区制時代は、派閥の力関係が当選を左右してたわけです。特に旧経世会の前身である田中派は「総合病院」と称されるほど建設業界をはじめ産業界と太いパイプを築き、潤沢な資金力で他派閥を圧倒しました。ポストとカネと情報を一手に握って、時の政権に大きな影響力を行使してきました。

 しかし、平成八年の衆院選から小選挙区比例代表並立制に移行すると、公認権を持つ党執行部の権限が強まり、派閥の機能は急速に低下していきました。さらに、緊縮財政で公共事業費は激減し、「利益誘導型」の政治家への有権者の期待は薄まりました。こうした時流に構造改革路線を掲げる反経世会の旗手である小泉純一郎が乗り、旧経世会は「抵抗勢力」のレッテルを張られ、追い込まれていったわけです。

 今回の総選挙の結果は、どうころぶのか予断は許さないでしょうが、小泉の20有余年に渡る積年の反経世会闘争は投票を前にすでに勝利の日を迎えたと言っていいのでしょう。



●「日本列島改造」を夢見た田中角栄〜郵便局ネットワークも夢の産物

 経世会・・・この日本の戦後保守政治において長らく君臨してきた派閥は田中角栄という一人の無学の苦労人の男が創り出した政界のモンスター集団でありました。

 大正7年5月4日に、新潟県刈羽郡二田村の貧しい農家に生まれた田中角栄は、高等小学校を卒業しすぐに日雇いの土方になります。収入は一日50銭だったといいます。
 16歳で上京し、土木会社の住み込み小僧をしながら夜学に通い、その後軍隊に行き、満州結核を患い、危篤に陥り内地の病院に送られますが奇跡的に一命をとりとめます。
 社会復帰すると猛烈に働きだした彼は、25歳の時は「田中土建工業」を創設し、社長になっています。そして、この会社を足場にして、国政選挙に打ってでます。そのときこんな大きな夢を語っています。

「新潟と群馬の県境にある三国峠を切り崩してしまえ。そうすれば、新潟に雪が降らなくなって、新潟は雪の苦しみから逃れられる。切り崩した土は海に運んで、新潟と佐渡をつないでしまえ」

 その後、田中角栄は政治家として頭角をあらわし、自民党の幹事長になり、総理大臣にまで上り詰めるわけですが、その間、一貫して国土開発の夢を持ち続けます。山を切り崩して、日本国中に道路を造り、海を生み建てて国土を造成し、産業を振興させ、庶民に豊かな暮らしをさせたいというのが、彼の政治家としての理念と政策であり、そしてそのために彼はあらゆる手段を行使することをいとわなかったわけです。

 昭和31年、田中は39歳で戦後最年少の郵政大臣になっています。

 郵政3事業の民営化のポイントは郵便局ネットワークの実像を正確に捉えなければなりませんが、全国2万4700の郵便局のうち、無集配特定郵便局は1万5400局を数えますが、この郵便局ネットワークを構築したのが田中角栄なのでした。

 昭和30年には8420局にすぎなかった無集配特定郵便局が、田中郵政大臣の元で急増するようになったのは 昭和33年ころからであり、毎年200局前後が開局し、昭和39年〜42年の4年間には1169局も増えたのでした。ほぼ300局の年産ペースであります。田中政権がロッキード事件で失脚した後の75年まで無集配特定郵便局は増え続けたのです。

 この特定郵便局乱立は、田中が描いた「日本列島改造」の一手法でありまして、地方への予算ばらまき政策として、今でこそその手法は批判の的にはなっておりますが、苦労人の彼が自分の体験のなかから、地方で生きる人々に生活の向上をもたらせたいと純粋に考えていたのも事実でありましょう。

 田中ほど精力的に法案を成立させた政治家はいないのであり、彼が議員立法として成立させた法案は33件にのぼり、この抜群の記録はいまだに破られていません。

 そして、その法案の多くは「国土開発」とそのための「特殊法人」に関するものであるわけです。まさしく今、小泉改革でことごとく廃止されようとしている「日本道路公団」「首都高速道路公団」「日本鉄道建設公団」「日本住宅公団」「本州四国連絡橋公団」など、すべて田中角栄が成立させたものなのです。

 それらの象徴である田中角栄が15年の時間を掛けて作り上げた特定郵便局ネットワークが、今まさに民営化が問われているのであります。



経世会支配を打倒するために政権を奪取した小泉純一郎

 田中の強引な手法はその金権体質・利権体質がロッキード事件で総理失脚するに及んで国民の前に明らかになっていくのですが、その後も政界の闇将軍として彼は、彼の率いる田中派の数の力で歴代自民党内閣で厳然とその力を示し支配していきました。

 やがて竹下登が派内派として経世会を起こし金丸信とともに田中に反旗を翻し、田中は失意のうちに脳梗塞で倒れてしまいますが、田中の作り上げた金権体質・利権体質はそのまま経世会に引き継がれて、竹下、小渕、橋本と歴代内閣総理大臣を輩出しながら自民党第一派閥として権勢を保持していったのです。

 小泉純一郎が福田派の若手として政界デビューした当時は、まさに田中派の絶頂期でありました。彼は、その後経世会支配に逆らい、加藤・山崎両氏とYKKトリオを組み反経世会闘争を政治信念として掲げ始めます。

 小泉改革のひとつの側面として、旧田中派経世会の利権の粉砕にあることは有名でありますが、郵政改革、「日本道路公団」「首都高速道路公団」「日本鉄道建設公団」「日本住宅公団」「本州四国連絡橋公団」改革、それらすべてが田中角栄以来の経世会利権であるというのも、こうして政権闘争史的に振り返ってみると、まことに感慨深いわけではあります。

 経世会支配を打倒するために政権を奪取した小泉純一郎は、今まさにその目的を叶えようとしているのであります



●対抗する理念を持った反対派によって鍛えられることがない小泉民営化法案

 経世会の政治には、腐敗、派閥政治など様々な弊害もありました。だが、経世会自民党の屋台骨を支え、日本政治に責任を負ってきたことには、一定の評価が必要でありましょう。

 橋本派抵抗勢力の烙印を押され、理念なき小泉改革に対して有効な反論や対案の提起ができなくなった現状は、政党政治の危機でもあるわけです。この派閥は歴史的役割を終えたのか、あるいはまだになうべき役割が残っているのか、この問いはこれからの日本政治を考える上で重要な意味を持つことでしょう。

 小泉首相が就任以来橋本派を敵に回し、これを攻撃することによって人気を博してきたのも、経世会政治の持つ負の側面、腐敗や非効率に対する国民の不満が鬱積していたことに起因していることは認めます。

 実際、郵便貯金を利用した財政投融資の仕組み、その中の一部である道路公団による高速道路建設のシステムが限界に達し、根本的な改革を必要としていたことも確かでしょう。小泉首相は、経世会と官僚の連合軍が営々と築いてきた日本の行財政システムが今日露呈している病理をさらけ出すという点では、大きな役割を演じたわけです。
 
 しかしながら、私の見るところ、小泉改革における郵政民営化はもし成立すれば、こうした重要な資源配分の変更について、国民に対して明確な理念も方向性も示されることのないまま、既成事実だけが進んでいく気がしてなりません。このまま小泉改革が進んでよいはずはないのです。対抗する理念を持った反対派によって鍛えられることがないというのは、小泉改革自体にとっても不幸な話であると思うのです。

 今、旧経世会が終焉の時を迎え小泉首相には党内抵抗勢力は無くなりつつあります。また、残念ながら、野党民主党は具体的民営化案を提示できていないまま、この劇場型選挙を迎えています。

 対抗する民営化理念を持った反対派によって鍛えられることがない腰砕けの民営化法案が小泉首相により唯一の民営化案として誇らしげに掲げられている現状は、決して国民にとっていい状況ではないでしょう。

 我々に必要なのは、民営化するのかしないのかの選択だけではありません。するとすればどのやり方でするのか、より細分化した選択肢も必要だと思うからです。



(木走まさみず)



<参考サイト>
田中角栄入門
http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/kakuei.htm
●郵政事業の民営化
郵便局ネットワークの実像を明らかにする
http://www.21ppi.org/japanese/message/200402/040216.html
●第八回 田中角栄待望論へ一言
http://www.hit-press.jp/column/old/sk/sk08.html